第6話【問題用務員と暴走する南瓜ども】
さて、問題の吸血鬼である。
「ショウ坊が言うには洗えば消えるって」
「頑固な油汚れじゃないのヨ♪」
転送魔法で呼び出した石鹸を装備し、ユフィーリアは気絶する吸血鬼に迫ろうとする。
こいつだけは許しちゃおけなかった。何せ大事な部下が大変お世話になったからである。頑固な油汚れは石鹸でゴシゴシと擦ってから銀製のお風呂に叩き込んでやるのが最適である。
吸血鬼は流水が苦手なので、風呂だけではなくシャワーを浴びせる方式でもいいかもしれない。どうせなら銀粉を目一杯にぶち撒けてじゅわじゅわ焼けていく中で流し込むのがいいだろうか。
アイゼルネが「止めましょうヨ♪」という説得を受け、ユフィーリアは仕方なしに別の方法を選択する。
「分かった。じゃあこいつは未成年組の玩具にしようかな」
「何も『分かった』じゃないのヨ♪」
「アイゼ、手心を加えなくていいんだよ。逃がせば調子に乗るんだから」
「違うわヨ♪」
アイゼルネは舞踏会で装着する煌びやかな仮面をリタから手渡され、慣れた手つきで顔を覆う。あっという間に見慣れたアイゼルネの姿に戻ってしまった。
「とっとと殺してちょうだイ♪ リタちゃんや他の女の子たちに心的外傷を負わせてどうするのヨ♪」
「あ、そっち? 確かに重要だけども」
現に、気絶を果たした吸血鬼が再び起き上がってくるかもしれないという恐怖心からか、数名の女子生徒はアイゼルネの背後に隠れるだけだ。残りの女子生徒はリタ同様に度胸があるようで、どこかに潜ませていた魔法の杖を取り出すなり「朝日でも浴びせる?」「やっぱりにんにくとか十字架じゃない?」などと会話していた。退治しようとしていやがった。
肝心のリタも気弱そうな普段の態度とは打って変わって、重度の魔力欠乏症状態に陥ったアイゼルネを庇うように立ち塞がり、魔法の杖を気絶中の吸血鬼に突きつけている。悪魔祓いや吸血鬼退治といった方面は彼女の不得手とする魔法なのに、懸命にアイゼルネを守ろうとするその心意気は立派である。
ユフィーリアは肩を竦め、
「仕方ねえな、氷漬けにして学院に持って帰ろう。未成年組の玩具にされて壊れるまで帰れませんってな」
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすると、ユフィーリアは気絶中の吸血鬼を氷漬けにする。
パキン、という音を立てて不格好な氷像に変貌を遂げる吸血鬼。名前などもはやどうでもよかった。会話をする余地すら与えなかった。
ユフィーリアは凍った吸血鬼の頭を持ち上げ、そのままずるずると引き摺る。吸血鬼の身体の重量に加えて、氷の部分もまあまあな重さがある。引き摺ることは出来るだろうが、このままの状況では腰を痛めてしまいそうだ。
「よしとっとと帰ろう」
「そういえば、ここってどこなのかしラ♪」
「学院の外にある廃教会。昔は来たことあるだろ」
吸血鬼の氷像を適当な場所に放って踏みつけ、ユフィーリアはアイゼルネの腰を抱き寄せる。それから周囲をぐるっと見渡し、
「転移魔法で帰るぞ。学院に戻れる自信のある奴は自力で帰ってこい」
「置いていこうとしてない!?」
「この状況で自力で帰れるなら吸血鬼も退治できてるのよ!!」
「馬鹿言わないで!!」
「冗談だよ。いいから近くに寄れ、離れるとどこか別の座標に飛ばされるぞ」
何かこれだけ元気に騒ぐのであれば置いて帰ってもいいかなとは一瞬だけ脳裏をよぎったが、素直に問題児筆頭であるユフィーリアの側に寄ってくる女子生徒たちに何も言えなくなってしまう。口先だけは回るが、本当はよほど怖かったと見える。
