第1話【学院長と魔法兵器展示会】
博物館を想起させる展示会場は、大勢の観覧客で賑わっていた。
「大盛況だね」
「そうですね」
作業着姿の魔法工学担当の教職員に案内されるヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは展示会場の様子にぐるりと視線を巡らせる。
高い天井には豪勢なシャンデリアがいくつも吊り下がり、太い大理石の柱が高い天井を支えている。床に敷かれたふかふかの絨毯は繊細な模様が隙間なく刺繍されており、見るからに高級品であることが窺えた。
そんな絨毯の上に展示台が置かれ、ぐるりと縄で取り囲まれているのは魔法兵器ばかりだ。硝子製の箱に展示される義眼型の魔法兵器、甲冑型の魔法兵器、柱時計の形をした魔法兵器など形状は多岐に渡る。観覧客は展示されている魔法兵器の説明文を熱心に読み込んでいるようだった。
グローリアは展示品を眺め、
「たまに、変なものが混ざるけど」
「それは……まあ……」
展示台の上に置かれた椅子に腰掛け、何やら阿呆な見た目をした女性型の魔法兵器が美しい歌声を奏でている。ギョロリとした青色の眼球、厚ぼったい唇、照明の下でよく映える厚化粧などさながら見た目は舞台女優のようであった。チリチリに縮れた黒髪が蛇のようであるが、ああいう髪質の人間はよくいるので気にしない方がいいだろう。
顔の造形は子供がよく描く絵のように若干崩れており、逆に首から豊満な体型が目を引く。真っ青な色鮮やかなドレスの布地を押し上げる胸元は豊かで、括れた腰つきは抱き寄せれば折れてしまいそう。ドレスの裾から伸びる組まれた足は肉感的である。マネキンのような光沢感はあれど、魔法工学を専攻する生徒が作ったものだろうか。
グローリアを案内していた魔法工学担当の教職員は、非常に言いにくそうな表情で口を開く。
「あの展示品は、そのぅ、副学院長が担当する魔法工学の授業を選択した生徒の作品でして……」
「だろうね」
グローリアは深々とため息を吐いた。
ヴァラール魔法学院には同じ教科に複数の教職員が在籍している。生徒は誰から授業を学びたいかということも選べるのだ。その方面では著名な教職員からあまり有名ではないが教えるのが非常に上手な先生、少しばかり授業態度に厳しい先生など大勢から選ぶことが出来る。
中でも魔法工学の授業は顕著だ。受け持っている教職員は魔法工学界でも有名な教職員ばかりだが、特に生徒から人気を博しているのが副学院長のスカイ・エルクラシスが受け持つ授業である。常日頃から阿呆な発明ばかりしているから、生徒にも阿呆さが移ったのかとんでもねー魔法兵器ばかりを生み出す訳である。
「魔法兵器の設計技術はあるのに、何でこんな馬鹿な真似をするんだろうなぁ。生徒とかも含めて」
「事実、副学院長の受け持つ授業からとんでもない天才的な発明家が何人も輩出されていますし、副学院長本人も様々な発明品で世の中を便利にしてきた功績はありますが……」
「やることがねぇ、問題児と同じぐらい阿呆なんだよねぇ」
むしろヴァラール魔法学院の問題児に触発され、頭の螺子をぶっ飛ばしているのではないかと思うぐらいである。余計な知識を与えるから副学院長が暴走するのだ。
余計な知識さえ与えなければ、スカイ・エルクラシスという天才発明家はまともである。彼の発明した魔法兵器のおかげで、時代が200年ぐらいは先に進んだと言っても過言ではないぐらいだ。馬鹿と天才は紙一重と言うが、まさにそれだと思う。
すると、
「ああ、ヴァラール魔法学院の学院長様。こんにちは」
「あ、これはこれは代表様。こんにちは」
展示会場内を案内されていたグローリアの前に、白髪で褐色肌の青年が朗らかな笑みを浮かべて現れた。薄紅色の瞳と精悍な顔立ちは若々しいが、身につけた白色の衣装には随所に金糸で複雑な刺繍を施されており、金銀財宝の装飾品を首や手首にじゃらじゃらと装備している。それだけで相手が金持ちであると判断できた。
カーシム・ベレタ・シツァム――砂漠に囲まれた商人たちの国『アーリフ連合国』を実質的に支配する豪商である。世界中の商人が束になっても敵わないほど商才に溢れており、たった1人で築き上げた財産は国を動かすことさえ可能とする。世界でも頂点に立つほどの金持ち故に命を狙われることも多く、表舞台に出てくることは滅多にない。
そんな彼はニコニコとした笑みを絶やさず、
「この度は、我がアーリフ連合国を魔法兵器展示会の会場に選んでいただき、誠にありがとうございます。展示会用の会場は問題ないでしょうか?」
「むしろ広すぎるくらいですね。おかげで生徒たちも張り切って催しを企画しているみたいで……」
グローリアもまた笑顔で対応するが、内心は冷や汗がダラダラである。
相手は世界でも頂点に立つほどの金持ちであると同時に、ヴァラール魔法学院へ目玉が飛び出るほどの金額を寄付してくださっているお方である。無作法があっては今後の寄付にも応じてはくれなくなるだろう。
それだけではなく、今回の展示会の会場も誘致してくれたのがカーシムの方だった。というより、カーシムの方から熱烈に誘われたのだ。どこで聞きつけたのか「魔法兵器の展示会の会場について悩んでいるようですね、自分が所有している土地で新しく展示会場に相応しい施設を作りましたのでそこで開催してはいかがでしょうか?」と連日のように勧誘されたのでグローリアが根負けした形になる。
