第6話【異世界少年と華酒】
おつまみに関してはエドワードが作ることになった。
「龍帝国に食品卸問屋があってよかったぁ」
「エドさんの手作りなら外れもないですね」
「絶対美味しい奴!!」
大量の食材を買い込み、ショウたち3人はホクホク顔で店から撤退する。
食品卸問屋とは、食料品が大量に置かれている専門店である。しかも普通の小売店で購入するよりお安く買えるので、ショウから言わせればディスカウントスーパーに似ていた。いや元の世界でも行ったことはないのだが。
そこで買い込んだのは小肉包の皮や龍帝国でよく使われる調味料などの食材である。おつまみ用の食材を商店街で買い求めようと思ったのだが、もうあらかた買い込んでしまったので「いっそ作った方が幅広いものを魔女様に提供できる」とのことでエドワードが作ることになったのだ。
肉料理だけでいえば料理上手なユフィーリアさえも凌ぐ実力を持つエドワードであれば、龍帝国の絶品屋台料理を再現できるだろう。これはもうユフィーリアの喜ぶ顔が浮かぶ。
「次はお酒ですけど……」
ショウはエドワードに見せてもらったユフィーリアからの買い物メモを確認する。
次に購入すべきものはお酒なのだが、それはすでに種類が決まっていた。短く『華酒』とある。
お花の酒、ということだろうか。花を使った酒なのか、それとも花の形をした瓶に入っている酒なのか。龍帝国では想像も出来ないような料理に巡り会ってきたので、華酒も想像できずに首を傾げるばかりである。
その華酒とやらにエドワードは覚えがあるようで、
「あー、華酒ねぇ」
「知ってますか?」
「めちゃくちゃ高級品だけどぉ、龍帝国原産のお酒って言えばって感じだねぇ」
普段から絶対に買わないだろう高級品も、国賓扱いを受けている現在のショウたちであれば買えちゃうのがいいところである。しかもお店の店主も飛んで喜ぶぐらいだ。これは国賓としてお店側に貢献してあげたい。
高級品であれば購入する客も富裕層に限られてくるが、今のショウたちには関係ない。どれほどお値段が張ろうが全て龍帝国側が受け持ってくれるのでお得である。
エドワードは丁寧に買い物メモをしまい込み、
「じゃあ、華酒をもらいに行こうかねぇ」
「はい」
「ちょ、待って食材詰め込みたいんだけど入んない入んない」
「ハルちゃん、慌てすぎだってぇ。一気に2箱も3箱も入らないんだからぁ」
「落ち着こう、ハルさん。俺もお手伝いするから」
次の行き先も決まったことで慌てて荷物を東洋服の衣嚢(ユフィーリアから与えられた何でも入る収納魔法織り込み済み)にしまおうとして、結果的にわちゃわちゃと入らないと焦るハルアを宥めながら、ショウはエドワードと2人がかりでハルアの衣嚢にお土産の箱を詰め込むのだった。
☆
看板には『華酒専門店』とある。
「ふおおお……」
「本当にここお酒屋なの!?」
「遊郭みたいだけどぉ、本当にお酒屋だよぉ」
華酒専門店とやらの前にやってきたショウとハルアは、その煌びやかな外観に目を奪われる。
まるで遊郭か何かのように華やかな見た目をしていた。玄関先ではいくつもの真っ赤な提灯が道をぼんやりと照らしており、掲げられた看板にも豪華な金文字で店名が描かれている。扉を支える柱には立派な龍の彫り物が施され、何だか簡単に玄関を潜れば最後、二度と店の外に出ることは叶わないような雰囲気がある。
店先には屈強な男が佇んでおり、買い物目的で入店する客をジロリと睨みつけている。おそらく店内の商品を万引きしないようにする為の番人だろう。店に足を踏み入れれば、すぐに煌びやかな東洋ドレスを身につけた女性の店員が駆け寄って、笑顔で「ようこそおいでくださいました」なんて出迎える。
高級店であることは火を見るより明らかだった。店内の商品をぶっ壊せば、弁償よりも先に命を潰されるかもしれない。
「ショウちゃんはハルちゃんと手を繋いでてねぇ。ハルちゃんは店の商品を壊しちゃダメだからねぇ、瓶の商品を扱うんだからぁ」
「わ、分かりました」
