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第10話【異世界少年と龍帝】

 目の前にそびえる建物に、ショウたち3人は変な汗を噴き出す。



「わあ……」


「わあ!!」


「わあ……ァ……」



 もうどうすりゃいいのか分からなかった。


 観光途中で愛しの旦那様から通信魔法が飛んできたかと思えば、まさかの「龍帝様が謁見を希望してるから王宮まで来い」というご命令である。愛しの旦那様のご命令とあれば参上せざるを得ない。

 そんな訳で指定された場所までやってきたら、その迫力に立ち尽くすしかなかった。現実をようやく認識して、全身から汗が噴き出して止まらなくなったのだ。



「あの、エドさん。本当にここですか? ここでいいんですか?」


「門の前で待ってろって言われたけどぉ」


「ここで待ってるだけで変な汗が出てくるよ!?」



 立ち尽くす3人の前に鎮座する建物は、龍帝国の王宮『龍宮りゅうぐう』である。


 見上げるほど背の高い真っ白な石造りの壁の向こうに見えるのは、翡翠色の瓦が特徴の尖った屋根。閉ざされた赤い鉄製の門扉には、表面に空へと昇る龍の模様が彫られている。周囲に建物らしい建物はないので静寂に包まれており、この場で立ち尽くしているだけで職務質問されそうである。

 その様相は王宮というより、立派な寺院のようである。しかも普段は参拝者が立ち入りできないような神聖な雰囲気が、これでもかと漂っていた。出来れば今すぐこの場から立ち去りたい。


 すると、



 ――ギィィ、ゴゴン。



 内側から、真っ赤な門扉が開いた。


 両開き式の門扉を開けたのは、ショウたちが身につけている東洋服とはまた違った形式の服装をした屈強な男性たちである。着物のような幅広の袖、いくつにも折り重なった布、楚々とした態度から王宮関係者であることが予想できる。

 そんな彼らの頬には、爬虫類を想起させる鱗が浮かんでいた。青褪めた顔に鋭い双眸、まとう冷たい空気に二足歩行で歩く蜥蜴か何かかと思う。睨まれただけで変な声が出そうだ。


 屈強な男性たちが門を開けたところで、その奥に控えていた人物が平然と門を潜って王宮の外に足を踏み出してくる。



「おう、お前ら。観光は楽しめたか?」



 姿を見せたのは、着物のような見た目のドレスを身につけた銀髪碧眼の魔女――ユフィーリアである。七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】を象徴させる西洋風のドレスではなく、龍帝国の空気に相応しい漆黒の衣装をまとっている。見た目だけで言えば、さながら天女のような美しさだ。

 裾を引き摺るほど長い衣はふわふわとしており、織り交ぜられた銀糸が夜空に煌めく星々のような美麗さがある。変に広がらないように腰には帯を巻きつけ、こちらも銀色の組紐で飾られていた。頭頂部には王冠を模した飾りがあり、そこから黒い薄布が垂れて顔を覆い隠している。


 久しぶりの旦那様の姿に安堵したショウは、思わず彼女に抱きついていた。



「ユフィーリア……!!」


「どうした、ショウ坊。寂しかった?」


「こんなッ、こんな静かな場所で待ってたから、うええ」


「よしよし、怖かったな。もうちょっと早く迎えに来ればよかったな」



 ショウの頭を撫でてあやしてくれる優しい旦那様は、次いでエドワードとハルアに視線をやる。



「お前らも、こんな場所に放置してて悪かったな。不安だったろ」


「いつ職務質問とか来るかと戦ってたよぉ」


「何て答えればいいのか考えてたよ!!」


「そんな心配してたのかよ、お前ら」



 エドワードとハルアの割と本気の言葉に、ユフィーリアは軽い調子でケラケラと笑い飛ばす。笑い事ではない気がする。



「ユーリ♪ そろそろ謁見の時間が迫ってるわヨ♪」


「おう、分かった」



 門からひょっこりと顔を覗かせたアイゼルネが、ユフィーリアにそう声をかける。


 謁見、という言葉を聞いたショウは反射的に身構えてしまった。

 何せこの国の統治者との顔合わせである。獣王陛下とは訳が違うのだ。あの暴力で何でも解決できるような獣の王様と違い、こちらの龍帝様は代々続く皇族である。粗相でもすれば首が飛びかねない。


