表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

619/907

第2話【問題用務員と耳掃除】

 さて、いざ初めての耳掃除である。



「びゃぶッ、ばばばばッ、あばばばばば」


「どうしよう、小刻みに震えている」



 最愛の嫁による膝枕を堪能しているユフィーリアだが、残念ながら気分はそれどころではなかった。


 これから自分の身に起こることは、割と拷問チックなことなのだ。何せお耳の中に訳の分からん細い棒を突っ込まれるからである。

 最愛の嫁曰く、あの棒で耳の中に蓄積した汚れを掻き出すのだが信用できる訳がない。いや嫁の腕前を疑っている訳ではなく、得体の知れない何かをされるので恐怖しかないのだ。自分の目で見えないから余計に怖い。


 小刻みに震えるユフィーリアに、ショウは困惑したような声を上げる。



「うーん、これはどうしたものか……」


「びゃッ、びゃばばばばッ、ばばばばばばばッ」



 言葉にならない悲鳴を漏らし続けるユフィーリアの肩を、ショウが優しく叩いてくれる。



「ユフィーリア、大丈夫だ。鼓膜を傷つけることは絶対にないから」


「痛い……絶対に痛い奴だこれ……」


「痛くない、痛くない。大丈夫だぞ、ユフィーリア。絶対に痛くないから」



 優しい声音で声かけまでしてくれるショウだが、



「……まあ、動いたら変なところに突き刺さる可能性も否定できないので動かないでほしいのだが」


「びゃッ、ばばばばばッ、あびゃばばばばばばッ」


「ああまた小刻みに震え始めてしまった……」



 安心させたところでこの仕打ちである。耳の穴に棒を突っ込まれて気持ちよさそうにしていたショウだが、本当は虐めるのがお好きなSっ気のあるお嫁様なのではないだろうかとユフィーリアは膝上で泣きたくなる。

 動いた瞬間に想像を絶する痛みが襲いかかってくると聞いただけで勇気が出ない。もうこれは拷問だ、新しいタイプの拷問である。最愛の嫁の膝枕を目一杯に堪能しながら死んでいくタイプの拷問だ。


 ガクガクガクガクーッ!! と全身を震わせるユフィーリアに、ショウは「仕方がないなぁ」とちょっと困ったような口調で言う。



「じゃあ別の方向から攻めてみよう」


「みぎゃッ!?」



 そんな台詞と共に、ユフィーリアは唐突に耳たぶを触られて変な声を上げてしまう。


 ショウの指先が絶妙な力加減でユフィーリアの耳たぶを揉み込む。もにもにとその柔らかさを遊ぶように揉み込んでくるので、あまりの気持ちよさに「はふ」と思わず声が漏れてしまった。

 この氷を溶かすような優しい手つきは一体何だろうか。妙に落ち着くような気配がある。それまで強張っていた身体から不思議とスッと力が抜けてしまい、いつのまにか耳掃除に対する恐怖心からやってくる震えが止まった。



「うあー……」


「気持ちいいか?」


「うんー……」



 知れず、自分の口から漏れる声が蕩けているのを、ユフィーリアは意識のどこかで自覚する。自覚するものの、それ以上はない。もう思考回路も蕩けており、むにむにと耳たぶをいじるショウにされるがままだった。

 そんなユフィーリアを見下ろし、ショウは声を押し殺して笑う。普段は嫁相手に格好をつけているが、もはや形無しである。格好悪くてもこの極上の膝枕を堪能し、耳たぶのマッサージを受けていたいところだ。


