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第3話【問題用務員と壁画】

 校舎の壁に無断で描かれた絵は、それはそれは見事なものだった。



「青い空、白い雲」



 寂しげな真っ白いキャンバスが、今や晴れ渡った青い空と巨大な入道雲で彩られていた。季節は若干通り過ぎてしまったが、綺麗な夏の空である。

 晴天の真下に位置するものは、輝く砂浜と深く優しげな印象を与える大海原だ。波の模様も完璧に再現されており、潮の爽やかな雰囲気を感じさせる。


 その綺麗な砂浜と海の絵を目の当たりにしたユフィーリアは、



「そしてアタシが添えた、この綺麗な花々」


「いやその理屈はおかしい」


「余計なゴミがくっついてきたね!!」


「何でこうもおかしなものを描いちゃうのヨ♪」


「ユフィーリア、リリア先生に頭の中を診てもらうか?」



 酷え評価の嵐だが、ユフィーリアは満足げである。


 綺麗な砂浜と大海原の絵を描いたのは、問題児の中でも屈指の画力を持つハルアと「美術の成績には多少の自信がある」と豪語していたショウの未成年組だった。塗料を上手く使用し、時に重ね塗りなどの技法も見せ、完成させた絵が目にも鮮やかな美しい海の絵である。

 その絵に、やたらカラフルで丸めた紙ゴミのようにぐちゃぐちゃな花を添えたのはユフィーリアである。「余計なゴミまでついてきた」というハルアの評価はあながち間違いではない。


 しかも、ただの紙ゴミを丸めて「お花です」と言うならまだしも、何故か紙ゴミの中心地は空白となっており、そこにニコニコ笑顔が描かれていた。



「花が笑顔で吐血してるよぉ」


「お花って吐血するものだっけ!?」


「茎を無理やり引き千切ると吐血するわヨ♪」


「今まで花冠を作る時に無理やり引き千切りましたが、こんな風にはならなかったですよ」


「お前ら」



 相変わらず部下からの批評が止まず、ユフィーリアはしょんぼりと肩を落とす。色々な塗料を使って上手に描けたと思ったのだが、評判がすこぶる悪いのは何故だろうか。

 まあ、何故もクソもない画力を発揮するユフィーリアが全体的に悪いのだが、自分の画力の低さに気づいていない何ともおめでたい頭の持ち主であるユフィーリアは批評の嵐に首を捻るばかりだ。本気でこの絵の良さと向き合おうとしていた。良さなんてどこにあるのか。


 ショウは非常に申し訳なさそうに、



「ユフィーリア、とりあえずこの凶悪な表情の怪物さんはどうにかした方が」


「怪物さんじゃなくてお花な」


「お花さんだったか、この夢に出てきそうな凶悪な笑顔の紙ゴミの化身は」


「ショウ坊、さっきから辛辣じゃねえか? 何か悪いものでも食べた?」



 何だか問題児の先輩であるエドワードとハルアとつるむようになってから、こうも辛辣な意見をズカズカと言うほど成長したような気がする。最愛の嫁がここまで逞しく成長してくれたことに嬉しく思うが、その矛先が向けられてしまうと泣いちゃいそうになる。


 ショウは「炎腕えんわん、持ってきてくれ」と言い、足をトントンと二度ほど踏み鳴らす。地面から生えた腕の形をした炎――炎腕はグッと親指を立ててから再び地面に潜った。

 それから炎腕が戻ってくると、何やら大きめの書籍が握られていた。よく見ると植物の図鑑である。転送魔法にも似たようなことが炎腕にも出来るようになったとは素晴らしい発見だ。


 その植物図鑑をユフィーリアに手渡し、



「ユフィーリア、お手本はこちらを参考にしてくれ」


「ショウ坊?」


「間違ってもこのお手本に勝手な改造を加えないでほしい」


「何でだショウ坊、アタシに自由はねえのか?」



 無理やり植物図鑑を押し付けられてしまったユフィーリアに、創作の自由はないようである。むしろ怪物を生み出さないならば自由など与えない方がいいかもしれない。


 不満げに唇を尖らせたユフィーリアは、押し付けられた植物図鑑のページをパラパラと捲る。描かれた壁画は青い空に白い入道雲、輝く砂浜が特徴的な波打ち際である。夏に逆戻りしたかのような爽やかな絵に添えるべき植物は、やはり南国の雰囲気が漂う色鮮やかな花々だろう。

