第8話【問題用務員と出所不明】
気絶から目覚めたら説教が始まっていた。
「借り物なんだよ、あの魔法兵器!! 何で改造しちゃうかなぁ!?」
「イダダダダダダダダダ説教するか重力魔法で折檻するかどっちかにしてほしいッスけど聞き入れてもらえる感じッスか!?」
「聞き入れられる訳ないでしょ、黙って折檻も説教も受けろぉ!!」
怒髪天を突く勢いで喚き散らすグローリアは、魔法で副学院長のスカイと彼の配下である魔法工学専攻の生徒たちに折檻をしていた。
ぺちゃんこに彼らの身体はうつ伏せの状態にさせられているので、おそらく重力魔法で圧力をかけられているのだろう。重力魔法はグローリアの十八番だ。非力な彼らが容赦なく重たくなっていく自分の身体に耐えられるはずがない。
モソモソと床から起き上がったユフィーリアだが、再びその場で転がる。
「二度寝しよ」
「二度寝をするな馬鹿タレども」
グローリアの狙いが二度寝を決め込もうとしたユフィーリアに向けられる。頼むから今だけは気絶をさせてくれと天にお願いしてみるも、頭上に落とされた魔法の雷が目覚ましとなってしまう。おかげで意識も完全覚醒だ。
同時に、絶賛気絶中だった他の4人にも魔法の雷が落とされたことで、強制的に叩き起こされていた。無理やり起こされたショウなんかは不機嫌そうに「何で起こすんですか……」なんてぶつくさ文句を呟いていた。
寝起きの問題児を睨みつけてきたグローリアは、
「借り物の魔法兵器を改造しないでって言ったはずなんだけどな。僕の伝え方が悪かった?」
「それに関して言えば副学院長に言えよ。全体的に改造したのはあいつらだぞ」
「君がどうせ余計な入れ知恵をしたんでしょ?」
グローリアはそう決めつけてくる。まあ大半の事件は問題児であるユフィーリアたちが起こしていると過言ではないのだが、決めつけはよくないと思う。
「話を聞かないのが悪いのではないでしょうか」
「何? ショウ君、僕に意見?」
「一般論です」
機嫌の悪いグローリアに相対を果たしたのは、やはり寝起きのせいで機嫌の悪いショウであった。空気が非常に悪くなるのをユフィーリアは感じた。
「副学院長は魔法工学界でも有名な発明家です。魔法兵器に関して語らせれば右に出る者はいないでしょう。数々の便利な魔法兵器を世に送り出し、それらの危険性も十分に理解しています。いい夢を見せる魔法兵器も、睡眠を誘発させる魔法兵器も、きっと世に送り出していることでしょう。この天才発明家を名乗るお人が考えない訳がない」
「何が言いたいの?」
「今更、二番煎じに過ぎない魔法兵器の実験に、何故この優秀者揃いのヴァラール魔法学院で実験をする必要があるのでしょうか。魔法工学の学問を心得ている発明家であれば、副学院長の存在を知り得るはずです。魔法工学界の重鎮を差し置いて自らの魔法兵器の実験をしようだなんて烏滸がましくないですか? せめて副学院長に何らかの相談があるはずでは?」
「後進の育成が進まないんだよ。スカイを超えるぐらいの」
「日々、己の腕前を更新していく副学院長を誰が超えられると? それに副学院長は何も独りよがりの発明を繰り広げていませんよ。周りをよく見てください。魔法工学を専攻する生徒は大勢います、副学院長の下で順調に後世として育成されていますよ。それの何がご不満ですか。超えたければ超えますよ、それを出来るだけの実力は誰だってあるでしょう。ここにいるのは魔法兵器を愛する未来の天才発明家ばかりですよ」
「…………」
いつにも増して言葉の切れ味が鋭いショウは、口を閉ざしたグローリアを真っ向から見据えて言う。
「学院長、今一度問います。この魔法兵器、出所はどこですか? 本当に魔法兵器の発明家ですか? 所属の研究施設は言えますか?」
「…………」
グローリアは少しだけ考える素振りを見せてから、
「……あれ、どこだっけ」
とんでもねーことを言い出した。年齢的に言えば痴呆症を疑ってもおかしくはない。
「まさか言えないんです? 得体の知れないところで学院の生徒たちを犠牲にしようとしたんですか?」
「いや待って、本当に、それだけはない。生徒たちを犠牲にしようだなんて考えてないよ」
「では何で言えないんですか」
「えーと……」
据わった目つきのショウに睨みつけられ、グローリアはダラダラと冷や汗を流しながら小声で言う。
「…………実はその時、4徹目で」
「副学院長、この人で魔法兵器の実験でも何でもすればいいです。危険が潜んでいるかもしれない魔法兵器で平然と実験しようだなんて阿呆なことを考える人は魔法兵器の餌食にしていいと俺は学びました」
「待ってそれだけは!?」
グローリアの襟首を引っ掴んで逃げられないようにしたショウは、重力魔法で潰されそうになっていたスカイの前に突き出す。
副学院長は唐突の暴挙にポカンとしていたが、やはり出所不明の魔法兵器がヴァラール魔法学院にのさばるのは許せなかったようである。魔法工学専攻の生徒たちが、ショウの突き出すグローリアの両脇を固めた。
