第6話【問題用務員と親機】
数十分後、魔改造を施された西洋人形がヴァラール魔法学院の校舎内を爆走する羽目になった。
「最高〜☆」
「やだ面白い〜☆☆」
「こんなの初めて〜☆☆☆」
「ユーリとエドとハルちゃん、ぶっ壊れちゃったわネ♪」
「完成した途端にお腹を抱えて笑い転げていましたからね」
制御装置を手にした問題児どもの前を、四足歩行に魔改造された人形型魔法兵器が物凄い速度ですっ飛んでいく。
その動きはさながら蜘蛛のようであり、金髪縦ロールを振り乱す姿は蜘蛛を通り越して怪物と言っても差し支えはない。ついでに言えば眼球部分は見事に抉り取られており、代わりに眼窩へ嵌め込まれた魔石が怪しげな光を明滅させているので蜘蛛ではなく怪物と表現する方が正しい。
ガサガサガサガサーッ!! と四足歩行で床を這いずり回る人形型魔法兵器を、ユフィーリアは制御装置で操作しながらいい笑顔で副学院長に振り返る。
「副学院長、これ楽しいな!!」
「いい笑顔ッスねぇ」
スカイはのほほんとした態度で応じ、
「ちなみに壁を走ることも出来るッスよ」
「うわぁ本当だ!!」
「ますます蜘蛛みたいじゃんねぇ」
「ふぅ〜!!」
ユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は制御装置をいじって物凄い速度で廊下をかっ飛ばしていた人形型魔法兵器を壁に張り付かせる。
四つん這いの状態で爆走していた奇妙なお人形が、ぴょんと壁に飛び移ると両手と両膝をくっつける。粘着性のある部品を取り付けているのか、壁に張り付いても落ちることはなかった。廊下を駆け抜けた速度を維持したまま壁や天井まで走り始めれば、見た目が気持ち悪くても逆に笑えてくる。
年齢さえもかなぐり捨ててはしゃぐ問題児の3馬鹿トリオの姿を眺め、改造を施した張本人である副学院長を始めとした魔法工学専攻の学生たちもまた照れ臭そうに言う。
「あそこまではしゃいでもらえるとは、改造した甲斐があったな」
「将来は玩具会社に就職しようかな」
「子供も喜ぶんじゃないのか、あの形の玩具」
「次の魔法兵器展覧会に向けて設計図を作ってみるか」
もはや感覚が麻痺していた。
実験機としてヴァラール魔法学院に導入されたばっかりに、頭の螺子の所在が問題児とさほど変わらない抜け具合の魔法工学専攻の連中に見つかるとは運がない魔法兵器である。四つん這いで床や天井、壁さえも這いずり回る人形型魔法兵器も、ここまでの改造を施されるとは夢にも思っていないだろう。
四つん這いでガサガサと這いずり回り、眼窩に嵌め込まれた魔石がチカチカと明滅を繰り返す魔法兵器のどこに着想を得たのか不明だが、生徒たちは嬉々として設計図がどうのと語り始める。あの気持ち悪いブツが将来的な発明に役立ってしまうとは皮肉なものだ。
すると、
――ズゴッ、ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
何かを吸い込むような音が、ユフィーリアたちの足元を駆け抜けた。
視線をやると、そこには四肢をもぎ取られた人形型魔法兵器の哀れな姿があった。腹這いの状態になった元人形型魔法兵器は滑るように床を移動し、大きく開いた口で床に散らばる埃を吸い取っている。吸引力は床に敷かれた絨毯を引き剥がしそうな勢いがあった。
これはショウが言っていた『床を這いずり回る全自動のお掃除機』と銘打たれて、魔法工学界に君臨する天才発明家の手で魔改造を施された人形型魔法兵器だった。カッと見開かれた眼球にはゴミを検知する識別魔法が組み込まれており、埃や細かなゴミを見つけると腹這いの状態で移動してきて体内に吸い込むようだ。ゴミをたらふく食べて、人形型魔法兵器もとい全自動お掃除機も満足そうである。