 南の地方で咲くと銘打たれた花の紹介頁で手を止めたユフィーリアは、塗料に突っ込まれた刷毛を手に取る。色は赤、植物図鑑の頁と交互に眺めながら刷毛を置いていく。塗料なのでやり直しは効かず、手つきはより慎重になる。


 たっぷりと時間をかけてから、ユフィーリアは海の絵の隅に添えるようにして花の絵を完成させた。



「ほらよ」


「いや上手ぁ!?」


「何が起きたの!?」


「模写だけは上手いのよネ♪」


「お手本を見てもらうだけでこんなに画力が違ってくるのは何故?」



 ユフィーリアが描いた花の絵は、サンセットリリィと呼ばれる真っ赤な花だ。実際には百合の花ではなく百合の花のような形をしているからそう呼ばれるようになったものの、ひらひらとしたスカートを思わせる花弁が特徴的である。潮風を好み、海辺でよく見かける魔法植物だ。

 この花は夕方だけにしか咲かず、日が沈んだら花弁が閉じてしまうという特性もある。別名を『夕告草ゆうつげそう』――だからこそのサンセットリリィだ。


 そんなサンセットリリィが、真っ白な壁に花を咲かせていた。それはそれは見事な真っ赤な花の絵である。模様、皺、茎から茂みの細部に至るまで絵で表現されている。植物図鑑の頁をそのまま写しただけなのだが、まさか先程の花の絵よりも絶賛されるとはユフィーリアにとって想定外である。



「ユフィーリアは模写が得意なのだな。模写でもこんなに細部まで再現できる人は早々いないと思う」


「見本があるから描けるだろ。それより空いてるところに花の絵を描き足していい?」


「ああ、次もぜひ植物図鑑のページから模写してくれ」


「ショウ坊? 何でアタシは模写だけに固定されるんだ? なあ?」



 ショウからまさかの「模写以外はやらないでくれ」と遠回しに言われたような気がして、ユフィーリアはちょっぴり悲しくなった。どうして模写は許されて、創作は許されないのだろうか。


 横からハルアが手を伸ばし、ユフィーリアの抱えた植物図鑑の頁を物凄い速さで捲る。迷いのない手つきで次々と頁をすっ飛ばしていき、最終的に青色の薔薇や銀色の百合などの幻想的な見た目をした魔法植物の頁で手を止める。

 琥珀色の瞳をキラッキラに輝かせて、その頁を突き出してくるハルア。これは言わずとも『これを描け』と言っていると理解できた。残念ながらユフィーリアに創作の自由は断たれてしまったようである。



「いや描くけどさ。よりにもよって青い薔薇に銀色の百合か……」


「ユーリなら出来るよ出来る!!」


「ユフィーリアの描いたお花が見たいなぁ」


「それならこれじゃなくて普通に描いてやるから」


「模写がいい!!」


「ユフィーリアの模写が見たいなぁ」


「何でぇ?」



 未成年組から模写だけを頼まれてしまい、ユフィーリアは仕方なしに刷毛を手に取った。思うような創作が出来なくなってしまうが、求められたら応じるしかなくなる。


 ユフィーリアが模写へ取り掛かっているうちに、ショウとハルアもそれぞれ刷毛を手にしていた。彼らはお手本も何もない。問題児の中では屈指の画力を誇るハルアと、そんなハルアに手解きを受けるショウならお手本など見ずとも色々と描けるのだ。

 色とりどりの塗料を壁に塗り、巨大な壁画を完成させていく。ユフィーリアが生み出してしまった紙ゴミを丸めたかのような花の絵は他の塗料で塗り潰されてなかったことになり、新たな絵が生み出されていく。


 そうしてたっぷりと時間をかけ、ユフィーリアが青い薔薇と銀色の百合の模写が終わる頃にショウとハルアが「出来た!!」と叫ぶ。



「完成!!」


「我ながらいい絵が描けたと思う」



 ショウとハルアは満足げに鼻を鳴らす。


 広大な大海原に足を沈め、白色のワンピースを翻す少女と半袖に短い洋袴ズボンを合わせた少年の後ろ姿が追加されていた。向かい風が吹いているように演出したのか、壁画の中で生きる彼らの髪の毛が綺麗に靡いている。これから、この広く果てのない海に旅立とうという明るい雰囲気のある素晴らしい壁画が完成していた。

