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第9話【異世界少年と工作】

 さて、秘宝毒酒ミィ・ドゥとやらを飲み干してしまった。



「……飲んじゃった」


「飲んじゃったねぇ」


「美味しかった!!」



 ショウ、エドワード、ハルアの問題児男衆は目の前に置かれた空っぽの瓶に視線を落とす。


 虹色に煌めく綺麗な蓮の花が浮かぶ濃厚な桃ジュースは、それはそれはもう飲み応えがあった。病みつきになるほど美味しく、お土産として購入したはずのお菓子の消費も進んだ。あまりにも美味しいから『秘宝毒酒ミィ・ドゥ』と言いたくなる気持ちも分かる。

 ただ、これはあの『火吹龍フォーチュイ・ロン』というチンピラ集団が探していたものだろう。この飲み物のせいでショウたち3人は追いかけられる羽目になったのだ。怖い思いをした意趣返しとして中身を飲んでやったが、いざ処理の段階になって「どうしようか」と悩むことになってしまった。


 ショウは空っぽになった酒瓶を手に取り、



「お花が萎んでしまっているし……」


「これ水を詰めても復活しないよねぇ?」



 空っぽの瓶の底には、茶色く萎んでしまった蓮の花がへばりついていた。桃ジュースに浮かんでいた虹色に煌めく綺麗な蓮の花は、見るも無惨な状態に早変わりしていた。決してショウたちが意図的に枯らした訳ではなく、中身の桃ジュースを飲み干したら見る間に枯れてしまったのだ。

 この状態でただの水や、その辺で購入した酒を入れ替えても蓮の花は復活しないだろう。復活できるような状況ではもはやないのだ。


 とりあえず、ショウは酒瓶を逆さまにして茶色く萎んでしまった蓮の花を引っ張り出す。可哀想だが、これはゴミ箱直行の運命を辿るしかない。



「これってあの人たちのものですよね、あのチンピラ集団」


「名前忘れちゃった!! 何だっけ!!」


「俺ちゃんも覚えてなぁい。興味ないもん」



 ショウの言葉に対して、エドワードとハルアが辛辣な口調で返す。すでに誰の記憶にも、あのチンピラ集団の名前など残っていなかった。



「水でも詰めて突き返そうかぁ」


「返却しただけで許してくれますかね。あれ絶対にボッコボコにする雰囲気がありましたけど」


「その時はほらぁ、お手元にあるお酒を割っちゃうよって脅せばいいんじゃないのぉ?」



 エドワードは屋根に散らばるお菓子の残骸を片付けながら、



「だってそれぇ、やっこさんからすれば大事なものなんでしょぉ? 壊されるのはたまったものじゃないんじゃないのぉ?」


「大事なものは壊されたら泣いちゃうものなんだよ!!」



 ハルアも補足を入れてくる。あの強面の集団が、酒瓶を叩き割られただけで泣き喚くような性格をしている風には見えない。確実に逆上して殴りかかってきそうだ。


 手元の酒瓶に視線を落とし、ショウはちょっと悩む。

 中身を飲んでしまったものは仕方がない。腹に収めてしまった以上、返却するには吐き出す他はない。ただそれだと今までショウたちが食べてきた龍帝国の美味しい料理も一緒に返却する羽目になってしまうので、そのような汚い返却方法は出来れば避けたいところだ。


 濃厚な桃ジュースはその辺の綺麗な水でも移し替えれば見た目だけ誤魔化せるものだが、問題は中身に浮いていた虹色の綺麗な蓮の花だ。



「虹色の蓮ってどうすれば……」


「工作すればぁ?」



 エドワードは「ほらぁ」と屋根の下を指差す。


 屋根から地上を覗き込むと、ちょうど彼が指差した方向にはお土産屋が店を構えていた。お菓子などの食料品を販売している訳ではなく、女の子に向けたかんざしなどの装飾品を販売しているお店である。

