第15話【異世界少年と龍帝の正体】
でっかい長椅子に、屍が2つ。
「疲れたー……」
「♪」
七魔法王の第七席【世界終焉】としての仮面を外したユフィーリアは、大きな長椅子に全身を投げ出してだらけていた。従者として式典や晩餐会などに付き添っていたアイゼルネも、普段の嫋やかさなどかなぐり捨てて長椅子にしがみついていた。2人とも疲れ切っている。
それもそのはず、今日は朝から晩まで七魔法王の第七席【世界終焉】として威厳のある振る舞いを求められたのだ。その緊張感は並大抵のものではないだろう。いくら何度か式典に参加して慣れているとはいえ、精神的な疲労は計り知れない。
魂まで抜け出てしまいそうな勢いのある2人の魔女を、ショウ、ハルア、エドワードは台所から観察していた。
「疲れてるねぇ」
「疲れてるね!!」
「いつも以上に疲れているな」
一方でショウ、ハルア、エドワードの問題児男子勢は元気いっぱいだった。
何しろ今回は朝から晩まで龍帝国を観光し、美味しいご飯も食べて、お土産も購入して隅から隅まで満喫した気分である。途中で多少の事件は発生したものの、観光のご愛嬌と思えば何ていうことはない。しかも食事代やお土産代は龍帝国が全学負担してくれるので、ショウたちのお財布が痛むようなことがないのも最高である。
そんな快適な観光を送ってくれたのは、七魔法王として退屈な式典に頑張って臨んだユフィーリアである。これは少しばかり恩返しを考えたっていいはずだ。
「エドさん、出来ました?」
「もうちょっとかかるよぉ」
ショウがエドワードへと振り返ると、彼はジャカジャカと大きくて深めの鉄鍋を振り回していた。
鉄鍋の中で躍り狂うそれは、ショウが提供した異世界知識に基づいて再現された『炒飯』である。材料は晩餐会が始まる前に、ショウとハルアが冥砲ルナ・フェルノでひとっ飛びして食品卸問屋に駆け込んだのだ。高級食材をたらふく食べたあとなら、ちょっとお買い得な食材で雑に味付けをしたものを求めてもおかしくはない。
一旦鉄鍋を振り回す手を止めたエドワードは、
「ショウちゃん、ハルちゃん。これ先にユーリたちへ持って行ってあげてぇ」
「この枝みたいなの何ですか?」
「これが『龍の角』だよぉ。高級なビーフジャーキー」
エドワードがショウに手渡してきたのは、いくつかの小皿が載せられたお盆である。小皿にはそれぞれ本日購入したばかりのおつまみが盛り付けられており、お盆の中心に聳え立つ硝子製の円筒に突き刺さった枝みたいなおつまみ――『龍の角』が己が存在を主張していた。いつのまに作ったのか、エドワードお手製の小肉包まである。
次いで、エドワードはハルアに蓮の花が浮かぶ酒瓶を手渡した。ユフィーリアから頼まれていたお使いの品、華酒である。この一揃いで晩酌の準備完了である。
使命を仰せつかったショウとハルアは、お疲れなご様子のユフィーリアとアイゼルネの元にそれらを運ぶ。
「ユフィーリア、アイゼさん。お疲れ様」
「頼まれてたおつまみとお酒だよ!!」
「待ってましたぁ!!」
一体どこにそんな力が有り余っていたのか、全身のバネを使ってユフィーリアが飛び起きる。晩酌の気配を察知したアイゼルネも長椅子から身を起こした。
硝子製のテーブルに酒瓶とおつまみの盛られたお盆を置くと、ユフィーリアが早速とばかりに華酒へ手を伸ばす。魔法で手元に2人分の硝子杯を転送すると、慣れた手つきで酒瓶の封を切った。
硝子杯に注がれた透明な酒は、かすかに蓮の花の香りがする。なるほど、これが華酒の香りなのか。なかなかに高級そうな雰囲気のある匂いである。
2つの硝子杯で華酒を満たし、ユフィーリアは片方をアイゼルネへと押しやる。それから、
「お疲れ、アイゼ。今日は付き合ってくれて助かった」
「ユーリもお疲れ様♪」
硝子杯同士をぶつけ合い、ユフィーリアとアイゼルネは乾杯をしてから華酒を一気に飲み干す。疲労感もあったからか、いい飲みっぷりだ。
「つまみはどこで買ったんだ?」
「『龍の角』はお土産屋でいただいてきたが、あとのおつまみはエドさんのお手製だぞ」