 そんな明るい世界を彩るように、ユフィーリアが模写したサンセットリリィや青い薔薇、銀色の百合が咲き乱れる。幻想的な花畑のその先、果てのない大海原に旅立つその瞬間は息を呑むほど美しい。


 超大作とも呼べる壁画の完成である。これはまさに『圧巻』の一言に尽きた。



「いやぁ、こりゃ凄えな。なかなかの感動大作だよ」


「ユフィーリアの模写がいい味を出しているな」


「青い薔薇と銀色の百合の花が綺麗だね!!」


「お前らの描いた海も綺麗だよ。本当に、見ているだけで広い世界を感じられる」


「うん、そうだね。これほど綺麗な絵は美術館でもあんまり見たことないな。もはや芸術の領域だね」



 ユフィーリア、ハルア、そしてショウは互いに笑い合う。これほど見事な超大作を完成させて満足していたのだ。いっそ清々しささえ覚える。


 そして気づいた。

 最後の一言、問題児が壁面に描いた大海原と幻想的な花たちの絵を「芸術の領域だ」と褒めたあれは、果たして誰のものだったか。ちょっと恐ろしさを感じる平坦な声だった。


 振り返ると、



「やあ、ユフィーリア」



 爽やかな笑顔を見せた、グローリアがそこに立っていた。


 地面にはエドワードとアイゼルネが、拘束用の魔法兵器エクスマキナである『魔法トリモチ』によって捕縛されていた。しかも微妙にビクンビクンと痙攣している。どうやら魔法トリモチに電流でも流されているようで、痺れに痺れている様子だった。

 おそらくだが、壁に落書きすることに夢中で背後の存在に気が付かなかったのだろう。これは完全に問題児の落ち度である。いつもだったらこんな初歩的な失敗は犯さないはずなのに、思った以上に広い壁へ絵を描くのが楽しかったのだ。


 嫌な予感を察知したユフィーリアは、引き攣った笑みを見せる。



「よう、グローリア。ちょうど今、壁を塗り替えてるところでな」


「随分とカラフルに塗ってくれたね」


「だろ? いやぁ、ヴァラール魔法学院に新しい見どころを作っちまったな」


「そうだね、綺麗だね」



 あははははは、とユフィーリアとグローリアは笑う。

 笑うのだが、グローリアは目が笑っていない。ついでに言えばユフィーリアも顔中に冷や汗を掻いていた。必死に頭を回転させるが、この状況を切り抜けるだけの判断が思いつかない。


 そして、雷が落ちる。



「ユフィーリア、君って魔女は!! 壁の塗り直しを頼んだのに、どうして壁に落書きをすることになってるんだよ!?」


「魔法を使わずに壁を塗り直せとか鬼畜なことを言うからだろ!!」


「反省しろこの問題児!!」


「ぎゃーッ痺れえばばばばばばばばばば!?!!」



 電流を帯びた魔法トリモチによって拘束されたユフィーリアは、エドワードとアイゼルネが辿った時と同じようにビクンビクンと白目を剥いて痙攣するのだった。

 ちなみにショウとハルアは自主的にその場で正座をし、説教を聞く体勢を取ったので感電は免れた。賢明な判断である。

《登場人物》


【ユフィーリア】模写なら得意。「見れば描けるだろ」という持論の元、あまり模写はやりたくない。模写以外はやべえ腕前。

【エドワード】ユフィーリアが模写得意なことを知っていた。昔、ユフィーリアの描いた猫の絵で地獄を見た。

【ハルア】ユフィーリアが模写得意なことを知っているので、比較的描くのが難しい青い薔薇と銀色の百合を任せた。

【アイゼルネ】南瓜のハリボテはユフィーリアお手製だが、あの南瓜のハリボテを作った時はちゃんと図鑑か何かを読み込んでお手本にしていたのを思い出す。そうでなかったら大変なものが出来上がっていたかもしれない。

【ショウ】ユフィーリアのことは大好きだが、それとこれとは別で辛辣な意見を言う時は言う。度胸がついてきた。


【グローリア】絵の上手さは普通。授業で絵を描いたりするから。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! やっぱり最後はこうなったかと、見事なまでにお約束な展開に笑いました。しかし、みんなからもやしと呼ばれていて、…
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