第2話【異世界少年と龍帝国】
そんな訳で、である。
「やってきました、龍帝国!!」
「ふぅ〜!!」
「ふぅ〜」
目の前に広がる光景に、ショウは盛大にはしゃぐ。いつもの冷静さをかなぐり捨ててめちゃくちゃはしゃぐ。
転移魔法で初めて訪れた龍帝国は、それは見事な東洋風の街並みだったのだ。尖ったような形状が特徴的な瓦屋根がいくつも連なった商店街、無数に吊り下がる真っ赤な提灯、空気に混ざる香辛料などの独特の香りが異国であることを告げている。
商店街は大半が食事系の店であり、軒先に置かれたせいろから真っ白な蒸気がもくもくと立ち上る。またナッツなどの木の実を用いたお菓子や量り売りされている干物などが並んでおり、レティシア王国やヴァラール魔法学院の近くにある街『イストラ』でも見かけない珍しい代物がたくさん確認できる。これは面白そうな気配しかしない。
「ショウちゃん、大はしゃぎだねぇ」
「楽しみにしてました、龍帝国!! 東洋風の街並みが特徴だとお話は伺っていましたが、まさかこんなに想像通りで気分最高潮です!!」
「想像通りで気分最高潮ってどういうことよぉ」
「元の世界でも似たような場所はありましたが絶対に行けなかったので、長年の夢が叶ったような気分です!!」
「そういうことねぇ」
はしゃぐあまり人混みの中に突撃をしそうになるショウの首根っこを引っ掴むエドワードは、
「落ち着きなってぇ。あとで行くからぁ」
「はすはすはすはす!!」
「興奮のあまり人間の言葉をなくしちゃったぁ」
わちゃわちゃと商店街のお店を片っ端から突撃しようと目論むショウを、エドワードは呆れたように「ダメだこりゃぁ」と言う。
「ショウちゃんショウちゃん、塩栗だよ!! 美味しいよ!!」
「わあ栗だ!!」
「ハルちゃん、いつのまにそんなもの買ったのぉ?」
「すぐ近くの売店で売ってたよ!!」
そこに、ハルアが大粒の栗が詰まった紙袋を差し出してくる。程よく焼かれた栗には塩がまぶされており、甘さよりもお食事みたいな塩気のある食べ物であるようにも伺える。
ハルアが「あそこだよ!!」と示した先には、屋台のような見た目の小さなお店があった。栗の量り売りをしているようで、恰幅の良いおばちゃん店主が元気に通行人へ栗の宣伝をしている。ちょうどショウと目が合ったおばちゃん店主は、茶目っ気たっぷりにバチーンとウインクをしてきてくれた。
ああ言ったノリのよさもまた素晴らしいものである。絶対に美味しいではないか。
「お塩たっぷりで美味しいよ!!」
「あ、本当だ。しょっぱいお菓子みたいに食べられてしまうな」
「おつまみとしても美味しいじゃんねぇ。麦酒がほしい」
ハルアが購入してきたであろうお塩たっぷりの塩栗という栗を口に運び、ショウはその絶妙な塩加減に頬を緩ませてしまう。
あらかじめ皮が剥かれた状態で販売されているのか、剥かれた状態の栗にたっぷりの塩がまぶされていていくつでも食べられてしまいそうだ。焼くことで栗自体もホクホクとした食感があり、とても美味しい。
指先に付着した塩の粒を舐め取ったエドワードは、
「お姉さぁん、塩栗2袋ちょうだぁい。大きいのでぇ」
「アイヨー。お兄さん背が高いからサービスしとくヨー」
「本当? ありがとうねぇ、お姉さん」
おばちゃん店主から大きめの袋に塩栗をたっぷり詰め込んでもらい、エドワードは晩酌用のおつまみを確保していた。2袋ということは晩酌仲間でもあるユフィーリアにも分けるつもりだろうか。
「元気だな、お前ら」
「はしゃぎすぎじゃないのかしラ♪」