その全自動ゴミ掃除機と成り果てた人形型魔法兵器が、腹這いの状態でユフィーリアの踵に襲撃する。何故だかゴッツンゴッツンと頭突きしてくるのだ。
「何だよこれ、邪魔だな」
「ゴミだと思われてんじゃないのぉ?」
「え、ユーリってゴミなの!?」
「おいふざけんな、誰がゴミだ誰が」
踵に襲撃してくる人形型魔法兵器の前から退くと、またズゴゴゴゴゴゴと絨毯の埃を吸い取りながら腹這いで進み始めた。のだが、
「あ、戻ってきた」
「やっぱりユーリがゴミ扱いされてんじゃないのぉ?」
「魔法兵器にゴミとして認識されてるのってどうなの!?」
「ハルはいちいち精神を削ってくるな。何だ? お腹減ってんのか?」
ズゴゴゴゴゴゴと絨毯の上に紛れ込んだ埃を吸い込みながら、可憐な西洋人形の姿をした全自動お掃除機が戻ってきた。くるんと反転し、元来た道を戻ってくる。
今度はユフィーリアの爪先にぶつかるかと思われたが、あらかじめ進路上から退いていたのでゴミを吸い取る奇天烈な人形型お掃除機はそのまま問題児を素通りしていく。その先にいるのは副学院長のスカイだ。ついでに言えば最近は作業着の上から厚ぼったい長衣を羽織っている、裾が床に届いてもはや引き摺っているアレである。
案の定、こうなった。
「あーッ、あーッ!!」
「うわあれ大変そう」
「副学院長の長衣がゴミとして認識されてるねぇ」
「汚いからいいんじゃないの!?」
「助けてえーッ!!」
副学院長の足元まで戻ってきた全自動お掃除機、彼の長衣をゴミとして認識したのかズゴゴゴゴゴゴと物凄い勢いで裾に吸い付いている。ただ質量が人形の口腔部分に合っていないので、吸い込まれる心配はなかった。
スカイは人形型魔法兵器を自分の長衣から引き剥がそうと躍起になり、見かねた魔法工学専攻の生徒が助け舟を出していた。綱引きみたいに引っ張って長衣に吸い付く人形を引き剥がそうとするも、吸引力の変わらないそれはなおも鬼のような形相で吸い付いたままだ。「これはワシの餌じゃワレェ」と言わんばかりである。
肩を竦めたショウがスカイの長衣に吸い付く人形の頭を軽く叩き、
「動作を中断させればいいでしょう。そのような機構を設けたと言っていたではないですか」
「あ、そっか。あったまいい〜」
「副学院長の頭も叩けば正常に戻りませんかね」
「何で拳を握るの!? せめて平手にして!?」
ショウに頭を叩かれた全自動お掃除機と成り果てた人形は、長衣に吸い付く行為を止めてコテンと床に落下する。識別魔法のかけ方が甘かったのかもしれない。もう少しちゃんとゴミをゴミとして認識するように魔法式を組むべきである。
「いやァ、なかなか楽しめたなこれ。面白い面白い」
「こっちも愉快ッスよ、あの目の敵の魔法兵器がこんな無様な姿になっちまってまあ」
笑うユフィーリアに、スカイもどこか清々しげな態度で応じる。実験機として貸与された魔法兵器だとか言っていたが、もうここまで魔改造を施されちゃうと元に戻すのも一苦労である。学院長のグローリアは頭を抱えることだろう。
「あとは正面玄関にある親機の改造だけど」
「え?」
「ん?」
聞いていないとばかりの反応を見せるスカイに、ユフィーリアは首を傾げた。
「あれ、この人形たちって子機だって言わなかったっけ?」
「聞いてないッスねぇ」
「聞いてなかったとしても、魔法兵器の構造を理解してるなら知ってんじゃねえの?」
「知らないッスねぇ……」
てっきりスカイは、この人形を抱っこしただけで自分が以前に開発した『自由に夢を見ることが出来る魔法兵器』と同じ効果を得られると思っていたらしい。残念ながら、これは親機と接続する為の子機であり、親機を通じて子機に安眠をお届けするアレソレが発されるという触れ込みだった。
つまり、この子機を改造しただけではダメなのだ。残された親機をどうにかしなければならない。
ポンと手を叩いたスカイは、
「よっしゃ改造ッスね。まずは規模の確認から!!」
