第3話【問題用務員と呪いの人形疑惑】
用務員室に戻ってきたら、何だか騒がしかった。
「静まりたまえ、静まりたまえーッ!!」
「ぱわー!! ぱわー!!」
「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー!!」
「おねーさん、困っちゃうワ♪」
用務員室の扉を開けるなり、めいめいに呪文を叫ぶ未成年組とリリアンティアがアイゼルネを背後に庇って何かをしていた。
彼らが見つめる先には、山のように積み重ねられた箱がある。よく見ると全て開封された状態であり、箱から見覚えのある人形が顔を覗かせていた。ユフィーリアとエドワードが正面玄関に放置してきた、あの巨大人形の子機である。
どうやら用務員室にも魔法の実験用の試験機が配布されたようである。それを受け取ったのが朝食後、用務員室へ先に戻っていた未成年組のハルアとショウで、アイゼルネは何が何だか分からないと言った風体でいるので2人の馬鹿行動に巻き込まれただけかもしれない。リリアンティアに至っては完全に不明である。
ユフィーリアとエドワードは揃って首を傾げ、
「何してんだ、お前ら」
「そんな呪われてるようなものだったぁ?」
「だって怖いじゃん!?!!」
所有している神造兵器を抜き放たん勢いで振り返ったハルアは、
「あんな怖い人形を用務員室に置いとかないでよ!! 夜中におトイレ行けなくなったら漏らすからね!?」
「そんな堂々と宣言するな」
というか、この暴走機関車野郎でも怖がるほどの人形であることが判明してしまい、ユフィーリアはちょっと面白くなってしまう。確かに怖いことは怖いのだが、動いてもいないので怖がる要素としてはまだ弱いかもしれない。
「まだ動いてもねえだろ。もしかして動いたところを見たのか?」
「見てないけど、ショウちゃんが言うには『呪いの人形の代表例』だってさ!!」
「呪いの人形がああだこうだするお話で似たような人形が出てきたぞ!?」
「ショウ様が言うなら間違いないのです、きっとあのお人形は夜中に動き回って眠っている身共をむしゃむしゃと頭から……!!」
「おねーさん、どう反応すればいいのか分からないワ♪」
「鼻で笑えばいいんじゃねえかな」
真剣な表情で語るショウ、ハルア、リリアンティアから守られるアイゼルネはそれはそれはもう困惑していた。どう反応していいものか分かったものではなかったようである。
お子様たちはあの人形型魔法兵器を警戒している様子だが、仕組みを説明されたユフィーリアとエドワードからすれば面白いことこの上ない状況である。「何か特に意味のないことをしてるなぁ」と頭の片隅で考える始末だ。
そこでユフィーリアは、面白いことを思いついてしまった。
「エド」
「はいよぉ」
その一言で分かってしまうのは、おそらく付き合いが長いからだろう。長いこと一緒に行動を共にしており、もはやツーカーの仲と呼んでも過言ではない。さすが相棒である。
ユフィーリアとエドワードは大股で用務員室に足を踏み入れ、未成年組とリリアンティアが協力して封じ込めようとしていた人形型魔法兵器をそれぞれ手にした。確かに金髪縦ロールでドレス姿の西洋人形は、高級感のある見た目の割に恐ろしい雰囲気がある。夜中に見たらトイレに行けなくなるというハルアの主張は、あながち間違いではない。
ただ、すでに仕組みを理解しているユフィーリアとエドワードに怖いものなどない。動きもしなければ叫びもしない人形など恐るるに足らず。
そして、
「ほーら、お人形ちゃんだぞ」
「可愛いお人形ちゃんだよぉ」
ユフィーリアとエドワード、2人揃って人形装備で未成年組に詰め寄る。
「びゃ」
「みゃ」
「きゃ」
ハルア、ショウ、リリアンティアの順番で甲高い悲鳴が彼らの唇から漏れる。
