第4話【問題用務員と人形改造計画】
とりあえず、残りの人形をどうにかしようと思い立って用務員室に戻ると、アイゼルネとリリアンティアの他に先客がいた。
「ちくしょーゴラァ!! あんなへんてこりんな魔法兵器の実験に学校全体を巻き込まれるなら、ボクが主導してもいいじゃないッスかぁ!!」
「まあまあ、お紅茶飲みまショ♪」
「お疲れですね、副学院長様」
まるで場末の飲み屋で飲んだくれる酔っ払いのように、ヴァラール魔法学院の副学院長であるスカイ・エルクラシスがアイゼルネの入れる紅茶を浴びるようにかっ喰らっていた。誰も使う人物のいない事務机に突っ伏し、うだうだと文句を叫んでいる。
丸まった背中を撫でるのは、よく事情を理解していないリリアンティアだった。本来、聖女は他人の悩みを聞いて解決に導くのがお仕事のようなものである。ポンポンと優しく副学院長の背中を撫で、慈愛に満ちた表情で話を聞いている。
スカイは「うう」と呻くと、アイゼルネが入れたばかりの紅茶を一気に呷った。熱湯だろうが関係ないようである。
「あんなの眉唾物じゃないッスか、ボクが組んだ魔法兵器の方が遥かに有用性があるッスよ。ボクがダメなら魔法工学を専攻する生徒でもいい。とにかく出所の分からない魔法兵器が、このヴァラール魔法学院内で我が物顔でのさばるのが許せないッスよ!!」
「はいはい、お紅茶飲みまショ♪」
「お疲れですね、副学院長様。身共はお話を聞いてあげることしか出来ないのが残念ですが」
アイゼルネも酔っ払いを相手に軽くあしらう場末の飲み屋の女店主のように、慣れた手つきで空いたカップに紅茶を注ぎ入れる。おつまみを出すかの如く、用務員室に保管されているお茶菓子も提供し始めてしまった。完全に『居酒屋用務員室』が開店である。何でやねん。
状況が読めないユフィーリア、エドワード、ハルア、ショウの4人は用務員室の出入り口で立ち尽くすしかなかった。「ここは場末の飲み屋だったかな」と一度廊下に戻って部屋を確認すると、やっぱり用務員室で間違いなかった。
大方、人形型魔法兵器による実験が決まったことで、魔法工学界に於ける重鎮であるスカイは黙っていられなかったのだろう。天才発明家としてこれまで何度も世の中に便利な魔法兵器を放ってきた身としては、自分の領域であるヴァラール魔法学院で自分の開発したものではない魔法兵器の実験が執り行われるのが心底気に食わないようだ。
おそらく彼なりに抗議をしたのだろうが、魔法兵器の実験が強行突破されてしまったのは最近の発明品がゴミばかりだったからだろう。学院長も「あいつに魔法兵器の実験をやらせるのは危険だ」と判断したのかもしれない。
「副学院長、用務員室は飲み屋じゃねえぞ」
「問題児ぃ!!」
がばり、と副学院長は事務机から跳ね起きる。何かそういう動きの玩具かと思った。
「ねえ問題児からも言ってやってくださいよ、何であんな得体の知れない魔法兵器の実験をヴァラール魔法学院でやらなきゃいけないんスか魔法兵器の実験の主導なら絶対にボクが絡んでくるでしょでもボクは何も知らないんスよ知らないところでやられてるんスよ何で何で何でボクの何がいけないんスかぁ!!」
「うるせえな、あと後半はだんだんぶっ壊れてるからそろそろ正気に戻れ!!」
「ぎゃおす!!」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、泣きついてきたスカイの脳天に氷塊を叩き落とす。ゴツゴツとした氷塊を頭頂部で受け止めたことで、スカイは呆気なく床に沈んだ。
いや、こうでもしなければ今度は最愛のお嫁様から燃やされるところだったのだ。ユフィーリアが氷塊を落とす直前のこと、真っ黒な洞窟を想起させる瞳でスカイのことを見据えていたので、ユフィーリアが動いてどうにかせねばならなかった訳である。
だって副学院長がやったことは、まさかのユフィーリアに抱きついてくるという蛮行である。細い腰を抱きしめ、お腹に顔面を押し付け、ぐーりぐーりと涙を擦らん勢いでおいおいと泣き始めたのだから堪らない。ショウの地雷原でタップダンスを踊っているようなものだ。
氷塊のダメージから回復したスカイは、
「酷いッスよ、傷心のボクに追い打ちをかけるなんて!!」
「なるほど」
ユフィーリアは納得したように頷き、
「じゃあエドのアイアンクローとハルの神造兵器ランダム攻撃、ショウ坊の冥府直葬だったらどれがよかった?」
「ひえ」
スカイの口から甲高い悲鳴が漏れた。
上司であるユフィーリアへ不用意な接触、そして用務員室を場末の飲み屋に変貌させた副学院長に対する苛立ちは問題児の男子勢にも多少の苛立ちはあったようである。ちょっぴり底冷えのする視線で、彼らは床に座り込む副学院長を見下ろしていた。
今はまだユフィーリアが許可を出していないので止まっているが、これで許可を出そうものなら間違いなく飛びつく。誰か1人にでも許可を出したら副学院長は終わりである。魔法工学界の重鎮、呆気なく冥府行きだ。
彼のやることなど、たった1つしかなかった。
「申し訳ありませんでした」
「お菓子弁償」
「副学院長が食べてた奴、今日食べようと思ってたんですけど」
「何で普通に食ってンだ赤もじゃ」
「謹んで弁償させていただきます」
土下座で許しを乞う副学院長に、とりあえずは溜飲を下げたようである。ショウの真っ暗な洞窟の如き瞳は変わらなかったが。