女子生徒が残らず近くにいることを確認してから、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りする。
青色に輝く魔法陣が展開され、足元に広がると同時に視界が切り替わる。一瞬にして古びた教会から、見慣れた魔法学院の敷地内に戻ってきた。
踏みしめた地面には揃えられた芝生が敷かれ、東屋や噴水などには収穫祭らしい装飾がたくさん飾り付けられている。忙しそうにバタバタと魔法学院の教職員が校舎内を駆け回っているところまで確認できた。
「適当に座標を選んだら中庭だったか」
「適当に座標を選んで成功するのってユーリぐらいのものヨ♪」
腰を抱き寄せられたアイゼルネが呆れたように言う。
その時、すぐ目の前を南瓜の怪物が物凄い速度でかっ飛んでいった。その南瓜の怪物に驚いた数名の女子生徒の口から甲高い悲鳴が漏れる。
視線でその空飛ぶ南瓜を追いかけると、南瓜の悪魔であるジャック・オー・ランタンがどこかを目指して飛び去っていった。逃げていると見受けられる慌てぶりだった。
その後ろから、
「南瓜ああああああああああああ!!」
「パンプキンスープかパンプキンタルトか、どちらか選んでもらえますかあああああああああああああ!?」
夜空に轟けとばかりに大絶叫が響き渡り、歪んだ白い三日月がすっ飛んでいく。
再びそれらを視線で追いかけると、裾がボロボロに加工されたお化けメイド服姿のショウと冥砲ルナ・フェルノにしがみついている包帯男のハルアが逃げるジャック・オー・ランタンを追跡していた。確かにあの気迫では逃げる他はなくなる。
追いかけ回された果て、疲れて速度を落とすジャック・オー・ランタンを冥砲ルナ・フェルノで轢き潰す。思い切り南瓜の頭部を轢かれたジャック・オー・ランタンは黄色い南瓜の中身をぶち撒けて昇天した。あの行為がまさか悪魔祓いになるとは想定外である。
唖然とするユフィーリアとアイゼルネ、それから救出された女子生徒たちの前に、4体ほどのジャック・オー・ランタンを小脇に抱えたエドワードが通りかかる。まるで荷物でも運搬するような気楽さで、彼は暴れる南瓜の悪魔たちを押さえ込んでいた。
「エド、何してんだ?」
「あ、ユーリぃ。お帰りぃ。アイゼも他の女の子たちも無事でよかったねぇ」
ユフィーリアの声に応じるエドワードは、変わらずジャック・オー・ランタンの頭部をまとめてギチギチと締め上げながら答える。
「ジャック・オー・ランタンをどうにかしてるんだよぉ。ただでさえ人数が増えてるしぃ、それに何だか暴走気味なんだよねぇ」
「暴走?」
ユフィーリアは眉根を寄せる。
ジャック・オー・ランタンが暴走を始めるなど聞いたことがない。収穫祭の時期だからちょっとばかりテンションが振り切れちゃってはしゃいじゃうこともあるだろうが、暴走するほどおかしなことになるだろうか。
先程もショウとハルアの未成年組に追いかけ回されていたジャック・オー・ランタンも別段おかしな部分は見えなかったし、むしろ未成年組に追いかけ回されて可哀想なことになっていた。あれで『暴走』しているのがジャック・オー・ランタンであれば、早急に眼球を取り替えるべきだと思う。
エドワードは「そうだよぉ」と頷き、
「ほらあんな感じにぃ」
「うわうわうわ」
「あれ何かしラ♪」
エドワードが示した方向には、何故か1箇所に固まって頭突きを繰り返す南瓜の悪魔の集団がいた。誰かが南瓜の悪魔から総攻撃を受けているらしい。
南瓜の悪魔たちが揃って頭突きを繰り返すものだからその姿が見えず、何やら甲高い声で「ちょ」とか「やめ」とか聞こえてくるものの特徴とは捉えづらい。正体が判断できず、助けることも躊躇する。
