第9話【問題用務員と手品練習】
収穫祭が終わってから、未成年組はすっかり手品にハマってしまったらしい。
「はい、これで鳩が!!」
ハルアはシルクハットをひっくり返す。
先程からゴソゴソとシルクハットの中身をいじくり回していたが、ひっくり返しても何も出てこなかった。どうやらタネは仕込んでいなかったようである。
空っぽのシルクハットをただひっくり返すだけという謎の行動を目の当たりにして、ショウやリタ、おやつ目的で用務員室に連行されてきたリリアンティアも不思議そうに首を傾げている。どこにも鳩がいないので仕方がない。
「出ません!!」
「ハルさん、まず鳩さんを帽子に仕込まなきゃいけないんだぞ」
「鳩さんを帽子に仕込むとは一体……?」
「まずは鳩様を捕まえる必要がありそうです」
「ぷぷぷ」
空っぽのシルクハットを投げ出し、ハルアは「あー!!」と悔しそうに叫ぶ。何だったら見学しにきたツキノウサギのぷいぷいのお腹に顔を埋め、悔しさを紛らわせていた。ぷいぷいが迷惑そうに抗議してきても知らんとばかりにふわふわの腹毛を堪能している。
投げ出したシルクハットをショウが拾い上げ、リタとリリアンティアにも中身を確認してもらっている。いくらゴソゴソと帽子の中身を探っても鳩どころか手巾の1枚だって出てくることはない。
その様子を眺めていたユフィーリアは、ちょうど筋トレの真っ最中のエドワードに視線をやる。
「なあ、あれ何してんの?」
「アイゼの手品の腕前に憧れちゃった系のお子様たちだよぉ」
「なるほどな」
エドワードの簡潔な説明に、ユフィーリアは納得したように頷く。
確かに、アイゼルネの手品の腕前は卓抜している。手先の器用さから視線の誘導方法、タネを仕込む自然さまで研究され尽くされているので敵わない。一朝一夕でどうにか出来るほどの腕前ではないのだ。
魔法を使えば手品紛いのことも出来るだろうが、転送魔法や転移魔法を使ってしまうと手品としては負けである。やはり魔法を使わずに挑戦してこそ奇術師と呼べるものだ。
すると、
「うるさいわヨ♪ 何を騒いでいるのヨ♪」
ひょこり、と居住区画の扉からアイゼルネが顔を覗かせる。
橙色の南瓜で頭部を覆い隠し、扇状的な見た目の真っ赤なドレスで妖艶な肢体を包み込む普段通りの格好だ。収穫祭の最後に見たあの傷が特徴的な顔は、南瓜のハリボテの向こう側に隠されている。やはり素顔を晒すよりも、こちらの方が見慣れているので安心感はある。
アイゼルネが姿を見せた途端、ハルアは「アイゼ!!」と跳ね起きる。
「鳩出して!!」
「何の話♪」
「手品です」
急にハルアの意味不明な要求に困惑するアイゼルネへ、ショウがシルクハットを差し出しながら言う。
「ハルさん、鳩さんが帽子から出てくる手品がやりたいって」
「ハルちゃん、あんまり動物を仕込む系の手品を甘く見ない方がいいわヨ♪」
ショウから事情を聞いたアイゼルネが、ハルアへ厳しい現実を突きつける。手品をする側からすれば憧れてもらうのは嬉しいことだろうが、それにしたって大きすぎる夢はもはや無謀である。
「そんなに鳩が出る手品が見たいならユーリに出してもらいなさイ♪」
「魔法で出したら意味ないじゃん!!」
「魔法が使えないからこそ魔法みたいな手品に憧れるんです、アイゼさん」
「あの時のキラキラが忘れられないのです……!!」
「アイゼルネ様、お願いします……!!」
収穫祭の最後で披露された手品の数々に憧れを抱く純粋無垢なお子様たちのキラキラ目線に、アイゼルネはにべもなく断る。
「鳩のタネなんて仕込んでいないのヨ♪ 準備が必要なものなんだから簡単に出せると思わないでちょうだイ♪」
そう言って、アイゼルネはくるりと周囲を見渡す。つられて未成年組やリタ、リリアンティアの視線もアイゼルネと同様に何もない虚空を滑った。
かと思えば、唐突にアイゼルネはパチンと両手を叩く。それがあまりにも突然の出来事だったからか、その場にいた全員が驚いたように身体を震わせた。ぷいぷいも「ぷ!?」と耳をピンと立たせるぐらいである。
叩き合わされた彼女の手には、
「ほら、鳩を捕まえたからこれで我慢なさイ♪」
「鳩が出た!?」
アイゼルネが手を開くと、その上には紙製の鳩がチョコンと乗せられていた。小さな嘴につぶらな双眸、閉じられた翼まで完璧に再現されている。おそらく折り紙で作ったのだろうが、ここまで精巧な鳩を作るのは手先が器用だけでは話が済まない気がする。
手のひらに転がる紙製の鳩を前に、子供たちの瞳がキラキラと輝いた。生きた本物の鳩ではないが、鳩が出る手品に興奮気味である。反応が可愛らしいものだ。
紙製の鳩を再び両手で包み込むと、アイゼルネは重ね合わせた手のひらに「ふッ♪」と息を吹きかける。
