第5話【問題用務員と耳掃除攻撃】
何故か今、花に食われそうになっていた。
「助けて助けて助けて助けてえ!!」
「いやあああああ俺ちゃん何もしてないでしょおおおお!?」
「ユーリとショウちゃんとショウちゃんパパが原因だよ!!」
「おねーさんは関係ないわヨ♪」
「全面的に反省はしていない」
「何が悪いと言うのかね」
足元に花開いているブツは、白色の花弁に桃色の斑点模様が特徴的な魔法植物だった。花の中央から伸びている触手がユフィーリアたち5人の問題児とキクガを捕獲し、涎のような粘液が溢れ出てくる。人間を飲み込んで花弁でも閉じられたら簡易的な檻だ。しかもやたらと年齢制限がかかる方面の。
おそらくあの粘液は衣服だけを溶かす魔法がかけられており、触手は身体を改造したりまさぐったりする際に使用されるものだ。今はまだ身体を縛って自由を奪うだけで済んでいるものの、いつアッチ方面に持っていかれるか分からない。
そんな問題児と冥王第一補佐官を眺めるグローリアとスカイは、
「ショウ君とキクガ君が反省してないね」
「この状況でよくもまあそんな神経が図太くいられるもんッスねぇ」
耳掃除の餌食にされたグローリアとスカイによるお仕置きは容赦がなかった。というかスカイが迷わずエロトラップダンジョンに搭載されている魔法植物を召喚した時点で、すでに誰がお仕置きをするのか決定されていた。
ユフィーリアたちが魔法植物の触手に絡め取られている間、グローリアはただ傍観しているだけだった。元々説教しにきたこの薄情者の学院長が助けてくれるとは思えないが、せめて「僕の説教のあとにして」ぐらいは言ってほしかった。そうすれば逃げる算段ぐらいは考えたのに。
グローリアは首を傾げ、
「どうしてそこまで余裕があるのかな」
「もちろん、こうする為ですね」
ショウが何でもないような口調で応じた瞬間、天空から超高温の炎の矢が降ってきた。
ユフィーリアの真横を通過した炎の矢は魔法植物の中心をぶち抜き、一気に燃え上がらせる。甲高い断末魔を響かせて身体を締め上げる触手の力が緩み、ユフィーリアたち問題児とキクガは地上に投げ出される。
しかし持ち前の運動神経が優れている問題児とキクガは、突然地面に投げ出されても対処可能である。ユフィーリア、エドワード、ハルア、キクガは難なく着地を果たし、ショウは空中で体勢を変えることすら出来ないアイゼルネを回収してから安全に地面へ降りてきた。冥砲ルナ・フェルノに付与された飛行の加護を上手に使えていた。
満面の笑みを見せるショウは、
「冥砲ルナ・フェルノは地面にいなくても呼び出せますよ?」
「優秀すぎるなぁ、その神造兵器」
グローリアは右手を掲げ、真っ白な魔導書を召喚する。どうやら相手も本気で対処をしようと目論んでいる様子だった。
「魔法で動きでも止めれば君を止められるかな?」
「おや、いいんですか?」
ショウは余裕綽々の表情で、
「こちらには父さんがいますよ?」
「いやだから何だって――は?」
グローリアの足元から、純白の鎖が伸びる。何本も伸びてきた純白の鎖は学院長と副学院長の2人組を簀巻きのように縛り付けると、簡単に身体の自由を奪ってしまった。
純白の鎖の正体は、魔法やその他能力などを封じる絶対的な強度を誇る拘束具『冥府天縛』である。剛腕を持つエドワードでさえ封じるほどの頑丈さを誇るそれを、非力代表のグローリアとスカイが振り解ける訳がなかった。
この冥府天縛を発動させたのは、冥王から貸与されている冥王第一補佐官のキクガだけである。彼の美しい顔面に怒りの表情はないが、簀巻きのようにして転がしたグローリアとスカイの2人を愉快そうに眺めていた。
「獲物が来た訳だが」
「鴨がネギを背負ってやってきたということか?」
「おや、ショウ。なかなか上手いことを言う」
「父さんによく似て、頭がよろしいもので」
