第7話【学院長と魔改造】
がらーん、ごろーん、と授業終了を告げる鐘が鳴る。
「はい、今日の授業はここまで。今日の教えたところは次回に小テストやるつもりだから、ちゃんと復習しておいてね」
グローリアは教室に並べられた机の群れを見渡しながら言う。
学院長でありながら教鞭を振るうグローリアの担当教科は、最近では空間構築魔法などの空間に作用する系の魔法である。本当は属性魔法も担当していたのだが、そちらの方はイマイチ成績が悪い。教え方も下手なのか難解になってしまうらしいのだ。
そんな訳で、属性魔法を教えても問題なさそうな魔法使いの講師を見繕ってきて、自分自身は授業を卒業したのだ。それでもヴァラール魔法学院の教職員の人手不足問題は解決しないので、自分自身も教鞭を執らざるを得ないのだが。
生徒たちの心底嫌そうな声を聞いて、グローリアは朗らかな調子で笑い飛ばす。
「内容的には魔導書の中級程度だよ。ちゃんとしっかり対策をすれば小テストだって簡単に合格できる。君たちには期待しているよ」
グローリアが笑顔でそう語りかけると、それまで文句を言っていた生徒たちは「じゃあやってみるか……」「出来るかどうか分からねえけどな」などと言う。
今日の授業内容はそこまで難しいものではない。とはいえグローリアが得意とする空間構築魔法はかなり扱いが難しい魔法として有名だ。魔導書の中級程度を読んだところで習得するのは、一般の魔女や魔法使いを基準として考えると難しいかもしれない。
まあ、文句が消えたのでよしとしよう。グローリアは次の授業で使う教室に教科書などを小脇に挟んで移動しようとするが、
――――♪ ――――――♪♪
――――♪〜〜♪
何だか、とてつもなく気の抜ける明るい音楽が廊下から流れてきた。
生徒たちにもその音色が聞こえたようで、ふと廊下に顔を出しては近くの生徒同士で顔を見合わせている。「何だろう?」「誰だろう?」と首を傾げていた。
グローリアも皆目見当はつかない。こんな愉快極まる音楽を、未だかつて耳にしたことがないのだ。記憶に残りやすい音楽なので一度でも耳にすれば覚えていそうなものだが、果たしてこれは一体どこで奏でられているものなのか。
そう考えると、何故だか途端に嫌な予感を覚えざるを得ない。胸騒ぎがする。
「この方向だと正面玄関かな」
「魔法工学専攻の生徒が楽器の魔法兵器でも組み上げたかな?」
「ちょっと聴きに行ってみる?」
生徒たちはそんな会話を交わし、音楽に興味を示した者が次々と廊下に出る。向かう先は正面玄関だ。
正面玄関と言えば、今朝方にレティシア王国に存在する魔法研究施設から実験用の魔法兵器が送られてきた。そこはヴァラール魔法学院が管轄する場所ではないのでかなり規模は小さいものだったが、わざわざ所長が挨拶に来て「優秀な生徒さんのお力を借りたい」と頭を下げてきたので了承したのだ。
そんなこんなで設置したものは、見上げるほど巨大な金髪縦ロールの髪型が特徴的の人形型魔法兵器である。正面玄関に飾っておいてと問題児に頼んだものは動かされていないだろうし、では果たして誰が何をしているのか。
答えは見なければ分からないだろう。
「ユフィーリア、君って魔女は……!!」
お決まりと化した怒声を極めて小さく口にし、グローリアは生徒に混ざって正面玄関を目指すのだった。
☆
正面玄関に到着する頃には、すでに音楽は終わっていた。
それでも生徒たちの壁は消えない。「何だろう?」「もう1回聞きたい」なんて言いながら、正面玄関の様子を見下ろしている。正面玄関には落下防止用の柵が巡らされているので、身を乗り出しても落ちるようなヘマをする生徒はいないはずだ。
