第8話【異世界少年と秘宝毒酒】
「走れ走れ走れ走れ!!」
「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!」
「あれいつまで追ってくるんですかねぇ!?」
「知らない!!」
「ショウちゃん足を動かさないと死ぬって考えなぁ、あんなのに捕まったら絶対にえっちなことされるんだからぁ」
「やだぁ!?」
ショウたち3人は観光客や地元民で賑わう龍帝国の商店街を、必死な形相で駆け回っていた。
何故か知らないが、背後から変な連中が追いかけてくる訳である。頬や首筋に火を吹く龍の刺青を施した、いかにも「まともな方法で働いていません」と言わんばかりの連中である。動きにくそうな背広に革靴という格好をしているにも関わらず、俊敏に逃げ回るショウたちに食らいついていた。
これはもう面倒なことしかない。国賓扱いを受けたから狙われている、という訳でもなさそうである。だが残念なことに、ショウたちには問題行動を起こしたという自覚がまるでない。
「商品に手をつけたって言ってましたけど、どの商品のことでしょうね」
「今日もらったお土産のどれかじゃないのぉ?」
エドワードは手近にあった木箱を、追いかけてくる怪しい連中めがけてぶん投げる。
通行人が甲高い悲鳴を上げ、その場から逃げた。放物線を描いて飛んでいく木箱は商店街の石畳に叩きつけられて、その中身をぶち撒けた。どうやら各店舗から出したゴミを木箱に詰め込んで回収していたようで、魚の骨や腐った野菜などが道に転がる。
背広を着込んだ怪しい連中は、商店街にぶち撒けられたゴミを目の当たりにして足を止める。見るからにピカピカな革靴だ、あれでゴミを踏みたくないのだろう。
ショウは「なるほど、いい考え」と頷き、
「炎腕、あのゴミをおじさんたちに投げつけてやれ!!」
ショウが呼びかければ、ちょうどゴミがぶち撒けられた箇所から大量の炎腕が伸びる。燃え盛る炎の腕を目の当たりにした連中は、お化けを見た少女のように甲高い悲鳴を上げた。
炎腕は相手が悲鳴を上げようがお構いなしに、石畳の上を支配する魚の骨や腐った野菜などを拾い上げる。ゴミを掴んでも燃やされない辺り、炎腕はどうやら自らの意思で燃やさないように抑え込んでいるようだった。
それぞれの手にゴミを装備した炎腕は、怯えた目を向けてくるチンピラどもめがけて生ゴミをぶつける。
「ぎゃああああああ!!」
「お化けがゴミを投げてきやがった!!」
「退避しろ退避!!」
「逃げろ逃げろ!!」
慌てて来た道を引き返していくチンピラども。これで撃退も完了である。
逃げていくチンピラどもを見送ってから、ショウたちはようやく足を止めた。逃げていたせいでドッと疲労感が押し寄せてくる。今までは脳内麻薬で疲れを感じさせていなかっただろうが、走ると疲れるのはどこの国でもいつの季節でも変わらない。
それにしても、彼らに追いかけられる理由が分からない。ショウたちが国賓扱いを受けて持ち出したお土産のどれかのことを示しているのだろうが、いっぱいもらいすぎてどれが本命なのか見当がつかないのだ。判明したところで渡すか渡さないかはこちらが決めることだが。
ハルアは首を傾げ、
「何だったんだろうね!!」
「せっかく紅蓮鍋とマンゴープリンを食べたのに……」
「これじゃあお腹が減っちゃうよねぇ」
そんな会話を交わしながら、先程まで全速力でチンピラから逃げていたショウたち3人は商店街のすぐ側にあった曲がり角を進む。
「あ」
「あ!!」
それはどちらの言葉だっただろうか。
曲がり角の先から現れたのは、やはり同じ火を吹く龍の刺青を頬や首筋に施したチンピラ連中である。ショウたちを追いかけていた連中とはまた容貌が違うので、複数のグループに分かれて下手人を探していたらしい。
