第5話【異世界少年とおつまみ調達】
国賓扱いを受けているとなったら、もう開き直るのが早かった。
「龍の角……角!? 角を食べてしまうのか!?」
「『龍の角』って言われてるお肉の燻製だよぉ。角みたいな見た目をしているから龍の角って言われてるのぉ」
「めっちゃ高いんだけどね!! 国賓扱いだから、今のオレら!!」
大屋台街から商店街に戻ってきたショウたち3人は、ユフィーリアから頼まれたおつまみの調達と共に自分たちのお土産も購入していた。
乾物の箱や袋に混ざって、花の形をしたお饅頭の箱や可愛らしい龍の絵が描かれた煎餅などの袋が見受けられる。これらは全てショウとハルアの友人に渡すお菓子だ。主に七魔法王のお仕事を頑張る永遠聖女様と、動物に詳しい女の子である。
綿に包まれた燻製肉――通称『龍の角』と呼ばれる商品もお土産の山に積んでいくショウは、
「大半は買えました?」
「あとは俺ちゃんたちが自由に選んでいいみたいだねぇ」
ユフィーリアから渡されたお使いメモを確認しながら、エドワードが言う。
高級おつまみである『龍の角』や珍味と呼ばれる『妖精龍漬け』などは最初から指定されているが、問題は最後にある『お前らの選ぶお勧め』であった。おつまみなど普段から食べないので何がお勧めなのか分からない。
店舗によってはお勧めの商品があるようだが、それが果たしてユフィーリアの口に合うかが不明である。そもそもショウもハルアも晩酌をせず、甘いもの大好きな子供舌なのでお酒に合うか合わないかの判別がつかないのだ。
ショウは難しげな表情で、
「大屋台街の食べ物はお酒にも合う気がしますけど、作りたてをお持ち帰りってことは難しいですよね」
「凍っていれば持って帰れそうだけどねぇ、衛生面を考えると作りたてをお持ち帰りするのは厳しいねぇ」
エドワードもショウの言葉に同意する。
大屋台街の料理はどれもお酒に合いそうなものだが、作りたてを提供するのが基本とする大屋台街の料理をお持ち帰りするとなったら厳しいだろう。衛生面を考えると氷漬けにされていればまだ食べられないこともないだろうが、残念ながらショウたち問題児男子組は魔法を使うことが出来ないので料理を冷凍することも不可能だ。
これは非常に困る選択肢である。おつまみの流行なんて、当然ながら分かるはずもない。ユフィーリアの中で今は何が流行の最先端となっているのだろうか。ああ、最愛の旦那様の味覚まで把握できていなかったことが心底恨めしい。
それは付き合いの長いエドワードやハルアも同じだったようで、
「ええー、ユーリって何が好きだったっけぇ。色々手当たり次第に食べてるから何でも喜びそうだけどぉ」
「小肉包とか買ってく!?」
「だからあれは凍らせなきゃ意味がないでしょってぇ」
野郎どもで集まって魔女に捧げる晩酌用のおつまみについて議論をするも、なかなか結論まで辿りつかない。どうしても大屋台街で売っている料理に行き着いてしまうのだが、冷凍しなければ衛生的にまずいということで却下される。
ここはありきたりになってしまうが、王道のナッツ系をおつまみとして選ぶしかないだろうか。龍帝国ではよく胡桃などのナッツ系のおつまみが量り売りで販売されており、塩気のあるそれらはお酒のアテとしても最適だと謳い文句がある。王道は外れがないのでユフィーリアも喜んでくれるはずだ。
その時である。
「お兄さんたちィ、お酒のアテを探してるのかネ?」
「うわッ」
「不審者!?」
「ハルちゃん、殴りかからないのよぉ」
大量のお土産の箱を手にしたショウたち3人に、小柄な老婆が音もなく近寄ってきた。不審者と勘違いしたハルアは彼女に向かって拳を握りかけたところ、エドワードに羽交い締めにされて制止される。
