第2話【問題用務員と魔法兵器展示会】
時は30分ほど前に遡る。
「問題児が」
「魔法兵器展示会にぃ」
「来たーッ!!」
「来たワ♪」
「来たー」
やけにご機嫌な問題児5名が、魔法兵器展示会のチケットを片手に展示会場へ降臨した。
魔法兵器展示会とはその名前の通り、魔法工学の分野で活躍する発明家たちが自分の珠玉の作品を展示する行事である。展示されている魔法兵器は実験し放題に触り放題、さらに魔法兵器の設計体験まで出来ちゃうという問題児にとってはこれ以上ないほど面白い展示会であった。
世間一般で活躍する発明家だけではなく、ヴァラール魔法学院で魔法工学の授業を専攻する生徒もこの展示会に出品しているのだ。真面目な生徒が組んだ至極真面目な作品や、不真面目な生徒がふざけて組んだ馬鹿みたいな作品などが展示されている訳である。当然ながら我らが副学院長も作品を展示しているとのことだったので、こうして展示会場まで足を運んだのだ。
ホクホク顔で入場時にもらったパンフレットを広げるユフィーリアは、
「いやぁ、まさか今年はアーリフ連合国で開催されるとはな。よく開催されたもんだよ」
「そうだねぇ。魔法兵器って暑さとか砂に弱いもんねぇ」
展示台に飾られた椅子の形の魔法兵器に視線をやるエドワードが、ユフィーリアの言葉に頷く。
魔法兵器展示会は例年、レティシア王国で開催されていたのだ。たまに龍帝国で開催されたりもするが、基本的に気候が穏やかで魔法兵器の故障の原因がなさそうな国で開催されるのが常だ。
だが、今年の開催地であるアーリフ連合国は南方面に位置する国である。周囲は砂漠に囲まれており、砂を含んだ風が強く吹く地域だ。ついでに言えば非常に暑い常夏の国である。夏場でも冬場でも関係なく暑いのだ。過剰な熱と細かい砂粒は魔法兵器の天敵とも呼べるのだが、よくもまあ開催を決意したものだと感心する。
だが、展示会場は驚くほど涼しい。徹底して魔法兵器の故障の原因を潰しているようだ。博物館を想起させる豪勢な展示会場には砂粒おろか埃さえ落ちていないので、細心の注意は払っているようである。
「ユーリユーリユーリ!! 魔法兵器で遊んできていい!?」
「あのお人形さんが気になるんだ、ユフィーリア。行ってきてもいいか?」
「ゔぉ」
未成年組のハルアとショウが「遊びたい」と示してきた先に展示されていた魔法兵器は、何と人形型の魔法兵器である。看板に掲示された説明文には『子守り用魔法兵器』と謳われているが、その見た目がよろしくなかった。
ギョロリとした眼球、蛇を思わせるうねうねとした長い黒髪。アンニュイな笑みを浮かべた口元は優しげな雰囲気を通り越して不気味である。椅子に両手と両足を揃えてお行儀よく座っており、厳格さを感じさせる風貌をしていた。
そのあまりにも不気味な見た目の子守り用魔法兵器から視線を逸らしたユフィーリアは、
「あれは、うん、あれは止めよう。もっと面白いものがあるから」
「えー」
「どうしたんだ、ユフィーリア。汗が凄いぞ」
「ちょっと悪夢を思い出してな……」
冷や汗を流すユフィーリアに、エドワードとアイゼルネが事情を察知して同情するような視線を寄越してくる。
悪夢のような深夜の人形たちによる学校が脳裏をよぎり、ユフィーリアは思わず泣きたくなってしまった。まだ心的外傷が癒えていないのだ。特にあの子守り用魔法兵器は、黒板に物凄い勢いで白墨を叩きつけていた女教師に似ているのだ。
子守り用魔法兵器から視線を逸らした先、ユフィーリアはある展示品に目が留まる。
「何だあれ、調理台?」
「ここの区画って玩具の分類よネ♪」
「そのはずだけどぉ」
展示台に乗せられていたのは、本格的な調理台である。一般家庭の台所で見かけそうな代物だ。
ユフィーリアたち問題児が現在いる区画は、玩具用の魔法兵器を揃えた場所である。玩具と銘打たれた魔法兵器が展示されているが、本格的な調理台が展示されていたら分類違いとして批判が起きないだろうか。
