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第3話【異世界少年と大屋台街】

 エドワードに連れられてやってきた場所は、龍帝国の商店街からやや奥まった場所だった。



「食べ物のお店ではなくなってきているんですけど」


「大丈夫だよぉ」


「平気だよ!!」



 エドワードのみならず、ハルアにも問題ないと告げられて何も言えなくなってしまうショウ。龍帝国には過去に旅行などで訪れたことがあるらしい彼らが言うなら信用に値するだろうが、果たして本当に大丈夫かと心配になるのも否めない。


 何せ現在、歩いている場所は商店街の終端に近い場所なのだ。食べ物を提供するようなお店はなくなり、代わりに廃れた占いの館や接骨院、鍼治療の専門店、何だかよく分からない怪しげな薬草などを売っている薬屋だか不明なお店など怪しさ満点である。通行人も随分と少なくなって歩きやすくなっているものの、店先からこちらをじっと見てくる店主たちの湿った視線が痛い。

 うっかり足を止めたら狙われそうだ。気分は大海原を泳いでいたら鮫に遭遇した小魚のようである。出来る限り商品にも店主にも目線を向けないようにするのが、ショウにとっての精一杯の抵抗だった。



「あ、ほらぁ。見えてきたよぉ」


「?」



 先導するように歩くエドワードが指差した方向に、ショウは思わず視線を向けてしまう。


 その先にあるのは、商店街の終端らしい立派な門である。門扉そのものは開いたまま固定されており、誰でも自由に出入りが出来る状態になっていた。ショウたち3人は何の疑問も持つことなく、門を潜って商店街を出てしまう。

 商店街を抜けると、太い道路が横たわっていた。どうやら馬車がよく通行する専用の通路らしく、ショウの目の前を荷馬車がカポカポと音を立てて通過していった。荷馬車には大量の野菜や穀物らしい袋を積んでおり、道路を右に左に多くが行き交っている。


 道路を越えた先に、それはあった。



「建物、じゃないですね。アーケード型の商店街ですか?」


「あそこが大屋台街だいやたいがいだよぉ」



 初めて見る大屋台街の様子に、ショウは赤い瞳を瞬かせた。


 空を覆うような形の建物の下、多数の屋台が犇めく賑やかな空間が広がっている。先程まで通ってきた商店街とはまた活気が違い、酒から軽食まで多岐に渡る飲食物が提供されている。中には景品を目的とした娯楽まである様子で、射的や輪投げ、くじ引きなどの屋台の様子が伺える。

 屋台には基本的にカウンター席のような座席が設けられ、店主が作りたての食事を提供している。炒め物に煮物、蒸し料理に焼肉など見ているだけで涎が出そうなほど美味しそうな料理の数々。提供される料理の器は比較的小さなものばかりで、カウンター席を利用していた客は提供された料理をとっとと完食するや否やサッと席を立ってしまう。



「凄い雰囲気ですね」


「色んな屋台料理がひしめいているからぁ、それだけ活気があるってことだよねぇ」


「なるほど」



 元の世界で言うところの縁日や、外国にも屋台街などは存在していた。図書室での書籍など限られた情報でしかないのだが、あれらも確かに活気付いた印象がある。

 ただ、目の前の大屋台街はショウの想像を遥かに超える規模である。見上げれば首が痛くなることは必至なアーケード状の巨大な建造物。その下に展開される屋台の群れは所狭しと軒が連なり、大小様々な暖簾のれんが揺れる。数十単位ではない、もはや数百単位――下手をすれば1000を超える屋台が存在しているのかもしれない。