「で、だ。副学院長はわざわざ何で用務員室まで愚痴を言いに来たんだよ。それだけなら帰れ」
「え? 問題行動を思いついたんじゃないの?」
スカイはキョトンとした表情でユフィーリアに返し、
「そして魔法兵器が絡んでいるならばもちろん、ボクの出番ッスよね。出所不明のへんてこ魔法兵器なぞ改造してナンボのもんじゃい!!」
「分かってるな。そして盗聴されてたかなって思って恐怖を抱かずにいられない」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてねえんだよ。少なくとも怖がってんだよ」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、身体に溜まった冷気を煙に変換して吐き出す。おかげで頭もいくらか冷静さを取り戻したような気がする。
「まあ、実際その通りだ。副学院長にはこの魔法兵器を改造してもらいたい。魔法兵器なら副学院長の方が詳しいだろ?」
「いいけど、具体的にどんな改造したらいいッスか?」
スカイは「あ、アイゼルネちゃんお紅茶おかわり」と平然と要求する。
確かにまあ、改造するとは言っているものの、それが『どういうものか』によって色々とやり方も変わってくる。だからこそスカイもそんな内容の質問を飛ばしてきたのだ。
ある程度は構想として頭の中にあるが、それを果たして実行できるかどうか。それも5体分も同じような改造では飽きてしまう。
「思いついているのはスパイダーウォークさせようかなって」
「ブリッジで移動させるって? そりゃいい、ついでに眼球もくり抜いて光らせるようにすれば怪物の完成ッスよ」
スカイはケラケラと笑いながら、
「そういえば、この前面白い部品を購入したからそれを使っちゃおうかな。何か粘着性のある部品で、壁とか走る魔法兵器に使えるみたいなんスよね」
「やってくれるか?」
「もちろん。ボク、この魔法兵器の存在は認めてないんで」
用務員室の床になおも積み上げられたまま放置されている人形型魔法兵器を一瞥し、スカイが吐き捨てる。好敵手と思って敵視している訳ではなく、質の悪い人形型魔法兵器が自分の領域に居座っているのが許せないのだ。
「他にはないッスか?」
「あ、はい」
そこでショウが挙手をする。ここで異世界知識の出番か。
「その改造が認められるなら自動のお掃除機もいけるのでは?」
「どういうものッスか、それ」
「いわゆるゴミを吸い取ってくれる家電――じゃなかった、魔法兵器ですね。箒でお掃除するより断然綺麗になると思いますよ」
「ほーん、そいつは面白そうッスね」
スカイは人形型魔法兵器を一瞥し、小声で「両腕をもげば……」などと不穏なことを言っていた。まあでも改造するなら両腕も両足も必要なくなるだろう。一気に呪いの人形感が加速しそうだが。
「じゃあ早速だけど、改造していこうッスね。部品を取ってくるんでしばしお待ちを!!」
「副学院長、授業は?」
「魔法工学専攻の生徒たちも呼んでくる!!」
「人手を増やしてくるのか、あいつ」
そう言うということは、おそらく魔法工学専攻の生徒も納得していない出来栄えなのだろう。それほど質が悪いのか。よく分からない。
問題児という強い味方を得られた副学院長は、意気揚々とした足取りで用務員室を飛び出した。遠くの方から「改造、改造、魔改造〜♪」などと楽しげに歌っている。あの調子で行けば学院長に見つかる可能性も高くなるというのに、呑気なものだ。
だが、こうして副学院長の協力を得られるのは非常に大きい。魔法兵器を語らせれば右に出る者など存在せず、様々な魔法兵器を開発して世に貢献してきた天才発明家だ。たとえ最近の発明品が全自動耳掃除機だったとしても、彼が天才であることには変わらない。
「副学院長と魔法工学専攻の生徒が協力してくれるなら凄えもんが出来そうだよな」
「爆速呪いの人形ちゃんとかぁ?」
「今のうちに準備運動をしておかなきゃ!!」
「ハルさん、まさか本気でスパイダーウォーク対決をするつもりか?」
「体良く生贄に使われなければいいけれド♪」
「やるのは副学院長様なので、一緒に罰せられるのではないでしょうか」
副学院長が人手と部品を連れて戻ってくる間、ユフィーリアたち問題児は出来る限り人形型魔法兵器をどんな風に改造するのか計画するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】副学院長に相談する手間を省けたのはいいが、何で進んで問題行動に手を染めようとするのか。
【エドワード】あのお菓子、未成年組が楽しみにしてたような気がするなぁ。
【ハルア】このあとちゃんとお菓子を弁償してもらってご満悦。
【アイゼルネ】めそめそしながら用務員室までやってきた副学院長を、場末の飲み屋みたいにおもてなし。提供したお菓子が未成年組の楽しみにしていたお菓子だと気づき、副学院長の弁償代に自分の分を混ぜておいた。
【ショウ】お菓子食われた以上に何でユフィーリアに泣きついた?
【スカイ】魔法工学の分野においてはプライドがあり、自分の開発したもしくは協力した魔法兵器以外が自分の領域であるヴァラール魔法学院にのさばるのが許せない。
【リリアンティア】副学院長の話を7割ぐらい理解できていないが、話を聞くだけは真摯。