「どんな改造をしてやろうなぁ」
「改造をするにしてもブツを見てみないことには変わらないだろう」
魔法工学を専攻する生徒たちも副学院長に混ざり、親機の改造を目論んで工具を回収し始める。彼らの魔改造はまだ続くようだ。
「絶対に面白いよな」
「どんな改造になるかねぇ」
「わくわく!!」
「副学院長の手が入るなら碌なものにならないと思うけれド♪」
「楽しみだな」
そんな訳で、問題児も正面玄関に置かれた親機がどんな改造を施されるのか気になるので、首を突っ込むことを決めたのだった。
☆
先に到着していたスカイと、魔法工学専攻の生徒たちが正面玄関に設置された巨大人形を前に呆然と立ち尽くしていた。
彼らの心情は理解できる。見上げるほどの巨躯は台座を合わせて校舎の3階に到達する勢いがあるのだ。これほど立派で目立つものを改造するとなったら部品も足りなくなるし、手間もかかるだろう。
こんなに巨大な魔法兵器を最初から設計して開発するならばまだしも、一手間加える『改造』の手段はあまり聞かない。そんなものをやるぐらいなら打ち上げてどでかい花火にでもした方がマシだ。
スカイは「あー……」と口を開き、
「どうすりゃいいッスかね、これ」
「何だ、副学院長。天才発明家の名が廃るぞ」
「ユフィーリアねぇ、言ってくれるけどこれほど巨大な魔法兵器を改造するのは無理があるッスよ。部品の問題もあるし」
ユフィーリアは煽ってみるものの、スカイは至極真面目に問題を見据えていた。ただ煽っただけではさすがに乗ってくれない様子である。
「まあ出来るんスけど」
「出来んのかよ!!」
ユフィーリアは思わずズッコケそうになった。ちょっと膝から崩れ落ちそうになった。
出来るなら、最初から出来なさそうな口振りをするのは止めてほしい。精神的にアレである。精神に悪い。
ただ、出来ると宣言する割には簡単には動かない様子だ。魔法工学を専攻する生徒たちも、巨大な魔法兵器を前に扱いを考えあぐねているようだった。さすがの彼らでも改造は厳しいか。
「改造のネタが思いつかないッスねぇ」
「もういっそ大気圏までぶち上げたら面白いんじゃないですか?」
「花火をしこたま詰めましょうよ。爆発させて吹き飛ばしましょ」
「爆発な浪漫でしょ」
生徒たちは爆発を推奨しているが、スカイはどうにも納得できない様子であった。眉根を寄せ、巨大な人形を見上げたまま両腕を組んでいる。
このままでは天才発明家として失格なのだ。彼にも彼なりのプライドがある。ここまで大規模な魔法兵器を見せつけられて、退く訳にはいくまい。
すると、
「副学院長」
「何スか、ショウ君」
「せっかく子機の方も魔改造してくれたところ大変恐縮ですが、俺にいい考えがあります」
はい、とご丁寧に挙手をした最愛の嫁のショウが、その概要を副学院長に伝える。その提案は清々しい笑みと立てた親指、そして「イイヨォ!!」と明るく弾んだ声によって受け入れられるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】蜘蛛みたいに這いずる人形型魔法兵器を爆走させて遊んでいた。しっかり笑った。
【エドワード】そういえば親機のことについては副学院長に言うの忘れてたね。
【ハルア】このあとしっかり蜘蛛みたいに這いずる魔改造された人形とかけっこをして遊んだ。
【アイゼルネ】人形型魔法兵器の改造っぷりに笑ってしまう。
【ショウ】人形型魔法兵器が無様な改造をされたにも関わらず、まだ異世界知識を用いて改造を提案する小悪魔問題児。
【スカイ】魔法兵器に関しては一定以上のプライドがあるので、自分の知らない魔法兵器が現れると嫉妬するし改造しちゃう。自分が教えた生徒だったら別だけど。
【魔法工学専攻の生徒】スカイの英才教育のおかげで魔法兵器に一定以上のプライドを持つ生徒に成長。