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第5話【問題用務員と目薬】

「全く、君たちって問題児は」


「はい!!」


「何度も何度も問題行動を重ねて」


「すみません!!」


「いい加減にしなよ、学ばないな」


「ごめんなさい!!」


「さっきから土下座で物凄い謝罪の勢いを見せるけど、一体どうしたの?」


「察してください!!」



 怒る学院長を前に謝罪を繰り返すユフィーリアは、それはそれは綺麗な土下座の姿勢を維持する。


 魔王キクガの悪印象を払拭するべく世界を終焉に導いたら、何故かユフィーリアとショウによる幸せな結婚エンドが起こってしまった訳だ。全員から祝福されるも最愛の嫁はまだ15歳の未成年、このまま結婚していれば間違いなくユフィーリアはド変態野郎として世間一般に知れ渡ってしまう。

 さらに結婚エンドを迎えたことでたがが外れ気味なショウが、下手をすれば寝室に引っ張り込もうとしてくるのだ。あの魔性の笑顔を向けられれば最後、迎える結末は問題児が仲良く揃って冥府の法廷に立たされるものである。従僕契約に従って、主人の心中にお付き合いという訳である。


 ユフィーリアが説教に対して従順な姿勢を維持しているので、学院長のグローリアはまだ無事でいられた。仲良く問題児筆頭の隣で並ぶ他の問題児どもと冥王第一補佐官はやべえ形相をしていたが。



「もうどうでもいいけど、これ以上は僕の命が危ないからとっとと退散するね」


「え!? もうちょっとお説教していかない!?」


「何で今日に限って真面目に説教を受けようとするの。やだよ君のところのお嫁さんと冥王第一補佐官殿に縊り殺されそうだもの」



 グローリアはユフィーリアの要求をにべもなく断ると、



「はい、これ。目薬を調合してきたから」


「お、助かる」



 視界が糸で支配されているのでよく見えないが、グローリアがユフィーリアの手に握らせてきたものは手のひらに転がるほどの小さな瓶である。瓶の口は小さく窄まっており、液体を垂らすように設計されていた。

 この目薬をさせば、ユフィーリアは見事に魔眼風邪を治療することが出来る。邪魔な糸たちともおさらばだ。


 ただ、問題が1つだけある。



「グローリア」


「何、ユフィーリア。僕は仕事があるんだけど」


「悪いんだけど、目薬さしてくれねえか?」



 語弊があるので言っておくが、ユフィーリアはちゃんと1人で目薬をさすことが出来る魔女である。いい大人なのだから目薬ぐらいは1人で片付けてナンボだ。

 ただ、現在は視界いっぱいにカラフルな糸が邪魔をしてきている状態である。目薬のさす場所など見当たらないほど見えないのだ。この見えない状況で目薬をさすなど至難の業である。


 どうせ目薬を作ったのであれば、最後まで責任を持ってほしいところだ。これさえ終わればユフィーリアだって嫁の暴走に付き合わなくてもいいのだから。



「やだよ」


「何でだよ、いいだろ目薬くらい。この状態でさせるかよ」


「だから、嫌だよ」



 容赦なく断ってくるグローリアは、



「君のお嫁さんの目が赤色から黒色に変わり果ててるもの。何をされるか分かったものじゃないって」


「何てこったい」



 ユフィーリアも思わず振り返ると、無表情のショウがじっと学院長を睨みつけていた。普段こそ夕焼け空を溶かし込んだかのような、色鮮やかな赤色の瞳が特徴的だが、今や明かりが一切差さない深い洞窟のような黒色に見える。おかしいな、幻覚かな。

 それまで学院長を睨みつけることだけに集中していたショウだが、ユフィーリアに見られていると知ると可愛らしく小首を傾げてきた。深い洞窟のようだった瞳も、元の赤い色が特徴的な瞳に戻っている。ついでに言えばきゅるんきゅるんに潤んでいた。


 ショウは小首を傾げた状態で、



「ユフィーリア、目薬なら俺がさすぞ?」


「寝室に引っ張り込もうとしないなら頼む」


「しないぞ」


「信じていいよな、その言葉。なあ? 信じていいよな?」



 ユフィーリアは不安を覚えながらも、とりあえず目薬をショウに渡す。きちんと目薬をさしてくれるのであれば誰がやろうと問題はなかったが、ショウの場合は寝室に引っ張り込もうとしてくるのが問題だ。


 手に握り込んでいた目薬の瓶が消え、代わりにショウの温かな手のひらがユフィーリアの肩に乗せられる。何をするかと思えばそのまま思い切り背中側に引っ張られたものだから、堪らず飛び退いてしまった。