 想像を絶する大屋台街を前に唖然と立ち尽くすショウに、エドワードとハルアがポンと肩を叩いてくる。



「じゃあそんな訳でぇ、ショウちゃん」


「は、はい」


「大屋台街の礼儀作法だよぉ」


「礼儀作法」



 礼儀作法と言われ、ショウは自然と背筋が伸びてしまう。

 それはそうだ。ここは異国の地である、無法地帯と化していそうな大屋台街でも礼儀作法や暗黙の了解などはあるのだ。礼儀を欠くような行動は避けたい。


 緊張感が表情に見て取れたのか、ハルアが「そんな厳しいものじゃないよ!!」と言う。



「どっちかって言ったら、オレらが勝手に定めたルールだから!!」


「え、そ、そうなのか?」


「大屋台街に法律も礼儀もないよ!! 楽しみたいものを楽しめばいいだけだよ!!」



 驚くショウに、ハルアが「ルールは1個だけ!!」と宣言する。



「1つの屋台につき、注文する品物は1個だけ!!」


「い、1個だけ!?」


「そうだよぉ」



 エドワードは同意するように頷き、



「似たような屋台はあるからねぇ。食べ比べたりぃ、それこそ注文しようとした屋台よりも安く提供してくれる屋台はあるからねぇ。だから注文するのは1つの屋台につき1個までなんだよぉ」


「な、なるほど。それは納得してしまうな」



 エドワードからの説明に同意を示すも、ショウは戸惑う。


 屋台で食事をするということは、複数のメニューが存在するのだろう。その中から1つだけを選ぶというのはかなりの至難の業だ。優柔不断を舐めてはいけない。

 それに、エドワードやハルアと違ってショウは食べるのが遅い方である。1つの屋台につき1つの料理しか注文できないとなったら、屋台を巡る種類も限られてくるのではないか。



「あの、食べるの遅いんですけど大丈夫ですか?」


「ゆっくり食べなよぉ」


「あとメニューもかなり迷うと思うんですけど」


「別にこのルールを守らなくてもいいよ!! あくまでオレら身内で決めたルールだからね!!」



 初めて大屋台街に挑むショウの事情を鑑みて、今まで遵守してきたルールさえも変更の申し出をしてくれるエドワードとハルア。それはありがたいのだが、彼らにとっては1つの屋台につき1つの料理という独自のルールを今更崩してしまうのも考えものだ。

 それに、ショウだってこの世界に来てから多少は成長しているのだ。日々、先輩たちが鍛えてくれている賜物である。ここで彼らに追いつけないでどうするというのか。


 一呼吸置いてから、ショウは決意したように顔を上げる。



「1つの屋台で1つの料理、上等です。そのルールに挑みます」



 拳を握るショウは、



「俺とて問題児の端くれ。先輩たちに追い縋るのが後輩の役目です!!」


「ショウちゃんも随分な問題児だと思うけどねぇ」


「やったるです!!」


「気合いは十分で大変よろしいねぇ」



 エドワードは気合を入れるショウの頭を撫でてくると、



「じゃあ、まずは俺ちゃんとハルちゃんのお気に入りの屋台に行こうかぁ。美味しいからショウちゃんも気に入ると思うよぉ」


「望むところです!!」


「喧嘩しに行くのぉ?」



 ふんすと鼻息荒く大屋台街に挑むショウをよそに、エドワードとハルアは「やっぱりルール変えた方がいいんじゃない?」「でも本人はやる気だよ!!」とやり取りを交わしていた。気合いの入り方が1人だけ違う後輩に、先輩たちも扱いに困っている様子だった。



 ☆



 さて、エドワードとハルアのお気に入りの屋台というのが麺料理を提供する屋台であった。



「お、ちょうど3人座れるねぇ」


「やったぜ!!」


「お腹空きました」



 ちょうどカウンター席は3人分の空席があり、ショウたちは仲良く並んでカウンター席に向かう。他の客に提供する予定の料理を作っていたらしい初老の店主が「いらっしゃい」と無愛想に迎える。

 机に張り出されたメニューは単純で、『汁麺ジー・ミェン』とだけある。味は龍國味噌と呼ばれるもの1択とされており、屋台1つにつき料理1つのルールが早速適用されていた。迷う暇もなかった。


