第4話【問題用務員と結婚エンド】
事情を話すと納得してくれた。
「なるほど、魔眼風邪。そのようなものがあるのかね」
「はいその通りですごめんなさい」
「ユフィーリア君、私は怒っていない訳だが。その怯えた目を止めてくれないかね、心が挫けそうだ」
「ぴゃあ」
脳裏にまだ魔王様然としたキクガが蔓延る影響で、ユフィーリアの思考回路はまともではなくなっていた。彼が何かを喋るたびに「ごめんなさい」の言葉を発するだけである。
いや、確実に悪いことをしている自覚はあるので、謝罪をするのは妥当な判断だ。特にキクガはこのほわほわした天然お父様の側面と、勤務態度最良の冷酷無慈悲な冥王第一補佐官の側面を併せ持っているので、怒られでもすれば大の大人でも涙目は免れない。
あまりの恐怖から正座の状態が解除できないユフィーリアは、
「そ、それでですね、えと、絶死の魔眼がまともに機能しないのをいいことに世界を終焉させては復活させてを繰り返していたら、その、ええはい」
「ああ、先程の『私が魔王のように見えた』という幻覚かね」
「その通りでございますはいすみませんでした」
「謝罪の言葉にバリエーションが出てしまった訳だが……」
流れるような謝罪の言葉に困惑するキクガ。気にした素振りはないのでもういつも通りに接して問題はないだろうが、頭の中にまだ冷酷な眼差しを宿したキクガの姿がこびりついている。しかも離れてくれない。
それが原因となっているのか、用務員室の隅ではキクガ最愛の息子であるショウが先輩用務員のエドワードに張り付いてガタガタと震えていた。「俺がユフィーリアを唆したから父さんが魔王様になったんだ」と繰り返し呟き、実の父親であるキクガをますます困らせる。本人からすれば冥王第一補佐官の座を退いた訳ではないのに、魔王様扱いされてしまっていた。
苦笑するキクガは、
「その、それほど怖かったかね?」
「え」
「幻覚の私のことだが。それほど怖い存在として映ってしまったかね?」
「いやその、あの」
めっちゃくそ怖かったです、という言葉は何とか飲み込んだが、聡明なキクガはユフィーリアの言わんとすることを理解してしまったようである。
「なるほど、それほど怖かったのかね……」
「いや、その、すみません」
「謝る必要はない。仕事中は何故か普通にしていても部下から怖がられることが多かった訳だが。それほど恐ろしい顔をしていたとは……」
キクガは「よし」と頷き、
「ユフィーリア君、もう一度世界を終焉させなさい」
「魔王様?」
「ああ言葉が悪かった訳だが。私の呼び名がとうとう魔王様に……」
どこかしょんぼりと肩を落とすキクガだが、頭を振ってから説明し始める。
「その幻覚は世界を終焉させることで出てきたものだろう。私も多少は気になる訳だが」
「いやまあ確かにそうなんですけど、正気っすか」
「正気もクソもない。早めにこの印象をどうにかしないと、私はいつまでもショウに意味もなく怖がられたままな訳だが。冥府関係者なのにこのままでは首を括りかねない訳だが」
今回の幻覚は、キクガの父親としての側面を大いに傷つけたらしい。特に目に入れても痛くないほど溺愛していた息子にああも怖がられてしまっている状態だ。しかも原因は、ユフィーリアがノリと勢いと後先を考えずに導いてしまった終焉である。
これはもう、恐怖ではなく申し訳ないという気持ちでいっぱいである。アズマ親子の仲の良さを理解しているからこそ、そんな気持ちもより一層強くなる。ユフィーリアがやってしまった結末だから、せめて責任を取るのはユフィーリアがやるべきではないのか。
正座の状態から立ち上がったユフィーリアは、
「分かった、親父さん。世界を終わらせよう」
「ユフィーリア君……!!」
「これはアタシがやらかした問題行動だ、アタシがケツを拭かなきゃいけねえよな。そこに親父さんを巻き込むのは不本意だ」
改めて銀製の鋏を握り直すユフィーリア。
しかし、これで果たして魔王キクガの印象を払拭できるのか不明である。また魔王様として幻覚のキクガが立ちはだかれば、今度こそ息子のショウに心的外傷を強く残すかもしれない。距離が出来るのはユフィーリアとしても不本意だ。
でも終焉の形式が選べないのもまた事実である。あの幻覚たちは知らない間にユフィーリアたちへ何らかの行動を及ぼしているので、次は無事である保証は出来ない。
それでもやらねばならない時があるのだ。
「行くぞ――――!!」
裂帛の気合いと共に、ユフィーリアは銀製の鋏を死神の鎌よろしく振って世界を終焉に導いた。
☆俺たちの幸せは、これからだ――――――――!!