「え、本当? 疲れた時には味の濃いものが食いたくなるんだよ。分かってるなぁ、さすがアタシの1番の部下」
ユフィーリアは嬉しそうに、エドワードお手製の小肉包に手を伸ばす。身体に冷気が溜まる『冷感体質』を患った上司の為に、小肉包は少しだけ冷まされていた。だが冷めても肉汁がじゅわっと皮から溢れてくるのが、また美味しそうである。
もちもちとした皮とたっぷり詰まった挽肉に、ユフィーリアの顔が綻ぶ。美味しいのか、パタパタと足まで振っていた。
アイゼルネは2杯目の華酒を硝子杯に注ぎ入れ、
「そのエドはどこに行っちゃったのかしラ♪」
「台所で頑張ってます」
「何をだよ。まさかこれ以上が出てくるって?」
硝子製の円筒に突き刺さった『龍の角』を1本だけ引き抜き、ポキポキと口に咥えて消費するユフィーリアに、ついに問題児男子勢の大本命が突きつけられる。
「はい、そのまさかだよぉ。お待ち遠様ぁ」
「うわ美味そうなのが出てきた!!」
「あらやダ♪ お腹が鳴っちゃうワ♪」
おつまみの載せられたお盆を押し退ける形で、エドワードが2つの大きな皿を硝子製のテーブルに置いた。
真っ白な皿に乗せられていたのは、綺麗な半球形に整えられた炒飯である。しかもそれぞれ使用した具材は違うのか、片方はゴロゴロと大粒の角煮が散りばめられたもの、もう片方は解された蟹の身が散らされているものと分かられている。ショウが教えた通りの美味しそうな炒飯が見事完成していた。
エドワードはユフィーリアとアイゼルネにそれぞれスプーンを差し出すと、
「はい召し上がれぇ。今日はお疲れ様ぁ」
「気遣いの出来る男に育ってまあ……」
「こんないい男に育てた魔女はどこの誰ヨ♪」
「アタシ」
「知ってるワ♪」
そんなくだらないやり取りを経てから、ユフィーリアとアイゼルネはそれぞれの炒飯をスプーンで口に運ぶ。疲れも吹き飛ぶいい味だったのか、彼女たちの口から甲高い声が漏れていた。
エドワード特製炒飯を見ていたら、何故か猛烈にお腹が空いてきた。
晩餐会でも散々食べたところである。でもお腹が空いちまっては仕方がないだろう。こんな美味しそうな見た目をしているのが悪いのだ。
ショウとハルアはエドワードに張り付き、
「エド、オレらには!?」
「俺も食べたいです」
「はいはい、作るから待ってなぁ」
仕方がないとばかりに肩を竦め、エドワードは台所に戻っていく。材料はたっぷり食品卸問屋からもらってきたので、異世界知識の対価には期待できそうである。
ショウとハルアはハイタッチで喜びを露わにした。
何しろエドワードの作る料理は味も濃いめで、夜食に最適な味なのだ。もちろんユフィーリアお手製の料理も好きだが、炒飯はいわゆる男飯代表格と言ってもいいぐらいである。ぶっちゃけ言えばユフィーリアとアイゼルネが食べているのがとても美味しそうだったのだ。
すると、
――コンコンッ。
黒水宮の扉が、外側から叩かれた。
「誰だろう?」
「お客さんかな!?」
絶えず鳴り響くノックに、ショウとハルアは迷わず玄関に向かう。ここは龍帝国の王宮の敷地内なのだから、悪い人物が襲いかかってくるはずはない。
扉を開けると、見覚えのある金髪と真っ白な頭巾が視界に飛び込んできた。少し視線を下げるとお友達であるリリアンティアが「こんばんは」などと挨拶をしてきた。
こんな夜半に訪問とは珍しい。七魔法王にはそれぞれ屋敷があてがわれていると聞いているのでリリアンティアにも同じく屋敷が存在するはずだが、何か伝え忘れたことでもあったのだろうか。
朗らかに笑うリリアンティアは、
「母様はいらっしゃいますか?」
「ユフィーリアですか? 今はちょっと」
「実はですね」
ショウが事情を説明するより先に、リリアンティアは泣き笑いのような表情を見せてくる。
「ぉ、お腹が空いてしまって……お恥ずかしい限りですが、晩餐会での食事の記憶がなくて……」
「なるほど」
「それはそうだね!!」
ショウとハルアも納得する。
