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第1話【異世界少年と渡航許可証】

 今朝、唐突に最愛の旦那様であるユフィーリア・エイクトベルから紙を受け取った。



「何だ、これは。婚姻届?」


「ショウ坊、よく見ろ。全然違うものだから」


「では離婚届か?」


「なあ、ショウ坊。アタシがお前に渡す紙を無条件で結婚に関するものと結びつけるの止めない?」



 困惑気味な表情を見せながらもツッコミを入れてくれるユフィーリアに、ショウは笑いながら「もちろん冗談だ」と言う。実際、本当に冗談で言ったつもりだ。


 ユフィーリアから渡された紙は、個人情報を記載する欄などがずらりと並んだ申請書のようなものである。『渡航許可申請書』とあるので他の国へ旅行などに出かける際に記載する書類だろう。

 元の世界でも似たような書類を聞いたことはあるのだが、海外旅行に行けるような状況ではなかったので書いたことはない。この世界で獣王国ビーストウッズへ旅行に出かける際に、ユフィーリアから教えてもらいながら書いた記憶がある。


 ショウは羽ペンを自分の事務机から取り出して、



「ところで、どうして急に渡航許可の申請が必要なんだ?」


「ん?」



 ユフィーリアは同じような書類に自分の名前などを書き込みながら、



「ああ、今度龍帝国(りゅうていこく)に行くから渡航許可証をと思って」


「そういえば七魔法王セブンズ・マギアスの会議でも言っていたような……」



 創設者会議でもその話題が出たことがある。龍帝国の式典に参加しなければならず、その際の渡航許可を取るのが大変だと父親が言っていた記憶がショウの脳内から掘り起こされた。

 この渡航許可申請書はつまり、龍帝国に渡航する為に必要なものである。別に旅行ではなく、七魔法王の仕事として龍帝国に行かなければならないのだ。


 ため息を吐いたユフィーリアは、



「龍帝国はやたら七魔法王セブンズ・マギアスを信仰してるからなぁ。信仰されてるなら、それに応えなきゃいけねえし」


「大変なんだな、七魔法王も」



 七魔法王の忙しさに同情を覚えるショウは、羽ペンの先端をインク瓶に浸す。それから渡航許可申請書に名前を記入しようとしたところで、



「あれ、これを俺も書くということは俺も七魔法王の式典に参加しなければならないのか?」


「いや、七魔法王の式典に参加するのはアタシとアイゼだけだよ。お前らは別に参加しなくていい」


「お前ら?」


「エドとハルも連れていくつもりだよ」



 現在、購買部までおやつを買いに出かけた先輩用務員のエドワード・ヴォルスラムとハルア・アナスタシスの名前を出し、ユフィーリアは「仲間外れにはしねえよ」と言う。


 仲間外れにしないのは大変嬉しい限りだが、七魔法王が出席する式典にショウたちも参加しないのであればそれはもはや観光である。上司であり最愛の旦那様であるユフィーリアを差し置いて楽しく遊ぶことになってしまう。

 それはさすがに、広義的な意味では仲間外れの扱いにはならないだろうか。何に関しても楽しいことは全員でやるのが問題児である。旅行を楽しむことも、ユフィーリアと一緒に楽しみたい。