 無愛想な店主はジロリとエドワードとハルアを見やり、



「見たことあるなと思ったら、随分前にやってきた連中か。また懲りずに来たのか」


「来たよぉ」


「だって美味しいもん!!」


「来るなって言っただろう」



 店主は深々とため息を吐くと、店奥に置かれた鉄製の箱に手を突っ込む。そこから取り出したのは透明な塊で、よく目を凝らすと麺のようであった。

 透明な麺をざるに入れ、グツグツとお湯が沸騰する寸胴鍋にざるを入れる。ちゃんと茹でる作業があるらしい。麺を茹でている間に店主はどんぶりを3つほどカウンターに並べる。


 カウンターに並べられたどんぶりに注がれたのは、焦茶色の液体だ。僅かに香辛料の独特な香りが鼻孔をくすぐる。最後に茹でていた透明な麺をどんぶりに滑り落として完成だ。



「ほらよ、お上がり。とっとと食ってどこかに行っちまえ」


「わぁい!!」


「さすがの速さ!!」



 エドワードとハルアは歓喜の声を上げ、カウンターに置かれたどんぶりに手を伸ばす。ショウも彼らに倣ってどんぶりを受け取った。


 陶器製のどんぶりから伝わってくる熱さが出来立ての証拠だ。焦茶色の液体は味噌を溶かしたスープのようで、味噌と香辛料の香りが漂う。スープの中に沈む透明な麺は縮れており、その珍しい種類の麺が目を引く。

 見た目は完全にラーメンである。元の世界でもよくお世話になった麺料理だ。ショウはカップの麺を調理していたが、ここまで本格的な麺はついぞ食べられなかった。


 用意されていた箸で麺を摘み、いざ実食である。



「ん、麺がモチモチしていて美味しい」


「あー、このスープの濃さが生き返るぅ」


「美味え!!」


「ふん」



 ショウたちが手放しで賞賛するも、店主はつまらなさそうに鼻を鳴らすだけだ。


 透明な麺はモチモチとした食感があり、海藻だと思ったのだがきちんと小麦の味がするので驚いた。しっかりとした麺である。

 さらに焦茶色の味噌スープとの相性が抜群である。味噌にはやはり唐辛子か何かの香辛料が混ざっているのか、しょっぱさの中にピリッとした辛さが感じられる。濃厚なスープと食べ応え抜群な透明麺の組み合わせに、ショウも魅了されてしまった。


 しかも問題はお値段である。



「立派な1人前で1杯200ルイゼって大丈夫ですか? お店の利益とかちゃんと出てます?」


「金はいらんよ」



 初老の店主は、透明な麺を啜るショウたち3人に視線をやる。



「アンタらから金なんぞ取れば、龍帝様から何を言われるか分かったもんじゃねえからな」



 ちゅるちゅると麺を啜るショウは、はてと首を傾げる。


 確かに今回は第七席【世界終焉セカイシュウエン】のお仕事として式典に参加するユフィーリアと一緒に龍帝国までやってきたが、式典に参加せず観光を楽しんでこいと送り出されたショウたち3人に龍帝国の頂点が関係してくるだろうか。それとも謙遜か何かか。

 それにしたって、立派に1人前のラーメン――いや、汁麺を出しておきながら1杯あたり200ルイゼという破格のお値段は素晴らしい。これは何度でも通いたくなる屋台である。店主は嫌がりそうだが。


 それからしっかりスープまで残さず、ショウは汁麺を堪能するのだった。エドワードとハルアが言う通り、ショウもこの屋台が気に入ってしまった。

《登場人物》


【ショウ】屋台飯は初めて。これからどんな料理が出てくるのか楽しみ。

【エドワード】1つの屋台で1つの料理というルールにしないと、永遠と居座って食べそうなので自らそう課したしハルアにもルールを教えた。

【ハルア】エドワードから教えてもらった独自のルールを素直に守る。好きな龍帝国の料理は麺料理。

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[良い点] やましゅーさん、600回目本当におめでとうございます!! 600話もこんなに面白くて毎回読むたびにハラハラドキドキする素晴らしい作品を書き続けてこられてきたことは本当にすごいと思います!!…
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