 持ち前の身体能力を全力で活用した逃げの姿勢である。今や視界が使い物にならない分、警戒心が引き上げられている。


 野良猫のような逃げ方を見せたユフィーリアは、



「今、何、した」


「目薬をさそうとしたが……」



 カタコトで話す戦闘民族みたいな口調で言うユフィーリアに、ショウは困惑気味に自分の行動を語る。



「膝枕をした方がさしやすいかと」


「拒否、する」


「ユフィーリアがアマゾネスみたいな喋り方になってしまった。大変だ、警戒されている」



 ショウは「分かった」と頷き、



「ではユフィーリア、座って上を向くだけでいい。お目目を開いて上を向いてくれ」


「本当に大丈夫なんだろうな」


「大丈夫だ、ユフィーリア。俺のことを信じてくれ」



 そう言われて、無碍に出来るほどユフィーリアの心は頑丈に作られていない。最愛の嫁に従い、ユフィーリアはその場で正座をすると言われた通りに上を向いた。

 天井に顔を向けると、ショウが「そのまま動かないでくれ」と言うので動かずに耐えた。このまま炎腕で寝室に連れ込まれるのかという恐怖はあったものの、見開いた瞳にピチョンと目薬が落とされたので安堵する。目薬が染み込む、僅かな痛みと清涼感。


 これで魔眼風邪も治ると胸を撫で下ろしたユフィーリアだが、



「はい、パチパチしてくれ」


「?」



 ショウに言われ、とりあえずユフィーリアは拍手のように手をパチパチと叩いてみる。



「あの、ユフィーリア」


「何だよ」


「俺の言い方が悪かったな。拍手ではなくて瞬きの方だ」


「…………」



 言われた通りに瞬きをして余計な液体を涙と共に流し、それから申し訳なさそうな表情のショウへと振り返る。魔眼風邪は何事もなかったかのように完治しており、視界を邪魔するカラフルな糸の群れはどこにもない。

 現実を認識すると、何故か途端に恥ずかしくなってきた。言葉の意味を理解できず、ただ安易な行動を移してしまったことに対して死にたくなってくる。何だよ「パチパチして」という言葉は。


 その場に突っ伏したユフィーリアは、



「いっそ殺せ」


「可愛かったぞ、ユフィーリア」


「誰にでも間違いはあるよねぇ」


「オレも同じことしちゃうと思うから元気出して!!」


「そんなところも素敵ヨ♪」


「気にすることはない。知らなければ誰でもあのような行動を起こしてしまう訳だが」



 問題児の連中とキクガがユフィーリアを元気づけようとする中で、彼だけはちょっとばかり違った。



「そうだよ、誰にでもふふッ」


「…………」



 言葉が思わず漏れ出た笑い声に掻き消されたのを察知し、ユフィーリアは顔を上げる。


 グローリアは、明後日の方向を見上げながらプルプルと肩を震わせていた。大方、あのユフィーリアの間抜けな聞き間違いの光景に笑いを堪えているのだろう。

 問題児筆頭を相手に笑うとはいい度胸である。『やられたらやり返す、特にやられてなくてもやり返す』という精神が根付いている問題児にとっては十分に喧嘩を売る行為である。


 ユフィーリアは音もなく立ち上がり、



「そーれ必殺、膝カックン」


「おふぁ」



 素早くグローリアの背後に周り、ユフィーリアは彼の膝裏へ自分の膝を押し当ててやる。ショウから教えてもらった異世界技術『膝カックン』と呼ばれる奇襲技だ。

 その奇襲が成功し、グローリアは膝から崩れ落ちてしまう。床に転がったところで彼の身体に馬乗りとなり、ユフィーリアは氷柱を魔法で作り出した。やることなんて1つだけである。


 氷柱を握りしめたユフィーリアは、



「さあグローリア、目薬をさしましょうねぇ」


「それは目薬じゃない!! 失明しちゃうって!!」


「大丈夫だって、グローリア。あとでリリアのところに運んでやるから」


「笑ったのは謝るから!!」



 学院長の甲高い悲鳴と問題児筆頭の魔王の如き笑い声が、ヴァラール魔法学院全体に響き渡るのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】目薬はちゃんと自分でさせる。ただ今回は可視化された糸が邪魔すぎて目薬をさせないので他人にお願いしただけ。

【エドワード】目薬は自分でさせるが苦手。あの清涼感がちょっと無理なので清涼感のない目薬がいい。

【ハルア】自分でさせないので、ユフィーリアかエドワードに無言で目薬を突き出してやってもらう。最近はショウという後輩が出来たのでやってもらっている。

【アイゼルネ】エドワードと違って清涼感のある目薬じゃなきゃさした気分にならない。

【ショウ】目薬は自分でさせるにはさせるのだが、ちょっと手元が狂って色々ポタポタと垂らした後に目に入る。他人だと上手くできるのに。


【グローリア】目薬はよく徹夜をする時にさしている。清涼感のある目薬が好き。

【キクガ】目薬は自分でさせる。書き物をしていると年齢のせいもあって霞んでくるので、疲れ目に効くものを好む。

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