「結婚エンドぉ!?!!」
「ショウちゃん、おめでとぉ」
「おめでとショウちゃん!! 幸せにしてもらいなね!!」
「おめでたいワ♪」
「皆さんありがとうございます」
「何で自然にお祝いしてるんだよ!? ま、まだだからな、まだ未成年のうちは結婚まで至らないからな!?」
断ち切った糸を繋ぎ合わせて、ユフィーリアを除いた問題児どもが口を揃えてお祝いしてくる。将来的に聞きたい言葉ではあるのだが、何故この時に聞かなければならないのか。
終焉の際に見た幻覚というのが、ユフィーリアとショウの幸せな結婚である。ウェディングドレスを身につけたショウの横には、きちんと花婿の装束を着込んだユフィーリアが笑っていやがった。最終回というオチではなく未来予知だと思いたい。
魔王様の如き冷酷さを見せつけてきたキクガの印象は払拭できただろうが、最愛の嫁が未成年のうちはまだ結婚にまで漕ぎ着けたくないのがユフィーリアの本音である。というか世間一般的な常識面から見て許してくれない。結婚の許可も受理されないに決まっている。
「ユフィーリア君……」
「ひゃいッ、何すか親父さんちゃんと魔王様の印象は払拭できただろ!?」
何やら覇気のない声に、ユフィーリアの心臓が凍りつく。よもや「息子を嫁に出すのはまだ早い」みたいな頑固親父のようなことを言われるのかとヒヤヒヤしたが、弾かれたように振り返るとどうやらそうではないことが分かった。
ユフィーリアの肩を掴んできたキクガは、ホロホロと静かに赤い瞳から涙を流していた。幻覚の中にいた魔王様然とした彼の姿はなく、涙を流す姿さえ綺麗で思わず見惚れてしまう。嫁と顔が同じだからだろうか。
赤い瞳から溢れ出す涙を指先で拭ったキクガは、
「ショウを……息子をどうか、幸せにしてあげてほしい訳だが」
「いやそれは幸せにするしお約束しますけど!! まだ未成年だから!!」
ユフィーリアは「正気に戻れ!!」と叫ぶ。
常識的に考えてほしい。嫁が未成年だったら結婚の許可も下りる訳がないのだ。周囲の人間が許しても、世の中の法律が許してくれない。
結婚が許される年齢は最低でも18歳を迎えなければいけない訳で、15歳のショウを嫁に迎えることはまだ不可能である。そりゃあ確かに幻覚の中で見たショウのウェディングドレス姿は綺麗なものだったが、それはせめて未来のお楽しみとして取っておきたいところだ。
すると、
「ユフィーリア」
「何だショウ坊、お前と結婚したくない訳じゃねえぞ。まだお前が未成年だからこのお祝いの空気をどうにかしようと思ってだな」
「結婚をしたあとは何をするか知っているだろう?」
背後からショウが抱きついてくる。
見上げた彼の顔には、とても綺麗な笑顔が乗せられていた。夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い瞳が蕩け、桜色の唇が嬉しそうに弧を描く。
その綺麗な笑顔に、ユフィーリアはとんでもなく嫌な予感がした。ハルアほどではないが、第六感が働いた形である。
そして、地獄の答え合わせが涼やかな低い声で奏でられた。
「初夜だ」
「…………」
想像してはダメだ、鼻血が出てまた冥府に旅立つ寸前になる。いつぞやも何か同じような目に遭って危うく幽刻の河を渡りそうになったので、考えてはいけない。
それなのに、笑顔のショウから目を離せない。あの笑顔のまま迫られたら鼻からの大量出血で冥府の法廷に立つ羽目になる。河だけでは済まない、今度は冥府の法廷だ。もれなく問題児揃って道連れである。
その時、
「ユフィーリア、君って魔女は!!!!」
怒号を轟かせ、グローリアが調合されたばかりの目薬を握りしめて用務員室に飛び込んでくる。何度も世界を終焉させては復活したことが影響を及ぼしたのだろう。
だが、今はそれがありがたかった。嫁の魔性の笑顔から逃れられるのであれば、説教だろうが拷問だろうが受けてやる所存である。
ユフィーリアはグローリアに飛びつくと、
「助かったグローリア頼む叱ってくれ怒ってくれ土下座でも反省文でも何でもやるから今は説教耐久4時間でも5時間でも24時間でもしてくれお願いだからぁぁぁぁぁぁ!!」
「ちょ、何いきなり、止めて離して君のお嫁さんが凄い顔で見てくるんだから縋りついてこないでやだああああああああ!!」
「叱ってえええええええええええええええ!!!!」
嫁の魔性の笑顔と諸々の手順をすっ飛ばして迎えるあれそれから逃れる為、ユフィーリアは必死にグローリアからの説教を乞うのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】将来的にはショウと結婚する予定ではあるものの、未成年のうちには手を出さんと決めている。変態に嫁いだとショウが悪く言われるのは嫌だからな。
【エドワード】意味不明な終焉の中で最もマシな終焉だよねぇ、現実で起こりそうだしぃ。
【ハルア】あれ、結婚してなかったっけ? 違ったっけ? まだだったか!!
【アイゼルネ】あれは終わりではなく未来予知ではと思っている。
【ショウ】終焉にも結婚エンドを認められたのでいざ既成……ダメなのか? 何故だユフィーリア? ユフィーリア!?
【キクガ】息子が幸せそうであれば終わりでもいいや。
【グローリア】またユフィーリアがやりやがったから怒ってやろうと意気込んで用務員室に駆け込んだら、説教を要求された。トチ狂ったのか?