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第1話【問題用務員と魔眼風邪】

※最後までスクロールしてお読みください。

 事件は用務員室で起きた。



「あ」



 ちょうど魔導書を読んでいた銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは自らの身体に到来した不調を察知し、思わず声を上げる。



「風邪引いた」



 次の瞬間、バサバサ!! という音が用務員室に響き渡った。


 音の発生源は、ちょうど絵本の読み聞かせをしていた可憐な女装メイドちゃんのアズマ・ショウである。ユフィーリアの何気ない一言が発されるまではその涼やかな声で絵本の文章をなぞっていたのだが、今や夕焼けにも似た赤い瞳を見開いて動きを止めている。石化の魔法でもかけられたとばかりに動かない。呼吸をしているのか心配になる。

 彼の隣では、先輩用務員のハルア・アナスタシスが困惑したような表情で可愛い後輩の顔を覗き込んでいた。絵本の読み聞かせが強制終了してしまい、やり場のない想像力を持て余している様子である。肝心の絵本はショウの足元に転がっており、拾われる気配がない。


 未成年組の反応を前にしても、ユフィーリアは気づかない。目をゴシゴシと擦り、それから執務机の引き出しを漁る。



「えーと薬はどこ行ったかな……」



 薬を探すユフィーリアをよそに、ショウが電光石火の素早さで居住区画に飛び込んだ。扉が破壊される勢いで開け放たれ、それから彼の背中は居住区画の奥地に消えていく。

 かと思えば、ものの数十秒足らずで戻ってきた。息を切らせたショウはマフラーや毛糸の手袋などの防寒具と、数枚の毛布と、何故かネギと白菜を抱えていた。防寒具や毛布を持ってくるのは理解できるが、どうしてネギと白菜をわざわざ食料保管庫から引っ張り出してきたのか。


 慌ててユフィーリアに駆け寄ったショウは、まず毛布をユフィーリアの頭にかけてからマフラーでぐるぐる巻きにしてきた。



「ショウ坊」


「温めなきゃ、温めなきゃ……!!」


「ショウ坊待て、落ち着け」


「あとネギを首に巻いて、白菜を頭に乗せなきゃ……!!」


「なあ、ショウ坊。落ち着けって」



 お目目ぐるぐるでマフラーを幾重にも巻き付け、ついでにネギでユフィーリアの首を絞め上げようと企むショウ。さすがにネギでトドメを刺されては冥府にも旅立てないので、ネギを握りしめる彼の手を押さえつける。



「ショウ坊、よく聞け。熱じゃないから」


「え……」



 ショウの赤い瞳が瞬く。ネギを首に巻き付けようとしていた手の力も弱まった。



「熱ではないのか?」


「熱が出るような風邪じゃねえよ。自己申告できねえだろ」



 そもそも熱が出る系の風邪を「あ、風邪引いた」なんて自己申告でもすれば、確実に仮病を疑われる。問題児は健康優良児であり、風邪なんかと無縁なので「風邪引いた」なんていうふざけた自己申告は無効だ。

 では何の風邪かというと、この世には特殊な風邪などいくらでも存在するのだ。いや内臓疾患とか癌とかそういうものになってしまうのはさすがに該当しないが、とにかく魔女や魔法使いしか罹らない病気がある。


 ユフィーリアは「実はな」と肩を竦め、



「魔眼の風邪だよ。魔眼は特殊な魔力回路の集合体だからな、こればかりはアイゼのマッサージでも対策は出来ねえ」



 ほら、とユフィーリアは証拠を提示するように自らの青い瞳を指差した。


 色鮮やかな青い瞳は現在、極光色の輝きを帯びている。ユフィーリアの有する魔眼『絶死ゼッシの魔眼』が発動している証左だ。

 絶死の魔眼は相手の情報を糸状にして可視化するものだ。魔力や記憶、身体能力など様々な要素を糸として認識し、その糸を断ち切ることで能力や記憶などを消すことが出来る。非常に珍しい魔眼なので、風邪でも引こうものなら大変だ。


 ユフィーリアの瞳を覗き込んだショウは、



「本当だ」


「目薬をさせばすぐに治るよ。この状態だと魔眼の効果も思うように発揮されなくなるから厄介なんだよな」



 ため息を吐き、ユフィーリアは再び目薬捜索を始める。絶死の魔眼が発動したままの状態だと、何かの拍子に色んなところから飛んでいる糸に触れて断ち切ってしまう可能性がある。断ち切った糸を繋ぎ合わせれば糸に関する情報は復活するが、作業が面倒なので早急に治したいところだ。

