第8話【問題用務員と愛ある言葉】
「収穫祭も終わるナ」
「今年も生きてる人間を引き込めなかったナ」
「残念ダ」
「残念」
アイゼルネによる手品ショーに満足したのか、大量のジャック・オー・ランタンはふわふわと空を飛んで帰っていく。
夜空には大量の南瓜が犇めき、それは見事な大行列を成していた。南瓜に灯った鬼火たちが星明かりのように空を照らしており幻想的な光景を伝えていると同時に、大量の南瓜が蠢いているので若干気持ち悪さがある。ショウが小さく「南瓜の川流れ……」と呟き、ハルアが撃沈していた。
大量のお菓子を抱えて、ジャック・オー・ランタンたちは満足そうである。口先だけは人間を自分たちと同じ土俵に引き摺り込めなかったことを悔しがっているものの、収穫祭終盤のアイゼルネの手品ショーが楽しかったのか不満げな様子はない。
すると、最後の1体がするりとアイゼルネの脇を通り過ぎる時に、何かを思い出したように彼女へ振り返る。
「オメェ、凄えじゃねえカ」
「お褒めに預かり光栄だワ♪」
アイゼルネが真っ赤なドレスのスカートを摘んで優雅に会釈をすると、ジャック・オー・ランタンはどこか羨ましげに南瓜の表面に刻まれた目を細める。
「ジャック・オー・ランタンなのに、いっぱいの人間に愛されてんのナ。オレ様は悪いことをいっぱいしてきたから、誰にも愛されずに南瓜の悪魔に成り果てちまったけド」
「…………」
「オメェはこっちまで来るんじゃねえゾ。それだけ愛されてりゃ、オメェがこっち側に来た暁にゃたくさん恨まれるしナ」
ジャック・オー・ランタンは「ホホホ」と調子外れな声で笑いながら、最後の1体として南瓜の悪魔の群れに紛れ込んでいく。
大群をなすジャック・オー・ランタンたちは愉快そうに笑いながら、徐々にその姿が遠くなっていく。あるべき煉獄に帰っていくのだ。再び会うのは、来年の収穫祭の時である。
大量のジャック・オー・ランタンを見上げていたアイゼルネは、
「ユーリ♪」
「おう」
「おねーさん、愛されてるのかしラ♪」
海賊船の形をした浮舟の残存魔力を確かめていたユフィーリアは、返却作業を一時中断する。
彼女は、出会った時から控えめだった。それでいて、他人から愛されようと必死だった。誰かの為のドレス、誰かの為の化粧、誰かの為の愛想笑いに話題と何ひとつとして『自分の為』という部分がなかった。
前職が娼婦だったからこそ、客を取る為に必死だったのだろう。あとで判明したが、どうやら姉の最期を看取る際に「大嫌い」と吐き捨てられて今生の別れとなったものだから余計に愛されることを望んだ訳だ。
嫌われないが為に相手が好むような笑顔と言葉を選び、嫌われないが為に相手が望むような姿に変化する。彼女はそれを良しとしてきた。
「なるほどな」
ユフィーリアは納得したように頷き、
「お前ら、アイゼが愛の言葉をご所望だぞ!!」
「大好きだよぉ、アイゼぇ」
「アイゼ、大好きだよ!!」
「マ♪」
ユフィーリアの号令に対して即座に回答したのが、エドワードとハルアの2人である。アイゼルネが『嫌われないが為に自分自身を押し殺す』という行動を知っているが故に、対処法も早かった。
まあ当然だが、ここで「好き」以外の回答はない。嫌いであったのならばそもそもとして一緒の空間で生活することすらままならないのだ。
完全に置いてけぼりを食らったショウは、戸惑うように「え」と言う。
「え、あの」
「ショウちゃんからの『大好き』の声が聞こえないゾ♪」
「だ、大好きです!!」
アイゼルネに催促され、ショウはヤケクソ気味に叫ぶ。ちょっとばかりアイゼルネへ嫉妬してしまうが、観客に対するサービスだとでも思えばいいだろう。
「何も心配する必要はねえよ、アイゼ。お前は十分に愛されてる、自分らしく振る舞ったって誰も嫌いになったりはしねえさ」
ユフィーリアは「そうだろ?」と言う。
もう嫌われたくないが為に自分を押し殺す必要はない。他人の為の化粧もドレスも必要はない。ヴァラール魔法学院で用務員として勤務する限り――そして問題児として校内を騒がせる限り、万人に好かれるようなことはないだろうが、身近な人物が嫌うようなことはないのだ。
アイゼルネは十分過ぎるほど愛されている。紅茶を入れるのが上手で、お洒落や美容に敏感で、マッサージで天国を見せてくる用務員室の大事なお茶汲み係だ。
すると、
「ハルさん、アイゼさんは何で急にあんなことを言ってきたんだ?」
