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第4話【問題用務員と喋る壁画】

 毎度恒例、学院長の怒号がヴァラール魔法学院内に響き渡る。



「壁の塗り直しを頼んだのに、どうして落書きをするような流れになるの!?」


「そこに壁があったから」


「広い壁って描きたくなるよねぇ」


「だって真っ白いの飽きちゃった!!」


「芸術魂が分かってないワ♪」


「味気のない白い壁に、俺たちは色合いを添えたんですよ」


「うるさい落書き魔!!」



 グローリアの金切り声が耳に突き刺さる。


 中庭に揃って正座をする問題児は、グローリアからの説教など右から左に受け流していた。もはやお約束である。問題児ほど図太い神経を持てばこのように名門魔法学校の学院長直々によるお説教など、片手間に聞けるようになるのだ。くれぐれも一般の生徒が真似してはいけない態度である。

 ユフィーリアたち問題児は反省の色さえない。むしろ「つまらない学校の壁に彩りを添えたのだから感謝ぐらいはしてほしい」と言わんばかりの堂々とした開き直りである。太々しさが天元突破していやがった。



「こんな品のない壁の落書きなんて名門魔法学校としてあり得ないでしょ!!」


「それは違います」



 グローリアのキンと喧しい金切り声に意見を述べたのは、異世界出身にして魔法以外の豊富な知識を山ほど蓄えたショウである。茶化そうという雰囲気はなく、彼は至って真剣な表情で口を開く。



「学院長は芸術を何も分かっていません。壁画はアートです、グラフィティーアートですよ」


「屁理屈を捏ねてる?」


「何を言いますか、みんな大好き異世界知識です!!」



 正座を中断し、やおら仁王立ちするや否やそんなことを宣言するショウ。


 ユフィーリアは感動を覚えた。最愛の嫁が頼もしく、そして輝いて見える。

 彼以上に弁が立つ存在は、おそらく彼の父親ぐらいのものだろう。豊富な異世界知識と語彙力は、魔法の世界に於ける頂点さえも打ち砕く強力な武器なのだ。



「壁画は非常に難しい技法です。何せ失敗が許されるような状況ではなく、描き直しはもちろん不可能です。つまるところ絵の才能がなければ壁画など残し得ないのです。朽ちぬ、それでいて際限のない広大なキャンバスに描かれた絵は異世界でも高く評価されています。ただの落書きの一言で済ませるなど、芸術センスの欠片もない発言ですね」


「ああ、もしかしてあれのことを言ってる?」



 グローリアが示したのは、壁いっぱいに描かれた大海原と晴れ渡った青い空の絵である。海に足を沈めた少年少女の希望に満ちた光景、そして幻想的な花々が織りなす様は目を引くほどの美しさがある。誰もがその場で足を止め、しばしその絵の壮大さに引き込まれることだろう。

 もはや落書きの域を超えた、超大作だった。ショウとハルアが胸を張って「完璧な壁画!!」と太鼓判を押せる作品である。壁を切り取って美術館にでも飾れば集客が見込めそうな完成度だ。


 そんな大作を見上げるグローリアは、



「これはいい絵だよね。僕はそこまで芸術には詳しくないから分からないけど、でもいい絵だってのは分かる。だって引き込まれるもの」


「でしょう? それを落書きと判断するのは早計です。芸術ですよ芸術」



 ふふんと胸を張るショウに、グローリアは「そうだね」と頷く。



「だからこれに関しては魔法で保護でもしておこうかなって。授業の中にも魔法美術を学ぶ生徒もいるから、中庭の壁限定でこういう壁画を許可するのもいいかもしれないね。きっと華やかになるだろうし」


「一体どういう風の吹き回しだ、グローリア。クソ真面目でいつもは怒り狂うはずなのに」


「ここまで立派なものを描かれちゃうと怒るに怒れないでしょ。もうそうなったら開き直るしかないよ」



 一体どういう風の吹き回しか不明だが、グローリアはショウの『グラフィティーアート』という異世界知識に説得されて問題児の落書きを許したようだ。

 これは大勝利である。問題児の言いくるめが成功した。やはり持つべきものは異世界知識が豊富な聡明で可愛いお嫁さんである。


 胸中で完全勝利を祝うユフィーリアだったが、



「でもあれは落書きだよね?」


「…………」



 グローリアが示した先にあったのは、ユフィーリアが描いたサンタクロースと雪だるまの絵である。ショウとハルアが2人で完成させた超大作に比べるとかなり見劣りしてしまう完成度だが、あれも立派な壁画だ。

 学院長からの指摘に、ショウは何も反論することはなく、そっと視線を逸らしただけだった。それもそのはず、大海原と幻想的な花々に比べたら、サンタクロースを名乗る笑顔で吐血するお爺さんの絵と雪だるまを騙った頭で石飛礫を受け止める石像の絵など落書きと認識されてもおかしくない。庇いようがないのだ、どう足掻いても。


 視線を逸らしたショウは、非常に悔しそうに声を絞り出す。



「すまない、ユフィーリア。正真正銘の落書きはちょっと庇えない……」


「落書きじゃねえよ、ショウ坊。アタシは至って真剣に描いたぞ」


「いやでも何度見ても『吐血するお爺さん』と『頭で石飛礫を受け止める石像』にしか見えないんだ。どう足掻いてもあれがサンタクロースと雪だるまなんて、俺の中の何かが認めたくないと叫んでいるんだ……!!」