七魔法王が晩餐会で味わったものは、確かに高級な料理だっただろう。だが招待客にジロジロと見られながら食事をするのは、それは味気もなくなる。記憶も一緒だ。
現に、ユフィーリアは晩餐会で食べた食事についての感想を一切口にしない。覚えていないと言ってもいいだろう。今はエドワードの料理に舌鼓を打っている頃合いだ。
「今はちょうど、エドさんがご飯を作っているところなんです。よかったら食べますか?」
「え、本当?」
「やったぜまともなご飯が食べられる!!」
「この際だから普通のお味でも我慢するんですの」
「こんばんは、ショウ。夜分遅くにお邪魔する訳だが」
「やったのじゃ〜、何でもいいから腹に溜まるものがほしいのじゃ〜!!」
ショウがリリアンティアを黒水宮に招き入れたと思ったら、彼女の後ろから何かゾロゾロと顔を出してきた。どうやらリリアンティアだけではなく、七魔法王全員揃って晩餐会で何を食べたのか記憶に残らなかったようである。
許可もしていないのに平然と屋敷に上がる七魔法王の背中と、申し訳なさそうにお腹をさするリリアンティアを交互に見やるショウとハルア。共謀した訳ではなく、何故か自然とそのような流れになってしまったようだ。
リリアンティアは「すみません……」と小声で謝り、
「母様なら絶対に夜食を作るだろうという結論になり、どうせならご相伴に預かろうと」
「まあ、今回は七魔法王のお仕事で大変お疲れですもんね。追い出そうなんてしませんよ」
「そうだよ!! ちゃんリリ先生もお疲れだもんね!!」
リリアンティアも屋敷に招き入れ、ショウは扉を閉める。誰かが侵入してこないようにしっかり鍵もかけた。
ハルアがリリアンティアに今日の観光での出来事を話していると、今しがた施錠したはずの扉から再びノックの音が聞こえてきた。七魔法王はリリアンティアを除いてズカズカと入ってきたし、訪れる客はこれ以上想像できない。
会話を止めたハルアが「オレが出ようか!?」と申し出てくれるが、ショウは首を振って辞退した。来客対応ぐらいならショウでも出来る。
施錠を慎重な手つきで解いて、扉を開ける。扉の隙間から外を伺うと、
「こんばんは」
「り、龍帝様……」
ショウの喉が引き攣る。
何と、来訪者は龍帝様であるフェイツイだった。まさか龍帝たる彼もまたユフィーリアの料理の腕前を見込んでご飯を求めにきたのだろうか。
食にうるさい龍帝様は、不味い料理を提供すれば首を刎ねるぐらいにこだわりが強い。エドワードの味が濃い料理が果たして口に合うか。
翡翠色の双眸でショウを見下ろすフェイツイは、
「ここに七魔法王が全員揃っていると聞いた。入っても?」
「は、はぃ……」
ショウは進路を譲り、フェイツイを部屋に通す。
重たい漢服の裾を引き摺り、フェイツイは黒水宮に足を踏み入れる。迷いのない足取りで彼は居間に向かった。
居間ではすでに、七魔法王がエドワードお手製の炒飯を口に運んでいた。龍帝陛下のお出ましにも関わらず食事の手を止めることはない。むしろ視線を投げて寄越すだけだった。
現れた龍帝陛下に鋭い眼差しを投げかけたのはユフィーリアだけである。
「何しに来た」
「おかしな質問だ。訪問に理由がいると?」
フェイツイはジロリとショウとハルアに視線をやる。
そのドラゴンに睨まれたような眼差しが異様に怖くて、ショウとハルアはエドワードの背中に隠れた。エドワードもまた相手が睨みつけてきたものだと思い、ショウとハルアを庇ってくれる。
睨まれても仕方がない。だって王宮の壁をぶち壊した過去があるのだ。今更ながら怒りにきたということだろうか。
ところが、フェイツイは何故か膝から崩れ落ちた。高い天井を仰ぎ、ワナワナと震えている。
「お兄ちゃんと弟の関係……!! その美しき絆が萌える……!!」
何言ってんだろう、この人。
「あれか、もしや抱っことかぎゅーとかしたことあるクチか? 一緒にお昼寝したりするのか!? いや待て答える必要はない、そこまで仲が良ければもちろんするだろう想像しただけで心臓がおかしな音を立てるゥ!!」