そして、ショウたちの特徴は残念なことに共有されている様子だった。今日初めて会ったばかりのチンピラが目の色を変えたのだ。これは逃げなければ本当にどうにかされてしまうかもしれない。
ショウ、エドワード、ハルアはくるりと踵を返し、
「何でまた逃げる羽目になるんですかぁ!!」
「ショウちゃん、恨むならあの強面のお兄さんたちを恨むんだよ!!」
「ッ、それはつまり、エドさんも恨みの対象範囲に!?」
「流れ弾ァ!! ショウちゃん、俺ちゃんのことを何だと思ってるのぉ!?」
「懐の広くてダンディーな兄貴です!!」
「これ喜んでいいかなぁ」
「この状況で喜んでる暇があるなら喜んでいればいいんじゃね!?」
「ハルちゃんは何で俺ちゃんに八つ当たりしてるのぉ!?」
再び全速力での逃亡劇を繰り広げながら、そんな漫才も忘れない問題児の男衆。背後からは「待て!!」「捕まえて吐かせろ!!」「裸に剥け!!」などと物騒な言葉が投げかけられる。
他の観光客や地元民は、何も見ていないとばかりに視線を逸らす。ショウたちを助けてくれる雰囲気は微塵もないということだろう。
前方を睨みつけるショウは、とある店先に放置されていた荷車を発見する。荷物は下ろされた状態なので何も積まれておらず、足場にしてくれと言わんばかりに放置されている。
「あれ!!」
「足場だ!!」
「あれ使っちゃおうねぇ」
決めれば行動は早かった。
ショウは素早く斜めになった荷車に飛び乗り、軽く跳躍。ぴょんと跳ねたところで冥砲ルナ・フェルノを呼び出して自由な空に逃げると手近な屋根の上に着地を果たす。突如として現れた歪んだ三日月に、観光客や地元民は驚きの声を上げる。
同じ要領でハルアも荷車に飛び乗ると、こちらは全身のバネを使って高く跳躍する。庇などを足場にして跳躍を繰り返し、屋根に飛び乗って「ふう!!」と息を吐いていた。
そしてエドワードだが、
「よいっしょぉ」
気合いの入った声と共に荷車を足場にして跳躍すると、荷車が壊れてしまった。
そして次に着地した庇も、さすがに体重に耐えられず踏み壊してしまう。バギィ!! という嫌な音が聞こえてきた。だが、普段から身体を鍛えているだけあって、屋根を踏み壊したところで転げ落ちることはない。
それからエドワードは屋根に掴まると、懸垂のように両腕の力だけでよじ登ってきた。
「踏み壊した」
「エドさん……」
「何よぉ、誤差でしょあんなのぉ」
哀れみと責めるような目つきで見つめてくるショウとハルアの未成年組から視線を逸らしたエドワードは、
「でも3日前に体重計に乗ったらちょっと太ってたんだよねぇ……ただでさえ体重3桁から落ちてないってのにぃ……」
「パンプアップしすぎでは」
「鍛えすぎなんだよ、エド。何になりたいの? オレが両足を引きちぎるよ?」
「どうしてその発想に行き着くかねぇ!?」
さて、地上の様子だ。
地上ではあのチンピラどもが屋根を睨みつけて「降りてこい!!」とか叫んでいる。どこからか梯子を見つけて追いかけてくるのも時間の問題だ。
彼らが何を狙っているのか分からないが、安全地帯を探さなければならない。どこに逃げ込むのが最適解だろうか。
ショウが周囲を見渡していると、不意に彼らの探している物品のヒントが与えられた。
「秘宝毒酒を返しやがれ!!」
「秘宝毒酒?」
ショウがひょっこりと屋根から地上を見やれば、チンピラどもは口を滑らせたとばかりに己の口を手で塞ぎ、顔を青褪めさせていた。
どうやらお酒――しかも毒酒らしいので毒のお酒だろうか。それをショウたちがうっかり持ち出してしまったから、追いかけているようである。
お酒であれば心当たりはある。あの華酒だ。正式に購入というか持ち出してきたのは2本だけだが、内緒で持ち出してきた虹色に輝く蓮の花のお酒があったはずである。
