第7話【異世界少年と暗部組織】
華酒とやらを調達し終えたショウたちが向かった先は、大層賑やかな公園だった。
「今が式典の真っ只中だからかねぇ」
「凄え!!」
「おお、これは凄いですね」
目の前に広がる壮大な光景に、ショウは目を奪われた。
石畳が続く平坦で広々とした公園には、たくさんの人が集まっていた。観光客であったり、龍帝国に住んでいる人だったりと多岐に渡る。それらの人々が視線を集中させていたのが、空を飛ぶ龍の姿を模した何かだった。
おそらく全体的に紙で作られているのだろう。龍の形をしたそれは腹や顎の部分から何本も木の柱が突き出ており、その木の柱を煌びやかな東洋服を身につけた男衆が支えていた。時折、支えている木の柱を上下させるものだから、紙製の龍がその動きに合わせて長大な己の身体をくねらせて、まるで空を泳ぐかのように動いている。
今日が大事な式典だからか、それをお祝いする目的のイベントだろう。その立派な紙製の龍は非常に迫力があった。
「本物の龍みたい!!」
「あれだけ巨大だったら支えるのも大変そうだなぁ」
「実際、支えてる人は相当鍛えてるねぇ」
背の高いエドワードは、目の前で構成される人だかりさえ物ともせずに紙製の龍の麓を覗きこめていた。
ショウやハルアもエドワードみたいに規格外な身長を有していれば困ることはなかったのだが、残念ながらショウは男性の平均的な身長だし、ハルアはショウよりもやや小柄である。飛び跳ねようが何しようが見えないことは確定していた。
エドワードによじ登って見ることも出来たが、より確実性の高い方法がある。それを実践した方が早い。
ショウは二度ほど足元の石畳を踏みつけて、
「炎腕、持ち上げてくれ」
「あ、ショウちゃん狡い!!」
「ハルさんもお願い」
ずああッ、と勢いよく生えてきたのは腕の形をした炎――炎腕である。大量に生えた炎腕がショウとハルアの身体を容易く持ち上げて、エドワードと同じ視線を維持してくれる。
そうして確認できた光景は、煌びやかな東洋服に身を包んだ男衆が太い木の柱を支えている姿である。
身長の高さは様々だが、誰も彼もかなり身体を鍛えているようだ。東洋服の下からでも分かる彫像めいた肉体が躍動し、巨大な紙製の龍を支えていた。彼らの働きがあってこそ、あの紙製の龍は自由に空を泳ぐことが出来るのだ。
「凄えね!!」
「確かにあれだけ鍛えられていたら人の手でも支えられてしまうな」
紙製の龍を龍たらしめる役目を負った男衆たちに、ショウとハルアは尊敬の眼差しを送る。
特にショウは筋肉がつきにくい、もやしのような体格なので羨ましい限りだ。ようやく最近になって『鶏ガラ』から『もやし』に成長したと思ったのだが、エドワードや筋肉ムキムキの男衆を見ているだけで悲しくなってくる。
ショウはチラリと先輩のエドワードに視線をやり、
「エドさんなら出来るんじゃないですか?」
「あれは他の人と息を合わせなきゃいけないからねぇ。俺ちゃんは持ち上げられるかもしれないけどぉ、龍みたいに動けなくなっちゃうよぉ」
「ああ、なるほど。確かにそれもそうか」
男衆は息がぴったりとあった動きで、紙製の龍に命を吹き込んでいる。いきいきと空を泳ぐ紙製の龍は腹や顎から突き出た木の柱を上下させることで、その動きを再現していた。
1人でもその中に素人が混ざれば、確実に龍らしくない動きになってしまう。そんな不格好さはお祭りの中心にいる龍には似つかわしくない。
しっかりと龍を支える男衆の働きぶりを目の当たりにしたところで、ショウとハルアは炎腕に地面へ下ろしてもらう。
「どうするぅ? どこかに行くぅ?」
「本格的な龍帝国の料理が食べてみたいです。炒飯とか麻婆豆腐とかないんですか?」
「ちゃー……?」
「元の世界ではあったんですが、この世界にはどうやら存在しないっぽいですね。すみません、戯言です」