 ショウの背中を撫でてくれたユフィーリアは、



「大丈夫だ、ショウ坊。龍帝様はそこまで厳しい奴じゃねえから、気楽に挨拶しろよ。多少の粗相があったって許してくれるって」



 それからユフィーリアは「こっちだぞ」と言い、平然とした足取りで王宮に戻ってしまう。


 その場に取り残されたショウ、エドワード、ハルアの3人は互いの顔を見合わせた。

 彼女がそう言えるのは、あくまで彼女本人が七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】だからである。ショウたちは簡単に言ってしまうと付属品扱いだ。いくら付き合いが長かろうが、お偉方相手に不遜な態度は取れない。


 早くも泣きそうになるショウは、ピタリとエドワードに引っ付く。心境は同じなのか、ハルアもエドワードに身を寄せていた。



「連れてって、エド」


「連れて行ってください、エドさん。足が震えて動けないです」


「何でよぉ、自分の足で歩きなさいよぉ。俺ちゃんだって膝から崩れ落ちそうなんだからぁ」


「オレらで支えてあげるから」


「大丈夫ですよ、俺たち3人で色々と乗り越えてきたじゃないですか」


「全然説得力がないよぉ。頼りないよぉ」



 ピッタリと張り付いてくる未成年組を振り解こうにも振り解けず、エドワードは仕方なしにそのまま張り付かせた状態で引き摺るのだった。



 ☆



 緊張感しかない場所に放り込まれてしまった。



「…………」


「…………」


「…………」



 大理石の床に敷かれたのは、手触りのいい分厚めの赤い絨毯である。その先には雛壇があり、黄金をあしらった玉座が設置されていた。


 玉座に腰掛けているのは、目を見張るほどの美形な男性である。やはり同じく幾重にも重なった着物のような東洋らしい衣装を身につけ、艶のある黒髪を金銀財宝の髪飾りで彩っている。娼婦もかくやとばかりの盛り髪に驚いてしまったほどだ。

 冷たい印象を与える顔立ちに、切長の翡翠色の双眸。真っ白な頬や細い首には爬虫類のような青色の鱗模様が浮かんでいる。目元には赤い隈取が施されており、化粧をしているからこそ威圧感もそこはかとなく倍増している。


 かの人物が、いわゆる龍帝様なのだろう。見据えられただけで冷や汗が止まらない。



「ゆ、ゆふぃ、ゆふぃ、りあ」


「たすけ、たすけ」


「こわ、こわ」



 龍帝様の前で跪くショウたち3人は、必死の形相で壁際に佇む七魔法王セブンズ・マギアスたちに助けを求めた。まともに話せないので視線だけで。


 しかし、彼らは助ける素振りを見せない。学院長も副学院長も見なかったことのように視線を逸らし、ショウの父親は申し訳なさそうに顔を伏せ、友人の保健医はオロオロと視線を彷徨わせ、最愛の旦那様は「すまん」と唇の動きだけで謝ってきた。

 一体どうしてこのような出来事になってしまったのか。彼らの態度を見る限り、ユフィーリアが「じゃあショウ坊たちにも龍帝様に会ってもらおうぜ」と発言したようではないだろう。これは予想だが、ショウたち3人が龍帝国を観光している話を聞いた龍帝様が興味を示したのだろうか。


