第6話【問題用務員、背負わせる】
創設者会議はしょーもない終わりを迎えてご帰宅である。
「何かドッと疲れたな……」
「疲れたって言うかぁ、ハルちゃんとショウちゃんが大半の原因じゃんねぇ」
「好き放題にしちゃっテ♪」
「だってつまらなかったんですもん」
「もん!!」
用務員室に戻ってきたユフィーリアは、自分の執務椅子にドカッと腰掛ける。
何だか、いつもは内容すら覚えているかどうか怪しいつまらない会議だったが、今回は未成年組や他の問題児が参加したからかちゃんと内容まで覚えている。それはもう、ショウとハルアによるくだらない大喜利対決や折り紙の作品に至るまでバッチリだ。
中でも未成年組がユフィーリアの仕事を横から知れずに掻っ攫い、あまつさえ解体して殺してしまうという異常事態まで発生した。臓物オークションなんて頭の中身を疑いたくなるような内容の行動にまで及んだ訳である。あれらの臓物の行方は、学院長と副学院長が本気で競りをし始め、より多くのお小遣いを提示してくれた学院長に臓物一式を譲っていた。副学院長は非常に悔しそうにしていたが。
ユフィーリアは少し考えてから、
「アイゼ」
「何かしラ♪」
ちょうどお茶の準備をしてくれようとしていたアイゼルネを呼び止めたユフィーリアは、
「ショウ坊とエド、ちょっと疲れてるように見えるから足ツボをしてさしあげろ」
「はあ!?」
「ゆ、ユフィーリア!?」
「あラ♪」
最高の相棒と最愛の嫁を鬼畜マッサージ師の生贄に差し出したユフィーリアは、悠々と雪の結晶が刻まれた煙管を吹かす。
エドワードとショウは「ちょっとぉ、どういうことぉ!?」「俺は何かしてしまったか!?」と詰め寄ってくる。エドワードに関して言えば何もしていないが、ショウは創設者会議で色々とやらかしてくれたのでちょっとした意趣返しの意味合いも兼ねている。
ただ、これからユフィーリアが考えていることを実行するなら邪魔になる障害なのだ。アイゼルネともども、別の部屋に引っ込んでいてほしいところである。
アイゼルネは嬉しそうにエドワードとショウの腕を掴むと、
「じゃあお2人にはしっかりマッサージしてあげなキャ♪ 男の子の身体は参考になるワ♪」
「やだぁ!! アイゼ考え直してきゃーッ!!」
「考え直してくださいアイゼさん、今度こそ俺の身体が溶けてなくなっちゃいます!!」
「溶けてなくならないように善処するわヨ♪」
どんな膂力をしているのか、エドワードとショウは非力なアイゼルネの手によって居住区画に連れて行かれてしまう。魅了魔法か洗脳魔法でも使っているのだろうか。ショウはともかくエドワードはどちらの魔法に対しても耐性があるはずなのだが、こうもあっさりのかかってしまうとなると、アイゼルネの魔法の腕前が高いのかエドワードがアイゼルネに心を許しているからなのか。
さて。
エドワードとショウが居住区画に連れて行かれると、残るはハルアだけである。彼は不安そうに自分の先輩と後輩が連れて行かれた瞬間を眺めており、それから視線をユフィーリアに戻してくる。
ユフィーリアはにっこりと笑顔を見せ、
「よう、ハル。ちょっとお話しようか」
「殺されるの……?」
怯えたような表情を見せるハルアに、ユフィーリアは「違えよ」とちゃんと否定する。
「ちょっと真面目なお話だ」
☆
今日の創設者会議――正確には、あの臓物オークションで確信を得たことがある。
「ハル、第七席【世界終焉】の仕事って何だと思う?」
「やっぱりオレ、殺されるの?」
「質問に質問で返すな。真面目な話って言ったろ」
ユフィーリアに問われ、ハルアは少しだけ考える素振りを見せる。
「今ある世界を、終わらせること?」
「ちょっと違うな。それだとただの破壊者だ」
確かに、第七席【世界終焉】は世界に終わりを告げる無貌の死神として恐れられている。今やすでに顔も名前も明かされた以上は隠す必要もまあない訳だが。
世界に終わりを告げる責務は重大だ。ユフィーリアの判断だけで終わらせてしまうことも可能である。全人類まとめて仲良く死亡なんていう最悪な状況を作り出すことに、ある種の責任が伴ってくる。
