第13話【異世界少年と悪党発見】
晩餐会の料理はどれも美味しいものばかりだった。
「この蟹さん、身がたっぷり詰まっていて美味しいです」
「この肉包、あんかけがかけられてるから美味しいねぇ」
「甘酢鶏が美味え!!」
ショウは爪の先までたっぷり身が詰まった蟹を満面の笑みで口に運び、エドワードやハルアもそれぞれ取ってきた晩餐会の料理を堪能している。
晩餐会の料理はどれも食べ放題で、お肉から海鮮、デザートまで料理の品数は両手の指では数えきれないほど存在する。全制覇するまでに胃袋がパンパンになってしまいそうだ。
加えて、普段は絶対にお値段と格闘する羽目になる高級食材まで食べ放題である。ショウが食べている蟹は代表格だ。他にも『龍肉』と呼ばれる珍味が出たりして、エドワードが非常に美味しそうに食べていた。
普段はあまり食べる機会がない高級食材に舌鼓を打つショウは、ふと晩餐会の会場奥に設置された高台に視線を投げる。
「ユフィーリアは大丈夫だろうか。何だか手が進んでいないような雰囲気がある」
「そりゃあ、これだけ招待客にジロジロ見られながら食べる料理は気分が良くないでしょぉ」
「まるで見せ物だね!!」
エドワードとハルアは、高台で黙々と食事をする我らが上司に同情の視線を寄越す。
高台の隅の座席を陣取る真っ黒な衣装を身につけたユフィーリアは、それこそ人形のような美しさがある。テーブルに次々と並べられていく高級食材で作られた龍帝国のおもてなし料理を綺麗な所作で食べ進める姿は絵画にでもなりそうなものだが、その表情は一貫して無であった。一切の関心を周囲に投げることなく、ただ義務的に食事を終えようとしている。
よく見れば、他の七魔法王もそうだった。龍帝であるフェイツイと席の近いグローリアやルージュ、八雲夕凪は懸命に話題を振っているものの、席から若干離れている面々は話の輪に混ざることなく黙々と出された料理を消費していた。緊張感のある食事など楽しくはない。
ショウは自分の取り皿に積み上げられた蟹の足に視線を落とし、
「ユフィーリアも蟹さん食べるかな」
「今の状況で届けられるかねぇ」
「その前に衛兵が阻止してきそうだよね!!」
エドワードとハルアは難しげな表情を見せるも、挑戦してみなければ始まらない。せめて「あちらのお客様からです」という名目でユフィーリアと美味しい料理を共有したいところだ。
そんな訳で、ショウは早速とばかりに新しい取り皿に蟹の足を盛っていく。公の場で大食いを披露するのはあまりよろしくないので、ちゃんと量は調整した。
こんもりと取り皿の上に盛られた蟹の足に満足げに頷き、ショウはちょうど新しい肉包をせいろに詰めて運んできた料理人を呼び止める。料理人であれば不自然なこともなくユフィーリアの元に料理を届けてくれるだろう。
「あの、これゆふぃ……じゃなかった。第七席に届けてもらえませんか?」
「ふぁッ!?」
頼んだはずの料理人の口から変な声が上がった。
「そんな、恐れ多いことなんて出来ません!?」
「え、でもこれ美味しいですから……」
「七魔法王様にも同じ料理は提供させていただいておりますので!!」
料理人は巨大なせいろを定位置に置くと、足早に立ち去ってしまった。
この場にある料理と同じものが七魔法王にも提供されているというならば、何故こんなに美味しい料理を彼らは無心で食べなければならないのか。ショウは美味しさのあまり飛び上がってもいいぐらいなのに。
それにしても『恐れ多い』とは、さすが神々よりも崇められる偉大な魔法使い・魔女の集団だ。同じ食卓を囲むことすら許されない様子である。彼らの本性は天然が炸裂するか頭の螺子の所在を疑いたくなる阿呆集団なのだが、猫の被り具合が半端ではない。
しょんぼりと肩を落として引き下がったショウは、
「ダメでした……」
「優しいお嫁さんだねぇ。あとでいっぱいなでなでしてもらいなねぇ」
「その優しさを忘れちゃダメだよ!!」
「うう、先輩たちも優しくて涙が出そうだ……」
すごすごと引き下がった先で待っていた先輩たちに慰めてもらうショウは、仕方なしに持ってきてしまった蟹の足は自分で消費することを決める。同じメニューが提供されているなら蟹の足もどこかで食べているはずだ。
