第4話【問題用務員と筋トレ用魔法兵器】
「ユーリぃ、行きたい場所があるんだけどぉ」
「言いたいことは分かるがあえて聞く。何だ?」
「筋トレ用の魔法兵器を見たいんだよねぇ」
「だろうな、知ってた」
そんな訳で、エドワードご要望の筋トレ用魔法兵器が展示された区画まで足を運んだ。受け取ったパンフレットにも記載されていたので、おそらく会場を訪れた時から「行きたい」と決めていたのだろう。
展示台の上には鉄アレイなどの筋トレ用魔法兵器が載せられていた。主に重力を用いた魔法式を組み込んでいるようで、自由に重さを変更できる優れものらしい。もうユフィーリアがエドワードの筋トレに付き合う必要もなくなるという訳だ。
他にも何か抱き枕のようなものが鎖によって吊り下げられたものや、鉄棒の両端に錘がついたものなど多岐に渡る筋トレ用魔法兵器が展示されている。これらを全て置くにはそれなりの広さがある部屋を用意しなければならなさそうだ。
ユフィーリアは展示品を見渡し、
「凄え、どうやって使えばいいのか全く分かんねえ」
「ユフィーリア君ならばこの辺りがよさそうな訳だが」
そう言って、キクガが示した魔法兵器は鎖によって台座に繋げられた抱き枕のような謎めいた物体だった。抱き枕部分は革製の袋で、中身はふわふわの綿ではなく砂のようなものを詰め込んでいるらしい。触れるとなかなか硬い。
側に掲げられた看板には『殴打用抱き枕』とある。どうやらこの抱き枕部分を殴ったり蹴ったりしてストレスを解消するようだ。確かにこの硬さは殴ったところで簡単に壊れたりはしなさそうなので、何発でも拳が打ち込めそうである。
ユフィーリアはこの魔法兵器に興味を示し、
「へえ、殴打用の魔法兵器か。何というか、筋トレっていうより運動って言った方がしっくり来るよな」
「筋トレもいわゆる運動の部類に入る訳だが。これでも立派に筋肉を鍛えることが出来る」
キクガはそんなことを言いつつ、展示台に上がる。一緒に括り付けられていた頑丈そうな見た目の手袋を両手に装着すると、
「――シッ」
短く息を吐き、手袋で覆われた拳を打ち出す。
殴打用の抱き枕を殴りつければ、革製の巨大な袋がぐわんと大きく揺れる。鎖が撓み、ガシャンと耳障りな音が鼓膜を揺らす。抱き枕を吊るす台座は若干震えはしたものの、固定されているので倒れることはなかった。
キクガはぶらぶらと揺れる抱き枕を止めてやると、
「このように何度か拳を打ち込めば、いい鍛錬になる訳だが」
「知ってるような口振りだな、親父さん。この魔法兵器を知ってんのか?」
「元の世界で似たようなものを使ったことがある訳だが」
ユフィーリアの質問に、キクガは朗らかに笑いながら言う。
「懐かしい訳だが。私の場合はこの袋の中に債務者を詰め込んで、ストレス発散目的で殴ったり蹴ったりした訳だが。貸した金を返さないのは悪いことだ」
「親父さん、それご聡明なお宅の息子さんに聞かせていい話?」
「私は元々金融業に勤めていた訳だが。ちゃんと金を返せばこんなことしない、金を返さないからこんなことをされる訳だが」
ほわほわと笑いながら宣う父親に、当の息子であるショウは尊敬の眼差しを向けて「父さん凄い」なんて褒めていた。彼は気づいていないのか、それともあえて気づかないフリをしているのか。
行動の端々に滲み出る、どことなく堅気ではない雰囲気にどう反応を返したものかと困る。もはや隠すつもりなんてないのか、それともあれで隠している気になっているのか不明だ。多分、キクガ本人はど天然お父様なので『隠し仰せていると思っている』という選択に1票を投じたい。
ユフィーリアはエドワードへ振り返り、
「あれどうだ? やってみるか?」
「やらなぁい」
エドワードは首を横に振って、体験を拒否した。
「壊しそうだもんねぇ」
「壊すな、加減しろ」
「無理だってぇ。台座がまず細すぎるしぃ、殴った途端に鎖が千切れ飛びそうじゃんねぇ。あれは無理だよぉ」
怪力すぎるエドワードに、細い支柱に支えられる殴打用抱き枕は耐えられないと判断したのだろう。ユフィーリアも「まあ、確かにそうだわな」と納得したように頷く。
強い腕力にも耐えられる強度がなければ、あのような殴打用抱き枕を筋トレとして導入しても一瞬でズタボロである。下手をすれば殴った途端に鎖が千切れ飛んで使えなくなってしまう。いちいち修繕魔法で直すのも面倒だ。
厚手の手袋を外しながら、キクガは「では」と口を開く。
「それなら、ハルア君とショウがやっているああいったものは? あれもいい運動にもなる訳だが」
