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第5話【問題用務員とオークション】

「はい、次が最後の議題だよ」



 ようやく予算の話題に決着がつき、最後の議題になったようである。


 未成年組による大喜利対決の行方を見守っていたユフィーリアは、正直に言うとこの大喜利対決が最後までどうなるのか見ていたかった気分である。互角の勝負だったので決着がつく瞬間を目の当たりにしたかったのだが、グローリアに「ユフィーリア、会議だってば」と促されて仕方なしに創設者会議へ戻る。

 別に会議など適当に終わらせればいいだけなのに、何故わざわざ最後の議題であることを宣言する必要があるのか。議長だから格好つけているだけかもしれない。


 そんな適当な考えで創設者会議に戻るユフィーリアだが、わざわざグローリアが「最後の議題だよ」と言った意味を知ることになる。



「おめでとう、第七席。101人目の終焉だ」


「…………」



 朗らかな笑みでそんなことを言うグローリアに、ユフィーリアはただ黙って見つめ返すだった。


 なるほど、最後の最後でこんな真面目な話題を残していたのか。確かにそれは「最後の議題だよ」と宣告する必要も考えられてくる。

 終焉は、ユフィーリアにしか負えない責務だ。重い罪を犯した人間に死刑以上の刑罰を与えるとなったら、この世から存在そのものを抹消する『終焉』しかなくなる。誰にも覚えられず、誰にも認識されることなく、自分の功績や記憶が丸ごと消し飛ばされてこの世から退去されるのだ。死者蘇生魔法ネクロマンシーも、輪廻転生もなくなる永遠の死。


 その罪人の最期を見届けるのは、終焉を自ら与えるユフィーリアだけだ。



「この1年で、終焉を与える連中の数が多すぎねえか?」


「それだけ重い罪を犯す人間が増えたってことだよ。終焉に選ばれた罪人は、何らかの影響を世界に及ぼすからね。正常で平和な世界が維持されるには、影響を及ぼす癌を取り除かないと」



 ため息を吐くユフィーリアに反し、グローリアは相変わらず笑みを絶やさない。


 1人の負担よりも、大勢の平和の方が重要なのだ。それは当然の摂理である。

 何を躊躇う必要があるのか。ユフィーリアは今まで100人の最期を背負ってきた。何度も罵倒され、命乞いをされ、それでも世界の為にと消し飛ばされた可哀想な罪人を見てきた。その人数が1人ほど増えたところで、今更何かある訳でもない。


 ただ、それは呪いのようについて回る。「もっと何か出来たのではないか」という後悔の念が。



「ユフィーリア」



 そっと、ユフィーリアの手に横から伸びてきたショウの手が重ねられる。



「1人で背負わないでくれと言っただろう。貴女だけが傷つく必要はないんだ」


「ショウ坊……」



 振り返った先にいた最愛の嫁は、慈愛に満ちた笑みを見せてくれる。


 100人の最期を背負い、とうとう精神的にも疲弊したユフィーリアに「一緒に背負う」と言ってくれた強い嫁だ。彼が支えてくれているから、ユフィーリアもきっとこの先も第七席【世界終焉セカイシュウエン】としての責務を全うできる。

 背負うと申し出てくれたのは、ショウだけではない。エドワード、ハルア、アイゼルネも同じだ。付き合いの長い彼らも協力してくれるのであれば、怖いものなどない。


 でも、これは。



「ありがとうな、ショウ坊。大丈夫だ」


「ユフィーリア、でも」


「これは、アタシが背負うもんだって決めたんだ。お前らは、味方でいてくれるだけでいい」



 100人分の最期を背負い、第七席【世界終焉セカイシュウエン】の責務を全うすると決めたのは自分自身である。ここで潰れている訳にはいかないのだ。


 心配そうな眼差しを寄越してくるショウの頭を撫で、ユフィーリアは「平気だよ」と笑う。

 味方が誰もいない状況で終焉の責務を全うすることよりも、ショウたち問題児の仲間が支えてくれていると分かっただけで気が楽である。過去と状況は全然違う。



「グローリア、その標的ってのは?」


「君は変わったね」


「うるせえ」


「いい傾向だと思うけどね」



 グローリアがポンと手を叩くと、終焉の対象者に選ばれてしまった人物の情報をまとめた羊皮紙がひらりとユフィーリアの目の前で揺れる。


 羊皮紙には名前から経歴、性別、年齢、どんな魔法を使うのか、家族構成など分かり得る情報が網羅されていた。ついでに言えば顔写真まで掲載されている。羊皮紙を眺めるユフィーリアに挑発的な視線を寄越していた。