「晩餐会にご参加の皆様、壇上にご注目ください」
そんなお知らせが会場全体に届けられた。
指示通りに会場奥に置かれた高台に視線をやれば、華やかな衣装を身につけた男性陣が滑るような静かな足取りで高台に上っていた。彼らの手には複雑な模様が彫られた真鍮製の酒盃が握られており、龍帝様と七魔法王の目の前にその酒盃を置く。
華やかな衣装を身につけた男性陣だが、顔は一切見えない。真っ白な布で覆い隠しているのだ。お祝いの場に相応しい格好ではあるものの、顔を隠した状態で国家元首の目の前に現れるとは怪しまれても仕方がない。
真鍮製の酒盃を運んできた彼らは、次いで一緒に持っていた硝子製の水差しを掲げる。その中には透明な液体が揺れていた。
「今宵は特別に、龍帝様の為に華酒を作らせました。どうぞ、七魔法王の皆様もご賞味くださいませ」
そんなお知らせと共に、真鍮製の酒盃に透明な液体が注がれる。
今夜は龍帝様の生誕祭だ。晩餐会も華やかなものになるし、それなら酒の1杯でも用意した方が盛り上がるものである。実際、龍帝国を代表する酒である『華酒』は高級品として有名だ。高貴な人物に振る舞われて然るべきである。
龍帝であるフェイツイも、そして七魔法王も少し困惑している様子だった。態度から判断して「そんな予定など聞いているだろうか?」とばかりの反応だ。ただ、注がれた酒は無碍に出来ないのか、未成年者であるリリアンティアを除いた大人たちがそれぞれ酒盃を手に取る。
酒盃を矯めつ眇めつ眺める龍帝と七魔法王を、緊張した面持ちで酒を運んできた男たちは見つめていた。相手は味にうるさい龍帝である、酒を1つ取っても批評されれば売り出せない。
「嫌な予感がする」
今まさに龍帝と七魔法王が酒盃に口をつけようとするその瞬間、ハルアは不穏な言葉を口にすると同時に走り出していた。料理が盛られた取り皿を投げ出したせいで、料理と皿の破片が大理石の床にぶち撒けられる。
ショウとエドワードは数瞬だけ反応が遅れた。
そうだ、運び込まれたのは何だったか。特別に作らせた華酒とか言っていただろうか。華酒に関して言えば昼間、頬や首筋に龍の刺青を施したチンピラ連中に追いかけられたばかりである。あの時も、彼らが狙っていたのは綺麗な虹色の蓮が浮かぶ華酒だった。
まさか、秘宝毒酒――――?
「飲むなッ!!」
「飲んじゃダメだ!!」
ショウとエドワードが叫ぶとほぼ同時、高台に飛び上がったハルアがユフィーリアの手から酒盃を払い落とした。
宙を舞う真鍮製の酒盃、溢れる透明な毒の酒。ガシャン、という耳障りな音が晩餐会の会場内に響き渡る。
七魔法王に対するハルアの暴挙に、誰もが固まっていた。龍帝であるフェイツイも、他の七魔法王も、衛兵も招待客もみんな。「一体何が起きた」と言わんばかりに目を見開いたまま動かない。
動けたのは、ショウたち問題児の面々だけだった。
エドワードとハルアで1人ずつ、残りの人数をショウが炎腕を召喚して確保する。暴れる彼らを力づくで押さえつけ、頭部を覆い隠していた白い布を引き剥がした。
その白い布から現れたものは、
「やっぱり!!」
「あ、昼間のチンピラ連中じゃんねぇ」
「頭の足りないチンピラさんじゃないですか」
白い布の下に隠されていたのは、人相の悪い顔立ちと頬や首筋に刻み込まれた火を吹く龍の刺青。間違いない、昼間にショウたちを追いかけてきたチンピラ連中である。
こうも簡単にあっさりと素顔が明かされてしまい、チンピラの皆々様は顔を顰める。さすがに拘束を振り解くほどの気力はないのか、暴れるような素振りは見せなかった。命の終わりでも悟っているのだろうか。
すると、
「ああ全く、忌々しい龍帝を七魔法王と一緒に葬り去れると思ったのに」
どこからか、呆れたような声がショウの耳朶に触れる。
招待客を掻き分け、姿を見せたのは禿頭の男である。頭皮にまで立派な龍の刺青を施し、やけに仕立てのいいスーツと毛皮のコートを羽織ったいかにも堅気の雰囲気の感じられない相手である。一目でチンピラの親分であることが理解できた。
