第4話【異世界少年と国賓】
それからショウは、エドワードとハルアの先輩たちが定めたルールに則り大屋台街を満喫していた。
「もちもちもちもちもち」
「これモチモチしてて美味しいねぇ」
「胡桃がカリカリしてて美味しい!!」
胡桃焼餅という龍帝国で人気のお菓子を堪能する。焦茶色の四角い物体は非常にモチモチとしており、表面に散らされた煎りたての胡桃が香ばしさを伝えてくる。餅にも胡桃が練り込まれているのか、時折、胡桃の欠片らしい歯応えを感じさせた。
店舗で売られている胡桃焼餅は手のひらに乗る程度の大きさがあるのだが、屋台で提供されるものはさらに小さい。本来の胡桃焼餅を4分割ぐらいした小ささなのだが、紙製の器へ大量に盛り付けられて提供される。スナック感覚で楽しめるのは面白い。
しかし、お代の方だが。
「ああ、いらないよ」
「ええ? 何でぇ?」
「そりゃあ、あんたたちからお金をもらおうものなら龍帝様に叱られちまうからね」
屋台を切り盛りする中年のおばちゃん店主は、ショウたち3人にウインクで応じる。
「代わりにちゃんと伝えておいてくれよ。ウチの胡桃焼餅が美味かったって」
――次に訪れた屋台でもそうだった。
「はもはもはもはもはも」
「あっちぃ、熱々だねぇ」
「ほひほひ」
「ハルちゃん、一気に口の中に入れすぎなのよぉ」
ショウとハルアは、はふはふと熱々で提供された蒸し料理を堪能する。
次の屋台は『小肉包』というものを提供していた。『肉包』という料理を小さくして大量にせいろで蒸し、小粒の状態で提供するのだ。弾力のある皮は歯応えがあり、詰め込まれた挽肉には胡椒が散らされているのかスッとした清涼感のある辛さが癖になる。
ついでに言えば、この小肉包は『花酢』と呼ばれる調味料で美味しくいただくようだ。濃い桃色の液体は花の匂いがするにも関わらず強い酸味があり、さながら梅干しを液体にしたような雰囲気がある。お肉の味の濃さとこの花酢の相性が抜群で、いくらでも食べられてしまいそうだ。
ところが、お代の方が。
「ああ、いらんよいらん」
「何で!?」
「お前たちから金を取れば、龍帝様に怒られるどころの騒ぎじゃねえからな。もう店が出せなくなるかもしれん」
頭に捻り鉢巻きを巻いたつるっぱげのおじちゃん店主は、前歯の抜けた歯列を剥き出しにして笑う。
「その代わり、ウチの店の料理が絶品だったって言っておいてくれ」
――その次の屋台でも同じだった。
「ぱりぱりぱりぱりぱり」
「ん、胡麻が香ばしいねぇ」
「もう1枚食べたい!!」
「ダメでぇす、食べたいなら自分でお金を出しなぁ」
顔よりも大きな煎餅らしいものをぱりぱりと前歯で齧るショウは、そのしょっぱさと香ばしさに頬を緩めてしまう。ハルアも思わずもう1枚とねだってしまうほどの美味しさだ。
ぱりぱりに揚げられたそれは小麦粉を平く伸ばしているようだ。表面に散らされたものは薬味の青葱と胡麻、さらに表面に塗られた胡麻油と醤油のようなしょっぱさがまた美味しい。どうやら龍帝国の代表的な調味料『龍涙油』らしい。龍も美味しさのあまり涙を流す油だとか。
何にでも合うと言われる万能調味料を、この屋台は小麦粉の煎餅に塗って提供しているらしい。名付けて『平焼餅』とか。顔以上の面積を持つ煎餅だがもう1枚とおねだりしたくなるのも分かる気がする。
ここまで来たらもうお分かりだろうが、当然お代だが。
「いりませんよ。もう1枚ですね、お焼きしますので少々お待ちください」
「何でですか?」
「そりゃあ、だって龍帝様に怒られてしまいますからね。お店が出せなくなるどころか、家族揃って龍帝国に住めなくなってしまいますよ」
屋台の店主である若いお姉さんは、七輪に乗せた鉄網の上で平焼餅をもう1枚焼きながら言う。
「お代わりをお求めいただけるとは光栄です。ぜひこの屋台の平焼餅は美味しかったと広めてくださいね」