「アイゼのお姉さんが死ぬ時に、嫌いって言ったんだって。そのせいで今もオレたちに『嫌われるんじゃないかな』って思っちゃうんだって」
「何と」
コソコソと言葉を交わす未成年組の会話の内容が聞こえてしまっていた。エドワードとハルアはアイゼルネとも付き合いが長いので過去の事情も色々と知っているのだろうが、まだヴァラール魔法学院にやってきて1年未満のショウにとっては初耳のことだったのだ。
驚いたショウは、次いでハルアにコソコソと耳打ちをする。琥珀色の瞳を瞬かせたハルアは元気よく頷くと、何故か海賊船の形をした浮舟を降りていった。
戻ってきた時には、彼は友人であるリタをずるずると引き摺っていた。リタもハルアから何やら事情を聞いたらしく、表情にやる気が満ち溢れている。
「アイゼ、大好きだよ!!」
「アイゼさん、大好きです。いつも美味しいお紅茶をありがとうございます」
「アイゼルネさん、大好きです!! さっきは助けてくれてありがとうございます!!」
「あとね、お洒落さんなところも好き!!」
「文字が綺麗なところも好きです」
「色々と親身に相談に乗ってくれるところも好きです!!」
未成年組、そしてリタがアイゼルネを取り囲むや否や、褒めて褒めて褒めちぎっていた。謎の褒め褒め祭りが開催されてしまった。
やれ「体型維持に気をつけている真面目さ」とか「マッサージの腕前」とか「美容に詳しいところ」とか他にも色々とアイゼルネのことを満遍なく褒めていた。褒め言葉の羅列に遠慮はなく、聞かされているユフィーリアやエドワードが謎に照れてしまうぐらいに矢継ぎ早な褒め言葉の嵐が炸裂する。
最初こそたくさん褒められて気分が良くなっていたらしいアイゼルネだが、褒め言葉がいくつもいくつも飛んでくると戸惑いを見せ、とうとう頬を赤らめて顔を隠してしまった。いつもは軽くかわすはずなのに、かわせないぐらいの褒め言葉は致命打となったようである。
「珍しいな、アイゼが照れてる」
「褒められることなんて慣れてるはずなのにねぇ」
ユフィーリアとエドワードは互いの顔を見合わせると、
「照れ顔も可愛いぞ、アイゼ!!」
「もっと照れ顔ちょうだぁい」
「余計なことを言わなくていいのヨ♪」
苛立たしげに返すアイゼルネは、どこからともなく取り出した1枚のトランプカードを掲げる。
「もう嫌♪ 恥ずかしいワ♪」
「逃がさないよ!!」
「もっと褒めてあげますね」
「アイゼルネさんの素敵なところ、まだまだありますよ!!」
幻惑魔法で姿を眩まそうとした寸前で、未成年組とリタに抱きつかれて行動を阻止される。しかもショウがサッとトランプカードを取り上げてしまったので逃げるに逃げられなくなってしまった。
その後も純粋に褒めたり「大好き」の言葉をぶつけてくる3人に耐えきれず、アイゼルネはその場にしゃがみ込んで恥ずかしさのあまり泣き始めてしまった。泣いたって追い打ちをかけるのが問題児である。
その光景を笑いながら眺めていたユフィーリアだが、
「何か忘れてるな……」
氷漬けにされたまま放置されている吸血鬼のことなどすっかり忘れ、ユフィーリアは収穫祭の撤収作業に取り掛かるのだった。
このあと収穫祭の片付けの際に氷漬けとなった吸血鬼をキクガが発見し、「冥府で反省させる訳だが」などと言いながら冥府天縛で簀巻きの状態にして引き摺って帰っていくのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】そういえば吸血鬼の存在を忘れていたな。せっかく未成年組の玩具にしようと思ったのに。
【エドワード】ユフィーリアから吸血鬼の話を聞いて「それならお風呂で洗えばよかったかねぇ」などと言っていた。拷問する気満々。
【ハルア】ユフィーリアから吸血鬼の話を聞いて「十字架に縛り付けてあげればよかった!!」と言ってのけた。それ用の道具はいろいろあるよ!!
【アイゼルネ】かつては用務員のみんなに嫌われないか心配するあまり、定期的に愛ある言葉を求めた。未成年組に見つかったのが運の尽きである。
【ショウ】ユフィーリアから吸血鬼の話を聞いて「火刑?」などと物騒なことを言ってのけた。やるなら徹底的にだなぁ。
【リタ】ハルアから「アイゼを褒めてあげて」と事情を説明されて、喜んで参戦した。助けてもらった恩がありますから!
【キクガ】吸血鬼をお持ち帰りの上、「そんなに血が好きなら好きなだけ飲め」と血の池に重しをつけて突き落とした。拷問ならお任せあれ、ぶい。