第7話【問題用務員と手品ショー】
校庭に用意したものは移動式の浮舟、大量のお菓子、キラキラ玉である。
「ちなみにこの移動式の浮舟ッスけど、舵輪で操縦するんでよろしくッス。あまり速度は出ないから『つまんねえ』とか言い出して急に空を飛ぶような真似はしないようにするんスよ。まあでも実は舵輪に取り付けた隠しボタンでそんな機能があったり何かしちゃったりしてうへへへ船底に推進装置を取り付け」
「エド、この馬鹿タレを黙らせてくれねえかな」
「はいよぉ」
「暴力反対!!」
涎を垂らしながら移動式の浮舟について説明する副学院長のスカイをエドワードの暴力行使によって黙らせ、ユフィーリアはそっとため息を吐く。
これらは全て、アイゼルネが求めたから用意したものだ。移動式の浮舟も副学院長の胸倉を掴んで「この前、魔法兵器の実験に付き合ったんだから協力してくれるよな?」という脅しで材料費タダで作ってもらったのだ。急拵えとはいえ、出来栄えはさすが天才発明家と言わしめるだけの実力はある。
ただまあ、説明を聞く限りでは余計なものがついて回ったような気がする。推進装置がどうとか空を飛ばすとか、注文していないものまでつけたみたいな説明に頭を抱えざるを得ない。何でそんな余計なものをつけちゃうのか。
バケツいっぱいに満たすお菓子を抱えたユフィーリアは、
「アイゼ、準備できたのか?」
「もちろんヨ♪」
コツン、と踵の高い靴を鳴らし、アイゼルネが姿を見せる。
仮装用のゴシック調ドレスから打って変わり、色鮮やかな赤色のドレスを身に纏う彼女は「お待たセ♪」なんて笑う。目に優しくない緑色の髪を緩やかに波打たせ、散らばる真珠のヘアチェーンが収穫祭の賑やかな光を受けて色とりどりに輝く。露出の多い赤色のドレスは裾が引き摺らんばかりに長く、腰元まで深く刻まれた切れ込みから球体関節が特徴的な義足が垣間見えた。
これで南瓜の被り物でもすればいつものアイゼルネの格好なのだが、今日ばかりは違う。遠目からでも分かる派手な目元、血色のいい頬、ふっくらとした唇には真っ赤な口紅を引く。誰もが振り返るような絶世の美女だが、左頬の引き裂けたような深い傷跡と針金で無理やり留めたみたいに見える縫合の痕跡が痛々しさを伝えてくる。
普段は絶対に素顔を見せることのない彼女だったが、今日は何の惜しげもなく顔を晒している。初めて見るだろうアイゼルネの素顔に、副学院長や他の人物も呆気に取られていた。
「今日は収穫祭だからサービスしなきゃネ♪」
「いいのか? すっぴんは恥ずかしいんだろ」
「舞台では傷顔も目立っていいのヨ♪」
そんなことを言って、アイゼルネは副学院長が作成した移動式の浮舟に上る。ユフィーリアたち問題児も、慌てて彼女の背中についていった。
浮舟の形は、さながら海賊船を想起させる意匠が特徴的である。夜空を貫かんばかりに伸びる帆柱に、広げられた黒い生地の帆にはヴァラール魔法学院の校章が印字されている。見た目こそ小さめの海賊船であるが木製でありながらもしっかりした作りとなっており、問題児全員が乗りこんでも床が抜けるようなことにはならない。
高さはそれなりにあるので、ハルアとショウの未成年組が欄干から身を乗り出してはしゃいでいた。子供らしく瞳を輝かせて甲板を走り回り、エドワードによって捕獲される羽目になっていた。これだけ未成年組が暴れても壊れないのだから、急造でも立派な浮舟を作ってくれたものである。
「ユーリは舵輪をお願いネ♪」
「いや、いいけどさ」
ユフィーリアは舵輪を握りつつ、船首に立つアイゼルネへ問いかける。
「何をするんだ? 本当に分からねえんだけど?」
「素敵な時間ヨ♪」
そう言って、アイゼルネはひらりと両手を見せる。
彼女の両手には何も握られていない。それは明らかだった。手のひらにも手の甲にも何も隠されている余地はなく、また袖のない真っ赤なドレスを着ているので袖に何か物品を隠すことも不可能だ。
だというのに、彼女が両手をグッと握り込むと、どこからか短い棒が出現する。アイゼルネが短い棒の両端を握って左右に引っ張ることで長さを取り戻し、舞台や何かでよく見かけるステッキに変貌を遂げた。
アイゼルネはステッキをバトンのようにくるくると回し、
「ユーリ♪」
見る角度によって色を変える不思議な双眸でユフィーリアを見据え、アイゼルネは真っ赤な口紅を引いた口元に緩やかな笑みを乗せる。
「おねーさんから視線を逸らしちゃ嫌ヨ♪」
そして彼女がバトンの如く回していた杖の先端で虚空を突くと、
――――ひゅー、ドンッ!!