ずっと何言ってるんだろう、この人。
「……ユフィーリア、この人誰だ? 龍帝様か?」
「まあ、そうなんだけど」
ユフィーリアは炒飯を口に運びながら、苦々しげな表情で言う。
「何か、面倒見のいいお兄ちゃんと歳の離れた弟っていう兄弟の括りが好きらしい。昼間に『うちの部下が観光してて』なんて言って、写真を見せたら興奮気味に会いたいとかほざくから何かと思ったらこれだよこれ。自分の性癖に素直に従いやがって」
「おにショタ……」
「何て?」
「何でもない」
つい何か口走ってしまったが、要は龍帝様はショウとハルアがエドワードに纏わりついているところがお好きらしい。面倒見のいい先輩は確かにいいお兄ちゃん的存在でもあるのだが、邪な目で見られるのは勘弁願いたいところだ。
「んもう、何か変なのに巻き込まないでほしいんだけどぉ。俺ちゃんは普通に年下の後輩たちを可愛がってるだけですぅ」
迷惑そうに言うエドワードは、鉄鍋で作っている最中だった炒飯をスプーンですくう。出来立て熱々の炒飯をショウの口元にやり、
「ショウちゃん、あーん」
「あむ、ん。美味しいです、塩加減が絶妙」
「エド、オレには!?」
「ハルちゃんにもあげるから待ちなってぇ」
塩加減を確かめる為、エドワードがショウとハルアに味見させる。しかも「あーん」である。ショウとハルアにとってはヴァラール魔法学院でもたびたびやっているので慣れたものだ。
その光景が、龍帝様の性癖にブッ刺さったようだ。彼の口から何か甲高い悲鳴のような声が漏れたかと思えば、床に伏せてビクビクと痙攣し始める。気持ち悪いったらない。
フェイツイは興奮を抑えたハアハア声で、
「お兄ちゃん……弟……最高……!!」
「気持ち悪い」
「あんまり見ちゃいけない類の人だったね!!」
何やら興奮気味の龍帝様に虫でも見るような視線を送るショウとハルア。威厳のある皇帝だと思えば、こんな変態性を持っていたとは驚きだ。
「……エドワード君とハルア君がショウのお兄ちゃんということであれば、実質的に私の息子では?」
「正気に戻れ、親父さん。エドはヴォルスラム家の息子さんで、ハルはアナスタシス家の息子さんだ」
「どうしちゃったの、一体。人類家族化計画でも立ててる?」
「ショウ君に関わる人間は全員家族判定って訳ッスか?」
「わたくし、朴念仁の家族にはなりたくないですの」
「きくが殿、お疲れだのぅ」
「……今度からショウ様たちをお兄様と呼んだ方がよろしいでしょうか?」
「こっちはこっちで自分を妹判定しちゃってるし。正気に戻れお前ら」
七魔法王は七魔法王で混沌とした会話を交わしており、黒水宮はますます混乱を極めるのだった。
《登場人物》
【ショウ】問題児三兄弟、末弟。最初は生真面目オドオド小動物系、今や自分の可愛さを使いこなす小悪魔系弟。
【エドワード】問題児三兄弟、長男。面倒見のいい兄貴分。物理的な懐も精神的な度量も大きい。
【ハルア】問題児三兄弟、次男。元気溌剌な真ん中。兄貴には甘え倒し、弟は積極的に面倒を見る。
【ユフィーリア】龍帝の本性を知っていた。今までは巻き込まれることはなかったが、ついうっかり口を滑らせたらこれである。
【グローリア】龍帝から「……お兄ちゃんとかいないか?」とか言われた。確かいたはずだけど死んだよなぁ。
【スカイ】妹がいることを正直に言ったら性癖判定を回避した。
【ルージュ】性癖判定には引っ掛からなかったようである。
【キクガ】出来の悪い弟を毛嫌いしているので龍帝にはその事実を伝えていない。
【八雲夕凪】自分自身には兄弟は存在しないが、嫁の弟に目をつけられたことが恐怖。
【リリアンティア】兄と姉がいた末っ子。でも龍帝の性癖には引っ掛からなかったようである。
【フェイツイ】龍帝。実は『兄弟愛』が大好物な変態。兄弟の仲睦まじい関係性をハアハアしながら観察したいので、自分が混ざるのは解釈違い。また、姉妹や女兄弟がいるのは性癖対象外。あくまで兄と弟のみが大好きであるようだ。ショウから言わせると『おにショタ』らしい。