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第7話【問題用務員と店番終了】

 夕方になり、ようやく客足も落ち着いた。



「エド、アタシはもう疲れたよ……何だかとっても眠いんだ……」


「そんなところで寝てるとぉ、引き摺りながら用務員室まで連れていくよぉ」


「ふざけんな。アタシの美貌がどうなってもいいのか」



 夕方になったので閉店作業をしている最中、とうとう疲労感が臨界点を突破したユフィーリアは地面にうつ伏せで倒れ込んだところで馬鹿なことを宣い始めた。最も付き合いの長いエドワードが冗談とも本気とも取れないことを言い出したので弾かれたように起き上がっていたが。

 昼休みを通り過ぎて放課後になるまで働き詰めだったのだ。ユフィーリアも店頭に立ったり商品であるパンを焼いたり大忙しだった訳である。問題児筆頭だって疲れる時は疲れるのだ。


 再びパタリと地面にうつ伏せで倒れ込んだユフィーリアは、



「もうやだ、動きたくねえ……」


「ここまで疲れるなんて珍しいねぇ」


「パンを焼く作業は意外にも疲れるんだよ。繊細な魔力操作とか必要なの」



 魔法でパンを量産していたので、いい具合に焼き色をつけるにはそれなりに繊細な魔法の操作が必要になってくる。必要以上に魔力を込めれば焦げてしまうし、かと言って魔力を弱めれば今度は生焼けのパンが出来上がる。その繊細な作業が必要なのだ。

 そのユフィーリアのこだわりめいた繊細な作業が功を奏し、異世界パン屋の売上は大成功を収めた。疲労感を犠牲に多大な売上に貢献した訳である。褒められてもいいのではなかろうか。


 そんなうつ伏せの状態で転がるユフィーリアの背中を、ポンと誰かが優しく撫でてくれた。



「ユフィーリア」


「ショウ坊……」



 顔を上げれば、優しく慈愛に満ちた笑みを見せる美しくも可愛い最愛の嫁、ショウと目が合った。彼の背後に広がる真っ赤な夕焼け空と、彼自身の色鮮やかな赤い双眸が解け合う。



「ご覧、ユフィーリア。あれがルー○ンスの絵だぞ」


「誰だよそれ、何だよそのルーなんとかスの絵ってのは」



 凄え可愛い笑顔で何か意味の分からないことを言われた。これにはさすがのユフィーリアも突っ込まざるを得なかった。


 それはもう女神の如き笑顔を浮かべたショウは、虚空に視線を投げかけて「綺麗だなぁ」なんて呟く。彼には何が見えていると言うのか。疲れすぎてとうとう幻覚を認識し始めてしまったようだ。

 彼もまた異世界のパンを説明し、それをお客様に売りつけていた。詳細な商品説明と売りつける技術を駆使したから、彼も精神的に疲れているのだろう。それなのに今まで閉店作業に従事していたのは働き者である。


 ユフィーリアはモソモソと身体を起こし、



「ショウ坊、お前は休んでな。アタシが閉店作業をやるから」


「俺は疲れてないぞ?」


「いいんだ、ショウ坊。無理すんな。お前は少し休め、な?」



 ショウはなおも「本当に疲れていないのだが」と主張するも、幻覚を認識し始めてしまうのは相当無理をさせてしまった自覚があるので、ユフィーリアは最愛の嫁を木箱の上に座らせる。ついでに売れ残ってしまったパンをおやつ代わりに確保していたハルアを見張りにつけた。これで逃げられまい。


 見張りに先輩用務員をつけられた最愛の嫁を横目に、ユフィーリアは閉店作業に取り掛かる。

 商品棚に陳列したまま売れ残ってしまったメロンパンやチョココロネ、あとはその他惣菜を挟んだサンドイッチなどは今日の問題児の夕ご飯になるだろう。どうせエドワードが全部胃の中に収めてしまうのだ。無駄にはならないはずだ。