大屋台街で堪能した料理も消化し終えてしまい、ショウの腹はちょっとばかり空腹を訴えてきていた。時間帯もお昼というより、そろそろおやつの時間である。
屋台という龍帝国ならではの文化は存分に堪能したので、今度は本格的な龍帝国の料理を味わってみたいところだ。辛味のある料理でも多少であれば問題はない。「異国に来たのだから挑戦してみたい」という好奇心が勝った。元の世界では憧れるだけであった炒飯や麻婆豆腐とかを食べてみたかったのだが、エドワードとハルアが揃って首を傾げていたので存在しない料理なのだろう。
エドワードが「それならぁ」と言い、
「龍帝国の代表的な料理にしようかぁ。今から食べるとお夕飯が入らなくなる可能性があるけどぉ」
「それまでには減らしておきますので大丈夫です」
「おやつ感覚で食べられるよ!!」
「本当に平気ぃ?」
ハルアと2人で親指を立てて問題ないことを告げるショウに、エドワードが「まあ最悪、俺ちゃんが食べればいいけどぉ」と言う。あればあるだけ食べることが出来る大食漢であれば問題ないだろう。
「おい、いたか?」
「これだけ人が集まってると」
「早く探せ」
すると、どこからかそんな会話の内容が聞こえてきた。
ふと顔を上げると、何やら背広を着込んだ男の集団が公園に駆け込んできていた。彼らは何かを探しているようで、視線を人だかりに巡らせている。
それだけなら人探しでもしているように見えるのだが、彼らの頬や首筋には火を吹く龍の刺青が施されていた。集団を象徴するような刺青だが、やけに怪しいような気がする。暴力団系か何かだろうか。
その彼らにいち早く気づいたらしいハルアが、
「嫌な予感がする」
その一言で、エドワードとショウは察知する。
「早くお店に行っちゃおうかぁ。面倒なことになりそうだしぃ」
「そうですね。巻き込まれたくないです」
「今日は楽しい観光だもんね!!」
怪しい男たちに絡まれる前に、ショウたちは公園から退散するのだった。今日は楽しい観光なので、問題行動は控えたいところである。
☆
グツグツと真っ赤な鍋が煮えている。
「旨辛!!」
「んー、この辛さが病みつきになるねぇ」
「…………!!」
エドワードに案内された店は『紅蓮鍋』と呼ばれる鍋料理が有名な場所だった。香辛料を使った辛味のある鍋らしいのだが、海鮮やキノコ、平たい餅などがいい感じに煮えており飽きることがない。
鉄鍋の中に大振りの海老や蟹などが煮えており、いい出汁を真っ赤なスープに溶け込ませている。網膜に焼き付くほど真っ赤なスープは辛そうに見えるのだが、味噌などが混ざっており辛さもやや控えめではある。痺れるような辛さはあるが、耐えられないものではない。
ショウはモチモチと平たい餅を口に運びながら、
「辛いでしゅが、美味ひいれしゅ」
「ショウちゃん大丈夫ぅ? お水飲みなぁ?」
「しびびび」
エドワードに促され、ショウは水の入った硝子杯を傾ける。
辛さも抑えられているとはいえ、全く辛くない訳ではないのだ。ショウの想定通りの辛さである。美味しいけど辛い。
痺れるような辛さが蓄積されていくので、ショウは痺れながらも何とか器に盛られたブツ自体は消費しようと頑張っていた。寒くなってきた時期なので鍋料理が美味しいし、さらに辛さは身体を温めるのに最適だろうが、辛いことには辛い。でも美味しい。
そんな矛盾と戦っていると、店主らしい優男が「お口に合いませんか?」と心配そうな口振りでショウに問いかけてくる。
「いえ、美味しいでしゅ。でも、ちょっと、俺自身に辛さの耐性がないみたいで」
「ああ、それなら」
優男の店主が厨房に引っ込むと、何か黄色いものを持ってきてくれる。よく冷えていたのか、硝子製の容器に入ったそれはひえひえとした空気を伝えてきた。
「こちら、太陽マンゴーを使ったプリンです。よければ」
「いいんでしゅか」