グローリアはとりあえず小声で謝罪しながら、生徒たちの壁を縫うように突き進んで柵まで辿り着く。
「うーわ……」
思わず声が出ていた。
正面玄関は3階分をぶち抜いた吹き抜け構造となっており、軽快な音楽を聴いた生徒たちが集まっていた。全員揃って1階部分に置かれた物体を見下ろしており、その周囲に群がる生徒たちに注目している。
その生徒たちというのが、魔法工学を専攻している学生たちであった。誰も彼もヴァラール魔法学院指定の制服ではなく、動きやすさを重要視した作業着姿である。工具も手にしていたので今まさに作業をしていましたと言わんばかりの態度だ。
そして彼らをまとめているのが、ヴァラール魔法学院の副学院長で魔法工学系の授業全般を請け負う天才発明家と名高いクソ馬鹿野郎であった。
「スカイ!!」
「あ、グローリア。どうもッス」
スカイは右手を挙げて挨拶をしてくる。
彼らがここにいるだけで嫌な予感しかなかった。何故なら、正面玄関には研究施設から貸与された魔法兵器が置かれているからである。魔法兵器に造詣が深い生徒や教職員が集結している時点で、想像できる最悪の未来がグローリアの脳裏によぎる。
警戒すべきは問題児ではなく、魔法工学を専攻する生徒とその学問を取り扱う教職員の方だったのだ。しかも彼らは異様に魔法工学という学問に誇りを持っており、自分たちの主導ではない魔法兵器の実験など行おうものならどう動くか分かったものではない。
グローリアは転移魔法で校舎1階まで移動すると、
「何してるの? ユフィーリアは?」
「そこで死んでるッスよ」
「は?」
スカイが顎で示した先には、白目を剥いたまま地面に倒れ込む問題児たちの姿があった。息はしているようなので完全に死んでいる訳ではないが、おおよそ美人のする顔ではないことは明らかである。何せ白目を剥いて気絶中である。馬鹿みたいだ。
問題児筆頭だけではなく、問題児全員が見事に気絶を果たしていた。あの聡明で異世界知識が豊富なショウでさえうつ伏せで倒れていた。誰かに殺されたのだろうかとは思うが、外傷は見当たらないので多分無事である。無事じゃなかったら今頃、冥府から彼の父親が駆けつけてくるはずだ。
問題児が全員揃ってノックアウトされている様を目の当たりにし、グローリアは戦慄する。一体何をしたらこうなるのか。
「いやぁ、試しに動かしたら笑い転げちゃったんスよねぇ。それで酸欠みたいな感じで」
「…………ここにある魔法兵器に改造でもした?」
「ご名答」
睨みつけてくるグローリアの視線など意にも介さず、スカイはヘラヘラと笑う。
「何してるの? この魔法兵器は研究施設からの借り物だから手を出さないでってユフィーリアに言ったはずなんだけど」
「それぐらいボクも知ってるッスよ。ボクが開発したものじゃない魔法兵器なんでね、かと言って生徒たちが出所でもない。こりゃどっかの研究施設から借り受けてきたなって」
笑うスカイは「水臭いじゃないッスかぁ」と言い、
「同じような魔法兵器を作ってほしければ組み上げたッスよ。しかもこれよりも高性能な魔法兵器ッスよ。わざわざ親機と子機に繋げる理屈も不明だし、こんな馬鹿でけえモンを正面玄関に飾っていたら邪魔で邪魔で仕方がない。見た目も最悪ッスね。不気味極まりないッスよ」
次々に彼の口から、借り物である魔法兵器に対する批判が並べ立てられる。
魔法工学の分野に於いて秀でた成績を持つ生徒たちもまた、スカイの意見に同調するように頷いていた。確かにスカイであれば優秀な魔法兵器を組み上げることだって可能だが、魔法工学の分野を発展させるのであれば天才発明家ばかり目立ってはダメだとは思わないだろうか。
