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第5話【問題用務員と怪しい魔法陣】

 程なくして、スカイが魔法工学を専攻する生徒たちを引き連れてきた。



「あの憎たらしい魔法兵器エクスマキナを改造できるって聞いて」


「オレたちが作ったものでもないのに、何で校内でのさばってるんだかな」


「記録がほしければ少人数でもいいだろうがよ」



 魔法工学を専攻している生徒たちも不満タラタラだった様子である。


 副学院長から魔法兵器の設計・開発の手解きを直々に教わっている身分から考えれば、今回の魔法兵器の実験は寝耳に水のことだろう。確かに校内の掲示板にもお知らせされていなかったので、魔法工学を専攻する生徒から反感を買いかねない。

 魔法使いや魔女など険峻けんしゅんな霊峰もかくやとばかりのプライドの持ち主だ。自分たちが学ぶ分野で得体の知れないものが校内に存在すること自体、許せる範囲にはない。だから問題行動だと知っていながらも手を貸すのだ。


 彼らは自前の工具を次々と持ち込み、



「で、人形型魔法兵器(エクスマキナ)はこの5体か?」


「いや俺たちのところにも配られたから、それを入れれば100体はいくぞ」


「だから何だ、全員残らず改造してやるんだよォ!!」



 魔法工学を専攻する生徒たちは、実験機として持ち込まれた人形型魔法兵器に対して敵意を剥き出しにしていた。「この魔法兵器に親でも殺されたのか?」と言わんばかりの敵意である。優雅な西洋人形を前に悪魔のような笑みを浮かべているのも、彼らぐらいのものだ。


 堂々と地べたに座り込むなり、生徒たちは人形型魔法兵器に自前の工具を突き立てて解体していく。あらましはスカイから聞いているのか、解体する手つきに迷いはない。

 ユフィーリアだって設計図と睨めっこをしながら、段取りよく魔法兵器を組み上げていくものだ。彼らは設計図など最初から見ていないし、勝手知ったると言うようにガチャガチャと追加の部品を並べて人形型魔法兵器に取り付け始めてしまった。


 そんな生徒たちの躊躇いのない問題行動を前に、それらを誘発させたユフィーリアがスカイに困惑の眼差しを投げかける。



「何か話が進みすぎて怖いんだけど。問題行動の責任、こっちが取らされるんじゃねえよな?」


「告知なしに我が校で魔法兵器エクスマキナの実験をやろうとする方が悪いんスよ。こっちのプライドを傷つけるような真似ッス」



 問題行動に対する責任を取らされるのではないかと不安を抱くユフィーリアに、スカイはキッパリと断じる。

 そんな彼は、次々と人形型魔法兵器をどこかから転送してくる。彼自身が持つ世界中どこでも覗き見し放題の『現在視の魔眼』で位置情報を完璧に把握した上で魔法を使っているのだろう。便利なことである。


 どこからか転送してきた人形型魔法兵器を掲げ、スカイは「大体ッスよ」と言う。



「いい夢を見させる魔法兵器なんて、何百年か前にボクが開発してるんスよ。帽子みたいに被る形でさ。内蔵した魔力が脳波に働きかけて、夢を調整するみたいな感じで」


「それ安全なんですか?」


「安全ッスよ、何せ商品として流通してるんで。ボクが真面目に開発すればこの程度は朝飯前ッスよ」



 安全性に対して訝しむショウに、スカイは自慢げに胸を張った。自慢していいかどうかも分からない。


 とはいえ、その話は事実である。抱きしめて眠るぬいぐるみ形式の魔法兵器エクスマキナは目新しい発明だとは思うが、いい夢を見ることが出来るという内容であれば副学院長が何百年前に開発した魔法兵器がある。あれは非常に面白い魔法兵器なのだ。

 あらかじめ見たい内容の夢を調整し、帽子のように被って眠ると望んだ通りの夢を見ることが出来るという優れものだ。「不眠症が改善された」「いい夢を見ることが出来た」などと称賛の声があちこちから上がってくるし、未だに改良されて商品化されているのだ。安全性に関して言えば副学院長の開発した魔法兵器に軍配が上がる。



「それに、わざわざ魔法使いや魔女の卵がわんさかいるヴァラール魔法学院で実験なんてやるかって話なんスよ。それでもし不具合があったらどうする? 魔力回路がダメになったら今後の将来を絶たれるんスよ? その責任は誰が取るのって話ッスよ」