早速とばかりに龍帝国を満喫しているショウたち3人を眺め、ユフィーリアとアイゼルネが苦笑する。
まだ式典には参加しないからか、彼女たちの格好はいつも通りである。これから式典会場で正装に着替えるらしいのだ。女性なのでお化粧も必須であり、ユフィーリアは第七席【世界終焉】らしい化粧もしなければならないのでヴァラール魔法学院から正装で出かけるのは面倒らしい。
ユフィーリアはエドワードにメモ用紙を手渡し、
「エド、ここに書いてあるものを頼む。出来る限りでいい」
「はいよぉ」
「それと、これもだ」
ユフィーリアが雪の結晶の刻まれた煙管を一振りすると、ショウたち3人の胸元に小さな木札が吊り下がる首飾りがかけられた。
木札の表面には天に昇る龍の絵が描かれている。この龍帝国の主題となっているのが龍だ。つまりこれは、何かしらの意味があるのだろう。
木札の吊り下がる首飾りを指先でいじるハルアは、
「何これ!!」
「大事なものだから外すなよ。なくされると困るからな」
ユフィーリアは口の端を吊り上げて楽しそうに笑うと、
「じゃあ、頃合いを見て魔フォーンで連絡する。それまでは龍帝国を楽しみながら、お使いを頼んだぞ」
☆
賑やかな商店街に、客引きの声がぶつかり合う。
「いらっしゃい、いらっしゃい。今日は肉包が安いよ、自家製だよ!!」
「胡桃焼餅はどうだい? 出来立てだよ」
「こっちの香辛料が量り売りで大特価だ。今だけだぞ!!」
「お土産に人形焼はいかが? 生地はしっとりふわふわ、蜂蜜の味がする甘いお菓子だよ。子供に大人気さ」
どの店も客を誘おうと呼び込みに力を入れている様子である。
軒先に並んだ陳列棚には、それぞれのお店特有の商品が勢揃いしていた。食事を取り扱うお店は食べ歩きも想定して販売しているのか、誘い文句に「出来立てだよ」だとか「美味しいよ」という内容が目立つ。実際、観光客らしい人物がちょうど蒸し料理を提供するお店の前で立ち止まり、店主から熱烈なお誘いを受けていた。
どこのお店で提供される料理も美味しそうである。巨大なせいろの1段丸ごと使って作られる肉まんみたいな料理に、胡桃が散らされたお餅のような料理、見るからに辛そうな赤い液体に漬け込まれた肉料理などショウが今まで見たことのない料理ばかりが目の前を通り過ぎていく。
忙しなさそうに商店街を見回すショウは、
「ふわあぁ、どれも美味しそうだ」
「ショウちゃん、よそ見してると危ないよぉ」
「おっと」
エドワードに注意され、ショウは我に返る。危うくお店の看板と正面衝突を果たすところだった。
「ありがとうございます、エドさん」
「せっかく可愛い格好してるんだからぁ、生地に引っかけでもしたら大変じゃんねぇ」
「今日この日の為にユフィーリが仕立ててくれましたからね」
エドワードに服装を褒められ、ショウはちょっと自慢げに胸を張る。
本日は龍帝国にお出かけということもあり、東洋風の服装をしていた。東洋ドレス――ショウの世界で言うところのチャイナドレスの形を残しながら、何枚も生地が重ねられた膝丈のスカートはふわっと広がった可愛らしい形をしている。さらにフリル付きのサロンエプロンがスカートを覆い、さながらメイド服のような様相をしていた。
ドレスの随所には東洋らしい銀糸の刺繍が施されており、スカートから伸びる両足もまた東洋風の刺繍が特徴的な長靴下を履いていた。ストラップシューズにも花の模様が描かれており、可愛らしさの中に東洋の文化を彷彿とさせる。
艶のある黒髪もお団子仕様に結び、可憐な東洋ロリータ風メイド服の完成である。これを着た時、ユフィーリアも若干興奮していたように思える。
