第3話【問題用務員と培養槽?】
大変な目には遭ったと思う。
「人生で1番冷や汗を掻いたかもしれねえ」
「あんな富豪に食べさせるお料理はないよねぇ」
「こういう状況、オレ知ってるよ!! デッド・オア・デッドって言うんでしょ!!」
「斬新ネ♪」
「ハルさん、それだと両方とも死んでいるのだが」
観覧客に紛れ込むことで、問題児は逃走を成功させた。
まあ、本気になれば向こうの暗殺者然とした阿呆が追いかけてくるだろうが、そう簡単に捕まる訳にはいかないのだ。作ろうと思えば高級な料理も作れるだろうが、あくまでユフィーリアとエドワードが作るのは普遍的で一般人の舌に馴染むよう料理である。舌が肥えた商人に食わせる料理はねえのだ。
ユフィーリアは自分の身体を抱きしめ、身震いする。もしもあのカーシム・ベレタ・シツァムに己が手料理などを食わせていたらどうなっていたことか。
「料理は好きだし、宮廷料理人をちょっとだけ務めたこともあるけどよ。さすがに世界有数の豪商に食わせるような料理は振る舞えねえよ」
「ユフィーリア、宮廷料理人だったこともあるのか?」
ショウが意外と言わんばかりの視線を投げかけてくる。
そんな過去があるという話なのだが、時代で言えばもう1000年以上も前の話だ。宮廷料理人はある程度の身分と料理人の資格さえ持っていれば就職できるので、料理の幅を広げる目的で当時のレティシア王国の王宮の厨房にて働いていたことがあるのだ。
あの時は様々な料理の種類を学ぶことが出来たし、華やかな盛り付けも勉強させてもらったのでいい経験が出来た。一緒に働いていたエドワードも肉料理の盛り付け方とか作り方の腕前が格段に上昇したし、なかなかいい職場だった。
あの時のことを思い出し、ユフィーリアはしみじみと呟く。
「毒見と称して摘み食いしても怒られなかったもんな」
「あの時は本当に毒見役って思われてたんじゃないのぉ? 流行してたじゃんねぇ、王宮内での毒殺がぁ」
「暗殺の方法に流行とかあるのが意外なのだが」
ショウがどこか引き気味に応じるが、毒殺は王宮内に於ける暗殺の基本である。銀製の食器や毒見役などは必要不可欠だったのだ。
毒見役と称して摘み食いなんかもしていたが、本物の毒に当たった時はトイレとお友達になりかけたぐらいである。強烈な吐き気に見舞われるか、強烈な腹痛に襲われるかの2択で済んだ。ついでに治癒魔法の勉強にもなった気がする。
ハルアとショウは揃って「いいなぁ」と口にし、
「オレも毒見役で王様のところの台所に潜り込めないかなぁ!!」
「龍帝国なら許されそうではないか? 俺とハルさんがイチャイチャすればいいのだろう?」
「オレがちゃんとお兄ちゃんをすればいいってこと!?」
「止めろお前ら、王宮から帰してもらえなくなるぞ」
龍帝国の首魁であるフェイツイのところに行けば、多分簡単に許しは得られると思う。兄弟愛というものに並々ならぬ感情を持つ変態なら、喜んで宮廷の厨房に出入りを許してくれるはずだ。
ただ、それは二度と出られない籠の鳥にされる可能性も孕んでいるということも示している。美しき兄弟愛の為ならばどんなことでもやりそうな龍帝様である、ショウとハルアを王宮に閉じ込めて二度と外に出さなさそうだ。
そんな会話を繰り広げながら、問題児が次にやってきた区画は生活用品の分類で組み上げられた魔法兵器の展示会場である。主に身体の不自由な人間が普通の生活を送れるような家財道具から、日頃の家事を楽に終わらせる便利道具まで多岐に渡る魔法兵器が展示されている。
「あ、全自動お掃除機が展示されている」
「これ本当に出す馬鹿がいたんだな」
他の展示台と違って、それは浅い箱のような見た目をしていた。中身を覗き込んでみると、金髪縦ロールの人形が大きな口を開けて箱の底を這いずっていた。着せられたドレスは埃に塗れ、両手と両足をもぎ取られた奇妙な出立ちは子供が泣きそうである。
