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第2話【問題用務員とパン屋営業】

 移動式パン屋の営業を押し付けられた問題児は、それはそれはもう大混乱の中にいた。



「どうするんだよ、購買部の店番を任されるのと訳が違えんだぞ!?」


「せめて他の日に振り替えればいいのにぃ」


「どうして今日に限って!!」


「これだから問題児は困るわネ♪」


「それならお仕事をサボらないでちゃんとお昼休みにくればよかった……」



 生徒たちが授業中の隙を見て購買部前にやってきたのが運の尽きである。狡いことをするからバチが当たったのだ。そうとしか考えられない。

 以前、春先に購買部の店番を任されたことはあるが、あの時と訳が違うのだ。あの時は商品を売ることだけに専念すればよかったが、今回の場合は主力商品であるパンも用意しなければならない。何度見ても商品棚はすっからかんなので、必然的にパンを焼く作業まで発生する。


 ユフィーリアは「クソがよ」と悪態を吐き、



「もう知らん、帰る。普通にどこかで飯食った方がマシだ」


「あんなドワーフ族の連中に付き合う必要はないねぇ」



 苛立ちが口調にまで表れ始めたユフィーリアに、エドワードが同意を示してくる。パンを焼くことが出来る問題児の料理番どもがこぞって匙を投げたので、パン屋の営業は出来なくなったと言ってもいい。

 本来の店主が存在しないとなれば月に一度の移動式パン屋を楽しみにしていた生徒たちはガッカリするだろうが、世の中は上手くいかないということを知るいいきっかけになる。何と素晴らしい心構えを教える問題児だろうか。『時には諦めも肝心』と大事な心を教えてくれる。


 ところが、



「……リタ、ここのパン屋楽しみにしてたんだけどな」


「そうだな……」



 ポツリと未成年組が呟いたことで、その場から足早に離れようとする問題児の料理番たちの動きが止まった。


 ハルアとショウの友人であるヴァラール魔法学院1学年の女子生徒、リタ・アロットもこのパン屋の来訪を心待ちにしていたことはユフィーリアも記憶がある。用務員室に訪れてはツキノウサギのぷいぷいの観察記録をつけ、その際にハルアとショウで「ここのパン屋が来るのを楽しみにしているんです」と語っていた。

 何でも、リタがいつも授業を終えてから移動式パン屋を訪れると、すでに長蛇の列をなしていて目当ての商品を購入することが出来ないらしいのだ。行列を独占するのは上級学年ばかりで、下級生はよほどの強運を持っていない限りは買えないらしい。


 そこで、問題児の立場を利用してハルアとショウが代理購入を申し出たのだ。生徒たちが授業中の隙を狙ってパンの購入を目論んだが、その店主に経営を任されてしまうとどうしようもない。



「どうしよっか、ショウちゃん。パン屋のおじちゃんたちがお葬式に出かけちゃったって言おっか」


「商品がなければパン屋は成立しないからな。リタさんも楽しみにしていたが、今回ばかりは俺たちではどうしようも……」



 そこでハルアとショウの視線が、チラッとユフィーリアとエドワードに投げかけられる。


 パンを焼くことが出来るのは、用務員どころかヴァラール魔法学院内でも突出した料理の腕前を持つユフィーリアとエドワードだけだ。2人がかりで今からパンを焼けば、生徒たちが授業を終えた頃合いまでにある程度は用意できるだろう。

 だが、ドワーフ族の思惑に乗ってやるのも癪である。今回は問題児の問題行動は一切関係ないのだ。半ば無理やり押し付けられた形である。渦中の三男だけ葬式に行けばいいのに、他の6人も葬式へ参列してしまうのだから「少しは現状のことも考えろ」と言いたくもなる。