「あらごめんなさイ♪ 鳩が逃げちゃったワ♪」
「鳩がいなくなった!?」
「ど、どこに消えたんですか!?」
「後ろにありますか!?」
「まさかドレスに隠していたりとか!?」
「だから逃げちゃったのヨ♪」
息を吹きかけて手のひらを開くと、そこにいたはずの紙製の鳩が忽然と姿を消していた。ハルアは消えた鳩に驚愕し、ショウとリタはアイゼルネの周辺を探す。紙製の鳩を背後やドレスの中に隠しているのだと思っているらしい。あの紙製の鳩が逃げたものだと思い込んでしまったリリアンティアは、残念そうに「鳩様が逃げてしまいました……」と呟いていた。
もう完全にアイゼルネの手品の世界に引き込まれてしまった。身振りも完璧だし、露骨な言動も行動もなかった。本当に魔法を使うかのように鳩が出たり消えたりしているのだ。
アイゼルネは肩を竦め、
「じゃあ鳩を呼び戻してあげるから大人しく遊んでてネ♪」
「呼び戻せるの!?」
「鳩はおねーさんのお友達だもノ♪ 指を鳴らしたら出てきてくれるわヨ♪」
パチン、とアイゼルネは指を鳴らし、
「あら、鳩ちゃんってばハルちゃんの頭が気に入っちゃったみたイ♪」
「鳩がオレの頭に!?」
指を鳴らしたことが合図となり、いつのまにかハルアの頭の上に紙製の鳩が出現していた。転送魔法でも使ったのかと言わんばかりの自然な動きだったが、残念ながら転送魔法を使った雰囲気はない。
ハルアの頭に出現した紙製の鳩に、ショウやリタ、リリアンティアは「ど、どうやって!?」「いつのまに頭の上に!?」「鳩様がまた出てきてくださいました……!!」と驚愕したりはしゃいだりと忙しない。感情の乱高下が起きてそろそろ倒れでもしそうである。
アイゼルネはさらに、パチンと指を鳴らす。
「あら、鳩ちゃんがお友達を連れてきたわヨ♪」
「わあ、俺の頭の上にも!?」
「わ、私の頭にもいらっしゃいます!?」
「身共の頭にも鳩様が!!」
お友達と称して、ショウ、リタ、リリアンティアの頭にもハルアの頭に乗せられた紙製の鳩と同じ鳩が乗せられていた。紙製の鳩を乗せる瞬間が見えないほど自然な動きだった。本当にあれは魔法不使用なのか疑いたくなる。
きゃっきゃとはしゃぐ子供たちに「これで遊んでてネ♪」と言い渡したアイゼルネは、一仕事終えたとばかりに戻ってくる。
大がかりな手品ではないが、鳩を望んでいた未成年組たちにとってはこの上なく嬉しい手品である。ユフィーリアも突発的にアイゼルネの手品を目の当たりにして、その手腕に舌を巻いた。
「お前、いつのまに鳩を仕込んだんだよ」
「ついさっきヨ♪ 大変だったワ♪」
アイゼルネはそれでも楽しそうに笑って、
「でも、手品は誰かを驚かせてナンボでショ♪ 驚いてもらうことこそ、手品の『面白さ』なんだかラ♪」
天才奇術師の元娼婦は「お茶を入れてくるわネ♪」などと言って、居住区画に姿を消す。あれだけ精巧な鳩の折り紙を短時間で4羽も用意するとは、もう本当に何から何まで恐れ入る。
ユフィーリアとエドワードはそれまでの行動を中断し、互いの顔を見合わせる。
鳩を出す手品ではないが、魔法であればまあ再現は可能だろう。あのように驚きもクソもないので面白みも半減はするだろうが。
「ユーリが鳩を出すとしたら死んでるんじゃないのぉ?」
「氷漬けになった状態でシルクハットから出てくるよ。お前の場合は頭が食いちぎれてんじゃねえの?」
「足だけしか出てこないよぉ」
「自慢げに言うなよ」
馬鹿野郎2人では手品など向いていないということが嫌でもよく分かったので、ユフィーリアとエドワードは早々に手品への挑戦を諦めるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】鳩を出す手品で、鳩が捕まえられないから氷漬けにした上で転送魔法で帽子から出したらアイゼルネからダメ出しを食らった。
【エドワード】鳩を出す手品で、鳩が美味しそうだったから思わず食べちゃって足しか残らなかった。アイゼルネから引っ叩かれた。
【ハルア】帽子をひっくり返しても鳩が出てこないのでしょんぼり。手先は器用でも出来ることと出来ないことがある。
【アイゼルネ】仕込めば鳩を出すことさえ出来る天才奇術師。折り紙も得意なので、今回の鳩の手品は急いで仕込んできた。
【ショウ】手品のタネはどれほど聡明でも分からないものなのです。うん。分からない方がいいこともある。
【リタ】アイゼルネの手品が忘れられず、たびたび用務員室を訪問。ハルアの手品の練習に付き合いつつ、本職の手品が見れないかなって期待。
【リリアンティア】あんな大掛かりな手品は初めて見た。手品とは鳩を出すものだと思い込んでいる。