 あれらの完成度如きで「アートです」と言い張るのは、さすがに無理があったのだろう。いくら聡明なショウでも庇い切れないほどの下手くそな絵だった。



「ああ、あれやっぱりユフィーリアが描いたんだ。模写だけは上手いのに、何でお手本も何も見ないで描いちゃうの?」


「手本があれば誰だって描けるだろうが!?」


「君はお手本がないと途端に画力が急降下するんだから止めなよ。悪夢なんだよ、あの絵が壁に残っているのが」



 グローリアは辛辣な言葉を吐き捨て、魔法で白い塗料の缶を転送させる。本来の作業に逆戻りである。



「ほら、ここの壁画以外は全部真っ白に塗り潰しておいてね。ついでに壁の修復作業も」


「次はお前の肖像画でも描いてやろうか、グローリア」


「お手本を見るなら僕の著書を貸すけど、ちゃんと描いてくれるならいいよ」


「やだよ見る訳ねえだろ」


「じゃあダメ。ちゃんと壁を修復して」



 グローリアに強めの口調で壁の修復作業を言い渡されてしまい、ユフィーリアは不満げに唇を尖らせる。どうせすぐに授業へ戻るだろうとタカを括ったが、学院長は問題児を見張るようにいつまでも中庭に居座る。どうやら次の授業はないようだ。

 これでは堂々と仕事を放り出すことが出来ないので、仕方なしに真っ白な塗料の缶を手に取るユフィーリア。今度は新品の塗料なのか、まだ蓋が開いていない。新しい刷毛も一緒に配られた。


 真っ白な塗料の缶を開封したユフィーリアが改めて落書きと向き合うと、



「げはッ、げはッ」



 壁に描いたサンタクロースの落書きが、何故か咳をしながら血を吐いた。


 本当に血を吐いた訳ではなく、真っ赤な塗料が白い中庭の壁を汚していく。何事かと思えば、ユフィーリアが描いたはずのサンタクロースの絵が激しく咳き込んでは吐血しているのだ。夢や希望をお届けする聖夜祭の象徴ではなく、今にも死にそうなジジイのようである。

 さらに、これまたユフィーリアが描いた雪だるまの絵は、不思議なことに壁の中をゴロゴロと転がっていた。よく耳を澄ますと痛そうな悲鳴を漏らしている。雪だるまならぬ、頭で石飛礫を受け止めた石像の絵となって動いていた。


 真っ白な塗料を足元に置き、ユフィーリアは落書きに使った大量の塗料の缶を手に取る。そして説明書きに視線を走らせると、



『魔法美術専用塗料!! ※固着化魔法をかけないと動きます』



 どうやら、やっちまったようである。



「うわユーリのサンタクロースの絵が吐血してるよぉ!!」


「石像の絵がもんどり打ってるね!!」


「これは雪だるまの絵ヨ♪」


「ど、どうして動いているんだ!?」



 何の予兆もなく動き出した壁画に驚きを露わにするエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウ。彼らは慌てた様子で、広い壁に描いた大海原の絵を見上げる。

 海は波を湛え、手を繋いで果てを目指そうとしていた絵の中の少年少女たちは海面を蹴飛ばして遊んでいる。水平線に浮かぶ入道雲も風によって流され、少年少女によるはしゃいだ声が耳朶に触れた。絵が、壁の中で生きていたのだ。


 ショウはユフィーリアにしがみつき、



「どどど、どういうことだユフィーリア、これは一体!?」


「いやー、うん。どうやら買ってきた塗料が魔法美術用だったみたいで……」



 ユフィーリアは遠い目で言う。


 魔法美術というものは、魔法によって動く絵を描く学問である。塗料や絵の具を自作したり、魔法で動く絵を修復したりすることもこの分野から学べる。

 魔法が主軸となったことで生まれた分野だが、固着化魔法をかけて動きを固定しないと絵の中で人物や風景が生きているように動き回るのだ。しかも喋るし、一定の知能を獲得する訳である。魔法美術が確立したおかげで美術館に行けば隣の絵と口論する裸婦の絵を目撃することになるし、気障な男の絵は見物客をナンパするようになるし、四六時中うるさいのだ。


 結論から言うと、この魔法美術用の塗料で落書きをしちゃったものだから、問題児の落書きが動き回るようになってしまった訳である。



「早く消して、ユフィーリア!!」


「今やってるっての!!」


「うわぁ、ユーリの吐血サンタクロースが血を吐き散らしながら壁を逃げ回ってるぅ」


「気持ち悪いね!!」


「ちょこまかと往生際が悪いわネ♪」


「絵が動く仕組みってこうなんだな。学びになったな」



 壁の中をチョロチョロと素早く逃げ回る落書きを消すべく、ユフィーリアたち問題児は白い塗料を片手に追いかけるのだった。

 その数秒後、ショウから「固着化魔法というものをかければすぐに解決するのでは?」と助言を受け、落書きを消すことに成功するのだった。やはり持つべきものは聡明な嫁である。

《登場人物》


【ユフィーリア】喋る裸婦像の絵に「そこまで美人じゃない」と言われたことにむかついて「体型が崩れたんじゃねえの」と鼻ほじりながら言ってやった。絵相手に何をしてるんだと学院長から怒られた。

【エドワード】小さな子供の絵とはたまにしりとりして遊んであげている。

【ハルア】女子生徒をえっちな目で見ていた絵画のおじちゃんたちにお洒落なお化粧(という名の落書き)をしてやった。

【アイゼルネ】風景画を見ているのは癒されるのでたまに見ていたり、動物の絵でたまに癒されたりしている。

【ショウ】嫌味を言ってきたちょび髭おじちゃんの絵を言葉で言い負かして泣かした。


【グローリア】疲れた顔で絵画の前を通ると心配される。少なくとも絵画よりも長く生きているのに。

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