ユフィーリアとエドワードが装備した人形を突き出すと、驚いたように飛び上がって距離を取る。警戒しているようで、視線は2人で突き出す人形型魔法兵器に固定されている。「どうしてわざわざ持った?」と視線で訴えてきた。
やることなど決まっている。人形型魔法兵器を装備して、やることは他にない。
「ほーら可愛いお人形ちゃんだよ」
「遊んであげてよぉ」
人形を突き出した体勢のまま、ユフィーリアとエドワードは未成年組を追いかける。
追いかけられる対象とされてしまったショウとハルアは、踵を返して全速力で逃げ出した。ただ身体能力が優れているユフィーリアと無尽蔵の体力を有するエドワードで持ってすれば未成年組に追いつくなど容易い。
ショウとハルアによる甲高い悲鳴が上がる。人形を装備した馬鹿2名に追いかけられる羽目になるとは、可哀想なことだ。
問題児による地獄の追いかけっこが開催される中、置いてけぼりを食らったアイゼルネとリリアンティアは互いの顔を見合わせる。
「……何故、ショウ様とハルア様が追いかけられてしまうのでしょう。何かしましたでしょうか?」
「何もされていないけれど、あれほどの怖がりようだったら玩具にされちゃうわよネ♪ あの子たち、根底がクソガキだかラ♪」
アイゼルネは「それよりもお茶でも飲んでいきまショ♪」なんて言ってリリアンティアを用務員室に引き入れる。遠くから聞こえてきた爆発音なんて無視していた。
☆
案の定、と言うべきか。
人形型魔法兵器を手にして未成年組を追いかけ回していた馬鹿野郎どもは、ショウが冥砲ルナ・フェルノをぶっ放したことで髪の毛がチリチリに焦げることとなった。ついでに正座で未成年組から説教されるという馬鹿みたいな結末を迎えていた。
ショウとハルアはちょっと怒り気味でユフィーリアとエドワードを睨みつけ、
「何で追いかけてきたんだ、ユフィーリア」
「エド、後輩を虐めて楽しい?」
正論に対する馬鹿な大人代表例、ユフィーリアとエドワードはしょんぼりと肩を落として謝罪する。
「怖がり方が面白かったからつい……」
「すまんせんでしたぁ……」
しょんぼりと肩を落としながらも、ユフィーリアとエドワードは返す。
「あとこの前、魔導書図書館で『触ったら呪われる』って銘打たれた上級魔導書を調子こいて触って痛い目を見たお前らを懲らしめる為にも……」
「シンカー試験に10回連続で踏破してから言いなって思ったけどねぇ」
「あれに関しては五体投地で謝罪しただろう」
「ついでにエドから拳骨もらったからね!!」
おそらく、彼らが人形型魔法兵器を怖がっていたのはここに結びつくのだろう。
実は関係のない話だが、数日前に未成年組が魔導書図書館で『触ったら呪われる』と言われている上級の魔導書に「ついうっかり」で触れてしまったのだ。その内容が『触れたら見覚えのない人形に追いかけられる』というもので、廊下やら何やらで人形が追いかけてくる恐怖に耐えきれずユフィーリアに助けを求めてきた訳である。
資格を所有していないのに上級の魔導書を触ったことで、ユフィーリアとエドワードの2人がかりで懇々と説教したことは記憶に新しい。ハルアに関して言えば拳骨をもらっていた。「後輩に忠告できなくて何が先輩なンだ」と怒られていた。
まあつまり、どっちもどっちということだ。
「しかし、この人形。本当に気味が悪いのだが、どうしても抱っこして寝なきゃいけないのか?」
「実験に必ずしも協力しなきゃいけないってことはねえけど」
ショウの心底嫌そうな視線を受ける人形型魔法兵器に、ユフィーリアも視線をやる。
床にお行儀よく座る人形型魔法兵器は、やはり彼らの言う通りに絶妙な気味悪さがある。呪われた人形と評価を下されるのも分かる気がする。金髪縦ロールにドレス姿、ゾッとするほど整った顔立ちの西洋人形など夜中に歩き回って当然とばかりの見た目をしていた。
これを抱きしめて眠るといい夢が見られるという触れ込みのようだが、とんでもない。まるで悪夢を見せてきそうな様相だ。ショウたち未成年組やリリアンティアが嫌悪感を抱いてもおかしくはない。
