第2話【問題用務員と落書き】
問題児は、大量の塗料を手に入れた。
「色とりどりで、選り取り見取り☆」
「いつでも問題行動に全力だねぇ」
「凄えいっぱい!!」
「素敵だワ♪」
「本当に選り取り見取りだ」
購買部までひとっ走りしてきたユフィーリアは、大量の塗料を購入して戻ってきた。
別に壁塗り用の白い塗料がなくなった訳ではない。真面目にユフィーリアが仕事へ取り組むはずがないのだ、今日まで真面目に仕事へ取り組んでいれば創立当初から問題行動をしまくって騒ぎを起こしていない。
購入してきたのは色とりどりの塗料である。赤、青、紫、黄色、緑などの一般的な色合いから金色や銀色などの豪華系、光の当たり方によって色を変える特殊な塗料など片っ端から買ってきた訳だ。名門魔法学校の壁がカラフルなことになりそうである。
塗料が混ざらないようにと同じく大量購入してきた刷毛を掲げ、ユフィーリアは満面の笑みを見せる。
「さあ、落書きしようぜ!!」
「よし来たぁ」
「芸術だ!!」
「素敵な絵を描くワ♪」
「世界中に芸術魂を見せつけてやろう」
もちろん、今まで問題児筆頭の部下として行動してきた彼らに引き留めるようなまともさを持つ人間は存在しない。ユフィーリアが問題行動に全力を出せば、彼らもまた問題行動に全力で取り組むだけだ。そして学院長から怒られる訳なのだが、未来の話から目を逸らすことも全力であった。
ユフィーリアは真新しい刷毛を手に取り、まずは赤色の塗料に突っ込む。真っ赤な塗料をペタリと真っ白い壁に塗りつけ、その範囲を広げていく。
季節は11月だ、そろそろ年末に差し掛かろうとしている。徐々に気温も下がり始めており、そのうち雪も降り出す頃合いだ。その時に有名な代物でも描いて、少しでも学生や教職員の気分が上がるようにと問題児筆頭なりの気遣いである。
鼻歌混じりにペタペタと塗料で壁に落書きをしていくユフィーリアだが、隣で作業中のショウが「わあ、ユフィーリア。凄いな」と褒めてくれる。
「吐血するお爺さんの絵か?」
「何でぇ?」
ユフィーリアは疑問で満ちた瞳を、最愛の嫁に向ける。
「どう見てもサンタクロースだろ?」
「すまない、ユフィーリア。頑張って見ようとしているのだが、どうしても吐血するお爺さんの絵にしか見えないんだ」
ショウは申し訳なさそうに言う。
ユフィーリアが真っ白な壁に描いた絵は、ニコニコ笑顔のお爺さんである。真っ赤な帽子に真っ白な装飾はどこをどう見ても聖夜祭の象徴とも呼ばれしサンタクロースだ。健康的な口腔内を示す為に大きな三日月の口は真っ赤に塗ったのだが、もしかしてそれが吐血にでも見えるのだろうか。
残念ながら、答えは否である。口の中を真っ赤に塗ったのはいいものの、若干はみ出てしまっているせいで吐血しているようにも見えなくもない。ニコニコ笑顔のサンタクロースではなく、ニコニコ笑顔で血を吐くお爺さんの絵として認識されてもおかしくない。真っ赤な衣装も自分が吐いた血で染められたものだろうか。
見本がなければトンデモ画力を発揮する天才魔女のユフィーリアは、自分の画力の酷さに気づいていない様子である。
「えー、そんなに邪悪な絵に見えるか? ちゃんとサンタクロースを描いたはずなんだけどな」
「サンタクロースとはこんな風ではなかったか?」
そう言って、ショウは刷毛を器用に使って真っ白な壁というキャンバスにサンタクロースの絵を描いていく。
真っ赤な三角帽子にモコモコの装飾、それから立派な顎鬚を蓄えた人畜無害そうな見た目のお爺さんである。帽子と同色の衣装を身につけた体型は丸みを帯びており、だが醜く肥え太っている訳ではない。ちゃんと愛嬌というものが存在する。