――――ひゅー、ドンッドンッ!!
花火が打ち上げられる音と共に、キラキラ玉が弾ける。
キラキラ玉とは購買部で売られているパーティーグッズで、投げるとキラキラとした紙吹雪を散らしながら爆発するという品物だ。誕生日のお祝いなどで使われることが多く、紙吹雪の他に紙テープやメッセージなどを仕込むことが出来るので幅広い商品の種類が存在する。
アイゼルネに要求されてキラキラ玉を用意したが、いつのまに投げたのか次々と浮舟の周辺でキラキラ玉が弾ける。火薬の匂いに混ざって金色の紙吹雪が散り、視界を豪華に飾り立てた。
爆発の音につられたのか、ヴァラール魔法学院のそこかしこを飛んでいたジャック・オー・ランタンどもがふわふわと寄ってくる。
「何だ何ダ」
「綺麗な星だナ」
「キラキラしてるゾ」
「何でダ?」
キラキラ玉の綺麗な紙吹雪にはしゃぐ大量のジャック・オー・ランタンの前に、アイゼルネは二度ほど浮舟の床を杖で突く。ドンドン、というくぐもった音が耳朶に触れる。
「お菓子は好きかしラ♪」
ジャック・オー・ランタンたちの視線が、アイゼルネに集中する。
赤いドレスの裾を翻し、アイゼルネは再びステッキをバトンの如く回し始めた。くるくると円を描くステッキに、ジャック・オー・ランタンどもの視線が釘付けになる。
くるくると回していたステッキを握り直し、アイゼルネは金色の紙吹雪が舞う夜空を示す。ツイと誰もがステッキの先にある紺碧の空に視線を投げた。見事な視線誘導である。
「今日は収穫祭だもノ♪ ジャック・オー・ランタンだってお菓子がほしいでショ♪」
コン、と音を立てて小さな包みが浮舟に落ちる。
それは透明な包装紙に包まれた飴玉だった。バケツいっぱいに用意していたお菓子の中にあるものと同じお菓子である。
飴玉だけではない。コン、コンと音を立てて硬貨に見立てたチョコレートや個包装されたビスケットなどが、次々とどこからともなく降ってくる。
「トリック・オア・トリート♪」
アイゼルネが収穫祭定番の台詞を口にしてステッキを一振りすれば、お菓子の雨が夜空から降り注ぐ。
飴玉、チョコレート、クッキーにビスケットなど金色の紙吹雪に紛れて降ってきた。まるで魔法のようなそのお菓子の雨に、ジャック・オー・ランタンだけではなくショウとハルアの未成年組も瞳を輝かせた。
雨のように降ってくるお菓子たちに、ジャック・オー・ランタンたちは大いにはしゃいでいた。バラバラと地面に散らばるお菓子を拾い集め、雨の如く降ってくるお菓子たちに手を伸ばす。まるで子供のようだ。
「凄え凄エ」
「お菓子の雨ダ」
「こんなの見たことないゾ」
「魔法カ?」
「魔法に違いねエ!!」
それまで他人に暴力を振るうことを良しとした南瓜の悪魔どもは、今やお菓子に夢中である。バラバラと降ってくるお菓子の雨にはしゃぎ、主人である吸血鬼のことなどすっかり忘れ去っていた。
口々に魔法だと叫ぶジャック・オー・ランタンたちに、アイゼルネは「あラ♪」と心外なとばかりに言う。
ひらりと持ち上げられた右手。指先が別の生き物のように動いたかと思えば、その指先に挟まれていたのはコインの形をしたチョコレート菓子だ。転送魔法を使ったような雰囲気はない。