 そんなショウの不満を察知したのか、ユフィーリアは笑いながら言う。



「気にしないでいいんだよ、ショウ坊。どうせ旅費は龍帝国持ちだし、思い切り遊んできてくれ」


「だが、ユフィーリア」


「それに観光組のお前らにはお使いを頼みたいから、出来れば式典のことは気にせずに龍帝国を満喫してきてほしいんだよ」


「お使い?」



 ショウは赤い瞳を瞬かせた。



「お土産とか、そう言うのか?」


「酒とつまみになるような軽食を買っておいてほしいんだよ。式典のあとには晩餐会って言って、まあ飯が出るような盛大なパーティーがあるんだけど」



 ユフィーリアは顔をしかめ、



七魔法王セブンズ・マギアスは龍帝陛下と一緒に並んで、衆人環視の元で飯を食うことになる。参加者の見せ物になりながら食う飯ってのは味がしねえんだよ、勘弁してほしい」


「うわぁ……」



 想像して、ショウはちょっとばかり引き気味に応じる。


 だってそうだろう、まるで動物園ではないか。動物に羞恥心などはないだろうが、ユフィーリアたち七魔法王は人間である。馬鹿なこともやるし阿呆なこともやるし説教するし時には暴力行使に及ぶし、人間らしい行動は山ほどしてきた彼らである。

 偉大なる魔女・魔法使いとして数えられる集団が、まさかの動物園の展示物みたいな感じでご飯を食べるというのはさぞ居心地が悪かろう。所作を間違えれば批判が飛び、それだけで七魔法王の品位を下げかねない。緊張感のあまり、料理の味を楽しむ余裕すらなくなる。


 遠い目をするユフィーリアは、



「今まではアタシだけ顔が割れてなかったから出席しないでもよかったっていうか、逃げられたんだよな。あれこれ理由をつけて」


「でも今回から顔が割れてしまったから……」


「逃げられねえ。アタシも客寄せパンダの仲間入りだ、ちくしょう」



 呻くユフィーリアは「しかーし!!」と気を取り直したように、



龍帝国りゅうていこくは世界中でも類を見ない美食の国。美味しい酒も多い。香辛料もバッチリ決まっていて実にアタシ好みの味付けが多い!! まあ多少の面倒な式典は目を瞑ってやってもいいかなって思うぐらいに飯が本当に美味えんだよ」


「なるほど」



 不純な動機だが、それだけで龍帝国の式典に参加しようとか客寄せパンダになることを許容するとは広い心の持ち主である。面倒な式典など我慢できるぐらいにご飯が美味しいのだろう。

 龍帝国の料理といえば想像はつかないが、覚えがあるのは朝食でよく食べる『龍国粥りゅうこくがゆ』である。あっさりとした味付けのお粥は薬味などで幅広く味変を楽しむことが出来る素晴らしい料理で、ショウも好んで食べるぐらいだ。どの薬味を使おうかと研究を重ねるぐらいには結構な頻度で食べている気がする。


 思わず笑顔になってしまったショウは、



「ユフィーリアがそれでいいのであれば、俺は何も言うことはない。お土産に期待しておいてくれ」


「当日は買っておいてほしい酒の種類とつまみの種類は教えるから、美味そうなもんを探してきてくれよ。期待してる」



 お使いを承諾されたユフィーリアは、鼻歌混じりに渡航許可申請書へ羽ペンを滑らせる。式典終わりの晩酌がよほど楽しみな様子である。これは美味しいお酒とおつまみを用意しなければならない、という使命感がショウの中に生まれる。



「ユーリ、ちょっといいかしラ♪」


「お、どうしたアイゼ。何かあったか?」



 すると、居住区画から見慣れた南瓜のハリボテを被った妖艶なおねーさんが姿を見せる。

 身につけているのはいつもの赤いドレスではなく、喪服を想起させる真っ黒なドレスだ。随所にレース細工が施されており、漆黒に染まりながらもお洒落さを感じさせる見た目である。上質な生地が彼女自身の白磁の肌を際立たせており、布地を押し上げる豊満な胸元やコルセットによって絞られた魅惑の腰つきなどが目のやり場に困る。


 ドレスのスカートを摘んだ妖艶なおねーさん――アイゼルネは「変じゃないかしラ♪」とユフィーリアに問う。



「似合ってるよ。お前がちゃんと注文をつけただけはある」


「本番は南瓜のハリボテを被っちゃダメなのよネ♪ お化粧をしてもいいかしラ♪」


「従者として付き従うから布とかで顔を隠すことは出来るけど、化粧で問題ねえなら化粧をすればいいぞ」


「あらそうなノ♪ どっちにしようかしラ♪」



 アイゼルネはどこか楽しそうに「悩んじゃうワ♪」と言う。


 彼女は、ユフィーリアに付き従って式典に参加予定なのだ。魔女の従者は女性が務めた方が箔がつくらしく、細やかな気配りが出来るアイゼルネは従者の役割を果たす魔女として最適である。