かつてヴァラール魔法学院の魔法工学を専攻する生徒が魔改造を施した、全自動お掃除機である。ゴミを認識して自動で這いずっていく魔法兵器は非常に画期的だが見た目が悪い。現に箱の中を覗き込んだ子供が、あまりの怖さに大号泣していた。
箱の近くに建てられた看板を見やると、説明文に開発者の名前があった。副学院長と生徒の共同制作という内容だった。
「だろうと思った」
「こんなのを展示会に出すなんて正気の沙汰じゃないねぇ」
「副学院長が正気だったって時は今までであった!?」
「割と酷いことを言ってるわヨ♪」
「少なくとも、最初の頃はまだ真面目だったような気がするんですよね」
いつからあの副学院長の頭の螺子が弾け飛んだのだろうか、と首を捻る。少なくとも入学式後の数ヶ月ぐらいはまだまともだった気がする。
そんなことを考えながら周囲に視線を巡らせると、似たような椅子型の魔法兵器が大量に展示台の上で並べられていた。どうやらマッサージをする為の魔法兵器のようで、座ると背中や肩などの凝り固まった部位を揉み解してくれるようだ。
他にも姿勢矯正を謳うものもあればリラックス効果が認められる香炉を焚く機能が取り付けられたものもあるようで、観覧客はそれぞれの椅子型魔法兵器に掲げられた説明文を読み込んでいた。中には実際に座って効能を確かめている途中で寝落ちしてしまった観覧客も見受けられる。
そのうちの1台に、見覚えのある人が溶けていた。黒い髪で頭に髑髏の仮面を乗せ、装飾のない神父服を身につけた冥王第一補佐官様である。
「親父さん!?」
「父さん、何しているんだ!?」
ユフィーリアとショウがほぼ同時に叫ぶも、椅子型魔法兵器によるマッサージを受けている最中の冥王第一補佐官ことアズマ・キクガは蕩けた声で応じる。
「あー…………」
「親父さん、しっかりしてくれ!! 原型なくなる!!」
「父さん、帰ってきてくれ!! 冥府どころか天国に旅立とうとしていないか!?」
「これどうするのぉ?」
「足でもくすぐる!?」
「通用するかしラ♪」
気持ちよさのあまり溶けている冥王第一補佐官を椅子型魔法兵器から引き摺り下ろすべく、問題児は慌てて駆け寄るのだった。
☆
蕩けていた冥王第一補佐官殿だが、何とか復活してくれた。
「申し訳ない。恥ずかしい姿を見せてしまった訳だが」
キクガは恥ずかしそうにはにかみながら言う。
椅子型魔法兵器にマッサージをされていたところ、それがあまりにも気持ちよくて思わず寝入ってしまったようだ。傍目から見れば幸せそうに椅子型魔法兵器と一体化していたのだが、それは本人では分からないことだろう。
このまま揉み解されて天国まで昇天してしまうのではないかと危惧した問題児が、慌てて魔法兵器の運転を停止したことで事なきを得た。あのまま続けていたら死後の世界で輪廻転生の裁判を担う厳格な冥王第一補佐官殿が、のんびり穏やかな天界に連れて行かれてしまうことになってしまう。
安堵に胸を撫で下ろすユフィーリアは、
「冥王第一補佐官の立場を返上して、天使になるとか言わんでくださいよ。その背中から翼が生えでもすれば二度見するわ」
「私が天使に見えるかね。冥府の法廷で冥王様相手に鞭を振っている方がまだマシな訳だが」
「マシか?」
キクガは周囲に視線を巡らせて、
「ところで、私が椅子型魔法兵器でマッサージを受けている間に誰かいなかったかね?」
「父さん1人で溶けていたが」
「なるほど、完全に置いて行かれたか」
ショウの簡潔な状況説明に、キクガはやれやれとばかりに肩を竦める。
「実は同僚が『呵責に使える魔法兵器を学びたい』と言ったので今回の魔法兵器展示会を訪れた訳だが、私が椅子型魔法兵器を体験しているうちにどこかへ行ってしまったようだ。どこかに行くなら一言あってもいいものを……」
「探すか? 探査魔法なら使えるけど」