そんな無責任極まる世界の在り方を――責任の取り方を、ユフィーリアは好ましいとは思わない。問題児にだって嫌なことぐらいあるのだ。
「アタシはな、第七席として仕事は『連れて行くこと』だって思ってる」
「連れて行く?」
「新しい世界に、全人類を連れて行く。だから背負うんだ」
世界が終わったとしても、新しい世界が再び始まる。その時に元の世界の人類は連れて行けない。七魔法王が世界の終焉を決めてしまったら、人類諸共消し去る運命だ。
その人類を背負い、次の世界に連れて行くのが役目だとユフィーリアは考える。今まで消し飛ばした100人の罪人も、まとめて何もかもを。
金色の瞳を瞬かせるハルアは、
「それが一体、どうしたの?」
「ハル、お前はアタシと似てるんだよ」
ユフィーリアはきょとりと首を傾げるハルアの蜂蜜のような双眸を真っ直ぐに見据えて、
「お前は、何万もの弟の命を奪ってきた。その最期を背負い、果てには妹の最期まで背負おうとしたな。それがたとえ、誰かに命令されたからだとしても」
背負ってきたものの大きさは、ユフィーリアよりも遥かに多い。
人造人間としてこの世に生み落とされたハルアは、命令されて自分と同じように生み出された人造人間の弟たちを殺害した。全ては七魔法王という偉大な魔女・魔法使いの集団を殺戮するべく、ただ研究者から「強くあれ」と望まれて。
その軌跡は、確かに彼を形作っている。幾人もの見知らぬ弟たちを殺して、守ると決めたはずの妹と別れる為に最期を背負うことを決めて、並大抵の精神力では狂ってしまいそうな過去を間違いなく歩んできた。
100人も見知らぬ誰かの、過去や経歴など全てひっくるめて背負っているユフィーリアとは比べ物にならないくらいの。
「オレ、ユーリのように重いものを背負ってないよ」
ハルアは伏し目がちに首を横へ振り、
「弟たちは殺したよ。妹――エレナも殺したけれど。生まれたばかりで、過去も何もかもを背負うって意味じゃないと思う」
「でも覚えてるだろ? その最期を。殺した瞬間を」
「うん。それは覚えてる。覚えてなくちゃいけない」
それが当然だとばかりに、ハルアは言う。
「だって弟たちはまだ生きたかったはずだよ。エレナだって、オレと離れ離れになりたくなかったかもしれない。全部覚えてなくちゃ。弟が死んだ時も、殺した数も、エレナの恨みも悲しみも全部」
「その覚悟が、第七席にとっては大事なんだよ。ハル」
ユフィーリアは「なあ」と口を開き、
「お前は言ってくれたな、背負ってくれるって。アタシが抱えてる、呪いのような第七席としての責任を」
「それは言ったけど」
「他でもない、お前に背負ってもらいたい。ハル――ハルア・アナスタシス」
ユフィーリアは100人の罪人の最期を背負ってきた。「助けてくれ」も「死にたくない」も何度も聞いて、命乞いも飽きるほど浴びてきた。たった1人で背負うにはあまりにも重たくて、精神がやがて磨耗していくような呪いだ。
用務員の愛すべき部下たちは、その呪いを一緒に背負うと言ってくれた。それはユフィーリアにとっての救いだった。「一緒に背負ってくれる、覚えていてくれる」という保険が出来た。
まあでも、本当に第七席【世界終焉】としての責任を背負わせようとは思えなかったが。
「どうして?」
ハルアは純粋な疑問を口にする。
「ショウちゃんでも、付き合いの長いエドでもなくて、アイゼでもなくて、何でオレなの?」
「言ったろ、似てるんだよ」
ショウやエドワード、アイゼルネには背負わせられない。彼らも、ユフィーリアが頼めば背負ってくれるだろうし、潰れないだろうという一定の信頼はある。
でもそれは、ユフィーリアの今まで100人の罪人を消してきた矜持が許さない。「背負うことを履き違えた連中に第七席としての責務を負わせるのか」と無貌の死神が囁くのだ。
ハルアは弟と妹の最期を背負った。ユフィーリアがやってきた今までのことを正しく理解してくれるはずだ。
「ハル、お前にやってもらいたいのは第七席【世界終焉】の業務代行だ。お前は今後、アタシと罪人の終焉の責務を分担してもらう」
「何で?」