 でも、ちょっと狡いとは思う。ショウだってお化粧と服装をどうにかすれば女の子に見えなくもないと自覚しているので、必要であれば女装でも性転換でも何でもする所存である。ただ、やはり従者らしい経験が浅いのですごすごと引き下がるしかない。


 ユフィーリアは渡航許可申請書の記入を自動書記魔法に任せると、



「式典用の顔布はあるから、どっちも試してみたらいいだろ。アタシのになっちゃうけど、顔布がよければそれで仕立てるから」


「今から間に合うかしラ♪」


「顔布を仕立てる程度ならアタシだって出来るよ。心配なら両方って選択肢もあるし」



 そんな式典の服装に関する助言をしながら、ユフィーリアはアイゼルネを伴って居住区画に消えていく。第七席【世界終焉セカイシュウエン】として初めて従者を連れていくので、彼女が恥をかかないようにとユフィーリアも真剣な様子である。


 残ったショウが渡航許可申請書の記載事項を四苦八苦しながら書き込んでいると、ややあって「ただいまぁ」「ただいま!!」とエドワードとハルアが購買部から戻ってきた。彼らの両腕には大きめの紙袋が抱えられており、大量のお菓子やらついでに頼まれた日用品やらが詰め込まれている。

 一体どれほどお菓子を購入したのだろうか。ハルアがいそいそとお菓子の袋や箱を自分の事務机の上に広げており、その種類は10を超す。全て今日中に食べる訳ではなさそうだが、おやつと称して大量のお菓子を食べれば今度は夕飯がお腹に入らなくなりそうだ。


 日用品が詰まった紙袋をユフィーリアの事務机に置くエドワードは、ショウの手元に広げられた渡航許可申請書を見つける。



「あれぇ? 何で渡航許可申請書なんか書いてるのぉ?」


「本当だ!! どこかにお出かけするの!?」


「ユフィーリアが龍帝国で執り行われる式典に参加する予定みたいなんだ」



 ショウは「そうだ」と言い、



「エドさんとハルさんも、渡航許可申請書を書くことになると思うぞ」


「式典だからユーリだけが参加するんじゃないんだぁ」


「オレらも連れて行ってくれるのかな!!」



 ハルアはお菓子の袋を早速開封しながら、



「龍帝国でしょ!! オレ、いっぱい食べたいものあるよ!!」


「観光できるかねぇ。式典に参加しなきゃいけないんじゃないのぉ?」


「式典に参加するのはユフィーリアとアイゼさんだけで、俺たち3人は観光しつつお酒とおつまみをお土産として買っておいてほしいらしい」


「へえ」



 エドワードは「じゃあねぇ」と言い、



「男3人で楽しく龍帝国の観光じゃんねぇ。楽しそう」


「湯煙温泉郷の再来だ!!」


「ズッコケ男3人観光だな」



 かつて一緒に行った湯煙温泉郷での組み合わせが再来となり、ショウはますます龍帝国に行くのが楽しみになった。

《登場人物》


【ショウ】初めての龍帝国にわくわく。仲良しの先輩たちと一緒にお出かけも楽しみ。

【ユフィーリア】この度、七魔法王として顔が割れてしまったので客寄せパンダになることが決定されてしまった魔女。龍帝国では必ずお酒とおつまみを大量購入する。


【エドワード】龍帝国には何度か旅行したことがある。色々な美味しいご飯があるから好き。

【ハルア】龍帝国のお菓子はナッツ系が多くて美味しいからお土産でほしい。

【アイゼルネ】今年から七魔法王の従者としてユフィーリアについていく予定。ちゃんと従者としての役割を果たせるか心配。

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