ハルアを見やると、彼は東洋服の衣嚢からずるりと華酒の瓶を取り出した。透明な液体に浮かぶのは、やはり綺麗な虹色の蓮である。
「これが毒のお酒って奴ぅ?」
「こんなものはユフィーリアに飲ませられないな」
「捨てちゃう?」
「でも素直にあのチンピラどもに返すのは癪だよねぇ」
ハルアの手から虹色の花が浮かぶ華酒の瓶を受け取り、エドワードは封を切る。瓶の口を塞いでいた栓を難なく素手で外すと、試しにその中身の匂いを嗅いでみた。
「毒の匂いはしないねぇ」
「何ですか?」
「桃の匂いがするよぉ。毒のお酒っていうより普通の果実酒かねぇ」
そこまで言って、ショウたち3人は互いの顔を見合わせる。
これを、あのチンピラに手渡せば何が起きるか分かったものではない。下手をすれば国賓として来訪中で、式典に参加している七魔法王の面々まで狙われる可能性もある。だって毒のお酒といえば、偉い人を狙う兵器だと決まっているのだ。
それなら阻止してやるのが上司想いの部下である。こんな怪しいお酒は捨てちゃうのが1番だが、水物なので川などに捨てる訳にもいかない。地面にぶち撒けて溶けたり、環境破壊の元になっても嫌である。
それなら、
「俺ちゃん飲んじゃうねぇ。毒の耐性はあるしぃ」
「オレもちょうだい、エド」
「ダメだよぉ、未成年。大人になってから出直しなぁ」
お酒の処理は耐毒耐性があり、大人のエドワードが責任を持って処理をすることになってしまった。後輩として情けない限りである。
酒瓶から直接、毒の酒を呷るエドワード。口に含んだ酒を舌の上で転がし、それから嚥下する。毒の酒を飲んでから考え込むような素振りを見せた彼は、何とあろうことか未成年組であるハルアに酒瓶を手渡してきたのだ。
琥珀色の瞳を見開き、ハルアは弾かれたようにエドワードの顔を見上げる。中身は毒のお酒である。ハルアに手渡してくるということは、自分だけではこれを片付けられないということか。
無言で酒瓶を促され、ハルアは酒に口をつける。
「美味え!?」
「美味しいでしょぉ、何か普通の桃ジュースだよぉ。お酒の味もしないしぃ、毒の味もなーんにもしないよぉ」
「本当ですか?」
ハルアからお酒の瓶を手渡され、ショウは思わず匂いを嗅いでしまう。
瓶から香る匂いはお酒独特のものではなく、摘みたての桃の香りがする。芳醇で甘い香りだ。毒の知識もないのでこれが毒なのかと勘違いしてしまいそうになるが、先輩たちが飲んでも苦しむ素振りがないので平気だろう。
試しに瓶から中身を飲んでみると、本当に桃ジュースである。透明な見た目の桃ジュースだ。こういう飲み物は元の世界で存在したかと思うのだが、それよりも濃厚で口当たりのいい桃ジュースであった。
その甘さに瞳を瞬かせたショウは、
「美味しい!!」
「でしょぉ? この甘いのだとぉ、ユーリは嫌がるかもねぇ」
「ユーリには普通のお酒でいいでしょ!! オレらで楽しんじゃおうよ!!」
「それが1番ですよ、おやつもいっぱい買いましたし。回し飲み上等です」
「もしかして病みつきになるから毒って偽ったとかぁ?」
「あり得るね!!」
それからお菓子の箱もハルアの東洋服の衣嚢から取り出して広げ、問題児3人は屋根の上でお茶会を始めてしまった。いつまでも地上に降りてこないのでチンピラどもの暴言が飛んできたが、聞こえないふりをして毒のお酒ならぬ絶品桃ジュースを堪能するのだった。
《登場人物》
【ショウ】毒の耐性は皆無。毒のお酒だったらとヒヤヒヤしたが、毒と偽って遠ざけてもおかしくないほど美味しい桃ジュースで拍子抜け。
【エドワード】毒の耐性、激高。割と猛毒だろうが何だろうが、腹を壊すか体調を崩すだけで済む。死ぬことはない。
【ハルア】毒の耐性、超激高。ある意味でエドワードよりも高い耐毒性を持つ。致死性の毒はさすがに無理だがある程度だったらケロッとしてる。