 その軒先に飾られていたのは、真っ白な蓮の花だ。おそらく髪飾りだろう、布で作られたそれは見た目だけならば普通に蓮の花と見紛う。


 ショウは頷き、



「あの花に工作すれば騙せますかね」


「色を塗ればいいんじゃない? 馬鹿そうな見た目だったしぃ」


「オレ知ってるよ!! オツムが弱いって言うんだよね!?」


「ハルちゃん、いつそんな言葉を覚えたのぉ?」



 ハルアの狂気的な笑みを見せたままの暴言に、エドワードの非難するような視線がショウに向けられる。疑いの眼差しを向けられているようだが、冤罪――のような気がしなくもなくもなくもない。心当たりがありすぎる。

 でも視線は逸らすに限る。ハルアの頭のいい発言は大体ショウが発信したものだろうが、今回に関しては覚えがない。多分ショウがどこかで発言したものを覚えていただけのはずだ。


 咳払いをしたショウは、



「じゃあ、花を工作して水を詰め込んで返却する方向でいいですか?」


「異議なしぃ」


「賛成!!」



 秘宝毒酒ミィ・ドゥとやらを偽装してしれっと返却する作戦にし、ショウたち3人は早速準備に取り掛かるのだった。



 ☆



 さて、秘宝毒酒の偽装が完成である。



「どうよぉ、これぇ」


「オレらが持ってきた時のまんまだね!!」


「記憶の限りで再現してみましたが」



 ちゃぷん、と水の音が一抱えほどもある酒瓶から聞こえてくる。


 ショウが抱える酒瓶は、食料品を扱うお土産屋で販売されていた飲み水を詰め替えたことで中身を満たしていた。さらに真っ白な蓮の花の髪飾りに染料で花弁の部分に着色を施し、それっぽくしたところで釣り糸を使って吊り下げることで浮かばせることにした。どうしても浮かんできてしまうので、氷の粒を重石の代わりに括り付けて誤魔化した。

 涙ぐましい努力の結果である。これで騙せるとは到底思えないが、もし騙せるとしたら相手はよほどの阿呆だ。


 工作感が滲み出す秘宝毒酒ミィ・ドゥの偽物に、ショウは困惑する。



「これで本当に騙されてくれますかね」


「騙されてくれなければ逃げればいいだけよぉ」


「そうだよ、ショウちゃん!! ボッコボコにしてやろ!!」


「ハルさんの血の気が多い。いや、いつものことか」



 先輩の血の気の多さにはもはや慣れたものである。むしろショウも「殴った方が早々に解決するのではないか」と考えるほどだ。



「まあ、とりあえず『返す』っていう意思を見せないとねぇ。それが大事だよぉ」


「不安しかない」


「大丈夫だよ、ショウちゃん!! 心ではいつも馬乗りになって殴れば解決するから!!」


「力技で解決しようとしないでくれ、ハルさん。多分それはやっちゃいけないあれだから」



 拳を握りしめて臨戦態勢を取るハルアにツッコミを入れたところで、足元から「おい見つかったか!?」などという声が聞こえてきた。


 見れば、息を切らせたチンピラどもが商店街に集まっていた。彼らの頬や首筋には火を吹く龍の刺青が施されている。間違いない、ショウたちを追いかけてきていたチンピラ集団だ。

 どうやら屋根に逃げたショウたち3人を追いかけるべく梯子や足場を探していたようだが、彼らの身体能力では屋根に登る術を見つけられなかったらしい。梯子はしごも同様である。むしろ見つけられなくて正解だったかもしれない。


 ショウたち3人は互いの顔を見合わせると、



「演技力重視ぃ」


「いざとなったら拳で解決!!」


「このブツはとりあえず押し付けておきましょう」



 作戦を改めて確認してから、3人揃って屋根から飛び降りる。冥砲めいほうルナ・フェルノの飛行の加護を使用せずに無謀にも身ひとつで飛び降りたショウは、うっかり体勢を崩してしまいエドワードに抱き止められる形での着地となった。

 3人が目の前に降りてくると、チンピラ集団は「あ!!」「お前ら!!」などと指差して叫んでくる。常識のなっていない連中である。


 エドワードにお姫様抱っこをされての着地だったショウは、



「あの、エドさん下ろしてください」


「おっとぉ、ごめんねぇ」



 お姫様抱っこという高待遇から地面に下ろしてもらったショウは、手にした瓶を掲げた。


 瓶を目の当たりにしたチンピラ集団は、あからさまに顔を引き攣らせる。やはりあの虹色の綺麗な蓮の花が浮かぶ華酒こそ、彼らの探していた『秘宝毒酒ミィ・ドゥ』なのだろう。中身の美味しい桃ジュースはショウたちが飲んでしまったが。