「いや、問題ない訳だが。どうせそのうちどこかで合流できる、気長に他の展示品を眺めながら探す訳だが」
ユフィーリアの提案を、キクガは丁寧に断ってくる。そう言われてしまうと、ユフィーリアも無理に探査魔法で同僚とやらを探そうとは思わない。
「む」
「わ、凄い!!」
突然、アズマ親子が展示されているとある魔法兵器を前に目を輝かせた。
彼らの視線の先にあったのは、硝子製の巨大な円筒である。頭上を塞ぐ蓋の部分から管が伸びており、口元を覆うマスクのようなものと繋がっている。同じような形をした魔法兵器が何台も並べられており、体験中の観覧客が硝子製の円筒の中に収まっていた。硝子製の円筒の中に収まる彼らは白色の実験技のような衣装を身につけている。
円筒の中に閉じ込められた観覧客を包み込んだのは、緑色の液体である。ゴボゴボと音を立てて液体が注ぎ込まれ、あっという間に閉じ込められた観覧客が水没した。緑色の液体の中に沈められてもなお、観覧客は口元を覆うマスクから空気を吸うことが出来るので溺れることがない。
どこからどう見ても培養槽である。何であんなものまで存在するのか。
「凄い凄い、培養槽だ。あれが体験できるのか!?」
「ほう、やはりこの世界は何でもありな訳だが。昔は『培養槽に入ってみたい』と夢にまで思ったが……」
感慨深げに培養槽を眺めるアズマ親子は、
「みんなであれを体験しないか? やってみたい!!」
「ぜひどうだろうか? 滅多に出来ない体験な訳だが」
「あー……」
ユフィーリアは展示品である培養槽を一瞥し、
「アタシはいいや、培養液が凍りそう」
「俺ちゃんは身長の関係がありそうだから止めとくねぇ」
「オレも止めとく!!」
「おねーさん、お肌が弱いかラ♪」
一身上の都合により、問題児は辞退をせざるを得なかった。
アズマ親子は2人だけで培養槽の体験に行ってしまう。近くに立っていた係員に案内されてどこかに連れて行かれたので、おそらく培養槽に入る為の実験着に着替えるのだろう。
ユフィーリアは身体に溜まった冷気が培養液を凍りつかせそうだし、エドワードは身長の関係で円筒に収まりきらないかもしれない。アイゼルネはお肌が弱いのでどんな成分が入っているか不明な培養液に触れることを躊躇ったのだろう。問題がないとすればハルアぐらいだ。
ユフィーリアはハルアを見やり、
「お前は体験しなくてよかったのか?」
「ユーリ、あえて言うけどね」
ハルアは培養槽の群れを無感情な目で眺めながら、
「オレ、昔は散々あれに入ってたんだよね。お家に帰るようなものだよ」
「それもそうか」
「体験もクソもないねぇ」
「ハルちゃんにとっては初めてじゃないのネ♪」
人造人間であるハルアは、培養槽で育てられた。それ故に、培養槽自体に何の思い入れもないのだ。むしろ悪い記憶しかない。
散々体験した培養槽を今更経験したところで面白みもなく、だからお断りするしかなかったのだ。「そりゃあそうだ」とユフィーリアも納得してしまう。
それからユフィーリアたち問題児は、初めての培養槽体験ではしゃぐアズマ親子に微笑ましげな視線を送るのだった。楽しそうで何よりである。
《登場人物》
【ユフィーリア】培養槽っていうか、あれは確か疲労回復をする魔法兵器だったじゃないかなと思う今日この頃。実際に冷感体質のせいで培養液が凍った。
【エドワード】培養槽の高さが自分の身長を超しているのは目に見えていたので止めておいた。
【ハルア】培養槽出身の人造人間。お家に帰りたくないです。
【アイゼルネ】培養液が肌に合わず、ちょっとかぶれた経験がある。
【ショウ】生まれて初めての培養槽体験。SFの世界に来た感覚が楽しい。
【キクガ】冥王第一補佐官にしてショウの父親。魔法兵器展示会には冥府の同僚と一緒に来たのだが、マッサージ椅子(魔法兵器)を体験中に置いて行かれた。