しわくちゃな顔に伸び放題になった白髪、裾の長い東洋服を着ているものの非常にボロボロである。洗濯をしていないのか、それとも何か他に理由があるのか、彼女から漂う匂いが独特すぎてショウはひっそりと顔を顰めてしまうほどだ。
使い古された木の杖をついて摺り足で歩み寄ってきた老婆は、前歯の抜けた歯列を強調するように「へぇッ、へぇッ、へぇッ」と笑う。不気味極まりない老婆であった。
「酒のアテならいいのがあるよォ。フルーツの酒漬けはどうだい」
「それ美味しいのぉ?」
「単体で酒としても楽しめるつまみさァ。うちの店で取り扱ってるから寄っていっておくれよォ」
いつ殴りかかるか分からない未成年組に対して、比較的理性があるエドワードが代わりに老婆と言葉を交わす。ショウとハルアの場合、下手すれば「不審者!!」として速攻で冥府に叩き込む自信があった。
だが、どうやら老婆は親切にも自分のところに置いてある商品の宣伝に来ていただけだった。フルーツの酒漬けとは美味しそうである。甘いお酒を好む傾向にあるアイゼルネにいいお土産となるかもしれない。
男子勢で顔を見合わせると、
「じゃあお婆ちゃんの店に行こっかぁ。ユーリの趣味じゃなさそうだけどぉ、アイゼは気に入るかもしれないしねぇ」
「賛成!!」
「ではこのお土産の山をもらってきちゃいますね」
ショウはハルアと2人がかりで、店奥で心配そうな眼差しを寄越してきていた店員のお姉さんに「これちょうだい!!」と言いに行った。当然ながら国賓扱いなので無料である。お店に大打撃でも与えそうなものだが、しっかりと宣伝はしておこうと思う。
☆
そんな訳で、老婆が切り盛りする店にやってきた。
「…………」
「何ここ、荒屋?」
「本当にお店!?」
目の前に鎮座するお店とやらに、ショウたち3人は絶句した。
賑やかな商店街から少しだけ裏通りに入った場所にある店だった。今にも倒壊しそうな木造建ての小さなお店は、看板も取れかかっているし店先に蜘蛛の巣が張り巡らされている始末である。衛生環境は最悪の一言に尽きた。
店主である老婆は、やはり摺り足で薄暗い店の中に消えていく。その背中を果たして追いかけるべきかと迷ったが、今も退屈な式典に臨む女性陣の為に問題児の野郎どもは勇気を振り絞ることにした。
ショウとハルアはエドワードの両腕にしがみつき、
「エドさん、引っ張っていってください」
「引っ張って、エド!!」
「何で張り付くのよぉ、怖くないでしょぉ」
呆れたように言うけれど、エドワードは「仕方ないねぇ」と言いながら両腕にしがみついたショウとハルアを引き摺って入店する。
豆粒みたいに小さな魔石だけが照らす店内は薄暗く、埃っぽい。床にも雪のように埃が降り積もっており、店内の清掃が行き届いていないのが理解できる。店内に置かれた棚には透明な液体に漬かるヤモリや芋虫などの瓶詰めが並んでおり、身の毛のよだつような寒気を感じた。
肝心の店主は店の奥で何やらゴソゴソやっているようで、重たい硝子製品を床に置くような音が立て続けに聞こえてくる。どうやら先程言っていた『フルーツの酒漬け』とやらを出そうとしているようだ。
それから、老婆は「あった、あったよォ」と言いながら大きめの瓶を抱えて戻ってくる。
「ほらァ、これよォ」
「ぴゃッ」
「わあ」
「わあ!!」
老婆がショウたちに突き出してきたのは、何と人間の生首であった。ぷかぷかと透明な液体に浮かぶそれは、若い少年の首に見える。瞼を閉ざし、半開きになった口から呼吸は当たり前のようにない。
埃を被った瓶だから、余計に怪しいものに見えてしまう。これは果たして本当に人間の生首だろうかとショウは疑った。あまりの不気味な商品に、頼れるエドワード先輩を肉の壁に使うぐらいである。