 整った顔立ちではなく、脂ぎった小太りのおっさんである。その状態で挑発的な視線を寄越したり、舌を出してみたりと写真の顔が動き回るものだから見ていられない。思わずそっとユフィーリアの方が視線を逸らしてしまったほどだ。


 明らかに重大な罪を犯すような顔ではない小太りおっさんの名前と罪状に目を走らせ、



「ノーブ・ホーディガンか。確か『少年剥製』のあれか」


「そうだよ。被害者数が結構出てるからね、さすがに一般的な法律の範疇で処分は出来なくなっちゃったかな」



 ユフィーリアの呟きに、グローリアが頷いて見せる。


 ノーブ・ホーディガン――最近、新聞でよく見かけていた犯罪者だ。その罪状は『少年剥製』と言われ、捕まえた幼気な少年たちを魔法で剥製にして愛でるという変態野郎である。

 固着化魔法などを悪用しているとのことで指名手配されていたようだが、国を転々とするノーブの足取りを掴むことが出来なかったらしい。その間に罪を順調に重ねていき、この度死刑だけでは済まない罪状となってしまったので終焉の対象に選ばれてしまったようだ。


 こんな変態野郎の最期まで背負ってやらねばならないのかと思うと気が重い。いっそ忘れてやった方が世の為である。



「少年剥製?」


「何すんの!?」


「魔法で生きた人間を固めて、人形みたいにした状態で可愛がるんだと。とんだ変態野郎だよ」



 興味を示した未成年組が羊皮紙を覗き込んできたので、ユフィーリアは彼らに羊皮紙を渡してやる。どうせ渡したところで何かをする訳でもないだろう。


 いそいそとユフィーリアから手渡された羊皮紙を眺めるショウとハルアだが、掲載されたノーブの顔写真を確認した途端に表情が固まる。互いの顔を見合わせ、それからまた羊皮紙に掲載されたノーブの写真を観察する。

 何だか様子がおかしい反応である。まるでこの対象者を見かけたかのような反応だ。


 それから、



「あ!!」


「あ」



 2人揃って声を上げ、ぱちんとほぼ同時に彼らは自分の口を手で塞いだ。



「おいショウ坊、ハル。何だ今の反応」


「何でもナイヨ」


「何でもナイゾ」



 ユフィーリアが問いかければ、ショウとハルアは棒読みで「何でもない」と返す。何かやっちゃった時の態度である。



「その反応は『何でもない』じゃねえだろ。何をやったか吐け」


「オエエエエ」


「オロロロロ」


「引っ叩くぞ」



 自白を促すも、吐く真似をして誤魔化してきたのでユフィーリアはハルアとショウの頬を手で鷲掴みにする。

 もちもちの頬をぶにぶにと押し潰して圧をかけてみるが、ハルアとショウはそれでも「うぶぶぶぶぶぶ」「ぶふふふふふふ」と言葉にもならない声で誤魔化すだけだ。口が蛸みたいに窄まっているのが面白いが、反省している気配がまるでない。


 ユフィーリアは「分かった」と頷き、



「エドと親父さん、どっちがいい? 選ばれた方にプロレス技をかけてもらうから」


「殺さないでください!!」


「死にたくないです!!」


「じゃあ白状しろ。何をやったんだお前ら」



 知り合いの中で未成年組に対して容赦しないだろう人物の名前を挙げて脅したところ、ようやくハルアとショウは観念したようである。頬を掴んでくるユフィーリアの手を引き剥がすと、ちょっと覚悟したような表情で距離を取る。


 おもむろに、ハルアが真っ黒なツナギの衣嚢に手を突っ込んだ。

 ゴソゴソと漁ったのも束の間、一抱えほどもある瓶を引っ張り出してくる。瓶の中身は緑色の液体で満たされており、何か肉の塊のようなものが瓶の中央にぷかぷかと浮かんでいた。


 脳味噌である。綺麗にくり抜かれた、人間の脳味噌であった。



「え?」


「まだまだあるよ!!」


「まだまだあるぞ」



 唖然とするユフィーリアを完全に置いてけぼりとして、ハルアとショウはさらに瓶詰めを創設者会議の机に置いていく。


 脳味噌の他には眼球、心臓、肝臓、膵臓、腎臓、大腸に小腸、肺、胃、果てには【自主規制】まで綺麗に揃えられていた。どれもこれもご丁寧に緑色の液体で満たされる瓶に詰め込まれており、新鮮な状態であることが窺える。

