第1話【異世界少年と創設者会議】
唐突だが、不審者に遭遇である。
「お、お坊ちゃんたちィ、可愛いねェ。ねえねえ、おじ、おじさんといいことしなァい?」
購買部に本日のおやつを買いに出掛けていた名門魔法学校をお騒がせさせる問題児の前に、何だか脂ぎったオジサンのご登場である。しかも学校指定の制服を着ていないので、明らかに闇の手段を用いて敷地内に侵入してきたオジサンであった。
これが対抗手段を持ち合わせていない魔法学校の生徒だったらまだしも、不審者が迂闊にも話しかけてしまったのは問題児である。名門魔法学校で用務員として勤務しており、非常に優秀な人材であるにも関わらず、毎日のように問題行動を起こしまくる馬鹿野郎どもだ。いくら見た目が良くても騙されてはいけない。
しかも問題児の中でも、まだ理性の働く大人組だったら助かった命かもしれない。話しかけちまったのが問題児の中でも頭の螺子の所在を疑いたくなる暴走機関車野郎と狂信者のコンビであった。
「不審者!!」
問題児の暴走機関車野郎こと、ハルア・アナスタシスが脂ぎったオジサンの顔面めがけて拳を振り抜く。
丸っこい鼻頭を的確に射抜いた影響で、ゴキィ!! という骨の折れるような音が校舎内に落ちる。手加減の『て』の文字すらない拳は恵まれた体格のオジサンを吹き飛ばしてしまった。
廊下を転がるオジサンに飛び掛かるハルアは、そのままオジサンに馬乗りになって顔面をひたすら殴打する。相手の顔が腫れ上がり、歯が弾け飛び、口や鼻から血を流し、瞼に青痰が出来ようと拳の雨嵐は止まらない。狂気的な笑顔を浮かべたまま、ハルアは不審者をボッコボコにする。
すでに暴走する先輩の姿を眺めていた問題児の狂信者こと、アズマ・ショウは不審者の側にしゃがみ込むとニコニコの笑顔で彼の手を取った。
「指もポキポキ」
「ふぐうッ!?」
「やるぅ、ショウちゃん!!」
「この前、魔道書図書館で『骨の折り方、治し方』って本を読んだんだ。実践できてよかった」
可愛く言っているが、やっていることは不審者の芋虫みたいに太い指先を容赦なく逆方向に曲げて骨をボッキボキに折っていた。ただの暴力である。
丁寧に丁寧に10本の指を骨折へ導き、顔面もボコボコに腫れ上がり、もはや誰なのか判別できなくなった虫の息の不審者をショウとハルアの2人は見下ろす。このまま放置すれば通りがかった心優しい魔法使いが回復魔法をかけてくれるかもしれないが、そんな生易しいことで生かしてやらないのが問題児である。
本来ならここで懲罰房に叩き込んで警察組織に通報すればお仕事終了である。上司からも褒められて、学院長からは賃上げの交渉手段に使えるかもしれない。
その可能性を投げ打ち、ショウが提案したのはまさかのことである。
「バラバラにしてしまおう、ハルさん。俺は今、とても虫の居所が悪い」
「奇遇だね、ショウちゃん!! オレもバラバラにした方がいいんじゃないかって思っていたところだよ!!」
弾ける笑顔でハルアもショウの提案を受け入れてしまう。
問題児の中でもとびきり暴力的な2人は本日、とても虫の居所が悪かった。端的に言えばご機嫌斜めだったのだ。
実は最近発売されたばかりのお菓子を、用務員の先輩が無断で食べてしまったのだ。2人がかりでポカポカ叩いて、お菓子を食べてしまった用務員の先輩からお菓子の代金をせびることに成功したものの、今度は商品が売り切れ中であった訳である。しかも人気商品で、手に入るのが最低でも2週間はかかるという始末である。すでにそのお菓子の口になっていたショウとハルアはヤケクソでお菓子を大量に購入して気を紛らわそうとしたのだが、それでも気分は晴れなかったのだ。
そんな訳でいつもご機嫌な未成年組は、今日は絶賛ご機嫌斜めなのであった。不審者相手にお話をしてやる余裕すらない。
