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第9話【問題用務員と試食品】

 予想通り、かなり稼ぐことが出来た。



「いやー、結構稼げたな」


「たくさん焼いた甲斐があったねぇ」



 異世界パン屋の売上を確認しながら、ユフィーリアとエドワードは「よくやった」「互いにねぇ」とお互いを称賛する。


 ドワーフ兄弟の営業するパン屋に負けないような商品の品揃えと提供速度を目指したが、まさか同じ土俵に上がることすらなく敵が沈んでいくとは想定外である。あまりの出来事に笑いを禁じ得なかった。

 特に店員を任せた未成年組の頑張りも貢献したと言えよう。聡明な嫁のセールストークに加え、ハルアの存在がクレーマーの激減にも繋がった。おかげで喧嘩を売ってくる蛮勇な阿呆は出てこなかったらしい。


 おやつとして用意していた異世界パン『チュロス』をもしゃもしゃと口の中に詰め込むショウは、



「カツ丼サンドがなかなかいい売上でしたね。あれは男性を中心に売れました」


「あれねぇ、ショウちゃんの助言があったからだよぉ」



 エドワードが「あれ本当に美味しそうに出来上がったよねぇ」としみじみとした様子で呟く。


 異世界パン屋を開店するにあたり、新商品を導入するべくショウが提案したものだ。異世界にそのようなパンはないらしいが、組み合わせ的には最高だと聡明な嫁の判断によって生み出された商品である。

 それが、カリカリに焼いたトーストに揚げた肉とふわふわの卵焼きを挟むという『カツ丼サンド』であった。「お肉と卵の相性はどこでも変わらないのです!!」と力説するショウは可愛かった。ちょっと涎も垂れていたし。


 売上の記録を終えたユフィーリアは、



「移動式パン屋のやり方もグローリアに言って変えさせたしなれ


「毎週別のパン屋が訪れるのはいいことだと思う。同日に複数展開する方式よりも効率がいいな」



 異世界パン屋を開店する際に、目標はドワーフのドゥブロ兄弟が営む移動式パン屋の客を奪うことだった。他の店舗の売上まで奪う訳にはいかないので、確実にあの移動式パン屋を仕留めるには他の移動式パン屋の販売日をずらす必要があった。

 その結果、グローリアに提案したのが『毎週、別の移動式パン屋が販売に来る』方式である。各週で最大2店舗の移動式パン屋が来訪する形式に変更させ、確実にドゥブロ兄弟の店から客を奪う為の算段にこぎつけたのだ。これなら傷つくのはドゥブロ兄弟だけである。


 ちょうど紅茶の準備中だったアイゼルネは、



「今日、ドワーフ兄弟が怒鳴り込んできたわヨ♪ ショウちゃんに追い返されていたけれド♪」


七魔法王セブンズ・マギアスすら舌で打ち負かすショウ坊に、ただのドワーフが勝てる訳ねえだろ」


「どや」



 ユフィーリアの手厳しい言葉に、ショウが少し誇らしげに胸を張っていた。この聡明な嫁を言葉で打ち負かすことが出来る人物は限られてくるかもしれない。あの天下の七魔法王でさえ言葉で敵わないのだ。

 加えて、今回はあのドワーフ兄弟はショウの地雷を踏み抜いている訳である。罵詈雑言の手加減もないだろう。ボコボコに打ち負かされている彼らを見てやりたかった気もある。


 すると、



「郵便ですニャ」


「ん?」



 用務員室の扉を開け、購買部を営む猫妖精ケットシー――黒猫店長が大きめの木箱を台車に乗せてやってきた。学院内に届いた大型の荷物は、こうして黒猫店長が持ってきてくれるのだ。

 何かを通販した記憶がないので、誰かからの荷物であることは予想できる。ただ誰かから荷物を送られるようなことをしていないので、問題児は互いの顔を見合わせて首を傾げるばかりだ。


 とりあえずユフィーリアは黒猫店長から荷物である木箱を受け取ると、



「あのドゥブロ兄弟からだ」


「負かされた相手に何を送りつけてきたのぉ?」


「嫌がらせかな!!」


「そうなったら今度は通報ネ♪」


「闇討ちの出番だな。今日は夜更かしさんにならなければ……」



 宛先がドゥブロ兄弟だと判明すると、問題児の間に緊張感が走る。未成年組はなおも報復を目論むドゥブロ兄弟に対して闇討ちを企てる始末である。まだ報復を企んでいるとは、あのドワーフたちもなかなか陰湿な連中だ。