 なのでパン屋を経営する義理はない――のだが。



「どうしよっかぁ」


「どうしようか」



 キラキラキラキラ、である。

 何か妙に、未成年組からの期待に満ちた眼差しが凄い。


 ユフィーリアとエドワードはそっと視線を逸らすのだが、



「どうしよっかぁ……」


「どうしようか……」



 キラキラキラキラ、である。

 もはや視線が痛すぎる。


 未成年組のキラキラ目線攻撃に耐えかねたユフィーリアとエドワードは、



「あー、もう分かった分かったやりゃあいいんだろ!!」


「んもぅ、おねだりの方法が上手すぎるでしょぉ」



 観念してパン屋の経営を宣言してしまった。もうあのキラキラ目線攻撃を受けるのは精神的にも耐えられそうになかった。


 問題児による移動式パン屋の経営が決定し、ハルアとショウは「やったねショウちゃん!!」「リタさんも喜ぶな」とはしゃいでいた。気づいていないだろうが、もちろん彼らも問題児ならば同じくパン屋を一緒に経営することになる。道連れは決定だ。

 傍観者に徹しているアイゼルネは全ての事情を理解したのか、ひらりと両手を振って降参の意を示すだけだった。この場で批判的なことを言ったところで決定は覆らないと、もう分かっているのだ。さすが元娼婦である、状況を読むのが上手い。


 ユフィーリアは商品棚が設置されたテントの裏側を覗き込み、



「確かに材料だけは揃ってるな」


「そうだねぇ。ちゃんとパンは焼くつもりで来てたみたいだねぇ」



 テントの裏側には、大量の小麦や野菜や肉などが木箱に入った状態で置かれていた。ある程度は生徒が授業中に焼いて準備をし、開店から追加分を用意していくという寸法なのだろう。

 ここまで用意されていると、さて何を作るべきかと迷ってしまう。ここはドワーフ族の経営する移動式パン屋ではなく、問題児による臨時のパン屋だ。ありきたりなパンを売るだけでは満足しないのが問題児である。


 ユフィーリアは用意された小麦の種類を確認しながら、



「とりあえず無難なところでバゲットサンドかな」


「あとはカンパーニュとかぁ?」


「チーズもあるし、チーズブレッドとかでも売れそうだよな」



 用意された材料を吟味しながら、ユフィーリアとエドワードは商品棚に並べるパンを考える。


 無難なところで言えば、バゲットにハムやチーズなどを挟んで提供する『バゲットサンド』だろうか。ヴァラール魔法学院に併設されたレストランでも提供されるパンであり、腹にも溜まるので学生たちには人気の高い商品だ。

 ただ、カンパーニュやチーズブレッドなどは素朴な味が特徴的なので、それ単体では昼食に向かないかもしれない。何か他にスープ料理をつける必要がありそうだ。購買部であればスープの取り扱いもあるだろうが、今度は黒猫店長がてんてこ舞いになりそうである。


 すると、ショウが何やら期待した面持ちで「はい!!」と元気よく挙手をした。



「メロンパンは定番だと思うぞ、ユフィーリア。あとチョココロネ!!」


「メロン? 今の時期、メロンはどこも取り扱ってねえと思うぞ」



 ショウの元気な提案を受けるのだが、現在の時期は11月真っ只中である。とうにメロンの時期は終わりを迎えており、どこの農家も取り扱っていないはずだ。リリアンティアもさすがに来年のメロンの時期を目指して苗を育てている最中である。

 良心からそんな指摘をすると、ショウがその場で膝から崩れ落ちた。メロンの時期ではないと気づいてショックを受けてしまっただろうか。いくら聡明なショウでも、メロンの時期を間違えるほど季節感には疎くないとは思うのだが。