「生きたまま解体しよう」
「ノコギリあるよ!!」
「切れ味のいい刃物もほしいな。内臓は高く売れそうだ」
「皮とお肉はどうする?」
「炎腕に焼いてもらおう。皮とお肉なんて鞄にもなりはしないのだから」
「人間鞄かぁ、趣味悪いね!!」
ふごふごと悲鳴を上げる可哀想な不審者は、ご機嫌斜めな未成年組に見事捕まってしまい、意識のあるまま解体される羽目になるのだった。合掌。
☆
不審者をバラバラに解体して発散できたところで、用務員室にご帰還である。
「ただい――あれ!?」
「ただいま戻り――あれ?」
用務員室に戻ってきたショウとハルアが見た光景は、意外なものだった。
「学院長、何してるの!?」
「珍しい格好ですね」
「やあ、ショウ君とハルア君。お帰り」
魔道書やら玩具やら、勤務に関係のなさそうな物品がごちゃごちゃ置かれた影響で異様に散らかっている用務員室に、ヴァラール魔法学院の学院長であるグローリア・イーストエンドがいらっしゃった。
しかもただいる訳ではなく、我らが用務員の先輩であるエドワード・ヴォルスラムを尻に敷いている状態だった。正確には右手の親指だけで腕立て伏せをするエドワードの背中に足を組んで座り、重石の代わりを務めている様子である。
用務員室のどこかしらに転がっていただろう『可愛いぬいぐるみの作り方』なる書籍を読んでいたグローリアは、
「実はユフィーリアに用事があるんだ。時間もあるし、ここで待たせてもらってるんだよね」
「そこ揺れない!?」
「本を読むのに適さないと思うんですけど」
「それはそうなんだけどさぁ」
グローリアは自分が尻に敷いているエドワードの背中をぺちぺちと叩き、
「エドワード君、もういいでしょ。十分だと思うよ」
「まだ乗っててよぉ、学院長。ちょうどいい重石なんだからぁ」
「何でさ」
なおも親指だけの腕立て伏せが続き、グローリアは「全くもう」と言いながらも重石の役割を続投する。
見るからに細身な学院長を重石の代わりにちょうどいいと宣うとは、エドワードの常識はどうしてしまったのだろうか。普段は我らが敬愛する上司の魔女様を重石にしているが、その上司を差し置いて学院長を重石に採用するとは裏切りである。
ショウとハルアはジト目でエドワードを見やり、
「エドさんの浮気者」
「そうだそうだ、いつもユーリに付き合ってもらってるの知ってんだからね」
「浮気じゃないもんねぇ、単に学院長の方が重力操作の魔法に長けてるだけだよぉ」
順調に腕立て伏せの回数を重ねていくエドワードの説明に、ショウとハルアは「ああ」「そういえばそうだね!!」と納得する。
我らが魔女様と学院長は、どちらも星の数ほど存在する魔法を自由自在に操る魔法の天才である。どちらが優れているかなどは比べることが出来ないが、誰にだって得意な魔法や苦手な魔法はあるのだ。
グローリアが得意としているのは空間や時間に関する魔法で、当然ながら重力の操作も得意としている偉大な魔法使いなのだ。片や我らが魔女様は魔法の中でも花形な、炎や水といった属性魔法を得意とする。重力操作の魔法も使えるだろうが、加減で言えば砂粒程度の重さで調整できるグローリアに最適なのだ。
すると、
「あー、酷い目に遭った……」
「何も酷くしてないじゃないノ♪」
「足ツボであれだけ叫ばされて『酷い目に遭った』以外の言葉があるかよ」
居住区画の扉が開き、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルが姿を見せる。その表情は少しばかり疲れ切っていた。
背後から南瓜頭の先輩ことアイゼルネが「お茶を入れるわネ♪」なんて言いながら続き、用務員室の隅に設けられた戸棚に向かう。色々と茶器を並べてお茶の準備に取り掛かっていた。
