第11話【異世界少年と龍宮】
晩餐会までは時間があるから、王宮内を散策していいらしい。
「わあ!!」
「わあ」
龍帝国の王宮――通称『龍宮』の中心に位置する中庭にやってきたショウとハルアは、広々とした庭を駆け回る。
ヴァラール魔法学院とはまた違い、全体的に石造りが特徴的な庭である。東西南北にめがけて丈夫な桟橋が設けられており、ぐるりと周囲を池で取り囲まれている。池には綺麗な蓮の花が水面に浮かんでおり、今もなお静かに花弁を広げている。
円形の中庭には東屋があり、その東屋にもちょろちょろと水を噴き出す小さな噴水が置かれていた。噴水には菊や百合といった花が隙間なく敷き詰められており、華やかな香りが鼻孔を掠める。
広々として日当たりのいい中庭を元気に駆け回る未成年組の首根っこを、ため息をついたエドワードが引っ掴んだ。
「お散歩していいって言われたけどぉ、あんまり好き勝手にはしゃがないのよぉ」
「エド、あっち行きたい!!」
「色々見てみたいです!!」
「話聞いてたぁ?」
ジタバタと好き勝手に動こうと企むショウとハルアを小脇に抱えたエドワードは、無人の東屋に2人を座らせる。
「大人しくしてなってぇ。いくら相手から許可されていたとしてもぉ、ここは龍帝国の王宮なんだからぁ」
「走り回りたい!!」
「広いからいいじゃないですか!!」
「よくないのぉ」
今すぐどこかに駆け出そうとする未成年組に「大人しくしなぁ」と言い聞かせ、エドワードは肩を竦めた。
龍宮の内部を散歩してもいいと許可を下したのは、他でもない龍帝様のフェイツイである。「晩餐会まで時間がかかるから、それまでは好きに王宮内を歩き回ってもいい」とお許しがいただけたのだ。
早速とばかりに王宮内を騒がしくドタドタと走り回り、その果てにこの中庭に辿り着いた訳である。さすが龍帝国だ、薔薇などの西洋風な花がよく似合うヴァラール魔法学院とは趣が違い、東洋らしい蓮の花が相応しい華やかな王宮だ。
そんな王宮をまだまだ見て回りたいのに、エドワードに阻止されてショウとハルアはつまらなさそうに頬を膨らませる。
「ぶー」
「ぶー、です。エドさんの意地悪」
「お前さんたちが粗相して龍帝様の逆鱗に触れたとなったらまずいからねぇ。首が飛ぶだけで済まないよぉ」
ショウとハルアの膨らんだ頬を鷲掴みにしてきたエドワードは、軽く指先に力を込めて空気を抜いてくる。ぷしゅぅ、と音を立ててショウとハルアの唇から頬に溜め込んだ空気が抜けた。
まあ確かに、ここは龍帝国の皇族が住まう王宮である。変に動き回って豪華な調度品を破壊して弁償、なんていうことになればショウとハルアのお財布がいくらあっても足りない。こればかりは国賓対応という訳にもいかないだろう。下手をすれば首が飛びかねない。
その危険性を思い出し、ショウとハルアは仕方なしに大人しく東屋にて待つことにした。晩餐会とは夜に開催されると思うので、夕方に差し掛かった今の時間帯ではもう少しだけ時間がかかりそうである。
すると、
「お前らはいつでも元気だな」
「退屈してるかしラ♪」
「ユフィーリア、アイゼさん」
中庭にユフィーリアとアイゼルネが姿を見せる。これから何か打ち合わせでも始まるのか、他の七魔法王も一緒だった。
「君たちは本当に肝が据わってるよね。いつでも賑やかだし」
「貶してますか? 処しますよ?」
「褒め言葉でしょ!!」
白い着物のような服装の学院長、グローリア・イーストエンドが金切り声で叫ぶ。喧嘩を売るような真似をする方が悪いのだ。
それにしても、今回は七魔法王の誰も彼も東洋らしい衣装を身につけている。ショウの知識の限りで言えば『漢服』だっただろうか。ひらひらふわふわしたような衣が目立つような気がする。普段はドレスやタキシードなどの姿で見慣れてしまっているので、何だか新鮮な気分だ。