 すると、



「おーう、問題児ぃ。売れてるかぁ?」


「うごッ、酒臭ァ!!」



 濁声が聞こえてきたと思えば、エドワードがその悪臭に悲鳴を上げる。


 見れば、購買部のすぐ側に設けられた商品搬入用の門を通り抜けて、見覚えのある7人のドワーフが千鳥足気味に戻ってきた。葬式に参列していたドゥブロ7人兄弟である。

 どうやら葬式のあとに行われる酒宴にまで参加してきたようで、誰も彼も赤ら顔で足元も覚束ない。ヴァラール魔法学院を飛び出したパン屋の制服のまま葬式の土産として持たされた紙袋まで引き摺っている始末である。商売人としてあるまじき姿であった。


 酒の臭いを避ける為に距離を取ったエドワードなど目もくれず、ドゥブロ7人兄弟はユフィーリアを取り囲む。



「どうだ売れたか? ん?」


「お前さんの美貌なら男を相手に稼げるだろう」


「どうだったんだ、今日の売上は?」


「パン屋をあまり舐めねえ方がいいぞぉ」


「これでもオレたちはパンの腕前で飯食ってるからな」


「顔だけで売れるんならお話にならねえよなぁ」


「でェ? どうだったんだこのこのォ」



 口々に、何だか失礼なことまで交えながら話しかけてくるドワーフども。


 7人の酔っ払いに絡まれ、ユフィーリアはうんざりする。

 というか、普段からこのドワーフどもはそんな印象を問題児に抱いていたのか。納得できない、非常に納得できない。ユフィーリアたち問題児の料理の腕前は確かなものだし、顔だけで売れたら店先で「げぇ、問題児!!」と親の顔より見た反応をされることもない。


 こいつら氷漬けにしてやろうかなと画策していると、横から伸びた手が1人のドワーフの襟首を掴む。



「ユフィーリアが美貌だけでパンを売ったと――本気でそうお考えですか?」



 不埒な気配でも感じ取ったのか、夕焼け色の瞳から光を消したショウがさながら幽鬼の如く彼らの背後に忍び寄る。よほど恐ろしく思えたのだろう、彼らの口から悲鳴が漏れた。

 最愛の嫁の後ろでは、何やら禍々しい真っ黒な剣を取り出したハルアが狂気の笑顔を顔面に貼り付けて控えている。何かあれば即滅殺という雰囲気が漂っている。怖くて仕方がない。


 1人のドワーフの襟首を掴んで右に左にガクガクと揺さぶるショウは、



「売上が気になりますか? 結果は大成功でしたよ、何せこちらには料理上手なユフィーリアやエドさん、それに加えて俺の異世界知識とセールストークが合わさったんだぞ。これで売れない方がおかしいだろう」


「おぶえ、吐く吐く、吐いちゃうおえっぷ」


「何吐いてスッキリしようとしているんですか。謝ってください、ユフィーリアに失礼なことを言ったの謝ってくださいコラ謝れって言ってるでしょう聞いているんですか顔を青くしている暇があるなら『ご』と『め』と『ん』の3文字ぐらい吐いてください」


「ショウ坊、その辺で。本気で吐きそうだから、な? 離してあげようぜ、な?」



 捕まえた1人のドワーフを尋問する最愛の嫁の手をやんわりと引き剥がし、ユフィーリアは言う。



「おっさんども、帰ってきたんならもうアタシらは帰るからな。商品は全部回収したから、あとは棚とか頼むぞ」


「え? おい売上は?」


「商品棚の下に置いてある金庫の中だ。手数料分はもらったからな」



 そう告げて、ユフィーリアは足早に購買部の前から立ち去った。これ以上、この酔っ払いどもに突っかかれば今度こそ暴力沙汰になりかねない。

 問題児筆頭が立ち去ったことで、他の仲間も後ろ髪を引かれる思いだったようだがユフィーリアの背中を追いかけてきた。完全に見えなくなるまで、ユフィーリアを除いた問題児はドワーフ兄弟から視線を外すことはなかった。



