第3話【問題用務員と操られたドラゴン】
場所は変わって用務員室である。
「はい、お前ら注目」
グローリアから強奪した黄ばんだ新聞紙を掲げ、ユフィーリアは問題児たちの注目を集める。
「我々が探しているウィドロ・マルチダだけど、正規で入学した生徒じゃねえことが判明しましたァ」
「ええ? そんなのってあるのぉ?」
「あるんだよな、これが。ウチの学校って無駄に敷地が広いし、生徒数も多いから管理できてねえんだよ」
学院の周囲には結界が張り巡らされているが、長期休暇で生徒が学院内を出入りする際に潜り込まれた可能性が非常に高い。生徒たちも、教師たちも、在学中の6年間で全く触れ合わない生徒は大勢いる。
唯一、気づく可能性があるなら学院長のグローリアと副学院長のスカイぐらいだろうか。自分の担当教科を受け持っているとはいえ、学院を統括する存在なのだから生徒に関しても把握しているはずだ。
こんな事件なんて前代未聞である。外にバレたらまずい事態だ。
「ユーリ、どうするノ♪」
「もう見つけ次第、ぶっ殺すしか手段はねえな」
ユフィーリアは真剣な表情で言い、
「多少の問題行動はアタシが怒られてやるけど、生徒が死んだってなるとさすがに色々とまずいからな。何とか見つけ出して冥府に叩き込んで、学院長にはアタシとエドで謝ってくるから」
「何で俺ちゃんもぉ!?」
「うるせえ、お前は1番勤務歴が長いだろうが!! 道連れだボケ!!」
「酷いんだけどぉ!!」
上司から酷い扱いを受けたエドワードだが「まあいいけどぉ」と学院長から怒られる覚悟を早くも受け入れていた。もう少し抵抗はしないのか。
「あ、あの」
おずおずと挙手したのは、ウィドロ・マルチダにドラゴンが渡る原因を作ってしまった女学生風メイドさんのショウだ。赤い瞳を僅かに腫らし、今もじわじわと瞳に涙を溜めながら震えている。
その隣に控えるチンピラのような格好のハルアがショウを強めに抱きしめて「よしよし」と頭を撫でるが、今の彼には逆効果だ。罪悪感で押し潰されてしまいそうである。
涙声で「ごめんなさい……」と漏らすショウは、
「俺、俺が……俺が悪くて……だから、ユフィーリアとエドワードさんが怒られることは、俺が全部……全部……」
「ショウ坊」
ユフィーリアはボロボロと零れ始めたショウの瞳を指先で拭い、
「今回の件は、アタシもお前も悪い。ウィドロ・マルチダのことを知らなかったのが原因だ」
「ユフィーリア……」
「だから、この事件が終わったらお互いに勉強し直しだ。いいか?」
「……ユフィーリアが、そう言うなら……」
グズグズと鼻を鳴らすショウに「よし、じゃあこの話は終わりだ」とユフィーリアは手巾を渡してやる。両手で手巾を握りしめたショウは、ハルアに顔を拭かれていた。
さて、問題はウィドロ・マルチダの潜伏場所である。
奴は一体どこに潜んでいるのだろうか。ヴァラール魔法学院は広大だ、短時間で探すのは無理がある。ウィドロ・マルチダはショウに「5年生」と明かしていたが、5年生の階層に潜んでいることすら怪しい。
「どうやって探すかな。探査魔法を使うにしても、相手がちゃんと対策を取ってて不発に終わるかもしれねえしなァ」
「使ってなさそうな教室を探した方がいいのかねぇ?」
うーん、と両腕を組んで悩むユフィーリア。
専門の資格取得が必要なドラゴンの卵の孵化を独学で成功させ、さらにドラゴンの飼育さえも自分の手で完結させてしまったウィドロ・マルチダのことだ。拠点もドラゴンの情報で詰まっているはずだ。
ヴァラール魔法学院の教職員たちでも正式に資格を取得してドラゴンの研究をしている者は何人かいるが、今から巡っていると時間がなさすぎる。事は一刻を争うのだ。
いっそ校舎爆破の予告をして中間考査を一時中断に追い込むべきか、と問題行動を画策するユフィーリアだったが、
「ユーリ!!」
「あん? 何だよ、ハル。遊んでる暇はねえぞ」
「後ろのアレって何!?」
「アレ?」
ハルアに指摘され、ユフィーリアは後ろへ振り返る。