「ショウちゃん可愛いよ!!」
「ハルさんも、東洋服が似合っているな。格好いいぞ」
「えへへ」
ショウに褒められ、ハルアは照れ臭そうに笑う。
彼もまた、龍帝国にお出かけするとなったので以前購入したらしい東洋服を引っ張り出してきたのだ。光沢のある生地に赤い糸で龍の刺繍が施されており、龍帝国らしい雰囲気のある東洋服である。
膝丈の洋袴には龍と一緒に蓮の花らしき模様が刺繍されており、ちょっとだけ切れ込みもあったりしてお洒落さがある。足元はいつもの運動靴だが、黒地に赤い靴紐という服装に合わせた意匠を選んでいた。
動きやすさを重要視するハルアらしい格好である。いつもの3割り増しで格好いい。
「で!!」
「エドさんはー……」
「何よぉ」
ショウとハルアは揃ってエドワードへと振り返る。
エドワードもまたショウやハルアに合わせて東洋服を身につけてはいるものの、何だかハルアとはまた違った方面で特徴があった。何かこう、触れてはいけないような、堅気の雰囲気ではないような、そんな感じである。
鍛えられた鋼の肉体を浮き彫りにする黒い肌着は首元から腹にかけて身体にピタリと張り付き、しかし両肩の生地はないので肌が剥き出しとなっている。白色の東洋服の上着を羽織ってはいるもののわざとはだけさせており、両腕に引っかかっているような状態だ。同色の洋袴は足首で裾が絞られており、ぺたんこの東洋らしい靴が目を引く。
極め付けに、鋭い銀灰色の双眸を覆う灰色がかった色眼鏡である。格好も後押しされてさながら東洋のマフィアの構成員だ。
「堅気じゃないですね」
「エド、その格好をしてたら絡まれるよ。主に悪い奴に」
「えー、俺ちゃんなりに頑張ってお洒落したんだけどねぇ」
後輩2人から珍しくダメ出しされたエドワードは、
「まあ、絡まれたら絡まれたでぶちのめせばいいだけだしぃ。厄介な人の牽制にもなるだろうしねぇ」
「それでいいんですか」
「ナンパされましたなんてユーリに報告してごらんなさいよぉ、ぶちのめされるどころかこの世から消し飛ばされる可能性だってあるんだよぉ」
「わあ」
簡単に想像できてしまうナンパ男の未来に、ショウは苦笑するしかなかった。最悪の未来を回避するには誰かが多少の犠牲を払わなければならないということだろう。
「それよりもさぁ、俺ちゃん行きたいところあるんだよねぇ」
「行きたいところですか?」
「そうだよぉ。龍帝国に来たらまずはあそこに行かなければ始まらないからねぇ。ショウちゃんも絶対に好きになれるよぉ」
エドワードの言葉に、ショウは赤い瞳を瞬かせた。これほど異国の情緒あふれる街並みだけでも興奮したのに、ここよりもさらに好きになれるような場所があるのか。
ハルアもエドワードの言う『行きたいところ』に思い当たる節があるのか、ポンと手を叩いて「確かに!!」と同意を示す。どうやらハルアも行ったことがあるらしい。
ニッと笑ったエドワードは、
「龍帝国と言えばねぇ、大屋台街が有名なんだよぉ」
《登場人物》
【ショウ】元の世界では中華街に憧れたし、何なら海外にも憧れていた。今まさに夢に見た光景が広がって興奮気味である。
【エドワード】興奮気味な後輩を止めておく役。全く忙しない子供だねぇ。
【ハルア】いつもは問題児全員で巡っていた龍帝国の商店街も男3人だとまた違った楽しさがあるな!!
【ユフィーリア】これから式典に参加予定の魔女。龍帝国に行ったら必ず酒とおつまみの調達をする。
【アイゼルネ】今回はユフィーリアに付き従って式典に参加予定。龍帝国に来たら白粉などのお化粧品を見て回る。