その男の手には、何やら見慣れた瓶が握られている。虹色の濡れた花弁を瓶の底に貼り付けた、あの華酒である。中身が空っぽなところを見ると、中身は龍帝と七魔法王に飲ませるべく使用したらしい。
禿頭の男は肩を竦め、
「クソガキどもが、勘付きやがって」
「『火吹龍』のホンか……!!」
フェイツイは怒りの形相で立ち上がると、
「余に、七魔法王に何を飲ませようとした!?」
「決まっている。秘宝毒酒――貴様らの魔力回路をズタズタに損傷させる、毒の酒さ!!」
ホンと呼ばれた禿頭の男は、自慢げに酒の中身の正体を語る。
その言葉を聞いた誰もが息を呑んだ。グローリアやスカイも驚愕の表情で、今しがた口をつけようとした真鍮製の酒盃に視線を落とす。
魔力回路の損傷は、魔女や魔法使いにとっては致命的である。回復魔法や治癒魔法で治るような部位ではなく、損傷されればまず間違いなく現役を引退せざるを得ない。まさに生命線とも呼べる箇所を破壊するのが、彼の用意した『秘宝毒酒』の正体か。
グローリアはホンを睨みつけ、
「君、何をしたのか分かっているの!?」
「貴様は第一席だな」
ホンは余裕の表情で睨みつけてくるグローリアを見返し、
「魔法よりも武力の方が優れているだろう。今に武の力が必要になる時代が訪れ、戦乱が世界を支配するのだ。その時に龍帝国が最も強き国になる」
ホンは立ち尽くす龍帝を指差して、
「そこの魔法に縋る腰抜けなぞ、国を率いるに値しない。力こそが正義なのだ!!」
あまりにも彼の演説は、心に響かなかった。
何かこう、魔法を使えない才能なしの軍団がまとめて負け惜しみを叫んでいるようにしか聞こえない。「僕は魔法が使えないから、武力が正義の時代がやってくればいいんだ!!」的な、脳筋極まるご高説である。何がありがたいのやら。
冷めた視線を向けるショウ、エドワード、ハルアなど最初から眼中にないホンは「どうだ?」と首を傾げる。
「秘宝毒酒のお味は? 魔法が使えなくなった七魔法王など、ただのもやしの軍団でしかないよなぁ!!」
ひゃっひゃっひゃ、とホンは声を上げて笑う。
ユフィーリアは飲む直前でハルアが酒盃を叩き落としていたから無事だったが、どうやら他の七魔法王は少量だけ口につけてしまったようだ。グローリアやスカイ、ルージュなどは唇を押さえて顔を顰めている。
確かに彼らから魔法を取り上げてしまうと、あとはもやししか残らない。まともに戦えるのは父親であるキクガか、文武両道を地でいくユフィーリアぐらいのものだろう。それほど魔力回路の損傷は致命的である。
だが、
「へえー」
「あっそぉ」
「興味ないですね」
ショウ、エドワード、ハルアの態度はあっさりしていた。ホンの自慢話からすでに興味が失せていた。
「何だ、その態度は。クソガキには難しい話だったか?」
「じゃあ聞きますが」
ショウはホンの持つ空っぽの酒瓶を指差して、
「それの中身、お土産屋で購入した飲み水と入れ替えておいたんですけど。魔力回路ってただのお水で損傷されるものですか?」
――――――――時が、止まった。
《登場人物》
【ショウ】中身入れ替えたの気づかない辺り、龍帝国のチンピラは随分と教養がないんだなぁと思っている。
【エドワード】いつまであいつらは騙されてるのかなぁと思っている。笑わないように必死。
【ハルア】今回のMVP。秘宝毒酒を吹き飛ばしていたから状況も面白いことに。
【ユフィーリア】魔力回路がなくても傭兵として世界を旅するか、いっそ喫茶店でも開ける。割と魔法がなくてもどっこい生きる。
【グローリア】魔法が使えなかったら作家になるしかないかもしれない。
【スカイ】魔法が使えなくても魔法兵器の発明家にはなっている。魔力回路がなくても割と平気。
【ルージュ】魔法が使えなくても魔導書図書館の司書として働いているかもしれない。記憶力は魔法と関係ないから。
【キクガ】魔法なんて使えたことないのだが……?
【八雲夕凪】魔力回路というか、神様なので魔力の塊なので損傷されると顕現できなくなる。お家に帰るしかない。
【リリアンティア】神託は魔力回路に依存しないので代わりに誰かに回復魔法や治癒魔法を使ってもらえれば平気。
【フェイツイ】龍帝。魔力回路を搭載している竜人の種族。