そんなことが立て続けに起きたのだ。
どこの屋台に行ってもお代は徴収されず、むしろ「龍帝様に美味しかったとご報告ください」とか「美味しかったと広めてくださいね」と言われるのだ。何だか広告塔みたいな扱いを受けている気がしないでもない。
龍の焼き印が施されたお饅頭にモチモチと齧り付きながら、ショウははてと首を傾げる。
「どうしてお金を払わないでいいんでしょう。観光客はそんな制度があるんでしょうか?」
「東洋服を着ていたらそうなるってか!?」
「聞いたことないよぉ」
3口で特大サイズの蒸し饅頭を食べ終えてしまったエドワードは、
「俺ちゃん、何度か東洋服を着て龍帝国に行ったことあるけどぉ、そんなこと1回もなかったよぉ」
「オレもこの東洋服で何度も龍帝国の大屋台街に連れて行ってもらったけど、そんなことなかったね!!」
「それは確かにちょっと考えてしまうかもしれないですね」
ユフィーリアのことだ、異国の雰囲気溢れる龍帝国を全力で楽しむ為に東洋服を用意することは考えられる。そして自分たちもまた煌びやかな東洋ドレスを身につけて大屋台街やら商店街やらを練り歩く姿が簡単に想像できた。
その時もちゃんと金銭を払ったそうだが、今日に限って言えばそうではない。どれほど飲み食いしようと代金は何故か支払う必要がないと来た。これはいよいよ異常を覚える。
ショウは「まさか」と言い、
「これ後払い制だとかですかね。大屋台街を出た瞬間にお金を請求されるとか」
「俺ちゃんもハルちゃんも何度か来てるのにぃ、そんな制度になったなんて聞いたことないよぉ」
「今まではちゃんと屋台の人に払ってたよ!!」
ショウの言葉を、エドワードとハルアが否定する。
以前までは通用していた規則が、ある日唐突に通用しないということはないだろう。何かしらの案内はあるはずだ。
そうなると、考えられるのは七魔法王だろう。本日は七魔法王が出席する大事な式典があると聞く。おそらく七魔法王が来訪したことで記念としてお金を取らないという方針にしたのではないか。
それに、そうである。重要なことをすっかり忘れていた。
「もしや俺を父さんと見間違えている可能性は……!?」
「あー」
「身長はともかく、顔は似てるもんね!!」
「ハルさん、身長はともかくって言葉はさすがに傷つくぞ」
先輩から心ない言葉を受けて頬を膨らませるショウ。
七魔法王が第四席【世界抑止】はショウの実の父親である。血の繋がりを感じさせるほどショウは父親とそっくりであり、身長以外は瓜二つである。
どうせ龍帝国の国民は遠目からしか七魔法王の姿を確認できないのだから、実際の身長がどれほど高いものなのか知らないだろう。そんなショウを第四席【世界抑止】と見間違える可能性は大いに存在する。
――という理由で無理やり納得させたショウは、
「いやでも訂正しないと今度は式典に参加しないでご飯ばっかり食べてる第四席が爆誕してしまう訳だが!?」
「お、今のキクガさんに似てるねぇ」
「親子だね!!」
「感心しないでくれ、ハルさん。ユフィーリアのみならず、父さんにまで恥を掻かせる訳にはいかないんだ」
そもそも父親は息子には若干――というかめちゃくちゃ甘いので、多少のやらかしは笑って許してくれるだろうが、息子からすれば親が恥を掻く様を見るのが単に気に食わないだけである。子供だから当然の思想だ。
これは次の屋台で「お金を払わないでいい」と言われたら、真っ先に否定しなければならない。お金を払わずにご飯を食べ、あまつさえ父親の威光まで使うとは馬鹿息子もいいところである。そんな甘ったれた環境で生きてきてないのだ。
すると、
「あ、削肉白包だぁ。あれ食べようよぉ」
「いいね!!」
「美味しそうです」
エドワードが早速、屋台を発見した。