ユフィーリアは筋トレの真っ最中であるエドワードと、その背中に乗るグローリアの姿をようやく認識する。
「何してんだ、お前」
「重力操作の魔法が得意だって言ったら色々と注文をつけられて、最終的に重石の役目を負わされてるんだよ」
「ご苦労なこったな」
グローリアの分かりやすすぎる説明に、ユフィーリアは執務椅子に座りながら「で?」と続ける。
「それだけか?」
「こっちが本来の目的じゃないよ。本当は君に用事があったの」
「まだ何もしてねえぞ」
「知ってるよ」
グローリアはエドワードの背中から立ち上がると、
「明日、午後から創設者会議があるからね。ちゃんと遅れないでよ。詳細はあとで文書を送るから」
「ゔぇ」
「文句を言わないの。大事な会議なんだからちゃんと出席してよね」
嫌そうな表情を見せるユフィーリアに問答無用で会議があることを告げると、グローリアは「それじゃあね」と颯爽と用務員室から立ち去る。用事は終わったと言わんばかりのあっさりとした態度だった。
重石にしていたグローリアがいなくなったことで、エドワードは「行っちゃったぁ」などと言いながら筋トレを中断する。ユフィーリアは会議の内容など知ったことではないとばかりに足元へまとわりついてきたツキノウサギのぷいぷいを構い始め、アイゼルネはお茶の準備の真っ最中だ。いつもの用務員室の雰囲気を取り戻す。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせた。相手の瞳は、ショウが思っていることと同じことを考えている様子である。
「ユフィーリア、俺たちも創設者会議に出てみたい」
「何してるのか気になる!!」
「あん?」
膝の上に乗せたぷいぷいを撫でるユフィーリアは、
「あんなのに出たってつまんねえぞ。お茶を飲んで駄弁るだけだし」
「お願いだ、ユフィーリア」
「静かにしてるから!!」
ショウとハルアの「お願い」に、ユフィーリアは比較的あっさりと折れてくれた。彼女の頭の中で『退屈な会議』と『未成年組が参加することで得られる面白さ』が天秤にかけられた結果、参加させた方が面白そうだと判断したのだろう。
「まあ、お前らも第七席の従僕だしな。参加する権利があるよな」
ユフィーリアは「いいぞ」と頷き、
「ちゃんと大人しくしてろよ」
「うん!!」
「分かった」
「ついでにエドとアイゼも参加しろよ。いい経験になるだろ」
「いいのぉ?」
「あら、おねーさんたちモ♪」
問題児全員で創設者会議に参加することになり、ショウとハルアは「楽しみだね!!」「そうだな」と笑い合うのだった。
《登場人物》
【ショウ】楽しみにしていたお菓子を他人に食べられた時、仲のいい人にはポカポカ叩いて訴える。大して仲良くない人に食べられた時は全裸にひん剥いて中庭に埋める。頭を。
【ハルア】楽しみにしていたお菓子を他人に食べられた時、仲のいい人には頭突きで訴える。大して仲良くない人に食べられた時は……「命なんていらないよね!?」
【エドワード】上記2人の大事にしていたお菓子を食った張本人。名前が書いてないから気が付かなかった。詫びとしてお菓子を買う為のお金は出したぐらいには、ちゃんと悪いと思っている。自分が同じことをされたら首から下を埋める。
【ユフィーリア】今までアイゼルネの新作マッサージの実験台にされていた。エドワードに勝手に酒を飲まれたりするので、こっちも勝手におつまみのビーフジャーキーを食ったりしているのでおあいこ。
【アイゼルネ】新しく習得した足ツボをユフィーリアにしていた。誰かに食べ物を勝手に食べられるようなことはないが、取っておいたおつまみのチーズを未成年組がつまみ食いし、あまりのしょっぱさに叫んでいたのを微笑ましそうに眺めていた。
【グローリア】創設者会議の件をお知らせに来ただけなのに、何故か筋トレの重石役に命じられた。