「辛いものが苦手でも、うちの店の紅蓮鍋に挑戦してくれた勇気を讃えましょう。でも無理はよくないですよ、内臓がおかしくなってしまいますからね」
どうやら優男というより、茶目っ気たっぷりの店主だったようである。その気遣いがとても嬉しい。
ショウは添えられてきた小さなスプーンで太陽マンゴーのプリンを口に運ぶ。痺れるほどの辛さのあとに甘酸っぱいプリンはよく沁みた。
でもやはり紅蓮鍋の病みつきになる辛さも忘れられないので、プリンと交互に器へ盛られた鍋の具材を減らしていく。ぷりぷりに身が引き締まった海老、蟹などの海鮮系、平たい餅などが辛めのスープに煮込まれて美味しい。でも痺れちゃう。
店内の誰もが紅蓮鍋を楽しんでいた。この辛さが忘れられなくて訪れる客もいるだろう。食に善人も悪人も関係ない。
「――おう、邪魔するぜ」
ちょうど紅蓮鍋をはふはふしながら食べていたショウは、不穏な気配を察知して食べる手を止めてしまう。
ようやく器に盛られた鍋の具材を食べ切った頃、来店したのは龍の刺青が頬に施された男の集団である。鋭い眼差しを店内に巡らせて、誰かを探しているようだ。
店内で紅蓮鍋を楽しんでいた客たちは、短い悲鳴を上げるなりすぐに俯いてしまった。店員も厨房奥に引っ込んでいるが、店主だけは店を守るべく果敢に立ち向かう。
「お、お客様、何か……」
「うちの商品に手ェ出した馬鹿タレがいる」
先陣を切って店内に足を踏み入れてきた男は、大股でショウたちの使うテーブルまで歩み寄ってきた。緊張感が走る店内でも平然とご飯を食べ続けていたショウたちを睨みつけるなり、バンと机を叩いてくる。
「お前らだろ、生意気そうな余所者が」
「誰ぇ?」
「誰!?」
「どちら様ですか」
エドワード、ハルア、ショウは相手のことなど知らんとばかりの堂々とした態度で返す。
「おいおい、龍帝国にいるならこの暗部組織『火吹龍』の存在を覚えておいた方がいいぜェ?」
「だっせえ名前だねぇ」
「知らないね!!」
「どうせ龍帝国の中でしか粋がることの出来ない雑魚でしょう。広い世界を股にかけて騒動を起こしてきた俺たちの方が遥かに有名では?」
店内の空気に緊張感が増していく。
ショウは手早く太陽マンゴーのプリンを完食した。せっかく美味しかったのに、もっと味わって食べたかったところである。
紅蓮鍋の方はエドワードとハルアが片付けてくれたので、鉄鍋は今や真っ赤なスープをグツグツと煮立たせるだけである。よかった、このまま店を飛び出してしまうと食材が無駄になってしまう。
料理も完食したところで、ショウたちは席から立ち上がった。特に身長が馬鹿みたいに高い2メイル(メートル)超えのエドワードは迫力があったらしく、暗部組織とか名乗った阿呆どもは気圧されていた。
「で、何だっけぇ。商品を取ったのか言ったねぇ」
エドワードは男の顔面を鷲掴みにすると、
「鬱陶しいンだよ雑魚がよ!!」
暴言と共に、男を店の外にぶん投げる。
通行人の悲鳴。あっさりと投げ飛ばされた男は、向かいの店の料理店に突っ込んでしまった。また別の悲鳴が上がる。悲鳴が悲鳴を連鎖していた。
その隙に、ショウたち3人は店を飛び出す。他の店に迷惑をかけてしまったのは申し訳ないが、何故か暗部組織とかいう格好つけの集団に狙われてしまったので仕方がない。
「何でこうなるのぉ?」
「やだね、チンピラってのは!!」
「話が通じなさそうですね」
待てコラ、と罵声を投げかけながら追いかけてくる男たちを尻目に、ショウたち問題児の野郎組は商店街を賑わす人混みの間を縫うようにしながら逃げ出すのだった。
《登場人物》
【ショウ】紅蓮鍋なる辛い鍋に挑戦。好奇心が勝った結果である。痺れるような辛さにやられながらも1杯だけ食べ切った。
【エドワード】痺れるような辛さも何のその。これはお酒がほしくなる味だねぇ。
【ハルア】辛さにはある程度の耐性があるので、辛さを抑えてくれれば食べられる。ただし汗と鼻水ダラダラ垂らしてる。