その屋台で販売されていたのは、巨大な肉の塊を削ぎ落とした肉片を白いパンみたいなもので挟んだ軽食である。ふわふわそうなパンとしっかり濃いめに味付けされた肉片が何とも美味しそうだ。
いそいそと屋台に近寄れば、店主らしい若いお兄さんが「いらっしゃい」と白い歯を見せながら笑う。巨大な肉を削ぐ包丁を装備しており、その爽やかな笑顔に似つかわしくないブツである。
「すみませぇん、3つお願いしまぁす」
「はいよ」
若いお兄さん店主は気さくに応じると、せいろで蒸していたらしい白いパンを取り出して削ぎ落としたばかりの肉片を挟む。さらに瓶から黒色の調味料を振りかけて完成だ。
紙に包まれた状態で、熱々のままショウに手渡される。ふわふわとしたパンはほんのりと甘い香りが漂い、そのパンの甘さを際立たせるように香辛料のスッとした匂いのする肉片が主張する。
熱々のパンにぱくりと齧り付いたショウは、その美味しさに赤い瞳を瞬かせた。
「美味しい!!」
「お、そうだろうそうだろう。うちの削肉白包はこの大屋台街でも人気でなァ」
ショウの手放しの絶賛を受け、若い店主は破顔する。
白いパンは仄かに甘く、その甘さと挟まれた肉の胡椒や唐辛子らしい辛味が引き締める。これは非常に美味しい。
ふわふわとしたパンの食感も、合間に挟まれた肉の柔らかさも、振りかけられたしょっぱめの調味料も、最高の相性である。三位一体である。これはハマりそうだ。
しばらく削肉白包に舌鼓を打つショウだが、代金について忘れていた。我に返ると慌ててお財布を取り出す。
「代金はいくらですか?」
「ああ、いらないよ」
若い店主は笑いながらショウの申し出を断る。
「いえ、そんなことはダメです」
「もらえないよ。もらったら龍帝様に何を言われるか」
「あの、それって俺を第四席【世界抑止】と間違えているからですか? 第四席は俺の父で、俺は似ているけれど全くの別人です」
「え、そうなのかい? そういえば顔が似ていると思ったけれど、はあ、なるほど。第四席様がお父様だとは、ますますお金を出してもらう訳にはいかないなぁ」
「あ」
もしや父と間違えられているのではないかと思ったのだが、どうやら違う様子である。むしろより扱いが酷くなりそうな気配がする。
「ええー? でもお金出さないのはまずいでしょぉ」
「あとで請求されても困るよ!!」
「それはないよ。だって君たち、国賓じゃないか」
若い店主は、ショウたちの胸元で揺れる木札の首飾りを示す。
「その首飾りは国賓の証だよ。国賓は龍帝国側が色々と代金を負担してくれるのさ、だからお金は取れない。むしろ他国で宣伝してもらわなきゃ」
鼻歌混じりに「あ、うちも宣伝しておいてくれよ」と若い店主は言う。ショウたちが来訪したことをまるで誇りにでも思っているようだ。
この首飾りが国賓の証とは知らなかった。エドワードもハルアも初耳のようで、首飾りをじっと眺めている。
そういえば、ユフィーリアは首飾りをかけながら「なくすなよ」と言っていた。大事なものだからとは聞いていたが、まさかこれほど重要なものだとは誰が思うか。せめて滞在中の渡航許可証だと思うだろう。
3人で顔を見合わせ、
「それならまあ」
「いっかぁ」
「だね!!」
国賓として扱ってもらえるのであれば、それはそれで使うしかない。ショウたち3人は使えるものは何でも使う主義なので、黙って国賓の立場を受け入れることにしたのだった。
《登場人物》
【ショウ】国賓扱いなんて初めて。お金を払わないというのが考えられないが、開き直ったら早い。
【エドワード】国賓扱いを自覚するのは初めて。今までも何度かユフィーリアが内緒で式典に参加していた時なんかは国賓扱いを受けていたかもしれないが自覚がない。
【ハルア】国賓扱いを自覚するのは初めて。今まではユフィーリアが式典だとしても(誤魔化して)一緒に行動していたので、国賓扱いという自覚がなかった。