ここまではさすがにユフィーリアも指示していない。全てこの親子の独壇場であった。
ショウとキクガは、簀巻きのようにして拘束した学院長と副学院長を引きずって用務員室に戻ってしまった。それはそれは清々しい笑顔である。獲物がどうとか言っていた時点で、次の耳掃除の犠牲者が出てしまった。
パタンと閉ざされる用務員室の扉。そこまで時間が経たないうちに、扉を突き抜けんばかりのグローリアとスカイの絶叫が聞こえてきた。可哀想に、無防備な耳の穴をゴシゴシと掃除されていることだろう。
閉ざされた用務員室の扉の前で立ち尽くすユフィーリアたち4人は、
「どうする、これ。いいの?」
「まあ、副学院長の魔法植物は呆気なく燃えちゃったしねぇ」
チラリとユフィーリアとエドワードの視線が、廊下に向けられる。
用務員室はヴァラール魔法学院の最果てにあるので、周囲に使われている教室はない。だからこの場では騒ぎたい放題だしやりたい放題なのでスカイもエロトラップダンジョンから魔法植物を召喚したのだろうが、今や燃やされてしまった残骸が廊下に残されているだけだ。
真っ黒焦げになった廊下の幅いっぱいの大きさを誇る魔法植物に、ユフィーリアは無言で両手を合わせてやる。可哀想な魔法植物だ。まさに巻き込まれてしまうとは、魔法植物側からすれば思ってもいないだろう。
すると、
「か、かかか、母、母様、母しゃまぁ」
「おうおうおう、どうしたどうしたリリア」
ふらふらとした覚束ない足取りで、純白の修道服を身につけた幼い少女――リリアンティア・ブリッツオールがやってくる。彼女はもれなく両耳を押さえていた。
全校生徒・全教職員を対象に感覚共有魔法を広げてしまったので、リリアンティアにも耳掃除のゾワゾワ攻撃の余波が与えられてしまったのだ。おかげさまで常日頃からちょこまかと動き回る彼女の両足が、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えていた。
リリアンティアはユフィーリアに抱きつくと、
「お耳が、お耳がおかしいのです。何かモゾモゾ、ゾワゾワするのです。これはまさか毛虫様やムカデ様がお耳の中をお家にしてしまったのでしょうかぁ?」
「ごめん、ごめんなリリア。アタシの思いつきに巻き込んで本当にごめんな」
感覚共有魔法によって与えられたゾワゾワ攻撃を『虫が耳の中に侵入した』と勘違いする幼い修道女様に、ユフィーリアは罪悪感に駆られて謝罪する。こんなにヘロヘロになってしまうなんて、耳掃除を感覚共有魔法で伝播させるのは恐ろしいことだったのだ。
ユフィーリアは「とりあえずお前の耳の中に虫さんは住んでねえから」と告げる。耳掃除を虫が侵入してくる攻撃と勘違いされたままでは、今後一生耳掃除と向き合えなくなるだろう。耳かき棒による耳掃除に慣れればいいのだが。
被害者は当然、彼女だけではなかった。
「ゆ、ゆふぃ、ユフィーリアさん、あの耳が、耳がおかしくてあうあう」
「あー、リタ嬢もか」
用務員室前にふらふらとやってきた赤いおさげ髪の女子生徒――リタ・アロットもまた涙目で両耳を押さえていた。ショウとキクガによる地獄のASMR攻撃が友人まで伝播されてしまっていた。
ユフィーリアが抱き止めてやる寸前で膝から崩れ落ちそうになった彼女を、ハルアが「危ない!!」と支える。リタは茹で蛸のように顔を真っ赤にしていた。耳掃除のASMR攻撃が彼女の身体にも変調を来したか。
リタを支えるハルアは、ユフィーリアに琥珀色の双眸を向ける。
「ユーリ、リタを虐めないでよ」
「悪かったって。今度は全校生徒とか対象にする時はもうちょっと範囲を絞るって」
身内は出来る限り巻き込まないように、とユフィーリアは固く決意する。知り合いがここまでヘロヘロになってしまうのは可哀想だった。
「おや」
「あ、リタさんとリリア先生」
がちゃ、と。
用務員室の扉が内側から開けられる。
