第2話【異世界少年と人形】
用務員室で遊んでいたら、急に荷物が降ってきた。
「お届け物でーすご利用いただきありがとうございましたー」
「うぐえッ」
ぬいぐるみを使って昼ドラも真っ青のドロドロ劇場を繰り広げていたら、ハルアの頭に一抱えほどもある木箱がドサドサと降り注いだ。唐突の襲撃にさすがの問題児の暴走機関車野郎も耐えられるはずもなく、呆気なく潰されてしまう。
目の前で木箱に押し潰された先輩の姿を目の当たりにした女装メイド少年、アズマ・ショウは驚きのあまり目を見開いたまま固まっていた。手にした猫のぬいぐるみは両腕を上げた状態で止まっており、その格好に台詞を与えるならば「違う、俺はやってねェ!!」だろうか。実際、ショウが務めていた役柄は連続殺人の犯人役である。殺ってるもクソもない。
箱の下で伸びている先輩の肩を揺するショウは、
「ハルさん、大丈夫か?」
「だ、だいじょばない……」
自分の身体にのしかかってくる箱を振り落とし、ハルアは「何なの!!」と苛立ち気味に起き上がる。復活が早い。
「ユーリがまた何か本を通販でポチポチしたのかな!!」
「この世界にも通販の概念があるのか」
「あるよ、オレはやり方分からないけどね!!」
ショウの想像通りの通販だと、通信魔法専用端末『魔フォーン』と同じような見た目をした異世界の技術力の結晶でポチッとすれば何でも次の日には届くようなものだが、果たしてこの世界に於ける通販とは一体どのような方法になるのだろうか。まさか魔フォーンに元の世界のような通販専用のお店との連絡方法が登録されている訳でもあるまい。
これはあとで、ユフィーリアに聞いてみよう。現在、彼女は頼れるアニキな先輩と一緒に学院長の手でどこかに連行されてしまった。きっと問題児筆頭のことだからすぐに帰ってくるとは思うが。
ハルアが払い落とした箱を見やるショウは、その個数を数える。
「5箱か。これが全部、中身が本だったら凄い数を買ったな」
「ユーリってばいつもそうだよ!! まだ読み終わってない本がたくさんあるのに、また新しいの買っちゃうんだもん!!」
「ユフィーリアは読書家だからなぁ、それが普通というか読書家の楽しみみたいなものなんだ。ご飯がいっぱいあるのと同じだ」
読書家にとってまだ読んでいない本を積み上げる行為は、いっぱいのご飯を前にした食いしん坊と同じだと元の世界で通っていた学校の同級生が熱く語っていた。「どこから食べようかなって迷うじゃないか、積読というものはそれと同じなのさ!!」と眼鏡をギラギラ輝かせながら熱弁していたが、多分ユフィーリアも同じなのだろう。
ハルアもハルアで、例え話が功を奏したのか納得したように頷いていた。この例え話はあながち間違いではないらしい。よかった、ちゃんと理解できて。
ショウは箱の1つを手に取ると、
「あれ?」
「どうしたの!?」
「確かにこれはユフィーリア宛の荷物なのだが、他は俺たちの名前もある」
ショウが手に取った箱の表面には伝票が貼られており、しっかりとユフィーリアの名前が記載してある。それならこの荷物はユフィーリアのものだろうが、他の箱を見るとショウたちの名前もあったのだ。
これら全てユフィーリアが通販でポチポチと購入した本の山であれば、それぞれの名前で配達されるのはおかしい。必然的にこれは本の山という予想を打ち砕くことになってしまう。
ハルアも改めて床に転がる箱を拾い上げると、
「本当だ、これはアイゼの名前だもん!!」
「俺たち宛にも届くということは、全く別の荷物なのかもしれないな」
「そうかも!!」
とりあえず用務員室にはいない人物の荷物は脇に置いておき、ショウとハルアは自分自身の名前が記載された箱を手に取る。
箱の大きさは抱えてちょうどいい程度のものである。立派な木箱で厳重に釘で封が施されていた。箱をぐるぐると見回すと側面に複雑な線と呪文で構成された魔法陣が印刷されており、おそらくこの魔法陣が開封する際に必要となるものだろう。
困った、非常に困った。ショウとハルアは魔法を使うことが出来ないので、この木箱を開けられないのだ。用務員室で魔法を使うことが出来るのは、最愛の旦那様にして魔法の天才と呼ばれるユフィーリアと用務員室の美人お茶汲み係であるアイゼルネぐらいのものだ。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、
「アイゼに頼めばいけるかな!!」
「でも今はお化粧中だから、突撃したらまずいぞ。嫌われてしまう」
アイゼルネは現在、用務員室の隣に設けられた居住区画でお化粧の真っ最中である。「ちょうど秋の新色のお化粧品が出たのヨ♪」なんて言っていたので、試している頃合いだ。女性の身支度の最中に突撃するほど、ショウとハルアも常識知らずではない。
彼女が化粧を終えるのが先か、それとも学院長に連れて行かれたユフィーリアとエドワードが帰ってくるのが先か。早く戻ってきた方に箱の開封をお願いするしかない。
すると、
「母様、少しよろしいですか?」
「あ」
「あ、ちゃんリリ先生!!」
用務員室の扉が外側から開かれ、ひょこりと見慣れた純白の幼い修道女が顔を覗かせる。ヴァラール魔法学院の保健医であり、ショウとハルアとも仲のいいリリアンティア・ブリッツオールだ。