「確かにそれを考えるとおかしな話だよな」


「治験はいつも有志を募ってるよねぇ。高い報酬目当てで参加する一般家庭の子が多いって聞くよぉ」



 ユフィーリアとエドワードも納得したように頷く。


 ヴァラール魔法学院には将来的に活躍が期待されている魔女や魔法使いが多く在籍しており、当然ながら華やかな活躍には魔力回路が必要不可欠になる。もし魔法兵器エクスマキナが不具合を起こして魔力回路をダメにしようものなら、責任は一体誰が負うのか。

 聞けば聞くほど、今回の魔法兵器の実験が怪しいものに思えてきてしょうがない。これに許可を出した学院長はきっと徹夜に徹夜を重ねて、判断のつかない状態だったのかもしれない。


 スカイは「それよりも」とユフィーリアへ振り返り、



「アンタらも手伝ってッスよ。魔改造計画を出してきたのはそっちでしょ」


「もしかして責任を負わせたりしねえよな?」


「まさか。庇いたくはないけど、一緒に罪を被るくらいはするッスよ」


「被ってはくれねえのな」



 ユフィーリアはやれやれと肩を竦め、箱にしまわれていた人形型魔法兵器を手に取る。その姿を誰かが見ていたのか、生徒の1人が「どうぞ」とユフィーリアに自分の工具を差し出してきた。

 今この時は一蓮托生とでも思っているのか、生徒たちも問題児に対する警戒心はない。問題児を警戒するより先にこの腹立つ魔法兵器に一撃を加えたくて仕方がないのだ。


 差し出された工具を遠慮なく受け取り、ユフィーリアは早速とばかりに人形型魔法兵器を解体する。



「エド、ハル。魔法工学の資格を持ってるなら手伝え」


「はいよぉ」


「あいあい!!」



 工具で人形型魔法兵器を解体しながら、ユフィーリアはエドワードとハルアも巻き込む。用務員の中で多くの資格を習得しているのはユフィーリア、エドワード、ハルアの3人ぐらいだ。魔法工学系の資格も習得済みである。

 エドワードとハルアも工具を生徒から借り受けてくると、ガチャガチャと人形型魔法兵器を解体する。首を引っこ抜き、申し訳なく思いながらもドレスを引っ剥がして身体を開いていく。中身は螺子やら何やらの部品が詰め込まれており、鉄の板に細かな溝のようなものが刻まれた回路があり、それらが魔法兵器エクスマキナとして機能しているようである。


 とりあえず言い出しっぺなので人形型魔法兵器をブリッジさせるように回路の組み直しが先決なのだが、



「ユフィーリア、ユフィーリア」


「どうしたショウ坊。引っこ抜いた人形の頭を解体してみたいか?」


「いや……」



 それまで引っこ抜いた人形型魔法兵器の頭部に興味を持っていたショウが、ユフィーリアにそれを見せてくる。



「何か、頭部の裏側に魔法陣のようなものが見える」


「んん?」



 ショウが差し出してきた人形型魔法兵器の頭部を受け取り、ユフィーリアはひっくり返して内側を確認する。


 本来であれば何かしらの部品が詰まっているだろう頭部は空洞の状態で、よく目を凝らすと確かに魔法陣が浮かんでいた。頭部の内側に印字されているそれは非常に精緻で、複雑な作りをしている。

 ただ頭部そのものの口が狭く、光が入りずらい構造になっているので、魔法陣を発見したという事実だけはあれど種別までは判別がつかない。こんな場所に魔法陣を印字するとは、魔改造されることを前提にして設計したのだろうか。


 目を細めて魔法陣を観察するユフィーリアだが、



「よく見えねえな」


「ユフィーリアの魔眼でも分からないものか?」


「色々な魔法が組み合わさって発動するのが魔法陣だからな。絶死の魔眼だと特定までは厳しいな」



 構成する魔法の判別はつくだろうが、得られる情報は断片的である。魔法陣を相手に絶死の魔眼を使うのは得策ではない。

 ちゃんと目視で確認できればいいのだが、頭部の内側に器用に刻まれていたらどうしようもない。光源を突っ込んで照らしてみるか、それとも人形の頭部を割るかの2択である。


 すると、



「内側に小さな炎腕を生やすことなら出来そうだが」


「出来るの?」


「ああ。最近、ちょっと練習して大きさを変えることに成功したんだ」



 ショウは照れ臭そうにはにかみ、



「だから人形の頭部の内側に炎腕を生やせば見えるのではないだろうか?」


「よし、その案採用。アイゼ、どっかから紙とペンを探してきてくれ」


「分かったワ♪」



 アイゼルネに筆記用具を依頼して、ユフィーリアは「頼む」とショウに人形の頭部を差し出した。


 人形の頭部を受け取ったショウは、指先でトントンと人形型魔法兵器の硬い頬を叩く。それが合図となって、人形の頭部の空洞部分に腕の形をした炎――炎腕えんわんがわさわさと生えてくる。その大きさは頭部の空洞に適した極小さだ。

