第3話【問題用務員と魔王お父様】
※やっぱり最後までスクロールしてください。
事の経緯を説明したら納得してくれた。
「魔眼風邪? 君、300年前ぐらいも同じものにかかってなかったっけ?」
「今年に関して言えば魔眼を使いすぎたからかな」
「ああ、そうなんだ。目薬は? さっさとさしたら?」
「あったらやってる」
ユフィーリアは「何か使わないだろうとタカを括った過去のアタシが捨てたっぽい」と正直に告白したら、グローリアから虫を見るような眼差しを向けられた。次の瞬間にショウが目潰しを実行していたが。
いやもう、本当に勘弁してほしい限りである。ノリで世界を終焉させてみたら綺麗な海の幻覚を見るわ、希望に満ち足りた表情でどこかに向かって走り出そうとするわ、挙げ句の果てには実際に廊下を走り出そうとしていた始末である。次に世界を終焉させてみたら、今度は何が起きるだろうか。
今では実行を少しばかり後悔している。世界を終焉させた途端、自分の身に一体何が起きたのか。とっとと目薬をさして治してしまいたいところだが、あいにくと目薬を調合する為のお目目が大変なことになっているので難易度が爆上がりしている訳だ。
ショウに目潰しをされたグローリアは、ようやくその痛みから回復したようで呆れた口調で言う。
「全く、馬鹿な魔女だよ。大事な薬を捨てちゃうなんて」
「学院長、もう1発ほしいですか? 今度は鼻にします?」
「目潰しを鼻にやるってどういうこと!?」
「鼻フックですよ、何言ってるんですか。学院長の眼球は鼻の穴に埋まってるんです?」
「分かった、ユフィーリアを『馬鹿だ』って言ったのは謝るからチョキの状態で迫ってくるのは止めよう!? 僕たちは話し合いの余地があると思う!!」
指先をチョキの状態にしてジリジリと迫ってくるショウから距離を取り、グローリアは叫ぶ。いつもなら笑い飛ばしている光景だが、今は視界のほとんどを糸で埋め尽くされているので非常に邪魔である。
「んで、アタシはこんな状態だし、アイゼはそもそも魔力が足りなくて目薬が調合できねえんだ。それでグローリア、お前にはわざわざ用務員室にご足労いただいた訳よ」
「事情は分かったから助けて!!」
わざわざ問題行動の説明をしてやったというのに、グローリアの金切り声がまだ続いている。糸が視界の邪魔をしてくるのでよく見えないが、まだショウとの攻防が継続中のようだ。
糸の隙間から見える光景は、とうとう指先をチョキの状態にしたショウに捕まり、鼻の穴の中にほっそりとした指先を突っ込まれて悶えるグローリアの姿が映った。「ふがががががごごごご」と不細工にさせられた顔面で何事か呻いている。見なかったことに出来ないだろうか。
見かねたエドワードが後輩をあっさりと学院長から引き剥がして、彼らの攻防は幕引きを迎えた。
「イッタ……」
「鼻血出すなよ」
「第二関節までぐりぐり押し込んできたよ……他人の鼻の穴によく指を突っ込もうと思うね……」
「未成年なんだから色んな穴に指を突っ込みたくなるお年頃だろ」
「その理屈はおかしい」
グローリアは「全くもう」と言い、
「分かったよ、目薬を調合すればいいんでしょ? 前の時も僕が調合したと思うけど」
「あれ、そうだっけ? 覚えてねえや」
「まあ、そんなどうでもいい話は置いとくよ。別に『感謝しろ』って言ってる訳じゃないしね」
グローリアはくるりと踵を返す。
用務員室にもう1秒でもいたくない、という意思表示ではない。いや多分、その気持ちも少なからず存在するとは思うのだが、魔眼風邪を治療する為の目薬を調合してきてくれるのだろう。
ヴァラール魔法学院には魔法薬を調合する為の教室があり、そこには当然ながら魔眼風邪の治療薬にも使われる魔法植物や素材が置かれている。普段こそ勝手に授業道具である素材を使用するとうるさいが、ユフィーリアの絶死の魔眼を一刻でも早く治療しないとまずいとでも考えたのだろう。
「くれぐれも、くれぐれも!! 大人しくしているんだよ!!」