スカイ・エルクラシスは天才的な魔法兵器の発明家である。すでにいくつもこの世に便利な魔法兵器を送り出してきた。それなら、そろそろ後進を育成してもいい頃合いではないか。若い才能を育てることが学問の発展に繋がるはずなのに。
「たまにはいいじゃないか、実験に協力したって。若い子の才能を潰す気?」
「そんなことないッスよ。現にボクは何人も優秀な教え子を世に送り出し、魔法工学界の発展に貢献してきたッス。別に感謝されようだなんて思わないッスよ、社会に出たからにはボクの好敵手になるんで」
スカイはペシペシと巨大な西洋人形の見た目をした魔法兵器を叩き、
「それよりも見てくださいッスよ、この魔法兵器。この改造はもう色々と使えるッスよ」
そう言うと、スカイは指を鳴らした。
軽快な音が響くと同時に、魔法兵器が動く。閉ざされていた瞼が持ち上がり、その下に潜んでいた蒼穹の色をした瞳が覗く。ゆっくりと真っ赤な唇が開いていき、台座の上で巨大な西洋人形がドレスの裾を翻しながらくるくると回り始めた。
そして奏でられる明るい音楽。発生源は、開け放たれた彼女の口からだ。
――――♪♪ ――――♪〜〜♪
――――♪♪♪ ――――♪♪〜〜♪
流れてくる明るい音楽に合わせて、どこからか何かが飛来してくるような音までした。
巨大人形を見上げると、彼女の周りに同じ姿の人形型魔法兵器が浮かんでいる。目算で大体10体前後だろうか。パッチリと開いた眼球からピカピカと青い光を瞬かせ、何故か金髪縦ロールをプロペラみたいに回しながら空を飛んでいる。
その人形型魔法兵器が、音楽に合わせて上下に浮かんだり沈んだり、親機の周りをくるくると回転してみたりと愉快に動くのだ。何だか遊園地で見かけるような魔法兵器のショーか何かだと錯覚してしまう。
でもあのショーには魔法兵器ではなく、本物の操り人形を魔法で遠隔操作しているので、魔法兵器そのものが考えて飛行をするということはない。ひとえにスカイの才能だ。
「さあ、大技ッスよ!!」
気合いを入れるスカイは再度、指を鳴らした。
巨大人形の周辺を金髪縦ロールのプロペラで飛んでいた人形型魔法兵器が、一斉にその場から離れる。そしてまたどこからか飛来してきた同じ仲間たちと合流を果たすと、空中で器用に整列をし始めたのだ。どうして金髪縦ロールのプロペラで飛ぶ人形が増えるのか。
唖然とするグローリアを前に、人形たちは列を整えていく。よく見ると文章を象っているようだった。
『祝! ヴァラール魔法学院、創立1000周年!』
そんな内容である。
「どうッスか、グローリア。こっちの方が断然素敵でしょ?」
興奮気味に振り返るスカイに、グローリアは「うんそうだね」と言う。
右手には白い革表紙が特徴の魔導書が握られていた。
やることなど1つである。
「全員正座しろぉ!!!!」
怒号を叩きつけたグローリアは、スカイと魔法兵器の改造に着手した魔法工学専攻の生徒たちの頭上に雷を落とす。彼らが気絶しても、人形たちは音楽が終わるまで金髪縦ロールのプロペラで空中を飛んでいた。
《登場人物》
【グローリア】借りたはずの魔法兵器が、馬鹿タレどものせいで何か遊園地に置かれている愉快な置物みたいになってしまって絶望。これどう説明すればいいのだろうか。
【スカイ】魔法兵器の改造をやった張本人。あんな魔法兵器より自分の方がより高性能なものを作れる自信があるのに、どうしてあんな得体の知れないものを校内に入れるのか。
【魔法工学専攻の生徒】僕たち! 後悔はしておりません!!!!
【問題児一同】魔法兵器の試運転で爆笑しすぎて酸欠。あわや冥府の法廷に立ちそうになったが、気絶程度で済んだ。