一方、エドワードとハルアはこの人間の生首に見覚えがあるのか、特に驚きもしなかった。
「これ凄いねぇ、人桃って言うんでしょぉ」
「すっごい珍しいって聞くよ!!」
「ほえ」
エドワードの背中からひょっこりと顔を出したショウは、
「桃なんですか?」
「まあ多分、ヒトノミの亜種みたいな感じだよねぇ。これを絞ると美味しい桃ジュースになるんだよぉ」
「絞る」
確かにヒトノミとかいう人間の生首みたいな見た目をした林檎があったが、あれの亜種に桃もあるとは想定外である。見た目のよろしくないヒトノミシリーズなどあれだけで十分だ。
「にしてもこれ、瓶が古くない!?」
「埃塗れだ」
「これを商品として提供するのはちょっとどうなのよぉ」
店主を前にして、もはや営業妨害とも呼べそうな勢いでボロクソに言うショウたち問題児ども。他人の事情など知ったことではないとばかりの態度である。
確かに瓶の表面には埃がこびりつき、中身の人桃の液体漬けが霞んで見える。これだけ汚いと相当放置されていたかもしれない。こんな見た目のよろしくないブツなど売れ残って当然である。
すると、おもむろにハルアが瓶の蓋を開けた。ちゃぽん、と液体が揺れる音が耳朶に触れる。中身の匂いを嗅いだ彼は、グッと眉根を寄せた。
「酸っぱい匂いがする!!」
「あ、本当だ」
ショウも同様に瓶の中身の匂いを嗅いだ。
ツンとした匂いが鼻孔を掠める。おそらくお酒に漬けられているから独特の匂いがするのだろうが、どうにもそれだけではないような気がしてならない。
とはいえ、ショウとハルアの嗅覚は人並みである。人並みの嗅覚で「なんかちょっと嫌な匂いがする」ぐらいしか感じないので、ここは嗅覚に優れた獣人の先輩に判断してもらった方が良さそうだ。
ショウはエドワードに瓶を差し出し、
「どうですか? 食べられそうです?」
「…………」
エドワードは瓶の中身を嗅いでから、無言で瓶の蓋を閉める。ギュッと握力の限りで瓶の蓋を思い切り閉めると、老婆に問答無用で突き返した。
「買わないよぉ、こんなのぉ」
「いいじゃないかィ。どうせ国賓だから金は全て国から出るだろう?」
老婆はなおも人桃のお酒漬けを押し付けてこようとするも、エドワードの大きな手のひらが老婆のしわくちゃな顔面を鷲掴みにした。
「ウチの魔女様に腐ったモン食わせるつもりか」
「ひッ、ひいッ」
老婆はあまりの気迫に腰を抜かしてしまう。
それもそうだろう。普段から「人相が悪い」とかユフィーリアに言われているエドワードが、東洋服を身につけてさらに色付き眼鏡を装備しているのだ。もしかしなくても堅気の人間ではないと思われてもおかしくない。
さらに間延びした口調を止め、凄みのある言葉をぶつけられれば誰でも怯む。ショウでも思わず怯んでしまうぐらいの気迫だ。
完全に怯えてしまっている老婆を一瞥したエドワードは、用事など最初からないと言わんばかりの足取りで店を出ていく。
「ショウちゃん、ハルちゃん。行くよぉ」
「あいあい!!」
「はぁい」
さすがに腐ったものを提供するような店からおつまみの調達は出来ない。ショウとハルアはエドワードに促されるまま、店の外に出るのだった。
《登場人物》
【ショウ】エドワードお手製の鳥の唐揚げが美味しいので、作られる日が来たら積極的につまみ食いをしては怒られる。
【エドワード】味付けが濃い料理が好きだし得意なので、よくユフィーリアの晩酌用のおつまみを作らされる。
【ハルア】ショウがエドワードに積極的に教えていた『鳥の軟骨揚げ』なる料理が美味いので結構好き。コリコリ永遠に食べてる。