「何でそんなに念押しするんだよ」
「何度も面白半分で世界を終焉させて、あんな感じになるのはごめんだからだよ!!」
グローリアから「大人しくしていろ」と釘を刺され、ユフィーリアは不満げに鼻を鳴らすだけに留めた。そこまで言わなくてもいいだろうに。
目薬を調合しに魔法薬学実践室に向かってしまったグローリアを見送ると、用務員室に一時的な平穏が訪れる。問題児にとっては退屈極まる時間だ。調合された魔眼風邪の治療薬があれば魔眼の不調も治るが、さてその間はとても暇である。
ユフィーリアは銀製の鋏を手に取り、
「世界終わらせてみよっと」
「舌の根も乾かないうちによくやるねぇ」
「次はどんな幻覚が見えるかな!!」
「そんなに楽しいようなものではないと思うけれド♪」
「さすがユフィーリア、思考回路の切り替えが早いのは見習うべきだな」
呆れたような意見と期待に満ちた視線、それからいつも通りショウからの称賛の言葉を受けて、ユフィーリアはさっくりと世界を終焉させる為に糸を断ち切った。
☆俺たちの戦いは、これからだ、――――――――!!
「おい待て何かと戦おうとしてたぞ!?」
「一体何だったのぉ!?」
「やべえ!! 何か知らないけどエクスカリバー握りしめちゃってる!!」
「誰を仕留めようとしてたのヨ♪」
「あ、あ、何でか冥砲ルナ・フェルノまで出して……」
断ち切った糸を再び繋ぎ合わせ、問題児は揃って自分たちの行動に頭を抱えた。反省をしない馬鹿野郎どもである。
先程の幻覚は、その、何か巨大な影に立ち向かおうとしていたような気がする。徹頭徹尾、意味の分からない幻覚だ。しかもその幻覚がユフィーリアたちの行動にまで影響を及ぼしてくるのだから笑い事ではない。自分が何をしているのか分からなくて怖い。
強大な悪魔にも見えたようなその幻覚は、ユフィーリアたちが倒すべき最後の敵ということでいいのだろうか。よくはない。そんなものがいてたまるか。
幻覚が及ぼす強制的な行動によって出してしまった冥砲ルナ・フェルノをしまうショウは、
「も、もしかしたら次は誰か分かるのでは……」
「ショウちゃん、止めた方がいいってぇ。今度は用務員室の壁がなくなるよぉ」
2回目の終焉を提案するショウに、エドワードが反対を示した。彼も幻覚が及ぼした強制的な行動で拳を握ったばかりである。下手をすればそのまま壁をぶん殴って大きな穴を開けていたかもしれない。
「もうやだよぉ、怖いよぉ。次は何をするのか分かったもんじゃないよぉ」
「オレも次はヴァジュラを出すかもしれない!!」
無意識的に神造兵器であるエクスカリバーを引っ張り出していたハルアは、着ている真っ黒なツナギの衣嚢にそれをしまいながら返す。
「ヴァジュラまで出したら用務員室は無事じゃ済まないかもね!! 黒焦げになったらごめんね!!」
「出さないように努力してちょうだいヨ♪ 何でふざけた世界の終焉で心中をしなきゃいけないノ♪」
2回目の終焉に乗り気なハルアに、アイゼルネが厳しい口調で言う。彼女もまた魔法を使う際に必要なトランプカードを何枚も引っ張り出していたので、警戒する気持ちは分かる。
正直に言えば、ここで止めておくべきだ。大人しく目薬の到着を待っているべきだったのだ。
でもあの最後の敵みたいな雰囲気を出す人物の存在が気になりすぎて、このままでは夜も眠れないかもしれない。ここはあの最後の敵みたいな雰囲気を出す人物の正体を掴みたいところだ。幻覚だけど。
震える手で銀製の鋏を掴み直したユフィーリアは、
「お前ら気張れ、あの人物の正体を掴むぞ」
「幻覚じゃんねぇ、ほっときなよぉ」
「ヴァジュラを取り出しませんように!!」
「何で挑戦しちゃうのかしラ♪」
「何度でも諦めないその心、さすがだユフィーリア」
批判の声がちらほらと聞こえてくるが、構わずユフィーリアは糸を断ち切って世界を終焉に導いた。
☆俺たちの戦いは、これからだ――――――――!!