 むにむにとユフィーリアの耳たぶを摘んだり伸ばしたりするショウは、



「震えも止まったなぁ」


「んー……」


「じゃあ次は耳の中だな、ユフィーリア。そのままじっとしておいてくれ」


「…………ん?」



 我に返ると、耳元で何やらゴソゴソと音が聞こえてきた。


 これはもしかして、強烈な罠にかかったのではないかとユフィーリアは気づく。耳たぶのマッサージで油断させておいて、本命の耳掃除が今まさに行われようとしていた。

 逃げ出そうかと画策するも、すでに全身から力が抜けており起き上がることが出来ない。意識では「今すぐここから逃げなければならない」と警鐘を鳴らしているのに、起き上がることさえ許されないとは悪魔の手の持ち主である。


 そうして、ついに運命の時が訪れた。



「おお、意外と綺麗なものだな。あまり汚れはないが、多少は見える……」



 そんなことを言いながら、ショウがユフィーリアの無防備な耳に耳かき棒なる細い棒をそっと差し込んできた。



「ぴゃッ」


「動かないでくれ」


「あびゃッ、あ、ぎゃあ」



 ユフィーリアの口から変な声が漏れる。


 耳の穴の中にゆっくりと差し込まれた細い棒は、ユフィーリアの耳の中を優しく擦り始める。僅かに曲がった先端の部分が耳の中を擦るたび、ゾワゾワとした変な感覚がユフィーリアに襲いかかった。

 くすぐったいような、得体の知れない感覚である。もっと痛いものと勘違いしていたがそんなことはなく、むしろ全身を渦巻く気持ちよさがある。襲いかかるゾワゾワとした感覚に叫びたくなるのだが、肩を揺らすたびに「動かないでくれ」とショウに厳命されてしまい、動くことが出来ない。



 ――かり、かりり。



 耳の奥から、何か硬いものを掻き出すような音がした。



「にゃッ、にゃ?」


「大丈夫だぞ、ちょっと奥の方に汚れがあってだな……」


「ふにゃッ、にゃー」



 猫にでもなったかのような気分である。口から「にゃ」しか出てこない。


 かりかりと耳の奥で聞こえるたび、ショウの耳かき棒が慎重に動く。おそらく耳の奥で汚れがへばりついていたのだろう、ちょっとだけ「しつこいな……」というショウの声が降ってくる。

 うっかり身体を動かせば鼓膜に耳かき棒が突き刺さる最悪の未来と、身体を支配するゾワゾワとした感覚と精神的に戦いを繰り広げるユフィーリア。怖さのあまり身体を動かしたくなるが、動かせば鼓膜破壊という大変恐ろしい未来を想像して動けずにいた。


 やがて、スッと耳かき棒が耳の穴から引き抜かれる。ようやくゾワゾワとした感覚から解放されたと思いきや、



「ふわふわ攻撃」


「きゃッ」


「ふふ、可愛い声だな」



 ショウの小さく笑う声が降る。


 ふわふわした何かが耳の穴に差し込まれ、また別のゾワゾワした得体の知れない感覚が襲ってくる。動物の毛とも取れない代物がユフィーリアの耳奥まで侵食してきた。

 まるで残りかすを掃除するようにふわふわな物体が抜き差しされ、ユフィーリアの口から「はえッ、ひゅッ」などという変な声が絶えず漏れ続ける。当然ながら抵抗は出来ない。抵抗するほどの精神的な余裕がなかった。


 しばらくふわふわな物体が耳の中を蹂躙する様と格闘するユフィーリアだったが、突然ふわふわな物体が耳の穴から消え去る。もう終わったのだろうか。



「ふうッ」


「うぎゃあッ!!」



 今度こそ限界だった。


 ユフィーリアは長椅子から転がり落ち、耳を押さえてジタバタと床の上を暴れる。さながら陸に打ち上げられた魚のようである。

 これ以上は耐えられなかった。今まで頑張って動かないで耳掃除とやらを受けていたが、もうこれは限界を突破した。こんな苦行に耐えられる精神を宿したショウとキクガは、一体どんな修行をすれば耐えられるようになるのか。