「あいあい!!」
エドワードに言われ、ショウとハルアは互いの手をギュッと握る。ハルアもさすがにこの高級店を前に緊張しているのか、手汗が酷かった。
屈強な番人にジロリと睨まれる緊張感を浴びながら、ショウはハルアの手を引き摺りながらエドワードの背中を追いかけて店内に足を踏み入れる。
広々とした店内に客はまばらに存在し、店員の案内を受けて商品を眺めている。太い柱によって支えられる天井からは豪華な照明器具が吊り下がり、水晶が7色の光を店内にキラキラと落とす。絢爛豪華な店内に充満する重厚な香りは、高級なホテルなどで香る匂いと似ているような気がした。
店内へ足を踏み入れると、すぐさま煌びやかに着飾った女性の店員が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
それから女性の店員は、エドワードの逞しい胸板の前で揺れる木札の下がった首飾りに注目すると目を丸くする。
「こ、国賓様がいらしてくれるとは光栄です。どのような商品をお求めでしょうか?」
「華酒ってあるぅ? 種類は何でもいいんだけどぉ、なるべく綺麗なものがいいねぇ」
「かしこまりました。こちらにおかけになってお待ちください」
女性の店員は、ショウたち3人を手近にあった豪華な長椅子に案内する。3人で並んで座ってもなお余りある長椅子はとてもふかふかで、座った途端にずぶぶぶぶと腰が沈む。思わず「うにゃああああ」「ふょおおおお」とハルアと揃って情けない声を上げてしまったほどだ。
長椅子に腰掛けながらも何とか店内をぐるりと見渡すと、店の壁に沿って棚が建てられている。棚には等間隔で瓶が並べられており、やけに太っちょな瓶の中にはぷかぷかと色とりどりの蓮の花が浮かんでいた。お酒の中に蓮の花が咲いているとは幻想的である。
その美しい見た目に目を奪われてしまったショウは、
「す、ごい。綺麗なお酒ですね」
「そうなんだよねぇ。あのお酒って物凄く高いんだけどぉ、世界で最も美しいお酒だって有名なんだよぉ」
エドワードも棚に並んだ酒瓶を眺めて言う。
「あれが華酒って言うんだよぉ。『酒蓮』っていう特殊な方法でしか咲かない花を咲かせてぇ、さらにお酒の中に沈めるんだよぉ」
「どうやって咲かせるんでしょうね……」
「それは企業秘密みたいなんだよねぇ。どうもお酒を沈めて咲かせるみたいだけどぉ、やっぱり単純にお酒に沈めて咲かせるだけだったら難しいみたいだよぉ」
エドワードが小声で「ユーリが無理言って種をもらって失敗したんだよねぇ」と言っていたのも聞き漏らさない。
お酒を使って咲かせるとなると、どんな植物でも根気よく育てて綺麗に咲かせる才能を持ったリリアンティアでは難しかろう。まだ11歳の少女にお酒を扱わせるのはちょっぴり危険だし、リリアンティアは永遠に11歳のままだとしてもお酒は飲まない聖職者である。さすがにお酒を取り扱わせるのは、ショウとしても考えてしまう。
ユフィーリアでも咲かせるのが難しいのであれば、酒蓮という花は非常に扱いづらそうである。確かに高級品にもなりそうだ。
すると、
「ショウちゃん、あれ見て!!」
「あれ?」
ハルアが指差した方向に、ショウは視線を向ける。
そこには店内に並ぶ棚と同じものが屹立していたが、妙なことに展示されている商品は1つだけだ。
他の商品は白い蓮や桃色の蓮だったりするのだが、その棚にポツンと置かれた瓶に沈む花の色は虹色である。花弁1枚1枚の色が異なり、赤色から橙色に黄色、緑色、青色、紺色、紫色など華やかな色合いが目を引く。見た目から判断して、他と違っているのは明らかだった。
ショウは「わあ」と声を上げ、
「あれは綺麗だな」
「ユーリ、喜ぶんじゃない?」
「ああ、絶対に喜ぶな」
ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、
「オレが取ってこようか?」
「いや、俺が行ってくる。ハルさんだと落としてしまうかもしれないだろう?」