「親父さぁん!!」
「キクガさんだったよぉ!?」
「ショウちゃんパパは魔王にでも転職するの!?」
「怒られた時の記憶が蘇っちゃうワ♪」
「何で父さんがラスボス的な立ち位置に……」
先程と同じく糸を繋ぎ合わせ、問題児は口々に最後の敵として立ちはだかってきた幻覚の正体の名前を叫ぶ。
2回目の終焉で、その姿はハッキリと認識できた。それがショウの実父であり冥王第一補佐官として死後の世界にて勤務中のアズマ・キクガであった。頭の中が疑問でいっぱいである。ここは学院長のグローリアではないのか。
訳の分からん幻覚に最後の敵として当て込められてしまったキクガは、それはそれはもう威厳たっぷりの雰囲気を醸し出していた。普段は穏やかな光を湛える赤い双眸も地獄のように冷徹なものとなり、眼光は刃にも匹敵する鋭さがある。総じて言えば「何か怒ってる?」である。
自分の身体を抱きしめて震えるユフィーリアは、
「え、アタシ何かした……? 親父さんを怒らせるようなことした……?」
「現在進行形でやってるよぉ。何度も世界を終わらせて復活させればあんなに怒るってぇ」
か細いユフィーリアの声に、エドワードが至極真っ当なことを言ってくる。
幻覚とはいえ、やりすぎたのだ。もうこれ以上はやっちゃダメな気がする。
もう絶対に触らんとばかりに執務机へ銀製の鋏を投げ出し、ユフィーリアは固く瞳を閉ざした。目を閉じれば視界を支配する糸の群れなど容易く姿を消す。これで問題なしだ。
あとはグローリアの調合してくれた魔法薬を待つのみである。とっとと治さなければならない、魔眼風邪など。
「あの、ユフィーリア君。先程の、その、言葉には出来ないのだが何かしたのかね?」
「ぎゃあ!?」
「びゃあ!!」
「おげえ!!」
「きゃッ♪」
「うわあ!?」
「な、何故そのような反応を……?」
その時、唐突に用務員室の扉が開かれる。
姿を覗かせたのは、秋らしい紅葉柄が特徴の着物を身につけたキクガだった。脳裏をよぎった幻覚とは似ても似つかない姿である。女装をしているということは、今日は休暇で現世までやってきたのだろう。その手には手土産らしい紙袋まで装備されていた。
しかし問題児の頭の中には、あの冷酷な表情のキクガが色濃く残っている。ついでに言えば何回も反省することなく、魔眼風邪で簡単に世界が終わらないのをいいことに終わらせては復活を繰り返していたのだ。怒られて当然ではある。
ユフィーリアたち問題児はその場に正座をすると、
「あのこれには訳があって、とりあえず謝るんで怒るのだけは勘弁してください……」
「犠牲になるのはユーリだけにしてくださぁい」
「殺さないでください!!」
「今回に限って言えば悪いのはユーリだけヨ♪」
「ごめんなさい、父さん。この通りです。反省しています」
「何がかね? あの、申し訳ないが全く話が読めない訳だが」
問題児から何故か土下座で許しを乞われるキクガは、困惑気味に説明を求めるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】キクガに怒られた記憶が蘇り、本気で血の気が失せた。
【エドワード】あの冷ややかな目にはドMの趣味が騒がない。むしろ凍りつく。
【ハルア】キクガのあの目で見られてしまうと謝らなければという気持ちにさせられる。
【アイゼルネ】何もしていないはずなのにどうしてか謝らなければならないという気分に駆られる。
【ショウ】父親にあまり怒られるということがないので意味もなく睨まれるということが怖い。
【グローリア】目薬を作成してくれる優しさは見せてくれる学院長様。問題を起こしても優しい時は優しい。
【キクガ】有給を使って遊びに来たお父様。何故か訳の分からない幻覚で魔王様みたいな立ち位置にされ、困惑気味。