 箱を受け取った感じでは、中身は軽い。罠めいた魔法もかけられている様子は見られない。では一体何を送ってきたのか。


 ユフィーリアは受け取った木箱を廊下に置き、それから距離を取って雪の結晶が刻まれた煙管を突きつける。



「これで虫でも仕掛けられてたら未成年組を解き放ってやるからな……」


「ヴァジュラ使っていい!?」


「父さんに通信魔法を飛ばす時間はあるだろうか。また冥府の空に穴を開けてしまいそうだ」


「世界でも滅ぼす気なのぉ?」


「やる気に満ち溢れすぎよネ♪」



 未成年組の決意を背中で聞きながら、ユフィーリアは魔法で木箱を遠隔から開封する。


 木箱の側面が外れる。蓋を外した途端に襲いかかるような仕掛けはなく、また箱から虫などの罠が飛び出してくることもなかった。

 警戒しながら廊下に置いた木箱に近寄ると、小麦色の何かが大量に詰め込まれているのが確認できた。小分けの袋に詰め込まれたそれは、大量のパンである。


 パンの山を前に、問題児は全員揃って目を瞬かせた。まさか廃棄品を寄越してきたのか。



「廃棄品か、これ?」


「俺ちゃんが喜ぶだけよぉ」


「毒でも仕込まれていたりとか!?」


「あら大変♪」


「意図によっては闇討ちの対象だが」



 まだ闇討ちに対するやる気を漲らせる未成年組はさておいて、ユフィーリアは木箱の中に手紙が仕込まれていることに気づいた。

 木箱とパンの隙間に捩じ込まれた手紙を抜き取ると、何やら無骨な文字で長々と文章が連なっている。恨み言の手紙かと思いきや、文章に目を走らせると内容は真逆のものだった。


 内容はこうである。



『問題児へ。


 今日の出来事で、オレたちは気づかされた。

 自分たちがどれほど甘えていたのか、どれほど胡座を掻いていたのか。

 それを気づかせてくれたお前たちには感謝している。


 パン屋を始めてからというもの、昔のように新商品で客を喜ばせようという気概がなくなっちまっていたようだ。

 だから、また1から修行し直す。全員が納得できる美味いパン屋を目指すさ。異世界パン屋なんて目じゃねえぐらいな!!



 それはそうと、どんな新商品が売れるか分からねえ。

 とりあえず片っ端から新しいパンを焼いてみたんだが、食って感想を聞かせてくれ。試食品の山を送ってやる。

 お前たちの舌に期待してるぜ!!


 ドゥブロ7人兄弟より、愛を込めて』



 まさかの試食を任されてしまった。



「……これ全部か?」


「大変だねぇ」


「食べていいの!?」


「こんな頼られ方は初めてネ♪」


「図々しいな。ダメ出しして送り返してあげよう」



 とりあえず試食を任されてしまった以上、きちんと食べてやらなければパンが可哀想である。

 食材を無駄にしない問題児は、仕方がないので送りつけられた試食のパンを食べることにした。今日からしばらくはパンが続きそうである。


 それからしっかり味の感想と、ショウによる「舐めてんじゃねえぞ」という問題児の怒りを丁寧に書き記したお手紙を送付し、ドゥブロ兄弟からはそれ以降何も届かなくなった。

《登場人物》


【ユフィーリア】試食品などの講評を求められれば本気で取り組むが、それはそれとして負かされた相手に大量のパンを送ってくるとか嫌がらせか?

【エドワード】真似して作っただろうカツサンドの出来が甘く、肉もパサパサだし美味しくないので長文のダメ出しを送りつけた。

【ハルア】クリームパンかと思ったら辛子入りのパンだったのでちょっとキレた。何でこんなものが入ってんだよ。

【アイゼルネ】南瓜の形をしたパンがあって見た目は高評価だが、南瓜が口に残る感覚が気に食わないので没案件。

【ショウ】異世界知識を提供する側として真摯に試食品と向き合ったが、全体的にしっかりダメ出ししておいた。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >だから、また1から修行し直す。全員が納得できる美味いパン屋を目指すさ。異世界パン屋なんて目じゃねえぐらいな!! こう…
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