 耳かき棒を片手に握るショウは、キョトンとした表情で首を傾げている。



「どうしたんだ?」


「も、無理……無理……」


「ダメだぞ、ユフィーリア」



 首を横に振って拒否するユフィーリアに、ショウは足元から大量の炎腕を召喚して言う。



「もう片方が残っているだろう?」


「――――」



 片方の耳を引き千切ったら救われないかな、という阿呆みたいな考えが脳裏をよぎったが、逃げる前に呆気なく捕まってしまったユフィーリアは再び耳掃除という名の拷問を受ける羽目になった。



 ☆



 ようやく解放された。



「もうやだ……耳がおかしい……」


「まだ何か入ってるような気がするよぉ……」


「痒い!!」


「ハルちゃん、お耳を掻いたらダメ♪」



 全員まとめてアズマ親子から耳掃除の餌食にされ、問題児4人はぐったりとしていた。


 問答無用で耳掃除を決行したショウとキクガは、ユフィーリアたち4人の反応を非常に珍しがっていた。彼らは耳掃除に耐性があるからそんな反応が出来るのだ。こちらからすれば異常である。

 ユフィーリアはショウに念入りに掃除され、その隙にエドワード、ハルア、アイゼルネの3人はキクガに冥府天縛めいふてんばくで拘束されて耳掃除をやられたらしい。上司を見捨てて逃げようとする罰が当たったのだ。


 ユフィーリアは手のひらで耳を擦り、



「もうしばらくはいいわ、耳掃除なんて。くすぐったくて仕方がねえ」


「意外と可愛い反応が見れたから、俺としてはもう1回ぐらいはやりたいな」


「勘弁してくれ」



 少し小悪魔めいた笑みで言うショウに、ユフィーリアはうんざりした口調で返す。こればかりは今度こそ抵抗せざるを得ない。本当にあのくすぐったさは二度と味わいたくないものだ。



「クソ、この痒さを他の連中にも味わわせてやりてえ……」


「うーん、目につく全員に耳掃除をするのはさすがに骨が折れるな……」



 この耳掃除のくすぐったさをせめて不特定多数に味わわせてやりたいが、耳掃除に絶対の耐性を持っているのはショウとキクガぐらいのものだろう。2人がかりで学院中の人間に耳掃除を施すとなったら、1週間かけても終わらない。

 ショウもキクガも困惑気味だが、ユフィーリアは諦めない。この耳掃除のくすぐったさを全員に知ってもらいたいのだ。ぶっちゃけ言うと何も知らない連中が「あへあへ」しているところを指差して笑いたい。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアは清涼感のある香りの煙を吐き出しながら「そうだ」と手を叩いた。



「感覚共有魔法を使うか。あれで不特定多数の連中に、耳掃除のくすぐったさを味わわせることが出来る」


「感覚共有魔法?」



 今度はショウが首を傾げる番だった。


 感覚共有魔法とは文字通り、感覚を他人と共有する魔法である。視覚や聴覚の五感の共有や痛覚などの共有なども可能とする。

 この魔法で触覚を共有し、耳掃除の気持ちよさを全校生徒・全教職員に体験してもらおうという訳だ。もはやテロ行為であることはユフィーリアの脳味噌から除外されている。そんなの知らん。


 感覚共有魔法の説明を受けたショウは、



「ならば、異世界にはこういう文化があるのだが」



 みんな大好き異世界知識を披露し、ユフィーリアは即座に採用を決めるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】何か大半叫ぶしかしてない気がする。

【エドワード】キクガの手から逃げられなかった。

【ハルア】エドワードが耳掃除されている間、簀巻きにされて転がされていた。

【アイゼルネ】せめてこの技術を取り入れてやる。

【ショウ】旦那様の可愛い声が聞けて役得。


【キクガ】ユフィーリア以外の問題児を捕まえ、耳掃除を施したお父様。耳掃除は上手い方だと自負している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「感覚共有魔法を使うか。あれで不特定多数の連中に、耳掃除のくすぐったさを味わわせることが出来る」 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