気がつけば、学院長と副学院長の悲鳴が止んでいた。そして扉が開かれると同時に、アズマ親子が魂の抜け出たような表情をしたグローリアとスカイを廊下に転がしていた。どうやら無事に耳掃除を終えたらしい。
「リタさんとリリア先生もどうですか? お耳をお掃除しませんか?」
「もちろん痛いことは全くしない訳だが。耳の聞こえもよくなる上、リラックス効果も得られる訳だが」
ショウとキクガは、あくまで知り合いに対する善意的な行動でそう言ったのだ。耳掃除が当たり前のようにあるからこそ言える台詞である。
ただ、あのゾワゾワ攻撃はユフィーリアたち魔女や魔法使いに衝撃をもたらした。これは慣れるまでにまだ時間がかかる類のものである。簡単に頷けるようなものではない。
ましてユフィーリアたち問題児がそう感じるのだから、リリアンティアやリタはそれ以上に慣れないだろう。世間にお見せできない表情を曝け出す羽目になってしまう。廊下に転がる学院長と副学院長の2人組のように。
だから、これはユフィーリアたちにとって最善の行動だった。
「悪いショウ坊、幼い子供にはまだ強すぎる刺激だから止めてやれ!!」
「逃げるが勝ちだねぇ」
「ショウちゃんさすがにリタを犠牲には出来ないから連れてくね!!」
「逃避行♪」
「母様、み、身共は何をされてしまうのですか!?」
「ひゃあハルアさんそんなお姫様抱っこなんて私重いしあうあうあう!?」
ユフィーリアはリリアンティアを、エドワードはアイゼルネを、ハルアはリタを抱えて一目散にその場から逃げ出す。
当然ながら、彼らが追いかけてこないという選択肢を取る訳がなかった。
それも揃って得体の知れない『異世界』出身、魔法が使えないのに魔女や魔法使い相手にも物おじせずに立ち向かう馬鹿みたいに優秀な親子が、だ。
「何故逃げるんだ、ユフィーリア。待ってくれ」
「待ちなさいユフィーリア君。耳掃除はそこまで悪い文化ではない訳だが」
「ぎゃああああああああ速いんだよ足があ!!」
「全速力で走ってるのに何でぇ!?」
「やべえね、ショウちゃんとショウちゃんパパがここまで優秀だと先輩として自信がなくなるね!!」
「追いつけるのが不思議ヨ♪」
「母様、ショウ様とキクガ様が別のものに見えます具体的に言えばお化けとかぁ!?」
「ぽへー……」
「リタ嬢は別の意味で気絶するな起きろお耳を掃除させられて天国行きになるぞ!?」
全速力で走って逃げているのに息を切らすことなく走って追いついてくるアズマ親子から、ユフィーリアたち問題児はリリアンティアとリタを連れて校舎内を逃げ回るのだった。
後日、用務員室に『耳掃除やります』の幟が立ち、並ぶ生徒や教職員の姿がちょっぴり見えたのは余談である。
《登場人物》
【ユフィーリア】このあと耳掃除の魅力にハマり、自分で耳の穴の中を見ることが出来る水晶玉を作り出してゴミを自力で引っ張り出すことになる。
【エドワード】上司が耳掃除にハマり出したので実験台にならないようにそっと距離を置く。耳が痒くなったらもう腹を括って頼むけれど。
【ハルア】たまにショウにやってもらう。「ほにゃあ」って蕩けてる姿が見られる。
【アイゼルネ】ユフィーリアに習得したばかりの耳のマッサージを実践予定。
【ショウ】耳掃除マイスター。いつかユフィーリアにまた耳掃除が出来ないかと虎視眈々と狙っている。
【グローリア】耳掃除はもう勘弁してほしいけれど、自分でやるならいいかもしれないのでキクガに耳かき棒の詳細について聞くことになる。
【スカイ】耳掃除なら魔法兵器でいいじゃないか。
【キクガ】耳掃除に一定のこだわりがあるので多数の機材を取り揃えている。
【リリアンティア】農作業中に耳が何か変な感じになったのでユフィーリアに異常を訴えたら連れて行かれた。このあとショウに耳掃除をしてもらって蕩ける。
【リタ】ハルアにお姫様抱っこをされてそれどころじゃない。