 だが、膝から崩れ落ちた原因はどうやら違ったらしい。



「そうだった……!! ここは異世界、メロンパンやチョココロネなどは存在しない……!!」


「ショウ坊?」


「やけにお洒落なパンが多いとは思っていたが、やはり異世界だからか庶民的なパンは存在しないのか……!! 俺としたことが盲点!!」


「ショウ坊、おーい?」



 地面をポコポコと叩いて悔しさを露わにするショウの肩を、ユフィーリアは不安そうに揺さぶる。何か知らないが自分で嘆き悲しんで自分で解決してしまいそうな気配がある。

 最愛の嫁が時折、何を言っているのか分からなくなる時がある。特に食べ物に関連する内容だと途端に頭の螺子が外れて行方知れずになったかと思えば、急に自分で解決してしまうのでユフィーリアも反応に困るのだ。前回は生徒主催の行事『大食い大会』をデカ盛りなる悪魔みたいな内容に変えてしまったので、今回もおそらくそんな異世界の知識を駆使した内容になるだろうか。


 悔しそうに地面をぶっ叩いていたショウは、ガッとユフィーリアの手を掴んでくる。手のひらから伝わってくる力強さが、今はちょっと怖い。



「ユフィーリア、貴女ならば俺の理想を体現できるかもしれない。この世界のパン業界に革命を起こせるのは、魔法の天才と名高い貴女だけだ」


「うん、そこまで実力を買ってくれるのは嬉しいんだけど、まずやりたいことを言ってくれねえと分かんねえんだわ」


「パン業界の革命児になろう、ユフィーリア!!」


「なーんも分からん。ごめん」



 興奮気味に意味の分からないことを口走るショウに、ユフィーリアは困惑せざるを得なかった。どうしたものか、最愛の嫁がまたぶっ壊れてしまった。

 このぶっ壊れ嫁をかつて見たことがあるエドワード、ハルア、アイゼルネもどう扱ったものかと混乱中である。前回の大食い大会の際はちょっとした手伝い程度で動員されたが、今回は仲間外れにされないだろうか。


 問題児を華麗に置いてけぼりにして、ショウは熱く語り始める。



「異世界でのパンは比較的安価で、しかもふわふわでもちもちの食感を大事にしていた。それ故に色々なパンが発明され、食べ盛りな学生にも満足できる商品の数々が提供されてきたんだ」


「異世界のパンか。あの7人兄弟を出し抜くにはいいアイディアだな」



 この仕事を無理やり押し付けてきたドワーフ族7人兄弟の思惑に嵌るのは癪なので、異世界の知識を総動員した商品を並べるのはいい提案である。これはユフィーリアたち問題児にしか出来ないことだ。

 しかもショウが言うには『学生にも満足できるパンが提供されてきた』らしいのだ。ここは名門魔法学校、ヴァラール魔法学院である。多数の学生が在籍し、当然ながら食べ盛りの学生も多い。


 ショウはグッと拳を握りしめ、



「ここはやるしかない、異世界パン屋!! 俺の知識を総動員し、貴女とエドさんが仕上げてくれれば飛ぶように売れることは間違いないぞ!!」


「そこまで熱く語られちゃ、やらないって選択肢はねえな」



 ユフィーリアはにんまりと口の端を吊り上げて笑い、



「乗ってやろう、その異世界パン屋の作戦に。一体どんな商品を作りゃいいんだ?」



 ――こうして、問題児による異世界パン屋開店計画が始まり、ショウによる異世界知識に基づいて商品であるパンを生産していくのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】未成年組のキラキラ視線攻撃に耐えられない大人第1号。あの視線は言うこと聞いちゃう。

【エドワード】未成年組のキラキラ視線攻撃に耐えられない大人第2号。突き刺さる視線が痛くて耐えられなかった。

【ハルア】大抵のおねだりはキラキラ視線攻撃で何とかなるということを、後輩からきっちり学んだ。

【アイゼルネ】未成年組のおねだり攻撃が唯一通用しない人物。異性を誘惑するのが娼婦の仕事だったので、その手練手管は熟知している。むしろ教えてしまったから悪化したかも。

【ショウ】大抵のお願いはおねだり攻撃でどうにかなると思っている。最近ではアイゼルネの技も習得したので悪化の一途を辿るばかり。

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やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「ここはやるしかない、異世界パン屋!! 俺の知識を総動員し、貴女とエドさんが仕上げてくれれば飛ぶように売れるこ…
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