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第12話【問題用務員と毛髪修復】

「ユフィーリア、大丈夫か? 髪の毛以外に怪我はしていないか?」



 先程までどこかに逃げた学院長を仕留める作戦を脳内で組み立てていたショウは、中身が変わったかのようにユフィーリアの心配をし始める。彼の夕焼け空を流し込んだかの如き赤い瞳には心配の感情が宿り、心の底からユフィーリアのことを案じてくれているのだと分かる。

 分かるのだが、切り替え方が凄まじかった。ほんの数秒前まで殺し屋のような鋭い眼光を宿していたのに、ユフィーリアの前では可憐な天使のようなキラッキラのお目目になっていたのだ。何とも言えない気持ちになってしまう。


 ユフィーリアは「平気だぞ」と言い、



「ただ、劇型魔法絵画シアターズのおかげで疲れたけどな」


「劇型魔法絵画?」


「これだよぉ」



 エドワードが執務机に置きっぱなしとなっている、夜の学校が描かれた絵画を掲げる。

 星々が煌めく夜空の下、人形たちによる恐怖の授業が執り行われていた悪夢のような世界だ。それまで激しい嵐に見舞われていた天候はすっかり収まり、校舎から顔を覗かせる人形たちもニコニコの笑顔で手を振っている。


 ショウは赤い瞳を瞬かせ、



「これが怖かったのか?」


「この絵に引き摺り込まれてな。人形と雷の楽園みたいなものだったからよ」


「うわあ」



 ユフィーリアの簡単すぎる説明で、ショウは何があったのか察することが出来た様子である。それはそれは憐れむような表情で「ご愁傷様だ……」と言う。



「それよりも、ユフィーリアの髪の毛を修復しないと。せっかくの綺麗な銀髪が台無しだ」


「そうだな。そろそろ首がスースーして寒くて仕方がない」


「俺の手で温めようか?」


「もしかして首を絞めようとしてる?」



 ショウのトンデモ提案に、ユフィーリアは苦笑する。最愛の嫁は笑顔で提案してきたので冗談のつもりなのだろう。ひらひらと手を振っていて可愛かった。

 さて、学院長が戻ってくる前に退散しよう。精神をゴリゴリと消耗するような出来事に見舞われて疲れているのだ。研究資材を台無しにしたとかで説教を受ける気力もない。


 ユフィーリアはエドワードとショウを伴って学院長室から立ち去ろうとするが、



「……作者名は、ええと、ウィリアムズ・ペテロシア・アームズフレッグス……なるほど……」


「ショウ坊、何してんだ?」


「何でもないぞ、ユフィーリア」



 執務机に放置されていた劇型魔法絵画シアターズの裏側に視線を巡らせ、作者名を確認していたらしいショウはユフィーリアに名前を呼ばれて笑顔で振り返る。作者名を確認していたショウの瞳がまた殺し屋めいていたことは、もうこの際指摘するまでもないだろう。



 ☆



 用務員室に戻ったら、アイゼルネが悲鳴を上げた。



「どうしちゃったのよこの髪♪」


「これこれしかじかで」


「説明になってないわヨ♪」



 ユフィーリアの美容に全身全霊を注いでいるお洒落番長、アイゼルネは短く切り取られた銀髪を確認して盛大に嘆く。


 まあ、彼女の嘆きはよく分かる。ユフィーリアの銀髪を綺麗に保ってくれていたのはアイゼルネの努力も起因しているのだ。香油から洗髪剤、髪の毛の乾かし方まで管理されており、上質な魔力が宿るように毎日品質を保ってくれていた訳である。

 それが美容師に任せた訳でもなく、雑な切り口のまま放置されていれば悲鳴も上げたくなる。乱雑に肩口で切り取られた髪はボサボサに乱れており、長さも若干違っているという始末だ。


 アイゼルネは急いで居住区画に引き返していくと、何やら貝殻の瓶を大量に抱えて戻ってきた。毛髪修復剤の他に、何かユフィーリアの知らない薬剤まで揃えられている。



「頭髪の修復をするわヨ♪ そんなボサボサ頭じゃ我慢ならないワ♪」


「はいはい」



 ユフィーリアは毛髪修復剤を手に取ると、その瓶をエドワードに手渡す。



「はい、エド」


「何でぇ? アイゼにやってもらえばいいじゃんねぇ」


「気にしてるかと思って」



 キョトンとした表情で言うユフィーリアに、エドワードは難しげな顔を見せた。苦虫をまとめて10匹ぐらい噛み潰したような顔であった。


 ユフィーリアが髪の毛を切断する原因になってしまったのは巨大な赤ちゃん人形に掴まれたからだが、エドワードはこれを酷く気にしていた。「自分が情けなくてごめん」とまで謝るほどだったのだ。ユフィーリアは髪の毛を切断したのは自分の意思だったので特に気にしてはいないが、部下との蟠りがあるのはいただけない。