グローリアは「全くもう」と呆れた様子で言い、
「素直に褒めただけでこの言われようだよ。悲しいね」
「口振りが悪口っぽかったので」
「酷いな」
「日頃の行いでは?」
肩を竦めるグローリアに、ショウは怖気付くことなく平然と言い返す。
たまたま通りかかった王宮の関係者は、ショウとグローリアのやり取りをヒヤヒヤした様子で傍観していた。それもそのはず、グローリアはヴァラール魔法学院の学院長である以前に七魔法王が第一席【世界創生】である。神様よりも崇められるべき存在である偉大な魔法使いを相手にずけずけと文句を言える方が珍しい。
異世界にやってきたばかりの生真面目で常識人なショウだったら恐れ多くてグローリアに意見をすることすら叶わなかっただろうが、今や立派な問題児に成長したのでお構いなしである。下手すればこの場でお暴力行使だ。
「そんなに暇なら黒水宮に行ったらいいよ。今日は晩餐会まで参加しなきゃいけないから泊まりになるし」
「黒水宮?」
聞き覚えのない施設名に首を傾げるショウに、ユフィーリアは笑いながら説明してくれる。
「アタシの為に龍帝国側が誂えた屋敷だよ。龍宮内に、七魔法王それぞれの屋敷が設けられてるんだ」
「そんな高待遇なのか?」
「まあ、龍帝国での崇められ方が半端じゃねえからな」
まさかの王宮内に七魔法王専用の屋敷を誂えるとは、一体どれほど龍帝国での七魔法王の地位はどれほど高いのか。もはや神様以上の人気を博しているといってもいいだろう。
建物なんて簡単に建てたり収納できる訳でもないのに、七魔法王の為に本日特別に屋敷を建てたということでもないだろう。普段から龍帝国の式典等に参列する際は、あてがわれた屋敷に宿泊しているのか。
驚愕するショウをよそに、七魔法王と呼ばれし偉大なる7人はそれが当然とばかりの反応だった。「もう慣れた」と言ってもいいぐらいである。
「では行ってみるか、ハルさん。別荘にお邪魔だ」
「別荘!!」
「言い換えれば確かに別荘だねぇ」
別荘ならぬ龍帝国側が七魔法王の為に用意したらしい屋敷『黒水宮』に向かうべく、ショウとハルアは走り出そうとしてエドワードの手によって捕獲されるのだった。例外に漏れず、小脇に抱えられて連行された。
☆
王宮の関係者からの案内も受け、辿り着いた先には真っ黒な平屋の屋敷が鎮座していた。
「わー……」
「真っ黒!!」
「ユフィーリアらしいなぁ」
目の前に鎮座する平屋の屋敷の前に立ち尽くし、ショウたち3人は思わずそんなことを口にしていた。
黒い壁に銀色の扉、銀細工が施された柱が黒い瓦屋根を支えている。王宮より派手な雰囲気はしないが、それでも住むには立派すぎる屋敷である。周囲には白い花弁が特徴的な蓮の花が浮かぶ小さな池が設けられており、自然も完璧に配されている。
確かに『黒水宮』と名前をつけられるだけある建物だ。黒を象徴とする第七席【世界終焉】たるユフィーリアに相応しい屋敷である。
銀色の扉に手をかけたエドワードが代表して、扉を開ける。
「お、お邪魔しまぁす」
「お邪魔します!!」
「お邪魔します……」
施錠されていないのか、扉は難なく開く。そもそも警備が厳重な王宮内に存在するので、鍵をかける必要もないのだろう。
扉を開けると同時に、部屋中の明かりが一斉に点灯する。花の模様が描かれた照明器具が広々とした居間を照らし、絢爛豪華な調度品や家具を浮かび上がらせる。
ふかふかそうな長椅子に繊細な彫刻が目を引く戸棚、執務机や大の字で寝転がってもまだ余裕がある天蓋付きのベッドなど一通りの家具は揃えられている。さらに隅には台所も備えられており、屋敷内で料理を作ることも可能だ。大きめの食料保管庫はさすがに空っぽだが、火も使えるし水も出すことが出来る。