まるで攫われる宇宙人よろしく連行されていくグローリア。副学院長は非力だが、他の魔法工学専攻の生徒たちはそれなりに鍛えている様子で、暴れる学院長を平然と押さえつけている。連れて行かれるのもあっという間だった。
ご機嫌斜めなショウは連行されていく学院長の背中を見送り、フンと鼻を鳴らす。
「連日徹夜をするから正常な判断が出来なくなるんだ。悔しければ規則正しい生活をするといい」
「うーん、何目線で言ってんのか分かんねえなこれ」
「魔王とかぁ?」
「勇者かな!?」
「適当なことを言うのは止めなさいヨ♪」
エドワードとハルアが適当なことを言い、アイゼルネが至極当然のツッコミを入れる。ショウは「今の気分はエドさんみたいに魔王様気分です」なんて返していたが、確かに魔王のような雰囲気は出ていた。
それにしても。
この魔法兵器、本当に出所が不明だとは思わなかった。グローリアのことだから出所ぐらいは調べているものかと思ったが、まさか4日間の徹夜の末に判断力が鈍ったところを狙い撃ちされるとは阿呆である。正常な判断力があれば、今回のような事件は起きなかったのに。
出所不明であれば、ますます改造を施して正解ではないか。そんなものを借りてくるのが悪いのだ。
「親機と子機を繋ぐことで、親機から睡眠を促す魔力が流れる仕組みか。それで仕掛けられていた魔法陣が、無意識に作用する魔法が組み込まれたものだったし」
「聞けば聞くほど眉唾だよねぇ。副学院長ならもっと性能が良いものを作れそうだけどぉ」
「得体の知れない機能をつけられるのが嫌だったんですかね。最近の副学院長、阿呆な機能をつけた魔法兵器ばかり発明していたみたいですし」
「副学院長も副学院長で、そんなことをしているから学院長から警戒されるんじゃないのかしラ♪」
ユフィーリアたち4人は、この場に学院長と副学院長がいないのをいいことに好き勝手に言い合う。まあ、元を辿れば4徹目で正常な判断をしないまま副学院長を差し置いて魔法兵器の実験にゴーサインを出してしまう学院長が悪いので、今回ばかりは同情の余地はない。
黙っていたのはハルアだけである。
彼は、ただじっと巨大な西洋人形を象る魔法兵器を見上げていた。琥珀色の双眸を爛々と輝かせ、笑顔を完全に消した無表情のまま、巨大人形を凝視して動きを止めている。品定めをしているかのように――あるいは何かを探るように。
「ユーリ」
不意に、ハルアはユフィーリアへ視線を戻す。それから指先を巨大人形に向けて、
「嫌な予感がする」
それは、決定的な言葉だった。
問題児の間に緊張感が走る。ある意味でショウとグローリアが衝突寸前だった時と別の緊張感だ。
ハルアの第六感はよく当たる。特にこう言った「嫌な予感がする」という言葉は、ほぼ間違いなく当たるのだ。もはや未来を予知していると言っても過言ではない。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、
「どういう風な?」
「ついさっきまでは嫌な予感はしてた。副学院長が借りた魔法兵器に改造してから嫌な予感はしなくなったけど……」
ハルアはユフィーリアを見据えると、
「でも、絶対にまずいことになってた。オレ、こんなものを送り込んできた奴を許さないよ」
なるほど、とユフィーリアは頷く。
ハルアが「嫌な予感がする」と言わしめるほどの魔法兵器を送り込んでくるような外道どもだ。どうせ今夜辺りには効果を見に来るだろう。
それならば、出迎えてやるのが用務員ではないだろうか。だって来客対応も用務員の仕事である。たまには真面目に仕事をしてやろうではないか。
ユフィーリアはニヤリと笑い、
「仕方がない、ここはおもてなしでもしてやろうか」
――ここがどこだか教えてやる必要がありそうだ。
《登場人物》
【ユフィーリア】未成年組が出所不明の壺を購買部で安く買い叩いてきたのだが、実は呪われていたのでこっそり学院長室に横流しした。
【エドワード】出所不明のパンを食べたらルージュの手作りのジャムが使われていたらしく、あわやトイレとお友達になりかけた。腹痛だけで済んでよかった。
【ハルア】出所不明の絵本を開いたらユフィーリアが購入した新作の魔導書だったようで、登場人物が全員ゴリラになった白雪姫の世界を旅してきた。
【アイゼルネ】用務員室にいつから置いてあるのか分からない出所不明な紅茶を試しに入れてみたら、飲むと踊りたくなる成分が入っていたようで未成年組が犠牲になった。思う存分ダンスしてた。
【ショウ】出所不明の土偶が用務員室に飾られていたので、八雲夕凪のところにお供えしに行ったら遠くの方で悲鳴が聞こえた。後日、ぎっくり腰で保健室に運ばれたと風の噂で聞いた。
【グローリア】徹夜をすると正常な判断力を失う馬鹿野郎。あの魔法兵器って誰から借りたんだっけ?
【スカイ】魔法兵器を語らせたら右に出る者はいない天才発明家。出所不明の魔法兵器で将来ある魔法使いや魔女の卵を失わせる訳にはいかん、という建前で本音は「自分の知らねえ魔法兵器があるのは好かん」ということで改造した張本人。