 しかも風邪の場合、任意で発動している状態ではないので余計にタチが悪い。さらに威力も変な感じに出力されてしまうので、たとえ糸を断ち切ったとしても何だか思うような効果が出ないこともあるのだ。これでは第七席【世界終焉セカイシュウエン】の仕事も出来やしない。


 固まったままのハルアの元に戻っていったショウは、床に落としてしまった絵本を拾い上げて先輩の隣に収まる。絵本の読み聞かせが再開するかと思いきや、



「……ユフィーリア、単純な疑問なのだが」


「おう、どうしたショウ坊。好奇心旺盛なのはいいことだけど」 


「今の状態で世界を終焉させたら、一体どうなるんだ?」



 ピタリとユフィーリアは目薬捜索の手を止める。


 そういえば、やったことはない。世界を終わらせれば最後、もうユフィーリアでも復活させることは出来ない。何もかもが終わりとなってしまう。

 でも、現在の魔眼の状態は風邪っぴき状態である。まともに効果が出ない状態で世界の終焉をすれば、一体どんな結末を迎えるのか。ユフィーリアでも予想できない。


 目薬を捜索する手を止めたユフィーリアは、



「ちょっと面白そうだな、それ。多分、今の状態で世界を終わらせてもまた糸を繋げればいいそうな気がする」


「世界の終わりがどう訪れるのか、俺も興味がある」


「オレも!!」



 真剣な表情で頷くショウと、それに同意してくるハルア。未成年組は今日も好奇心旺盛である。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、銀製の鋏に切り替える。冴え冴えと刃が冴え渡る冷たい印象の鋏を掲げ、魔眼が発動した状態のままの瞳を空中に彷徨わせた。

 世界の終焉はこれが初めてだが、やり方は理解している。人間を終焉させるのと同じく、あらゆる糸を集約させて切断するだけだ。



「え、でも終わらせたらオレらはどうなっちゃうの!?」


「お前は従僕サーヴァントだから無事だろ、多分。喜べ世界が終わっても一緒だぞ」


「わあ、魅力的な言葉だ」



 初めての世界の終焉にキャッキャとはしゃぐ問題児は、それはそれはあっさりと世界中の糸を集約させて鋏で断ち切った。



 ☆俺たちの戦いはこれからだ――――――――!!













































































「ッぶねえ!? 何だあれ、一体!?」


「分からない!!」


「え、俺は今何を……!?」



 世界を司る糸を集約させて断ち切り、世界が終焉に導かれたところまでは想定内である。


 ただ、何故だろうか。その終わらせた果てに何故かどこかに向かって歩き出そうとしたのだ。問題児が前向きに明るく次の舞台に向かおうとしちゃっていた。

 何だろう、今のは。説明がしにくいが、とにかく何かしらの終わりであることは確かである。あんな終わり方でいいのか。


 ユフィーリア、ハルア、ショウは混乱していた。隕石が落ちて世界が崩壊とか足場が崩れて世界消滅とか、もっと他にやりようはいっぱいあったはずなのに、どうして希望に満ちた表情でどこかに行こうとするのか。



「も、もしかして今のは」


「何だ、ショウ坊。あの現象に心当たりがあるのか?」


「ああ」



 ユフィーリアの言葉に、ショウは頷く。



「少年漫画的な打ち切りラスト……!!」


「何だって?」


「よく分からない単語が出てきた!!」



 少年漫画的な打ち切りラストというものがどういうものか分からないのだが、彼が言うには今のようなあの状況を示すらしい。

 その少年漫画というものには、あんな風な描写があるのだろうか。ユフィーリアは読んだことがないので正確な判断が出来ず、あれが本当に多いのか確かめる術もない。


 またあの状況を確かめるべく世界を終わらせようとして、



「ねえ今、何か希望に満ち足りた表情でどこかに行こうとしてたんだけどぉ!?」


「何だったのかしラ♪」



 購買部までお使いに出かけたエドワードとアイゼルネが、先程の意味の分からない世界の終焉を受けたことで飛び込んできた。

《登場人物》


【ユフィーリア】魔眼の風邪にうっかりかかってしまった。熱などが出る普通の風邪はあまり引かない。健康優良児。

【ショウ】最愛の旦那様が風邪を引いたと思い、身体を温めるべくマフラーなどの防寒具の他、迷信を信じてネギと白菜も用意。混乱すると色々やらかす。

【ハルア】馬鹿だから風邪とは無縁だい!

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