背後にあるのは窓だけだ。陸の孤島と揶揄される用務員室でも、窓からは校庭の様子を見ることが出来る位置にある。女子生徒たちが箒に乗って授業に参加していたり、最近では歪んだ三日月に乗ったショウとハルアが爆走して箒に乗る女子生徒たちを轢いたりしている光景が見れる。
その校庭に、何かデカいものが居座っていた。今は浮遊魔法などの空を飛ぶことに関連する魔法の試験会場となっていたはずだが、校庭に居座っているアレは何なのか。
窓に張り付いて目を凝らせば、それは金属製のドラゴンだった。副学院長であるスカイのところで見た魔法兵器――ロザリアである。
「あー、うん、はいはい」
ユフィーリアは引き攣った表情で部下たちに振り返ると、
「…………アタシ、現実逃避してもいいかな」
「行くよぉ、ユーリ。早めに問題を解決しないとぉ、生徒たちが混乱しちゃうでしょぉ」
「ヴエエエエ」
現実逃避を望むユフィーリアだったが、エドワードに問答無用で校庭へ引き摺られていくのだった。
☆
校庭は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
箒に乗った女子生徒たちは、飛行魔法の中間考査を受けている最中だったのだろう。校庭に突然現れた金属製の巨大なドラゴンに対して困惑し、担当教科の教職員から「急いで離れろ」と指示されていた。
金属製のドラゴンは周囲を飛ぶ女子生徒たちを睥睨するだけで、他に動きは見せない。ジロリと赤い魔石で作られたつぶらな双眸を周辺に巡らせるだけだ。
その様子をハラハラと校庭の隅から見守る問題児は、
「ど、どうするのユーリぃ。ドラゴンに立ち向かうなんて出来るのぉ?」
「ドラゴンよりも難易度は上がってるぞ、何せ相手は本物のドラゴンじゃなくて魔法兵器だからな。しかも副学院長が組み上げたとびきりの魔法兵器だ」
副学院長のスカイは、魔法兵器の設計・開発に関して右に出る者がいないと言われるほど天才的な才能を発揮する。あのドラゴンの他、動物の生態を組み込んだ魔法兵器を設計・開発するのもお手の物だ。
加えて、彼の組み上げる魔法兵器はどれも威力が高い。神造兵器には遠く及ばないけれど強い兵器というものが魔法兵器の印象だが、スカイが組み上げた魔法兵器は下手をすれば神造兵器さえも凌駕するのだ。
あんなモンが学院で大暴れすればひとたまりもない。絶対に死人は出るはずだ。
「とりあえずドラゴンの周囲をチンタラ飛んでる生徒はさっさと地上に下ろすとして」
「ユフィーリア」
「あ? どうしたショウ坊」
雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめるユフィーリアに、何故か一抱えほどもある水晶玉を両手で持つショウが言う。一体どこからそんな水晶玉なんて取り出したのかと思えば、彼の足元には腕の形をした炎――炎腕がワサワサと揺れている。あれが持っていたのか。
水晶玉には靄が溜まっており、徐々に文字の形に整えられていく。ゆっくりと意味のある文章を形作り、それからショウは口を開いた。
赤い瞳を、校庭の中心に居座る金属製のドラゴンに向けて。
「苦しい、助けてって言ってる」
「え、誰が?」
「ロザリアが」
ショウは水晶玉をユフィーリアに見せると、
「黒猫店長から借りたんだ。これは、ドラゴンの言葉が分かる翻訳機だって」
「ッてーと、この場にいるドラゴンってなると」
ユフィーリアの視線が、校庭の中心に居座るドラゴンに向けられる。
赤い魔石が埋め込まれた眼球でヴァラール魔法学院の校庭を睥睨していたドラゴンだが、唐突に大きな口を開けて咆哮を上げた。
大きな翼を広げ、バサリと音を立てる。それと同時に広げられた翼の前に複雑な魔法陣が出現し、中心に青い光が灯った。
「魔力砲!? おい嘘だろ、校舎を壊す気か!?」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、校舎を守るように防衛魔法を展開する。