様々な理由もあるが、最たる理由はグローリアの横にあった。視界の端にチラチラと映り込む洞窟のような黒い瞳が、真っ直ぐにグローリアを射抜いていた。
「あー、代表様? ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう? 何かご要望でしょうか、すぐにご用意いたしますね」
「あの、僕は彼に何かをしてしまいましたか? 先程から凄い勢いで睨まれているんですけども」
「あ、コラ!! イツァル!!」
カーシムに一喝され、グローリアの視界の端に潜んでいた何者かが音もなく青年の背後に戻っていく。
黒髪をドレッドヘアにした、褐色肌の青年である。細い身体は無駄なく鍛えられており、胸元までしか布地で覆われていない。鍛えられた腹筋や意外にも細い腰などを露わにしているが、妖艶な雰囲気はまるでなく下手に触れば殺されそうな空気を纏っていた。洋袴は足の細さを窺わせないダボッとした見た目をしており、足首で裾を絞っている。
イツァルと呼ばれた黒髪褐色肌の青年は、カーシムに「僭越ながら申し上げます」と言う。
「信用なりません。カーシム様に近づく連中は全て殺さなければ」
「お前はまた仕置きをされたいのか」
「ッ、申し訳ございません!!」
低い声で叱りつけられたイツァルは、冷ややかな視線を寄越してくるカーシムに向けて即座に土下座をした。
なるほど、カーシムの部下の人間か。常日頃から色々な人物に命を狙われているので、誰彼構わず疑いたくなる気持ちは分からないでもない。生きた心地はしなかったが、警戒心が高いのは主人を守ることにも繋がる。
グローリアは「気にしないでください」と言い、
「それほど警戒心が強けれ、ば――……?」
「おや?」
グローリアの言葉が途中で止まる。ついでに言えばカーシムも、そしてイツァルや案内役の教職員も空気中の匂いを嗅いでいた。
何やら香ばしい匂いがするのだ。
割とすぐ近くで、ジャッジャッと何かを炒める音も聞こえてくる。油の弾ける音も添えられる。加えて鼻孔をくすぐるのは調味料の香ばしい匂いと肉が焼かれる匂いだ。空腹を感じさせる匂いの攻撃に、堪らずグローリアの口腔内に唾が湧き出てくる。
どこかで生徒が主催する催しでもやっているのかと思えば、違った。犯人はすぐ側に嫌がった。
「はい異世界東洋料理『炒飯』お待ちィ!!」
「餃子をご注文のお客様、お熱いのでお気をつけてお召し上がりください」
「飲茶セット、お待ち遠様♪ ごゆっくりお過ごしくださいネ♪」
何故だろう、展示品を縫うように設置されたテーブルと椅子のセットに多数の観覧客が座っていた。しかも何か料理を食べていた。
配膳や片付け、注文を聞きに行っているのは東洋ドレスや東洋服のよく似合う、見覚えのある問題児たちであった。具体的に言えばハルア・アナスタシス、アイゼルネ、アズマ・ショウの3人である。
彼らは熱々の出来立て料理を銀盆に載せ、椅子に座る観覧客に提供していた。休憩用に誂えられたものではない。明らかに食事をする為の、簡易的な机と椅子のセットである。展示品が多数用意された博物館風の展示会場に似つかわしくない雰囲気であった。
そして問題の馬鹿タレ2名は、展示台に飾られているはずの魔法兵器を無断で使用していた。
「炒飯できたよぉ、持って行ってぇ」
「餃子があと何枚だ? 飲茶セットがあと2件だな、了解。こっちで対応する」
「ユーリぃ、拉麺の注文が入ったけどぉ」
「こっちでやるからお前は炒飯に集中してくれ。何件注文が溜まってんだそれ」
さながら屋台を想起させる見た目の調理台で、問題児の中でも料理上手で知られるユフィーリア・エイクトベルとエドワード・ヴォルスラムの2人が料理の腕前を披露していた。エドワードは鉄鍋を振るい、ユフィーリアは竹製のせいろで蒸し料理を作りながら寸胴鍋の中身を掻き混ぜたりしていた。
こんな場所で料理をしなくても、とは思ったのだが、展示品をよく見てみると『本格おままごとセット』とあった。どうやら生徒の作った魔法兵器であるおままごとセットで料理をしている様子である。
固まるグローリアの横で、朗らかな笑みを絶やすことのないカーシムが「わあ」と薄紅色の瞳を輝かせた。
「美味しそうですね。東洋料理? 異世界東洋料理と言っていましたが、果たしてどのようなものでしょうか?」
「いけません、カーシム様。得体の知れない料理人の料理を口にするなど、どんな毒物が入っているか分かりませんから」
「お前は頭が固いな、イツァル。毒見役がいれば問題ないだろう? お前が食べて大丈夫なら平気だ。もし美味しかったら専属の料理人として召し抱えよう」
「我が君の仰せの通りに」
カーシムとイツァルが何やらおかしな会話を繰り広げているのを聞きながら、グローリアはいつもの如く絶叫していた。
「ユフィーリア、君って魔女は!!」
「理由を説明するからちょっと待て!!!!」
異世界東洋料理なるブツを観覧客に提供しながら、ユフィーリアも絶叫で返していた。
《登場人物》
【グローリア】ヴァラール魔法学院の学院長。魔法兵器の展示会の会場で悩んでいたところ、カーシムからお声がかかって会場に選んだ。むしろ勧誘が凄かった。断れない雰囲気だった。
【カーシム】アーリフ連合国の総代表。若いながらも数多の財を築いた豪商で、要するに世界で1番お金持ち。ニコニコの笑顔で隙のない態度はまさに商人の鑑。
【問題児】なんか知らんが異世界東洋料理店を開店。何でや。