「うわいつのまに」
「何してんのぉ?」
「あらマ♪」
キクガが示した先には別の展示品が設置されており、何やら壁のような見た目をしていた。壁の表面には無数の穴が開いており、そこから不細工な顔をした鼠の人形が出たり入ったりを繰り返している。
その壁に群がっていたショウとハルアが、一心不乱に穴から突き出てくる鼠の人形を手袋を装着した拳でぶん殴っていた。高い位置に出現した鼠は飛び上がるようにして叩き、逆に足元にほど近い低い位置から飛び出してきた鼠には蹴りをお見舞いしていた。身長や身体能力を鑑みて、2人で仲良く役割分担が出来ている様子である。
やがて、壁から『カーンカーンカーン』という甲高い鐘の音が鳴り響く。その鐘の音が聞こえると同時に壁の穴から鼠の人形が顔を覗かせることはなくなった。
「記録更新!!」
「やったな、ハルさん」
「いえい!!」
「いえい」
どうやら装着している手袋の手首部分にどれほど鼠の人形を仕留めたのか記録されているようで、その数値を確認するや否や、ショウとハルアは両手を振り上げて喜びを露わにした。共に拳を叩きつけて、互いの動きも称賛し合っている。仲良しの様子で何よりである。
ただの筋トレとしても用いることは可能だが、あれは少しばかり遊び要素の方が強いだろう。あまり身体を動かすことに慣れていない子供や運動不足気味などこぞの魔法使い辺りにやらせるといいかもしれない。
エドワードもあの魔法兵器に対して難色を示し、
「ちょっと遠慮しようかねぇ」
「おや、やはり子供っぽいかね?」
「いやぁ、単純に同じ理由だよぉ。壊しそうだねぇ」
殴ることに夢中で手加減が出来ない可能性が考えられるので、エドワードも難しい表情のままだった。いつのまにか熱中して忘れてしまうことはありそうだ。
「じゃあエド♪ あっちの起き上がり小法師みたいな見た目のあれはどうかしラ♪」
「あれ魔法兵器か? 何かもう玩具になってねえか?」
「素材を色々開発していれば魔法兵器になるんじゃないのかしラ♪」
アイゼルネが示した先には、太い柱のようなものが展示台の上に屹立していた。よく見れば大人の身長と同じぐらいの大きさをした柱は、石や木などの素材ではなくつるりとした布のような素材で作られている様子である。
どうやら殴り倒すと跳ね起きる仕組みになっているようで、現在は小太りの男性がペチペチと叩きながらいい汗を流していた。殴られるたびに太い柱のようなものはぐわんぐわんと大きく揺れている。
エドワードは「ああ」と頷き、
「あれはいいねぇ、殴った途端に弾けなきゃいいけどぉ」
「ちょっとやってみろよ。体験するだけなら無料なんだし」
ユフィーリアに促されるまま、エドワードは小太りの男性が立ち去ったところを見計らって太い柱の前に立つ。
つるりとした布で作られた太い柱は、表面に人の顔のようなものが描かれていた。その絵があまりにも下手くそでこちらを煽っているようにしか見えない。殴る意欲も増してくるというものだ。
分厚い手袋を両手に装着したエドワードは、
「とりあえず1発だけ様子を見るねぇ」
「加減しろよ」
「弾け飛んだら直してねぇ」
「こっちを頼りにするんじゃねえ、加減しろって言ってんだ」
分厚い手袋を装着していても、あの起き上がり小法師型の魔法兵器をぶち壊すのではないかと恐怖を感じざるを得なかった。
エドワードは狙いを定めるように表面へ拳を触れさせる。軽く小突かれたようで、太い柱の方はゆらゆらと前後に揺れていた。
腰を低く落とし、手袋を装着した拳が引かれる。それから目にも止まらぬ速さで打ち出された。
「オラァ!!」
裂帛の気合いと共に放たれた右拳が、正確に起き上がり小法師型の魔法兵器をぶん殴る。
殴られた勢いでぶっ倒れる魔法兵器だったが、やはりぐわんと跳ね上がるようにして起きてきた。ちゃんと加減はされていたのか、それともこの魔法兵器自体の強度が高かったのか、エドワードがぶん殴っても千切れ飛んだり弾け飛んだりしなかった。
ユフィーリアはエドワードに拍手を送り、
「いいパンチだな」
「ナイス♪」
「これは世界を狙える拳な訳だが」
「素晴らしい動きですのハアハア」
――――何か、余計なものまで混ざっていた気がする。
「さあもう1発ですの、今度はキックでもよろしくてぎゃばあッ!?」
「お前は何でこんなところにいるんだ!!」