 炎腕の指先たちが、頭部の内側に刻み込まれた魔法陣を明るく照らし出す。燃える指先が光源となってぼんやりと魔法陣を照らし、ようやくその全貌が見えてくる。


 アイゼルネが差し出してきた魔法陣を紙に書き写したユフィーリアは、ある程度読み取れた魔法陣を眺めて言う。



「あー……」


「この魔法陣は一体何だ?」


「無意識に働きかける効果を持つ魔法陣だな、こりゃ。これがいい夢を見させる為の魔法陣になってんのか?」



 しかし、無意識に働きかける効果を持つ魔法陣を、わざわざ頭部に印字するだろうか。魔法兵器なのだから回路に組み込めばいいのに。


 首を傾げるユフィーリアに、スカイが「どうしたんスか?」なんて振り返る。

 無言で書き写した魔法陣を見せると、副学院長はグッと眉根を寄せた。黒い布で覆われた目元も険しくなっているような気がする。



「何スか、その魔法陣」


「人形の頭部に刻み込まれてた」


魔法兵器エクスマキナに魔法陣? ますます意味のないことをするッスねぇ、魔法工学の勉強をしたことがあるなら魔法陣を刻み込む必要性なんかないッスよ」



 スカイはバッサリと切り捨て、



「そんなの回路で補えばいいだけッス。軽量化に小型化、回路に刻む魔法式の簡略化も進んでるッス。魔法陣に頼るなんて何世代前の話ッスか」


「何世代も前だったら頼っていたんですね」


「そりゃそうッス。魔法陣は様々な魔法を組み合わせることが出来る代物ッスよ、魔法兵器を少しでも軽量化したい場合は魔法陣に頼ることも考えたけど、今は軽い素材も見つかってるッスから」



 ショウの言葉に、スカイは何気なく応じる。


 では、この魔法陣の存在意義は一体何か。

 いい夢を見させる効能を魔法陣に依存しているのだとすれば、果たしてこの魔法兵器は何の為に設計されたのか。随分と古い魔法兵器の形式だと魔法工学界の重鎮から切り捨てられてしまったし。


 首を傾げるユフィーリアは、とりあえず紙に書き写した魔法陣をゴミ箱に捨てた。



「まあ、改造しちゃうから碌なことにならないけどな。不穏な魔法陣は消しちゃうのが1番」


「消すのはどうやって?」


「簡単だ。魔法陣は繊細だから1本余計な線を加えるだけでダメになる。だからこうやって」



 ユフィーリアはひっくり返した人形の頭部に、氷柱を突き刺してガリガリと頭部の内側を引っ掻く。それだけで魔法陣が傷ついてしまい、本来持ち得ていた効果をなくしてしまう。

 さて、余計な魔法陣はダメにしたし改造再開である。まずはブリッジしながら歩かせるか、四足歩行にするべきか悩むところだ。


 新たな部品を追加投入するユフィーリアは、



「とりあえずブリッジで」


「四つん這いになって髪を振り乱しながら歩かせた方が面白くないか?」


「確かに」



 ショウからの提案を受け、ユフィーリアはその方針で人形型魔法兵器の改造を決めるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】どちらかと言えば魔法陣の方が格好いいので好き。

【エドワード】日曜大工とかやってたので魔法工学の方が向いてるかもしれない。

【ハルア】ユフィーリアとエドワードのおかげで魔法工学の資格はある程度取れた。

【アイゼルネ】魔法工学は魔法工学でも、アクセサリー作りの方が向いてる。

【ショウ】頼れる先輩が魔法工学系の資格を所有しているなら自分も出来るのでは?


【スカイ】魔法工学専攻の生徒を引き連れて参戦。問題行動? それよりも何も相談されずに魔法兵器の実験をやろうとしてる方が問題では?

【リリアンティア】「身共はお仕事がありますのでこれで失礼します〜」

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