友人の訪問を、ショウとハルアは「いらっしゃい!!」「どうしたんですか?」と歓迎する。最初に彼女が呼んだのは母様――母親代わりとして慕っているユフィーリアだ。今はユフィーリアが不在なので、代わりに対応するしかない。
用務員室を見渡して、リリアンティアは綺麗な緑色の瞳を瞬かせる。目的の人物が存在せず、ショウとハルアしか残っていなかったので驚いたことだろう。残念ながら事実なので覆しようもないのだが。
「ユフィーリアに何かご用事ですか?」
「実はですね、保健室にこんなものが届いておりまして……」
リリアンティアが差し出してきたのは、高級そうな見た目をした人形である。一抱えほどもあるようで、幼い聖女様が胸の前で人形を抱いていると大きな抱き枕を抱えているようにしか見えない。
金髪縦ロール、後頭部には巨大なリボンが飾る。舞踏会で見かけるようなフリルやレースをふんだんにあしらい、スカートを何枚も重ねた豪奢なドレスを身につけている。閉ざされた瞼を縁取る睫毛は長く、陶器を彷彿とさせる白い肌は滑らかさが際立つ。駆動部分が多いのか、手足がだらりと垂れているところを見ると玩具のようである。
壊したら高額な請求書でも送られてきそうな気配しかない人形を前に、ショウとハルアは首を傾げた。
「どうしたんですか、それ? お供えですか?」
「賄賂!?」
「今朝、保健室に届いておりました。箱が魔法で封じられていたので開けるのは簡単だったのですが……」
リリアンティアがショウとハルアに差し出したのは、折り畳まれた紙である。どうやら手紙も同封されていたようだ。
「お恥ずかしながら、身共は文字を読むことが出来ず……母様には読み書きを習っておりますので簡単な文字なら読めるのですが、こちらの文章は少々難しくて……」
「なるほど、代読をお願いしたかったのですね」
ショウは「そうだ」とポンと手を叩き、
「リリア先生、交換条件です。俺がお手紙の代読をしますので、リリア先生はお手数なんですけれど、こちらの箱を開けていただきたいです」
「オレら、魔法使えないから魔法で箱を閉じられちゃうと開けられないの!!」
「承知いたしました。ショウ様、ではよろしくお願いいたします」
リリアンティアから手紙を受け取ると同時に、ショウは彼女へ一抱えほどもある木箱を渡す。これで中身を確認することが出来る。
ショウは、リリアンティアから渡された手紙を広げ、声に出して読み上げる。
白い用紙には簡素な文章が躍っている。文章の構成は確かに難しいものだったが、内容を理解すれば簡単だった。
「『こちらの人形は実験機です。試験的に導入された魔法兵器となります。親機から子機に接続し、一定の周波数を持つ魔力を流すことで心地よい睡眠をお届けします。実用性や効能を調べる為に、魔法の実験へご協力ください。実験内容は簡単です。毎晩、同封いたしました人形型魔法兵器を抱きしめるか、あるいはベッドのすぐ側に置いて眠ってください。ご協力のほど、よろしくお願いいたします』」
この人形は魔法兵器の類のようである。
そして、この人形は『子機』と呼ばれるもので親機と接続すると、気持ちよく眠ることが出来る魔力が流れる仕組みになっているようだ。ただ、効能は定かではないので実験をしたいということなのだろう。
手紙を読み終えたショウが紙面から顔を上げると、ちょうどリリアンティアが5箱分の開封作業を終えていたところだった。さすが七魔法王が第六席【世界治癒】と呼ばれるだけはある。
「お人形さんだ!!」
「身共とお揃いですね」
開封された箱から、ハルアが中身として収まっていた人形を取り出す。彼が掲げたものは、リリアンティアと同じ高級そうな見た目をした人形だった。ドレスの色や意匠、髪型まで同じである。
他の箱も確認すると、同じ人形が5体分揃ってしまった。全部見た目が同じなので、どれが誰のものか分からなくなってしまう。多分誰でもいいのだが、全く同じ人形が5体も並んでいると不気味だ。
ショウとハルアは嫌そうな表情で、
「これ抱っこして寝なきゃいけないの?」
「俺も嫌だな……」
「な、何だか不気味ですよね……身共も申し訳ないのですが……その……」
リリアンティアも言い淀んでいたが、彼女もさすがにこの人形を抱っこしながら眠りたくはないのだろう。態度だけでひしひしと感じ取れた。
試しにショウは人形を抱っこしてみるが、ふわふわしている訳でもなければ抱き心地がいい訳でもない。人形は全体的に硬いし、髪の毛もゴワゴワしているし、ずっしりとした重みがあるので良質な睡眠のお供には向いていないかもしれない。
それに、ショウたちは規則正しい生活習慣を送れている。こんな人形に頼らずとも安眠できているのだ。今更こんな意味不明なものを送られてもはた迷惑なだけである。
「どうする?」
「実験に付き合うのも癪だなぁ……」
ショウはそっと抱っこしていた人形を箱の中にしまい直し、
「ユフィーリアが帰ってきたらどうするか聞いてみよう。もうすぐ帰ってくるだろうし」
こういう時は、最愛の旦那様を頼るに限るのだ。
《登場人物》
【ショウ】西洋人形はちょっぴり怖い。元の世界で見たことある洋画のホラー映画が影響。
【ハルア】ぬいぐるみは好きだけど、明らかに高そうな人形は壊したら請求が怖いから触りたくない。
【リリアンティア】保健医を務める聖女様。保健室前に放置されていた荷物に同封されていた手紙を読んでもらうべく用務員室を訪問。人形に対してはそれほどの恐怖心はないが、今回の人形はご遠慮願いたい。