首を傾げながらも展示台に歩み寄り、そこに掲げられていた説明文に視線を走らせる。
「えーと、『超本格的☆おままごとセット』だとよ」
「本格志向すぎるじゃんねぇ」
「普通にお家の台所の魔法兵器かと思ったよ!!」
「全自動調理器とかじゃないのかしラ♪」
「こ、これでおままごとをするのか……?」
目の前に鎮座する調理台――名付けて『超本格的☆おままごとセット』を眺めて問題児5名は唸る。
本当に玩具と分類できないほど見た目が精緻である。2つ設けられたコンロにオーブン、蛇口を有するシンクまで調理台の基本を取り揃えた設備となっている。高さも大人が使って問題ないほどで、おままごとセットというより一般家庭の調理台として導入した方がいいのではないだろうか。
設備の隅々まで確認すると、複雑な魔法式が調理台の見えない箇所に刻み込まれていた。子供がうっかり魔法式を消して動作不良を起こさないように対策も施されている。何度も言うが、玩具に分類できないこの調理台を『玩具』と言い張るのは無理がある。
ユフィーリアは少し考えて、
「これで料理できるかやってみるか?」
「何を作るのよぉ」
「そりゃ火を使うような、それでいて簡単に作れそうな料理だよ」
「そんな都合のいいものがあるって訳ぇ?」
問題児切っての料理上手であるユフィーリアとエドワードは、そんな都合のいい料理に心当たりがあるかと首を傾げた。何か簡単に思いつかない。どうしたものだろうか。
「ユフィーリア、この前作っていたあんかけ炒飯が食べたい」
「オレお肉たっぷりね!!」
「どさくさに紛れてリクエストするな、お前ら。涎垂れてるし」
涎を垂らして期待に満ちた瞳を向けてくる未成年組に根負けし、ユフィーリアは仕方なしに調理台が置かれた展示台に上がる。本格的なおままごとセットはどう見ても一般家庭に導入されていそうな調理台なのだが、これで果たして料理が出来るかどうか。
試しにコンロの摘みを捻ってみると、ぽっかりと空いた穴から物凄い勢いで炎が噴き出てきた。慌てて摘みを元の位置に戻して炎を消し、少しばかり思考を止める。玩具にしては火の勢いが強すぎる。本当にこれはおままごとセットと呼んでもいい類のものか。
少し考えたユフィーリアは、
「まあ、作れそうだから作ってみるか」
「炒飯、炒飯♪」
「あんかけ、あんかけ♪」
「ハル、ショウ坊。踊るなお前ら。グローリアにバレたら怒られるぞ」
踊り始めた未成年組を軽く窘め、ユフィーリアは転送魔法で用務員室から鉄鍋と材料を手元に呼び出す。見つかれば学院長からしこたま怒られることは確定しているが、それでも問題行動を起こすのが問題児である。目の前の魔法兵器の性能を試す誘惑に抗えなかった。
鉄鍋をコンロに設置し、大量の油と一緒に用意してあった食材をまとめて炒めていく。会場内に鉄鍋とお玉が擦れる金属音と、食材と油が絡み合って弾けるパチパチジャージャーという音が響き渡った。漂い始めた香ばしい匂いに、観覧客の足が止まる。
それらに気づかずにユフィーリアは鉄鍋を振るう手を止め、
「おう、このおままごとセット結構使い勝手いいぞ。これ商品化しねえ――」
鉄鍋を片手に振り返ると、ユフィーリアの思考回路が停止した。
魔法兵器の性能を確かめる為だけに炒飯なる異世界料理を作り始めたが、料理の完成を待つショウとハルアの背後に見覚えのない人物が列を成していた。観覧客が飲食スペースと勘違いして並んでいる模様である。
再度言おう。ユフィーリアは魔法兵器『超本格的☆おままごとセット』の性能を確かめる為に炒飯を作り始めたのだ。性能は上々、用務員室の調理台と同じぐらいに高性能なおままごとセットであることが確認できた。なので本格的に金を稼ぐ為に炒飯を作り始めた訳ではないのだ。