「うん、アタシもやだなこれを抱きしめながら眠るのは。どうせならショウ坊を抱きしめて眠りたい」
「ふえッ、あのその、あ、貴女が望むのであれば吝かではないのだが……」
「まあ冗談なんだけど。ショウ坊だって1人で寝たいだろうし」
「ユフィーリア」
顔を真っ赤にしてうにゃうにゃと何かを言っていたショウが、何故か今度は怒ったような表情を見せた。最愛の嫁の安眠を妨害する訳にはいかないというユフィーリアなりの配慮である。ただ、嫁の方は納得していなかったようだが。
「じゃあこの人形はどうすればいいの!?」
「ユフィーリア、添い寝は? 添い寝の話はどうなった?」
「別に頼らないでも眠れるなら箱に戻して封印でいいんじゃねえかな。アタシは最初から頼るつもりはねえし、むしろ改造でもしてやろうかと思ってたぐらいだけど」
「ユフィーリア、何で添い寝の話を逸らすんだ?」
「ショウ坊、その理由に答えてやろう。何故ならその話はほんの3分前ぐらいに終わってんだよ」
いつまでも添い寝の話を出してくる嫁にピシャリと言い放ち、ユフィーリアは床にお行儀よく座っている人形型魔法兵器を手に取った。
ずっしりと程よい重さがあり、肌は硬く、髪の毛も人形らしくあまり柔らかいものでない。ドレスもひらひらとフリルやらレースが施されているので眠りのお友達として選ぶには鬱陶しすぎる。子供ならば喜んで枕元に置くだろうが、お人形などに頼らずとも眠ることが出来る大人しかいないヴァラール魔法学院には無用の長物ではなかろうか。
ただ、玩具としては優秀である。綺麗なドレス、豊かな金髪、長い睫毛が縁取る閉ざされた瞼――どれを取ってもおままごとの何らかの役割を務めるのにちょうどいい見た目だ。それでいて、魔法兵器なので魔法工学の知識があれば改造も簡単である。
パタパタと人形の腕などの動き具合を確かめるユフィーリアは、
「これがスパイダーウォークで廊下を駆け回ったら面白くねえか?」
「それは面白そうだね!!」
ハルアは琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて、
「それならオレとどっちが早いか競走したい!!」
「純粋な疑問だけど、何で?」
「やりたいから!!」
「まあ、お前がそれでいいならいいけど」
さて、方針は決まったところでこの人形を持ち込まなければならない。
「副学院長に改造してもらうか。餅は餅屋だろ」
魔法兵器の改造に関して言えば右に出る者なしと言わしめる魔法工学界の重鎮にして天才発明家の魔法使い以外にいない。彼ならきっと、この人形型魔法兵器を面白おかしく改造してくれるだろう。
そんな彼に対して絶大な信頼を寄せるユフィーリアは、早速とばかりに2体の人形型魔法兵器を手にして魔法工学準備室に向かうのだった。
ちなみに余談ではあるが、ユフィーリアに添い寝をはぐらかされたショウはエドワードの背中に張り付いて「絶対に添い寝してやる……今日はベッドに潜り込んでやる……」と決意を固めていた。張り付かれていたエドワードは何とも言えない表情を浮かべていたが。
《登場人物》
【ユフィーリア】ショウとハルアが資格を持っていないはずの上級魔導書にうっかり触って呪われてしまい、その解呪に懸命だった。
【エドワード】未成年組が「お人形が追いかけてくる」と泣きつかれて久しい。
【ハルア】上級の魔導書のせいで呪われ、お人形が追いかけてくる幻覚に悩んだ。ちょっぴりお人形が嫌いになりかけた。
【アイゼルネ】急に守られることになったので困惑。
【ショウ】ああいった人形があれこれする映画を夜中に見たことがあり、しばらく人形が見れなかった記憶がある。
【リリアンティア】基本的にお化けとかは勝手に浄化されるのだが、それはそれとしてお化けは怖い。