ユフィーリアはいつのまにか混ざり込んでいた、真っ赤な髪と真っ赤なドレスが特徴的な女性の顔面めがけて上段回し蹴りを叩き込んでいた。すでに鼻から赤い液体が垂れ落ちていたのでもはや蹴飛ばしたところで意味などない。
上段回し蹴りを顔面で受け止めた真っ赤な髪とドレスの女は、3回転半ほど綺麗に回ってから絨毯の敷かれた床に叩きつけられていた。まだピクピクと小刻みに震えていたので、息の根を止めることが出来なくて残念である。
ゆっくりと起き上がった真っ赤なドレスの淑女――ルージュ・ロックハートは、甲高い声で訴えてくる。
「何するんですの!! わたくしはただ、躍動する筋肉の動きに見惚れていただけですの!!」
「鼻血垂れてんぞ、変態淑女。言っておくけどそれ、アタシが蹴飛ばす前から垂れてたからな」
「おっと失礼ですの。淑女としたことが」
鼻の下を拭い、垂れ落ちていた鼻血を処理するルージュ。その態度は「別にこれしきのことは当然ですけど?」と言わんばかりの堂々としたものである。
そもそも、筋トレ用の魔法兵器が取り揃えられた区画にいない訳がない。筋肉質な男に対して涎を垂らし、興奮気味になるルージュがどこかに潜んでいるだろうと予想していたが案の定である。
標的にされたエドワードはドン引きしたような視線をルージュに突き刺すばかりだ。鍛えるのは好きだが、こんな事態に陥るのはさすがの本人でも嫌そうである。
すると、
「わっしょい」
「わっしょい!!」
「きゃあ!?」
ルージュの足元から腕の形をした炎――炎腕が大量に生えてきて、真っ赤な淑女を胴上げしていく。
胴上げした犯人は、殴打用魔法兵器の体験を終えて戻ってきたハルアとショウである。特にショウは絶対零度の眼差しを胴上げするルージュに向けていた。腐ったゴミでも見るかのような目つきだった。
ショウは父親のキクガへと振り返り、
「父さん、冥府天縛を貸してくれ」
「それは構わないが……」
息子の行動に対して何の疑問も抱かないのか、キクガは純白の鎖をどこからか取り出してショウに預ける。触れた相手、縛った相手から魔法の才能やその他の能力を封じることが出来る『冥府天縛』だ。
ショウはわっしょいわっしょいとルージュを運びながら、ある1画を目指す。
発見できたのは、何やら巨大な履帯のようなものを取り付けた魔法兵器があった。どうやらあの魔法兵器に取り付けられた履帯の上を歩くだけで軽い有酸素運動が出来る様子である。さらに履帯の傾斜を変更することも可能で、坂道を走っているような気分にさせて負荷を上げるようである。
そんな魔法兵器の履帯にルージュを下ろしたショウは、惚けた彼女の腰に父親から預かってきた冥府天縛を巻き付ける。反対側の先端は履帯を取り付けた魔法兵器の手すり部分に巻いた。
「れっつらごー」
「ごー!!」
魔法兵器の側に控えていたハルアが、開始と銘打たれたボタンを押す。
すると、履帯が動き始めた。緩やかに動く履帯に「何ですの!?」と戸惑いの声を上げて、ルージュは強制的に歩かされる羽目になる。
それだけではない。ハルアはさらに速度を高めていくのだ。それまで緩やかな速度だったのが徐々に速度が上昇し、最終的に物凄い速度が出るようになってしまった。ルージュも足を取られて引き摺られている状態である。
「この冥府天縛を外すんですの!!」
「やだ!!」
「やですね。今度は傾斜を上げてみますか」
「この未成年組、えげつねえな」
冥府天縛によって魔法を封じられたことにより、容赦なく引き摺られて悲鳴を上げる真っ赤な淑女を前に、ユフィーリアは「自業自得だろ」と笑い飛ばすのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】あの殴打用抱き枕はちょっと興味があるので、販売されたら買おうか迷う。
【エドワード】あの有酸素運動が出来る履帯はいいなと思う。雨の日でも走れそう。
【ハルア】モグラ叩きのような筋トレ用魔法兵器はほしい。あれ用務員室に導入してほしい。
【アイゼルネ】軽い筋トレ用魔法兵器だったらやってみたいが、今のところ本格的なものしかない。どうしたものか。
【ショウ】ハルアと一緒にやったモグラ叩きのゲームみたいなのが面白かった。もっとやりたいけど、人が並んでいたので止めた。
【キクガ】職業柄、筋トレはある程度やっている。欠かしたことはない。細いながらも筋力があるのはそのおかげ。
【ルージュ】筋肉好きな真っ赤な淑女。筋トレ用魔法兵器の展示と聞いて張り込んでいた。このあと高速で回り続ける履帯に引き摺られてヒイヒイしているところをグローリアに救出される。