半透明の膜に覆われた校舎めがけて、眩い青色の光線が放たれた。
ユフィーリアが展開する防衛魔法によって光線は阻まれたが、防衛魔法が間に合わなかったら中にいる生徒ごと校舎が吹き飛んでいたことだろう。
「い、今のは!?」
「魔法兵器に充填された魔力を光線として放つ『魔力砲』っていう機構だ、魔法兵器には通常装備として搭載されてんだよ」
驚くショウへ簡潔な説明をするユフィーリアは、金属製のドラゴンを見上げて忌々しげに舌打ちをする。
暴走状態に陥った魔法兵器の対処法は、破壊するしかない。いくら強い武器でも暴走状態に陥れば危険極まりないし、魔法兵器だから設計図があればいくらでも量産可能だ。
ただ、あのドラゴン型魔法兵器には意思がある。魔法工学の天才たるスカイ・エルクラシスがドラゴンの生態を研究し尽くして、膨大な金と時間をかけて設計・開発されたこの世に2つと存在しない魔法兵器だ。あれを破壊するには忍びないし、何よりショウが悲しむ。
教職員がドラゴン型魔法兵器を破壊する為に動くより先に対処するなら、方法は1つだけだ。
「わーはっはっはっはっはっは!!」
ユフィーリアは拡声魔法を展開させ、大股で校庭を横切る。
「どうだ凄えだろ、あの魔法工学の天才と呼ばれた副学院長のところから魔法兵器をかっぱらってやったぜ!! いやー、それにしても凄え威力だな!! 試しに乗っ取ってみたけど、これなら校舎も爆破できるぜ!!」
校庭の隅に避難した試験を中断に追い込まれた生徒や教職員の、やや怒りに満ちた視線がユフィーリアに突き刺さる。
そう、ユフィーリアは問題児筆頭だ。ヴァラール魔法学院きっての問題児である。
問題行動を起こすのは当たり前、他人の邪魔をするのは日常茶飯事だ。ウィドロ・マルチダが何を考えているのか不明だが、安心と信頼の問題児がいる限り事件を起こしても注目はかっ攫えるのだ。
エドワードたち問題児も、自分のやるべきことを理解したのか口々にユフィーリアを褒める。
「凄いねぇ、ユーリ!! 魔法兵器を乗っ取れるなんてやっぱり天才様は違うねぇ!!」
「さっきの光線もう1回見せて!!」
「学院長の脅しも捗るわネ♪」
「凄いぞ、ユフィーリア」
「そうだろそうだろ!! いやァ、天才はつら――――あれ?」
ドラゴンの視線が、ユフィーリアたちに向けられた。拡声魔法であ」だけ騒げば、敵意が向くのは当然のことだ。
だからあえて、こう演技する。
ユフィーリアたちが原因で暴走状態にあるのだ、と。
「何かやばくない? あれちょ、これ暴走してぎゃあああああああッ!!」
2度目の魔力砲をユフィーリアたち問題児めがけてぶっ放し、悲鳴を上げながら防衛魔法を展開。魔力砲は校庭の地面を抉るだけに留まり、防衛魔法で守られるユフィーリアたち問題児は全くの無傷である。
「問題児ぃーッ!! お前らの仕業かぁーッ!!」
「さっさと止めろーッ!!」
「何してんだーッ!!」
「うるせえ今やってるっての!!」
これで完全に事件は問題児が起こしたものと認識された。正式にユフィーリアたちが魔法兵器の対処に当たることが出来る。
周囲から飛んでくる野次に拡声魔法で怒声を叩きつけたユフィーリアは、暴走状態に陥った魔法兵器を鎮める為に行動を開始する。
破壊する訳ではない。暴走状態に陥りながらも「苦しい、助けて」と訴える金属製のドラゴンを救う方法など、破壊以外にも手段はあるのだ。
《登場人物》
【ユフィーリア】安心と信頼の問題児筆頭。事件の主犯になることは日常茶飯事。他人が起こした問題を乗っ取るのもお任せあれ。
【エドワード】ユフィーリアに次いで勤務歴が長いので、上司の説教に巻き込まれがちな問題児。でも慣れたものです。
【ハルア】何かをぶっ壊すことは慣れているが、今回は助けることに全力である。魔法兵器を壊さなきゃいいけど。
【アイゼルネ】大きなドラゴン型魔法兵器の暴走っぷりに驚いている、これでも。
【ショウ】ロザリアが「苦しい、助けて」と言っていることが分かり、泣きそうになった。絶対に助けるからね、ロザリア。