匂いに釣られてきたのか、観覧客は徐々に列を伸ばしていく。その行列に気づいた他の問題児が、顔を引き攣らせた。
「え、どうするのこれぇ?」
「何で並んでんの!?」
「まさか匂いに釣られちゃったのかしラ♪」
「え、ゆ、ユフィーリア……?」
戸惑う問題児に、ユフィーリアが出した結論は至極単純だった。
「金取るか」
☆
「――そんな訳で金取って炒飯を提供してたら凝り出しちゃって、飲茶とか作り始めちゃったんだよな。結構値段を吹っかけても疑いもせず払ってくれるってどんだけ金持ちばかりなんだよ、ここの観覧客」
「馬鹿じゃないの!?」
並んで正座をしていた問題児がこれまでの経緯を説明し終えると、グローリアが悲鳴じみた甲高い声で罵倒してきた。
いや、確かに馬鹿なことをしたと思う。ちょっとおままごとセットの性能を確認するのが、いつのまにか本格的な『異世界東洋料理店、魔法兵器展示会出張所』みたいなノリになってしまったのだ。メニューも凝りすぎたと反省する。
しかも食材の出所は用務員室である。これでは今後の用務員室のご飯が大変質素なものになりかねない。売上金があるので材料は買って戻せるが、買い物が非常に面倒臭い。
ユフィーリアはヘラヘラと笑いながら、
「いやァ、そんな訳で学院長殿。食材を使った分は請求していい?」
「構いませんよ」
「ダメに決まってるでしょ、何を考えて」
ユフィーリアのふざけた要求を一蹴したグローリアだが、その前に要求を飲んでしまった人間がいた。何故か「構いませんよ」なんて二つ返事で了承が返ってきたのだ。
「使用された材料は極東産のもの、調味料は龍帝国のものでしょうか。イツァル、品質のいいものを購入してヴァラール魔法学院にお送りしてあげなさい」
「かしこまりました」
グローリアの背後で何やら読めないやり取りを繰り広げているのは、褐色肌の2人組である。白髪で褐色肌の青年が、ドレッドヘアの青年に買い物を命じていた。その命令をドレッドヘアの青年が恭しげな態度で受ける。
見覚えのある2人組だった。白髪で褐色肌の青年が着ている高級感溢れる衣装とか、ドレッドヘアの青年が身につけている暗殺者じみた格好などを見ていると懐かしい記憶が蘇る。具体的に言えば『国宝を盗んだ馬鹿タレの代わりに返却しに行ったら盗人と間違えられて追いかけ回される羽目になった』という内容である。色々と濃い。
ユフィーリアは喉を引き攣らせ、
「カーシム・ベレタ・シツァム!? アーリフ連合国の代表が何でこんな場所に!?」
「こんにちは、国宝をご返却しにきた以来ですね」
白髪に褐色肌の青年、カーシムは朗らかに微笑み、
「ところで、先程の異世界東洋料理なるものをぼくも食べてみたいのですが、いくらほどお支払いすればよろしいので?」
「グローリア、所要の腹痛を思い出したからこれで失礼するわあばよ!!」
「あ、ちょっと!?」
問題児は即座に立ち上がり、脱兎の如くその場から逃げ出した。
背後からグローリアの「まだ説教は終わってないよ!!」という絶叫が聞こえてきたが知らない。それよりも許容できかねることが起きてしまった。
世界有数の豪商に食わせるような料理の腕前など、問題児が持っている訳がねえのだ。「不味い」と言われた途端に打首になりそうな真似は勘弁してほしい。
《登場人物》
【ユフィーリア】超本格的☆おままごとセットは割と本気でほしい。あとキッチン系の魔法兵器があれば体験したい。
【エドワード】筋トレ用の魔法兵器もあるので見てみたい。
【ハルア】彼に『超本格的☆おままごとセット』なんて渡してはダメだ。用務員室が火の海になりかねない。
【アイゼルネ】美容用の魔法兵器でいいのが展示されていたらいいなぁ。
【ショウ】魔法兵器『カメラ』があればよかったのに。
【グローリア】ほしい魔法兵器は耐久性の高い卓上ライト。
【カーシム】世界で有数の豪商。あの用務員、雇えないかな。