「お前の戦闘能力を総合的に判断した結果だ。神造兵器に強制適合した肉体と弟たちの最期まで背負う強靭な精神力、身体能力や戦闘技術も申し分ない。ちょっと猪突猛進な部分は改善すべきだろうが、それ以外に文句はない」
ハルアは間違いなく強い。精神的にも肉体的にも。
200を超す神造兵器に適合するべく自己改造を繰り返した肉体と、2万にも及ぶ人造人間の弟妹の最期まで背負う精神力。戦闘技術も彼らを殺す為に培ってきたものがあり、第七席【世界終焉】の仕事を背負わせるのに相応しい。
ユフィーリアは「まあ心配するな」と笑い、
「これはあくまで提案だ、強制的な命令じゃねえ。お前には選ぶ権利がある。断るも引き受けるもお前次第だ」
「…………」
もちろん、今まで背負ってきたものを唐突にハルアへ押し付ける訳ではない。魔眼はユフィーリアのものを使うので必然的に感覚を共有するので、ハルアが終焉の責務を背負ったところで行動の何もかもはユフィーリアに流れ込んでくる。
ハルアにやってもらうのは、一緒に消えていく罪人たちの最期を覚えていてもらうこと。それは彼が弟たちを屠った時と、同じように。
ハルアは引き結んでいた唇を、ようやく開く。
「オレね、今までユーリの何だったんだろうって思った。エドは右腕として頼りにされてて、ショウちゃんはお嫁さんとして愛されて、アイゼは従者として信頼されてて。オレは、いっぱいオレを助けてくれたユーリの為に何が出来るんだろうってずっと考えてた」
ハルアは清々しげに笑い、
「でも、うん、やっと役に立てるんだね。やっと、ユーリに恩返しが出来るんだね」
そう言って、ハルアはユフィーリアの手を取る。
「オレ、背負うよ。ユーリと同じ重たいものを背負う。それでユーリの負担が減るなら、オレは同じものを背負うよ」
「男に二言はねえな?」
「ユーリが教えてくれたでしょ。『1回言ったことは絶対にやれ』って」
ユフィーリアは「それもそうだな」と笑い、ハルアの胸元に下がる認識票を掬い上げる。
魔女の従僕契約を結ぶ際に出現したそれは、魔女の騎士として役割を与えた際の契約印だ。ユフィーリアがそれに指先を触れた途端、パッと青い光が弾けて新たな認識票が作られる。
従僕契約の更新だ。魔女の騎士として与えられていた彼の役目が、第七席【世界終焉】の代行者としての責務を負うことで変質した訳である。
雪の結晶と、側に鋏の模様が刻まれた認識票を指先で弾いたユフィーリアは、
「この話は内緒にしておけよ。誰にも言うな」
「え、自信ない」
「頑張れ、努力しろ。話せばあいつら絶対に嫉妬して、お前をどうこうしてくるぞ」
「それは困るね。オレもやり返さなきゃいけなくなるよ」
「やり返すって発想を思いつくのはお前だけだろうよ」
第七席の代行者に選ばれてもなお頭の螺子がぶっ飛んだ暴走っぷりの片鱗を見せるハルアの頭を撫で、ユフィーリアは笑う。
「これからよろしくな、共犯者」
「あいあい、我らが魔女様」
今こそ役に立てることが嬉しいとばかりに、ハルアは快活な笑みで持って応じた。
その後、マッサージの犠牲にしたショウとエドワードから話の内容を聞かれたハルアは「何でもナイヨ」とお目目をバチャバチャ泳がせて誤魔化していたので、ユフィーリアが助け舟を出す羽目になった。
隠し事が苦手なハルアに、大事な役目を負わせるのはさすがに早過ぎたのではないかとちょっと後悔した。
《登場人物》
【ユフィーリア】七魔法王が第七席【世界終焉】の名前を冠する魔女。その戦闘力は随一とされ、七魔法王最強を謳われる。100人の罪人の最後を背負うあまり、耐えきれず押し潰されそうなところを問題児の仲間たちに救われ、この度その中からハルアを共犯者として選ぶ。
【ハルア】第七席の共犯者。魔女の騎士から契約を更新され、魔女の共犯者としての役割も負うことになった。たくさんの弟たちを殺した罪の意識はあり、彼らの恨みや悲しみを背負うと決めたからこそ、第七席の共犯者に選ばれた。
【エドワード】足ツボで悲鳴を上げてた。
【ショウ】ユフィーリア、一体何の恨みがあるんだ。
【アイゼルネ】足ツボの次はどうしようかしラ♪