 ただ、中身はそのままそっくり普通の飲み水に入れ替えたにも関わらず顔を引き攣らせたのだから、これは騙されてくれそうな気配だ。やはり相手は見た目に騙される馬鹿である。


 ショウは可愛らしい笑顔で瓶を掲げ、



「こちらをお探しですか?」


「やっぱりお前らが持ってやがったか……!!」



 チンピラの1人がショウを睨みつけ、



「それを返せば見逃してやる、とっととそれを置いていけ」


「おや、それだけでいいんですか? 喜んで返しますとも。毒なんて持ちたくないので」



 ショウは足元の石畳に酒瓶を置き、その場から数歩ほど離れる。


 あっさりとした返却に相手は怪しむ素振りを見せたが、おそらく上からの命令で「急いで見つけてこい」とでも言われているのだろう。互いの顔を見合わせるなり、代表に選ばれた1名がショウの置いた酒瓶を取りに来る。

 地面に置かれた酒瓶を拾い上げるなり、中身に浮かぶ虹色の蓮の花を確認してから頷いていた。本当は蓮の花の髪飾りをそれらしく加工したものなのだが、彼らは見分けがついていないようである。


 吹き出しそうになるのを懸命に堪えるショウは、何とか笑顔を取り繕う。



「それで交渉成立ということでいいですか?」


「舐めた態度が気に入らねえが、こっちは急いでんだ。次に会ったら、二度と減らず口を叩けなくしてやる」


「おお、怖いですね。殺されないように気をつけますとも」



 全然怖がるような素振りを見せず、ショウは笑顔でチンピラたちに手を振ってお別れをする。本当はお腹を抱えて笑いたいところだったが、頬を緩めてしまうとチンピラたちの怒りを買うので意地でも我慢する。


 人混みの中にチンピラたちの姿が消えてから、ショウたちは張り詰めていた息を吐いた。それから遠ざかるチンピラたちに聞こえない程度の声量で笑う。

 本当に騙されてしまった。中身は飲み水と髪飾りだというのに、普通に騙されてしまった。髪飾りの色が水に溶け出さないことを祈るばかりである。


 目尻に浮かぶ涙を指先で拭うショウは、肩で息をしながら言う。



「ほ、本当に騙された、見た目でしか判断できないのかあの人たちは」


「お間抜けさんなんだよぉ、ショウちゃん。あとでたっぷり笑ってやろうねぇ」


「ユーリとアイゼにも教えてあげよう!! いいお土産話が出来たね!!」



 ケラケラと偽物の秘宝毒酒に騙されてしまったチンピラどもを笑い飛ばしていると、どこからかピリリリリリリという音が聞こえてきた。


 笑うのを中断して、エドワードが懐から通信魔法専用端末『魔フォーン』を取り出す。通信魔法の受信相手は、まさかの人物である。

 ユフィーリア・エイクトベル。現在、七魔法王セブンズ・マギアスとして式典に参加中の我らが魔女様である。



「ユーリぃ、どうしたのぉ?」


『おう、お前ら。観光は楽しんでるか?』



 魔フォーンから聞こえてきたのは、久方ぶりに聞く愛しい旦那様の声だ。



『悪いが、観光を切り上げてこっちまで来てくれねえか』


「どこに行けばいいのぉ?」


『王宮』



 魔フォーン越しに聞こえてくる愛しの魔女様の声は、それはそれはもう悪戯が成功した子供のように楽しそうな声をしていた。



『龍帝様がお前らに会ってみたいってよ』



 まさかの龍帝様に謁見である。

《登場人物》


【ショウ】工作の腕前はそこそこ。ユフィーリアが関連すると飛び抜けた才能を発揮するが、可もなく不可もなくというレベル。

【エドワード】工作の腕前はあんまり。小さいものだと指が太いのであまり向いてないが、日曜大工であれば得意。

【ハルア】工作の腕前はなかなか。手先の器用さは男子の中では飛び抜けているので色々作れる。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「ほ、本当に騙された、見た目でしか判断できないのかあの人たちは」 マフィア、チョロ過ぎる・・・。…
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