「よく分かっていらっしゃる」
ハルアは自分が手を滑らせて瓶を割りそうということを理解していたようで、素直にショウを送り出してくれる。エドワードにもあの虹色の花が沈んだ酒をもらってくることを告げれば「行ってらっしゃい」と送り出してくれた。
長椅子から立ち上がり、ショウは他の客に取られる前にその虹色の花が沈む酒瓶が飾られた棚の前に移動する。瓶は棚の1番上に飾られていたが、手を伸ばせば届かない訳ではない。
瓶を割らないように慎重な手つきで瓶を掴み、棚から下ろすショウ。ちゃぷんと瓶の中で酒が揺れ、合わせて虹色に輝く花弁も酒の中を揺蕩う。一抱えほどもある酒瓶はずっしりと重たく、それでいて瓶からふわりと花のようないい香りがした。
瓶を落とさないよう、ショウはしっかりと抱え込んでエドワードとハルアの待つ席に戻る。戦利品として彼らの前に酒瓶を掲げ、
「どうでしょう」
「綺麗じゃんねぇ。ユーリも喜ぶよぉ」
「中身だけ取り出せないかな!?」
「無理だと思うぞ、ハルさん。諦めよう」
もらった酒瓶はハルアの衣嚢にしっかりと入れ、ショウは「むふ」と満足げに息を吐く。この虹色の花を眺めれば、ユフィーリアだってご機嫌に晩酌を楽しんでくれるはずだ。
このあと、店員さんが持ってきてくれた桃色の蓮の花が浮かぶ華酒と、白色の蓮の花が揺蕩う華酒もついでにもらっておいた。
参考に金額を聞いてみたところ「お安くても100……」とお答えいただいた。3桁かと思ったら7桁だった。しかもお渡ししてくれた華酒のお値段は8桁だった。正直、目玉が飛び出るかと思った。
☆
国賓扱いを受ける客が恐る恐る退店した数分後のことである。
店内に、物々しい雰囲気の客の集団が押し入ってきた。
先頭に立つのは禿頭に火を吹く龍の刺青を施した人相の悪い男で、真っ黒な背広を身につけていた。後ろに続く男たちも頬や首筋に同様の刺青を施しており、仲間内であることが予想される。
堅気ではなさそうな雰囲気の男たちが姿を見せた途端、店内に緊張感が走る。東洋ドレスを身につけた女性店員も、彼らには積極的に駆け寄らなかった。
「ホン様、よくいらっしゃいました」
店の奥から店長らしい優男がすっ飛んできて、禿頭の男の接客をする。
「本日はどのようなご用事で……」
「あれはあるんだろうな?」
「あ、あれ……」
「何の為に大金叩いて作らせたと思ってやがる」
ギロリと禿頭の男は店長の男を睨みつけて、
「出来てなかったら殺すぞ」
「で、出来ているには出来ているのですが、あの、それは」
「だったら持ってこい!!」
禿頭の男は店長を怒鳴りつける。
店内に怒声が響き渡ると同時、店内に怯えたような雰囲気が漂い始める。一般客はその男の集団に目をつけられないように店の隅で震え、懸命に視線を逸らし続ける他はない。逃げれば目をつけられる可能性もあるからだ。
怒鳴りつけられた店長は足を縺れさせながらも、店内に設置された棚めがけて駆け寄る。それから目的のものに手を伸ばそうとしたのだが、
――何故か、彼が手を伸ばした先の棚は空欄であった。
「なッ、ない!?」
上擦った声を上げた店長は、
「こ、ここにあった酒を誰かに売ったか!?」
「い、いえ、あの」
「販売の記録にも残っていませんし、もしかしたら……」
泣きそうな女性店員が導き出した答えは、
「こ、国賓の方々が、持って行かれてしまったのでは……」
国賓として訪れた3人の客。彼らは一切、金銭を店に落としていない。
代金に関しては龍帝国側が負担してくれる手筈になっている。だから彼ら自身からお金は取れないが、もしここにあった酒を勝手に持って行かれたとすれば――?
絶望する店長の肩を、あの禿頭の男が掴む。その人相は、先程よりも3倍ほど悪くなっていた。
「そいつらの特徴を教えろ」
《登場人物》
【ショウ】ガードマンがいるような店に入るようなことがまずない。
【エドワード】上司の金銭感覚が狂ってた頃、よく連れ回された。
【ハルア】物を壊すとかであまり自主的に入れない。