 失言でもしようものなら首を飛ばされる最悪の空気感の中、ついに龍帝様が口を開く。



おもてを上げよ」


「ひゃッ」


「ふぁッ」


「ひょッ」



 それぞれの口から変な声が出てしまった。

 龍帝様の、芯の通った声を受けて、ほぼ反射的に顔を上げるショウ。エドワードとハルアも冷や汗だらけの顔を上げ、涙が滲みそうになるのを堪えていた。


 相手の翡翠色の双眸と、ショウたち3人の視線がかち合う。逸らしたら殺されるという謎の固定観念に駆られ、顔を背けることが出来なかった。



「卿らが、第七席の従僕か」


「ひゃ、は、ひゃいぃ」


「そ、そうですぅ……」


「にゃぶ、ひゃい!!」



 もう舌が回っていなかった。緊張感でまともに話せている気配がない。



「余は286代龍帝、フェイツイ・ワンロンである。此度の観光、余の龍帝国はどうだ? 楽しく過ごせているか?」


「ふぁ、はい、過ごせてます……」


「楽しませていただいてますぅ……」


「楽しいです……」



 この空気にも慣れてきたか、舌もいくらか回るようになった。何とか絞り出した気持ちはもちろん本心である。


 龍帝様――フェイツイも、ショウたちの回答に満足気味に頷いていた。自分の統治する国を褒められて喜ばない君主はいない。

 ショウたちもこの回答で正しかった、と内心で安堵の息を漏らす。本心なのだから偽る必要などないのだが、それでも相手の望むような回答が出来てよかった。


 だが、



「具体的には?」


「え?」


「余の龍帝国、具体的にはどこが楽しいと感じた?」



 予想外の質問に、ショウの思考回路は停止した。


 まさかの具体性を求めてきた。まあ、確かに聞きたくなる気持ちは分かるのだが。

 具体的にどこが楽しかったのかと問われればいっぱいありすぎて困るのだが、はて何をどうやって伝えるのが正しいのか。あまり率直に伝えるのも考えたものだ。


 ――と、思っていたのだが、緊張感が緩んでいたせいか普段は冷静なショウの理性が仕事をしてくれなかった。



「ご飯!!」


「ご飯です!!」



 ハルアと一緒になって、ショウは答えていた。



「大屋台街とか、あと紅蓮鍋も食べたよ!! 旨辛!!」


「さすが美食の国と称されるだけあります。他にも小肉包シアォ・ロゥバオ胡桃焼餅タオ・ビンとか屋台ご飯も充実してて……!! 同じ料理を提供するのに屋台ごとの個性も強調されてて、しかもお手頃価格で食べ比べが出来るなんて最高です!!」



 そう、何と言っても記憶に刻み込まれているのは大屋台街で味わった龍帝国の料理である。もちろん龍帝国を代表する鍋料理『紅蓮鍋』も痺れる辛さが癖になる味で、ちょっぴり辛かったが美味しかった。挑戦するだけの価値はあった。

 他にもあの無数の屋台が犇めく戦場『大屋台街』は、龍帝国を代表する料理の数々がお手頃価格で楽しめる最高の場所である。同じ料理を提供する屋台もあったが、それぞれ個性が溢れており手軽に食べ比べが出来るのがまた屋台飯の醍醐味である。どこが1番だなんて選べないぐらいに、どこの屋台も美味しかったのだ。


 その興奮が伝わったのか、フェイツイは声を上げて高らかに笑ったのだ。



「はははははは!! そうかそうか、そんなに余の国の食事が気に入ったか。元気のいい童らだ」



 フェイツイは「だが、まだ満足するには早いぞ」と言い、



「このあとに控えた晩餐会では、龍宮の料理人が腕によりをかけて作った料理が山と出るぞ。心ゆくまで堪能するがいい」


「美味しいご飯!?」


「おかわり自由ですか!?」


「元気な童らだ。腹がはち切れるまで食うても構わん、客人を空腹で帰したとなれば龍帝国の恥だ」



 夕ご飯も美味しい料理が期待できそうで、ショウとハルアは「やったねショウちゃん」「美味しいご飯だ、ハルさん。楽しみだな」と喜ぶのだった。


 ちなみにこの未成年組の反応を目の当たりにしたエドワードは首が飛ばないかヒヤヒヤしたし、七魔法王は声を押し殺して笑っていた。

 周りの大人たちの反応など、このあとの美味しいご飯を想像する未成年組は知らない。知らないったら知らないのである。

《登場人物》


【ショウ】学院長だろうが獣王陛下だろうが何だろうが態度は丁寧だが暴力は変わらないはずだが、龍帝だかは何故かダメだった。どうしてか恐ろしい。

【エドワード】ユフィーリアのおかげで色々と経験させてもらったことはあるのだが、龍帝を相手にした謁見は今回が初めて。話だけは聞いているから余計に恐ろしい。

【ハルア】空気に耐えかねて緊張気味。スパイダーウォークしないだけ褒めて欲しい。


【ユフィーリア】龍帝のお誕生日の式典に参加していた魔女。「うちの部下が観光してるんですよ」みたいなノリで話したら龍帝が会いたいとか言い出した。

【アイゼルネ】ユフィーリアの従者として式典に参加中。


【フェイツイ】ワンロン家当主にして現在の龍帝。美食に目がない冷徹無慈悲な皇帝様。まずい料理を出した料理人の首を容赦なく切り飛ばし、貧乏でも美味い料理を出せば宮廷料理人に召し上げるほど美食好き。

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