「おねーさん、今まで1回も魔法を使っていないわヨ♪」
「え!?」
「本当ですか!?」
魔法を使っていない、という発言に未成年組が驚きを露わにした。
「転送魔法とか使ってないの!?」
「どうやってお菓子とか出したんですか!?」
「それは秘密ヨ♪ 女の子には秘密がたくさんあるもノ♪」
悪戯めいて笑うアイゼルネは、ステッキで欄干を軽く叩く。
「ユーリ、出してちょうだイ♪ 収穫祭なんだからパレードでもしまショ♪」
「おうよ、お姫様。欄干から転がり落ちるんじゃねえぞ」
ユフィーリアは舵輪を握る手に力を込めた。
すると、海賊船の形をした浮舟がゆっくりと動き始める。魔力駆動の魔法兵器だが、いきなり最高速度で校庭を走り出すようなことはなく、芝生の海を行く船のように緩やかな速度で進んでいく。
舵輪を握って操縦すると言うが、この広大な校庭で操縦する必要はないだろう。ぐるりと1周するだけでも、この浮舟だったら時間がかかりそうだ。
その間も、アイゼルネはどこからともなくトランプカードを取り出したり、お菓子をばら撒いたり、魔法じみた手品の腕前を披露する。キラキラ玉が弾け飛び、金色の紙吹雪が彼女の手品ショーをより幻想的なものに仕上げた。
「凄えなァ、昔と同じだ」
舵輪を握りながら、手品を披露するアイゼルネの背中を眺めてユフィーリアは呟く。
かつて、どこかの国を訪れた時に移動式のサーカス団が芸を披露していた。規模も大きくて、動物と息ぴったりな芸を見せる団長を筆頭に様々な団員が魔法も織り交ぜて披露する演目は圧倒された。魔法を使ったとは思わせないほど自然な演技の数々は、魔法の天才と言わしめたユフィーリアでさえ舌を巻く実力である。
その中でも特に気に入っていた、2人の姉妹による手品ショー。姉が補佐を務め、車椅子で登場する妹の方が手品を披露する。その手品には魔法が一切関与されておらず、転送魔法すら使わずにトランプカードをどこからともなく取り出したり、補佐役の姉が選んだカードをヒントもなしに言い当てた時は素直に「凄い」と感じた。それぐらいに、幼いながら彼女の手品の腕前は凄まじかった。
彼女の手品が見たくて、移動式サーカス団が国を去るまで通い詰めたほどだ。その奇想天外の手品ショーが、今目の前で繰り広げられている。
「目なんか離せる訳ねえだろ」
ユフィーリアの言葉は、今もなお手品のネタを尽きさせない天才奇術師には届かず終わった。
《登場人物》
【ユフィーリア】かつて見た、移動式サーカス団の演目で幼いアイゼルネの手品ショーにどハマりした。自分がやると魔法を使わざるを得ないのに、アイゼルネが手品をやると魔法を使わないでも出来るって凄いことだと思う。
【アイゼルネ】かつて、移動式サーカス団で手品を披露していた。手先の器用さは問題児でも群を抜いており、視線を誘導するのも上手い。手品の連中は今でも欠かしたことはない。
【エドワード】かつてユフィーリアがアイゼルネの手品ショーにどハマりした際、連れ回された。
【ハルア】アイゼルネの手品を何度か見たことがあるが、1番気に入っているのは帽子から鳩が出てくるあれ。
【ショウ】元の世界でも手品をしている人は見かけたが、純粋に手品が出来る人は凄いと思う。