 これで禊になるのかどうかは疑問だが、これ以上、ユフィーリアが髪の毛を切った原因を引き摺っていてもらいたくない。毛髪修復を手伝わせることで罪の意識が精算されるなら頭を差し出してもいいぐらいだ。


 ユフィーリアはエドワードを用務員室の隅に置いた長椅子に座らせ、彼の太腿にチョコンと腰掛ける。



「ほら、とっととやってくれ」


「はいよぉ」



 エドワードは毛髪修復剤を、自分の手のひらに落とす。ふわりと花の香りが鼻腔を掠めた。

 液体を擦るような水音が背後で聞こえたあと、冷たい手のひらがユフィーリアの後頭部に触れる。毛髪修復剤は髪の毛に塗り込んだあと、伸ばした分だけ髪が伸びる魔法薬だ。元の長さまで髪の毛を伸ばしてくれれば、あとはアイゼルネに整えてもらって終了である。


 そのはずだが、



「ちょ、おい、エド? エド、伸ばしすぎじゃねえか?」


「そう?」



 ユフィーリアの髪を掴むエドワードの手が、まだ離れない。


 グイと伸ばされたユフィーリアの銀髪は、腰に届くほどの長さを軽やかに越してもはや地面に届いても余りあるほどの長さになってしまった。まるでおとぎ話のお姫様のようである。

 ユフィーリアの銀髪は、今や背中を流れる大河と化していた。椅子の代わりにしているエドワードの膝からこぼれ落ち、足元にとぐろを巻くほど伸ばされてしまっている。思わず立ち上がって自分の髪の毛を確認すると、とんでもねー長さにされてしまっていた。


 恨みがましげにエドワードを睨みつければ、筋骨隆々とした巨漢の馬鹿野郎は不思議そうに首を傾げる。「何が気に入らないのか」と言わんばかりの態度だった。



「昔はこれぐらいの長さだったじゃんねぇ」


「こんなに伸ばされると邪魔で仕方ねえんだよ」



 ユフィーリアは吐き捨てる。やはり任せなければよかったと後悔した。

 こんな歩いているだけで自分の髪の毛を踏みつけそうな長さなど、冗談ではない。早急に短く整えてもらいたいところだ。


 ところが、



「わあ、綺麗」


「素敵だワ♪ お姫様みたいネ♪」


「あれ?」



 最愛の嫁であるショウと従者のアイゼルネからは好評だった。思いがけない評価に、ユフィーリアは反応に困ってしまう。



「これは色々な髪飾りがつけ放題ネ♪」


「太い三つ編みにしましょうか。これだけ長いと梳くのが大変そうだから、俺もブラシを持ってきますね」


「香油もいいものを持ってきましょうネ♪」



 何故かショウとアイゼルネは楽しそうにユフィーリアの長く伸びてしまった銀髪を飾り立てる計画を立て、それからいそいそと居住区画に引っ込んだ。嫁と従者が楽しそうで何よりだが、上司は完全に置いてけぼりを喰らって寂しい気持ちだ。

 今更、あの2人の楽しそうな雰囲気をぶち壊すのは忍びない。彼らが満足するまで髪の毛はこの状態を維持するしかなさそうである。


 ユフィーリアは深々とため息を吐き、



「これだけ長いと手入れも大変だってのに、よくやるよなぁ」


「いいじゃんねぇ、綺麗なんだからぁ」


「原因が何を言うか」



 早速ユフィーリアの銀髪で細い三つ編みを作り始めるエドワードに、ユフィーリアはせめてもの抵抗で頭突きをしておいた。元を辿れば彼が余計に伸ばさなければよかっただけの話だ。



「ユーリ!!」


「おう、どうしたハル。布団なんて抱えて」


「大変だよ!!」



 そこに、今まで居住区画で何かをしていたらしいハルアが、布団を引き摺って用務員室に駆け込んできた。何やら表情が切羽詰まっている。

 彼が「大変だよ!!」と示した先には、用務員室の窓があった。窓の向こうの空はどんよりと曇り始めており、雨が降りそうな気配さえ漂わせている。


 嫌な予感を察知したその時、ハルアが告げる。



「今朝のお天気予報で嵐の妖精が来るって言ってて」



 次の瞬間。





 ――ドカーンッッッッ!!