さらに巨大な袋と立派な角を生やしたトナカイを添えて、ショウの絵は完成である。かなり省略されているものの、ちゃんとサンタクロースに見えていた。ユフィーリアが生み出した『吐血するお爺さん』とは似ても似つかない完成度である。
そんな後輩が生み出したサンタクロースを眺め、ハルアが「上手だね!!」と称賛する。
「ところで何でサンタさんなの!?」
「ユフィーリアが吐血するお爺さんの絵を『サンタクロースだ』と言うから、果たしてこういう風な人物だっただろうかと自分で描いてみた」
ショウが示した『吐血するお爺さん』の絵を目の当たりにしたハルアは、あまりの衝撃的な絵に顔から笑みが消える。
「ユーリ、悪夢みたいな絵を創造するのはどうかと思うよ」
「何でだよ。どこからどう見てもサンタクロースだろうがよ、夢いっぱい希望いっぱいに背負った聖夜祭の象徴だろ」
「サンタクロースはお目目もこぼれてないし血も吐き出していないんだよ」
ハルアから辛辣なツッコミをいただいたユフィーリアは、ガックリと項垂れる。結構自信があったのだが、それほど不評を買うとは思わなかった。
「サンタクロースという夢いっぱい希望いっぱいの象徴はこう描くの!!」
これがお手本だ、と言わんばかりにハルアが刷毛を手に取る。
慣れた手つきで真っ白な壁をキャンバス代わりにし、ペタペタと色を載せていく。その手つきに一切の迷いはなく、真っ赤な生地にモコモコの装飾が特徴的な帽子を被ったサンタクロースの絵があっという間に完成する。
――何故か、パチンと可愛らしくウインクを決めたミニスカートのサンタ服を着たショウの絵になった。
「夢いっぱいに希望いっぱいのサンタさんの絵だよ!!」
「ハルさん、どうしてミニスカサンタの俺なんだ?」
「夢いっぱいで希望いっぱい!!」
「それを言えば納得すると思わないでほしいのだが?」
ショウは頼りにしている先輩の額を人差し指で連打する。連打するたびに「あうあうあうあう」とハルアが呻き声を上げていた。
ユフィーリアの心境はそれどころではなかった。
目の前の絵は、何と素晴らしいものだろうか。最近、問題児として覚醒したショウが放つ小悪魔めいた可愛らしさを存分に引き出している。本物以上に可愛いものなどないが、二次元であっても十分に可愛さがある。
雪の結晶が刻まれた煙管を懐から取り出し、ユフィーリアは銀製の鋏に切り替える。雪の結晶の螺子が2枚に重ねられた鋏の刃を繋ぎ止めており、身の丈を超えるそれを両手で握ると螺子がフッと消失した。鋏が分解され、双剣のようになる。
ユフィーリアの持つ銀製の鋏は、あらゆるものを切断できると常日頃から自慢していた。そりゃもう一般的に存在する物品から悪い縁まで幅広く対応可能である。
これを取り出したということは、
「壁を持って帰って魔法で加工して用務員室に飾ろうかな」
「ユフィーリア、ミニスカサンタ服が今の貴女の流行か? ちょっと待っていてくれ、購買部でこの前見かけたから急いで買って着替えてくるついでに既成事実に発展して聖夜祭ならぬ性」
「ショウちゃん正気に戻ろう、それ以上はいけない」
ハルアの絵があまりにも完成度が高いので壁をくり抜いて持って帰ろうと画策するユフィーリアに、ミニスカサンタが今の流行だと勘違いしたショウが何やら早口で言ってくる。途中でハルアによって止められてしまっていたが、果たして何をそんなに興奮気味だったのか。
いやまあ、でもショウなら自分の絵にも嫉妬しそうな気配はある。ユフィーリアがショウの絵を愛でようものなら、嫉妬した本人が高火力の神造兵器でズドンと破壊しそうだ。これだけ可愛いのだから目の前でぶち壊されることだけは回避したい。
ユフィーリアは仕方なしに銀製の鋏を煙管の状態に戻すと、
「えー、じゃあ何を描こうかな。季節のものを描きたいよな、これから冬になるし」