 ☆



「失礼しちゃうんだけど!!」


「確かにユフィーリアは美人さんだから顔を目当てにしたお客さんもいるかもしれないが、それにしたってあんな言い方はないだろう!!」


「ね、ショウちゃん。夜になったら闇討ちしに行こっか!! オレ、そういうの得意だよ!!」


「奇遇だな、ハルさん。俺もあのドワーフさんたちは痛い目を見た方がいいと思っているんだ」



 ぷりぷりと怒った様子の未成年組の会話が、茜色に染まるヴァラール魔法学院の廊下に落ちる。内容が何だか物騒なものに変わってきたが、超健康優良児で夜更かしなんか出来ない未成年組に闇討ちなど出来っこないので無視するのが得策である。

 ただ、本気で闇討ちを画策していたとすれば問題なので、彼らが寝たあとはこっそりと部屋の扉に施錠魔法でもかけておこうとユフィーリアは密かに決めた。魔法が使えない彼らに施錠魔法を解除する手段は持ち合わせないはずである。壁を破壊されたら溜まったものではないが。


 黙って雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアに、エドワードとアイゼルネが視線をやる。



「で、我らが魔女様がただ言われっぱなしってのが納得できないよねぇ」


「このままユーリが何もしないのだったら、おねーさんはショウちゃんとハルちゃんの意見を支持するわヨ♪」


「別にな、気にはしてねえよ」



 ユフィーリアは清涼感のある煙を吐き出し、



「ただまあ、物珍しさだけで売れてる奴らが偉そうな口を利くよなと思っただけだ」


「物珍しさ?」


「ドワーフのパン屋は月に一度しか訪問しねえだろ。しかも営業は昼休みの間にしかやらねえと来た。美味さはどうこう以前に、希少性で『買っておかなきゃ』と思わせるから売れるんだよ」



 ドワーフのドゥブロ7人兄弟が営業している移動式のパン屋は、月に一度しか訪れない。しかも営業時間は昼休みだけと限定されており、希少性を目当てに客が殺到する仕組みになっているのだ。確かにパンは美味いが、では毎日食べたいかと問われれば首を傾げてしまう。

 移動式パン屋は複数来る。ドゥブロ7人兄弟の店だけではないのだ。月に一度、昼休みの間だけという希少性に惹かれて生徒たちは集まるのだから。


 ならばこそ、



「別に誰がパン屋を増やそうが構わねえよな?」


「ユーリぃ、それってぇ」


「ちょっとグローリアと相談しながらになるけどな。あんな感じでズケズケと言われちゃ、アタシだって腹が立つよ」



 やることは単純明快だ。

 別にユフィーリアは、他のパン屋に苛立ったことはない。今回のドゥブロ7人兄弟だけだ。一緒に来訪した他のパン屋は手伝いもしてくれたので、その心意気に免じて問題行動は見逃してやろうではないか。


 ただし、ドゥブロ兄弟だけは容赦はしない。



「客を奪ってやる。問題児を舐めんじゃねえ」



 ――それぐらいの実力ならば、すでに今日で証明されたのだ。

《登場人物》


【ユフィーリア】顔で売ってるって〜? やろうと思えば出来ますけど〜?

【エドワード】顔で売ってるって〜? お前の目は節穴か〜?

【ハルア】腹立つことを言われた自覚はあるので殴りたいな殴っていいよね!?

【アイゼルネ】本気になれば顔で売れる。

【ショウ】ユフィーリアに失礼なことを言うのは許さない。


【ドゥブロ7人兄弟】移動式パン屋を営むドワーフ族の兄弟。葬式帰りで酒宴まで参加してきた酔っ払い。酒の味は好きだが弱い。

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