 これら全ての臓器を円形の机に並べ、最後にショウがユフィーリアから渡されたノーブ・ホーディガンの情報が記載された羊皮紙をペトリと脳味噌の瓶の表面に貼り付ける。まるでこれらの臓物の持ち主を示すように。


 一呼吸置いてから、ショウは「さあ」と笑顔で言う。



「ノーブ・ホーディガンさんの臓物オークションです。まずは脳味噌、100ルイゼから」


解体バラしたのかお前らッ!?」



 平然と臓物オークションなる頭の中身を疑いたくなるようなイベントを開催した未成年組に、ユフィーリアは思わず叫んでしまう。


 いやだって、まさかの事態である。

 終焉の対象者でこの世から消し飛ばされることが確定しているはずの大罪人が、まさかすでに部品単位で分解されて死んでいるとは誰が想像できるだろうか。しかも殺したのは我らが誇る可愛い未成年組である。


 ショウとハルアは「だって」と口を開き、



「『おじちゃんといいことしない?』って気持ち悪かったから」


「明らかに不審者っぽかったから」


「うーん、未成年組らしい回答だな!!」



 これはもう開き直るしかなかった。殺されている状況で終焉なんて出来る訳がない。

 まだ死者蘇生魔法ネクロマンシーという手段も考えられるのだが、この部品を綺麗に抉り取られた上で革と贅肉は残っていないのだから損耗率もクソもない。魔法の適用範囲外である。


 ユフィーリアは頭を抱え、



「え、これはどうすればいい? 初めての状況なんだけど」


「うーん」



 グローリアは困ったように首を傾げ、



「キクガ君、冥府にノーブ・ホーディガンの存在は確認できた?」


「確認できている訳だが」



 臓物オークションが開催された時点で、優秀な冥王第一補佐官殿はすでに冥府へ掛け合って確認してくれていたようである。「現在は幽刻ユウコクの河を渡っている最中な訳だが」と現在の様子まで付け加えてくれた。

 重罪人ということで、最も罪の重い死者が行き着く深淵刑場に叩き込まれることだろう。ユフィーリアが終焉をする必要もなくなってしまった。


 グローリアは「はい」と口を開き、



「創設者会議を終わります。お疲れ様でした!!」


「締まらねえー……」


「それは未成年組に文句を言いなさい」



 結局、終焉は有耶無耶になってしまったので、創設者会議はグダグダなまま終わりを迎える羽目になってしまった。

《登場人物》


【ユフィーリア】過去に人身売買の売られる側としてオークション会場に潜り込んだ。その際に自分にどれぐらいの値段がつけられるか楽しみにしていたのだが、2000万ルイゼを通り過ぎた頃で高止まりしてしまったので面倒になって帰った。

【エドワード】過去にオークション会場で売られる側として潜り込んだ。ユフィーリアに「楽しかった」と言われたので挑戦し、ちゃんとユフィーリアに10億ルイゼで競り落としてもらえた。代金? 踏み倒してましたよ?

【ハルア】臓物で好きな部位は脳味噌。脳のしわで迷路をしている。

【アイゼルネ】オークションに出品されたら絶対に高値がつくが、境遇的に鑑みても洒落にならないのでやめておく。

【ショウ】好きな臓物は眼球。綺麗だよな、宝石みたいで。


【グローリア】このあと罪人の臓物オークションに、スカイと本気で競り合うことになる。

【スカイ】このあと罪人の臓物オークションに、グローリアと本気で競り合うことになる。

【ルージュ】未成年組の頭の螺子の外れ具合はいつ見ても怖い。

【キクガ】このあと罪人の魂はちゃんと深淵刑場に叩き込んでおいた。叩き込む前に簀巻きにして冥府を引き摺り回しの刑に処し、ケルベロスの玩具にさせてから落としておいた。

【八雲夕凪】人間の臓物なんて見ても楽しくないのじゃ。

【リリアンティア】罪人の冥福を祈ると共に、少年剥製などという気持ち悪いものを作る罪人に憤る。人命を何だと思っているんだ、天罰です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! まさか、序盤に出てきたあの変質者が終焉の対象に選ばれていて、このような結末を迎えるとは夢にも思っていませんで…
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