「雪だるまはどうだろうか? 簡単だし描きやすいと思うのだが」
「雪だるま? まあいいけど、あんな簡単な絵に面白みなんてないと思うぞ」
ショウの提案を素直に聞き入れ、ユフィーリアは真っ黒な塗料を選ぶ。壁という名のキャンバスは元から真っ白なので、枠組みを書き込むだけで簡単に出来そうだ。
鼻歌混じりに雪だるまを描くユフィーリア。枠組みを書き込んだらあとは顔と、あとは分かりやすく装飾するだけで終了である。
数分もかからずに雪だるまの絵を完成させたユフィーリアは、自信ありげに胸を張った。
「どうよ、雪だるまだぞ」
「…………」
完成した雪だるまの絵を目の当たりにしたショウは、まずハルアの着ているツナギの袖を引く。ハルアもまたユフィーリアが描いた雪だるまの絵を確認してから、壁に肉料理の絵を描くエドワードと蝙蝠やお墓など少し季節が遅れた様子のものを描くアイゼルネの腕を掴んだ。
作業を中断したエドワードとアイゼルネもまたユフィーリア作の雪だるまの絵を目の前に、ピタリと動きを止める。まるでこの世のものとは思えないブツと遭遇したかのような態度だった。
ユフィーリアはキョトンとした表情で、
「何だよ」
「ユーリぃ、何で頭で岩を受け止めた石像の絵を描くのぉ?」
「え? 頭に腫瘍が出来た子供の絵じゃないの?」
「あら、おねーさんは齧り取られたお団子の絵だと思うのヨ♪」
「雪だるまに見えないのだが……?」
どれもこれも雪だるまの『ゆ』の文字すら出てこなかった。
ユフィーリアの描いた雪だるまだが、線がガタガタに震えた2つの円が縦に重なっており、さらに石飛礫のようにカクカクとした何かが乗せられている。その石飛礫モドキが赤く塗られているものだから『頭で岩を受け止めた』だの『頭に腫瘍が出来た』だの酷い感想が飛び出してくるのだ。
どうにも自分の画力の評価に納得できないユフィーリアは、唇を尖らせて今しがた生み出したばかりの雪だるまの絵を観察する。どこからどう見てもバケツを被り、愛らしい顔をした雪だるまなのに何故か不評である。自分が悪魔のような絵を生み出しているとは微塵も思っていない。
「もっと広いところで描きたい!!」
「超大作を作ろう、ハルさん。俺とハルさんの画力なら素晴らしい絵が描ける」
「あっちの方は壁が広いかな!?」
「広い壁はあるだろうか」
壁に落書きをする楽しさに気づいてしまったショウとハルアは、早速広い壁を探しにかかる。塗料を片手に「どこに描こうか」「何を描こうか」などと話し合っていた。
それはまるで、ユフィーリアが生み出したサンタクロースや雪だるまの絵から全力で目を逸らしているようでもあった。何故か未成年組の目がこちらと合わない。悲しい気持ちになる。
ユフィーリアは刷毛を握り直し、
「こうなったら意地でも『ユフィーリア凄い』って思わせるような絵を描いてやる……!!」
「使命感に燃えているところ悪いんだけどぉ、この画力だと無理だよぉ。逆立ちしても無理ぃ」
「諦めなさいヨ♪」
「成せばなる!!」
「どうにもならないんだよねぇ、これじゃあ」
「せめてお手本を見て模写する努力ぐらいしたらどうなのヨ♪」
エドワードとアイゼルネから突き刺さる厳しい意見など全て無視して、ユフィーリアは未成年組を納得させられるような絵の創作に取り掛かるのだった。
お約束だが、やはり生み出される絵は悪夢のような代物ばかりであった。
《登場人物》
【ユフィーリア】何も見なかったら画力は低い。模写は得意。
【エドワード】画力はそこそこ。料理の絵になると上昇する。
【ハルア】問題児屈指の画力。イラスト調の絵が得意。
【アイゼルネ】画力はハルアの次ぐらい。人物画が好き。
【ショウ】美術の成績にはそこそこの自信があり、ハルアにも絵の手解きを受けているので上手い。