 鼓膜を突き刺す轟音に、ユフィーリアも思わず「うおッ」と肩を竦めてしまった。

 窓にボツボツと雨粒が叩きつけられ、さらに雨のカーテンの向こうでは白い稲光が虚空を駆け抜ける。季節ではないが、気まぐれな嵐の妖精が雷を運んできたようだ。


 そしてそれは、エドワードの膝上に座るユフィーリアが締め上げられる合図でもあった。



「おぎゃああ!!」


「ぐええッ」



 背後から全身を容赦なく締め上げられ、ユフィーリアは呻き声を口から漏らしてしまう。呻き声と一緒に内臓まで出るかと思った。



「ユーリ、お布団持ってきたからエドに被せてあげて!!」


「ありがとう、ハル。意識が飛びそうだからお前がかけてやってくれ」


「エド、ユーリを離して!! 死んじゃうから!!」


「おべべべべべべべばばばばば」



 ギチギチとエドワードが全身を締めてくるので、ユフィーリアはそろそろ意識が飛びそうになる。このままでは問題児仲良く心中での幕引きとなりそうだ。

 雷を怖がるエドワードをユフィーリアから引き剥がそうと、ハルアが躍起になる。小刻みに震えるエドワードを蹴飛ばすも、普段から鍛えられている影響でさほどダメージが入っているとは思えない。


 内臓と一緒に魂まで抜け出そうなユフィーリアの前に、今度は別のものが現れる。



「…………」


「ユーリ、死んじゃった!?」



 不謹慎なことを言うハルアに反応さえせず、ユフィーリアはじっと彼の後ろに視線を注いだ。


 金髪縦ロールの西洋人形が、何故かひとりでにふわふわと浮かんでいるのだ。重力に逆らうようにして虚空を漂う人形が、感情の読めない青色の双眸を固まるユフィーリアに投げかけてくる。

 その西洋人形は確か副学院長が魔改造をした影響で金髪縦ロールのプロペラで飛ぶようになったのだが、そんな事実など頭で考えつかないほどユフィーリアは疲れ切っていた。今まで人形たちに嬲られてきたのだから当然ではある。


 ユフィーリアはエドワードに縋りつき、



「人形!!」


「人形!?」



 ハルアが弾かれたように背後を振り返る。


 彼の背後に控えていた金髪縦ロールの西洋人形と目があった。「じゃーん、ドッキリー。どうッスか?」なんて聞き覚えのある声が人形から聞こえてくると同時に、ハルアの手が人形の金髪縦ロールを掴んでいた。

 そのまま大きく振りかぶり、用務員室の窓めがけて叩きつける。窓の硝子が割れ、西洋人形は豪雨の中を風のような速度でぶっ飛ばされていった。副学院長の悲鳴が聞こえたような気がした。


 額の汗を拭ったハルアは、



「全く、怖がらせて何が楽しいんだろうね!!」


「あの窓を直すのは誰がやるんだ?」


「ゔぁッ!!」



 特に何も考えることなく窓を破壊してしまったハルアは、ユフィーリアの言葉を受けて素早く土下座をする。「ごめんなさい!!」と元気のいい謝罪付きだ。


 それにしても、あの人形を怖がらないとはさすが怖いものなしの未成年組の片割れである。ショウもアイゼルネも雷や人形などに恐怖心を示さないので、精神的に強いのかもしれない。

 もしかしたら、学院長室に放置されていた劇型魔法絵画なんてあっさり幕引きに導いてしまうことだろう。出てくる人形たちは全て薙ぎ倒し、理不尽に最後まで突き進んでいく未成年組の姿が何故か目に浮かんだ。



「あの劇型魔法絵画、未成年組にやらせたら何分で脱出できるんだろうなぁ……」


「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」


「エド、雷の認識を阻害する魔法をかけてやるから腕の力を緩めろ痛い痛い痛い内臓が出るどころじゃなくて骨が折れる全身の骨が折れる!!」



 雷に怯えるエドワードの腕から何とか脱出したユフィーリアは、ハルアが持ってきた布団を頭から被せてやり魔法で雷を認識できなくさせるのだった。そうでもしないと命の危機があるのだ。

《登場人物》


【ユフィーリア】かつてはかなり髪の毛が長かった。このあとラプンツェルみたいにお花がいっぱいついた三つ編みにされたり、ドリルみたいに立たされたりする。

【エドワード】かつてユフィーリアの髪がかなり長かった時代を見たことがある。お布団をもらってからユフィーリアを解放し、お団子になって雷を回避。

【ハルア】嵐の妖精が来ると分かってからちゃんと先輩の為にお布団を持ってきてあげた。お化けも人形も雷も大丈夫。

【アイゼルネ】ユフィーリアの髪の毛がめちゃくちゃ伸びたので、嬉々として飾り立てる。

【ショウ】最愛の旦那様を昇天ペガサスミックス盛りにした時は額に浮かんだ汗を拭って達成感を得たぐらい楽しかった。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、お疲れ様です!! 無事戻られてこられて本当に良かったです。 副学院長先生、もうこれぞまさに芸人というか、タイミングが最悪というか、よりによってこんな時にどうしてこんなドッキリを仕掛け…
ほのぼの日常が戻ってきて来ましたね。平和で良いですわぁ(スズッ)
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