瞳を輝かせたショウとハルアは、
「凄え!!」
「凄い!!」
「ショウちゃん、ハルちゃん。いきなり走らないのぉ」
エドワードの制止を振り切り、ショウとハルアは早速屋敷の中を駆け回る。
広々とした屋敷には誰もおらず、どれだけ騒いでも他人に迷惑をかけるようなことはない。窓から見える何だか白い屋敷も見えるには見えるのだが、距離があるので騒ぎたい放題のやり放題だ。
ふかふかの長椅子に飛び込み、ショウはふかふかのクッションを胸に抱く。座り心地も最高だし、大きめの長椅子は足を伸ばして寝ることが出来る。1つの寝具としても使えそうだ。
同じく大きな天蓋付きのベッドに飛び込んだハルアは、ぴょんぴょんと飛び跳ねて遊びながら叫ぶ。
「ここってユーリが寝てたりしてるのかな!!」
「第七席として顔を晒して初めて利用するから、まだ新品では?」
「今のうちに匂いつけとこ!!」
「俺も俺も」
ベッドに飛び跳ねて遊ぶハルアがうつ伏せでベッドに飛び込んだところで、ショウも先輩の真似をしてベッドに転がる。まだ誰も寝ていない、新品のいい匂いがした。具体的に言えば洗剤とお日様の香りである。お洗濯したてのいい香りだ。
ベッドも長椅子と同様にふかふかで、全身がずぶずぶと敷布団に沈んでいく。ショウとハルアで並んで寝転がってもなお余裕のある大きな天蓋付きのベッドは、とても寝心地がよかった。
盛大にはしゃぐ未成年組の行動を見かねたエドワードが、ショウとハルアの首根っこを掴んでくる。そのまま母猫に連行される子猫のようにベッドから引き摺り下ろされた。
「あーれー」
「にゃー」
「暴れるんじゃないよぉ。ユーリの為に建てられたとは言ってもぉ、ここはあくまで他人の敷地なんだからぁ」
エドワードの手によって長椅子に座らされたショウとハルアは、目の前に置かれた硝子製のテーブルに用意されていたお菓子の包みに手を伸ばす。どうやら中身は花の形をしたお饅頭のようだった。
別に用意されていたのだから、誰が食べたっていいだろう。見ればお饅頭は受け皿に山のように積み上げられているので、衣嚢にポイポイとしまい込んでもバレやしない。
お饅頭を齧るショウは、
「何をすればいいんでしょう。晩餐会まで、まだ時間はありますよね?」
「暇になっちゃったな!!」
同じように硝子製のテーブルの上に山の如く盛られたお饅頭に手を伸ばすハルアも、同調するように言う。
黒水宮はいくつか部屋があるようだが、玩具や本が置いてある訳でもないので暇潰しにもならない。王宮内を走り回ることも、こごで来たら控えた方がいいだろう。
本格的にやることがない。今からでもいいから、また龍帝国の観光が出来ないか誰かに打診したいところである。
そんな退屈そうな未成年組に、エドワードが提案する。
「何言ってんのぉ、やることはあるじゃんねぇ」
「え?」
「何!?」
瞳を瞬かせるショウとハルアに、エドワードが示したのは黒水宮の隅に設けられた台所である。
「ショウちゃん、異世界知識の出番だよぉ」
エドワードは口の端を吊り上げて笑い、
「楽しい晩餐会で味気のないお料理を楽しむ我らが魔女様の為に、観光をプレゼントしてくれたお礼をしようじゃないのぉ?」
ショウとハルアは互いの顔を見合わせ、それからエドワードの提案に乗っかった。
――そんなこんなで準備をしているうちに、いつのまにか晩餐会の時間になっていた。
《登場人物》
【ショウ】最近、興味のある場所は走り回りたいお年頃。憧れた東洋風の世界に興奮しているのかもしれない。
【エドワード】いつも以上に未成年組がはしゃいでいるので、ストッパー役にも熱が入る。
【ハルア】ショウと同じく興味のある場所は走り回るタイプ。今やショウも一緒になって走り回るので楽しい。