ユフィーリアとアイゼルネが固まっていると、エドワードが小脇に抱えていた南瓜の悪魔どもをまとめてぶん投げる。
「おらァ!!」
裂帛の気合いと共にぶん投げられたジャック・オー・ランタンたちは、あの南瓜の悪魔に集られている何者かをめがけてすっ飛んでいく。抵抗する間もなく飛んでいったジャック・オー・ランタンたちは、同族と衝突するとパッと四方に散り散りとなった。まるでビリヤードである。
その下から現れたのは、髪も乱れて衣服もよれている学院長のグローリア・イーストエンドだった。どこか疲れ切った表情を見せた彼は、一斉に逃げ出す南瓜の悪魔どもを睨みつける。
魔法で召喚した純白の表紙が特徴の魔導書を開き、真っ白な頁に手を翳すグローリアは、
「昇天しろぉ!!」
怒りに満ち満ちた声で叫ぶなり、天空から光り輝く槍を降らせる。
夜空が一際強く輝いたかと思えば槍が伸びて、ふわふわと空中を漂う南瓜の悪魔たちをまとめて薙ぎ払う。何体か回避されたものの、大半は空から伸びた光の槍に薙ぎ払われた瞬間にじゅわっと蒸発して消えてしまう。
乱暴なやり方だが、あれも立派な悪魔祓いの魔法である。そもそも悪魔は光系の魔法に弱いので、最悪の場合は光源魔法でピカピカ光りながら突撃でもすれば逃げていくものだ。
グローリアは「もう!!」と叫ぶなり、
「いくつ召喚したんだ!! 収穫祭のどさくさに紛れてやってきた悪魔もいるでしょ絶対に!!」
頭を掻き毟り、彼は南瓜の悪魔どもを仕留める為に大股で校舎内に戻っていった。問題児には気づいていないほど、南瓜の悪魔に苛立ちが隠せていない様子である。
「きゃああッ!?」
「ちょ、何よこれぇ!!」
甲高い悲鳴が耳朶に触れ、ユフィーリアは弾かれたように振り返る。
せっかく吸血鬼の根城から救出してきた女子生徒に、今度は大勢の南瓜の悪魔どもが殺到する。自分の主人の元に連れて行こうとはせず、その大きな南瓜で女子生徒たちにも頭突きをし始めた。
未だ被害に遭っていないリタの元にも、1体の南瓜の悪魔どもが襲撃する。その立派に実った南瓜の頭を振り上げ、叩きつけでもすれば怪我は免れない。
「リタに何すんの!!」
すると、頭上から飛来した何者かがリタに向かっていた南瓜の悪魔を真っ二つにする。
飛び散る中身、じゅわっと蒸発する南瓜の悪魔。そして着地を果たしたのは、ハルアである。
リタを庇うように南瓜の悪魔へ立ち塞がるハルアは、手にした神造兵器『エクスカリバー』で次々と南瓜の悪魔を叩き切る。切断された南瓜の悪魔は軒並み蒸発して消え失せ、輪切りにされた南瓜だけが中庭に転がった。
ハルアは「もう!!」と怒り気味に足踏みし、
「しつこいなぁ!!」
「ハル、お前いきなり飛び降りてくるなよ」
「あれ、ユーリお帰り!! いつのまに帰ってたんだね!?」
「ただいま。気づいてくれなくて悲しいよ、アタシは」
ようやく帰還に気づいたらしいハルアに、ユフィーリアは肩を竦める。
冗談はさておいて、南瓜の悪魔どもをどうにかしなければならない。
空を漂う南瓜の悪魔たちは、地上にいる人間を次々と頭突きで攻撃している。悪戯ではなく、これが暴走することで他人に頭突きするしかなくなる状況のようだ。悪魔を契約で縛り付けていたが、主人が氷漬けにされるという中途半端な最期を迎えたことで変になってしまったらしい。
未成年組の玩具にする予定を変更してとっとと灰にしてやるべきか、とユフィーリアは連れてきた吸血鬼の氷像に視線を落とす。それから煙管を握り直すと、
「ユーリ♪」
そっと、アイゼルネがユフィーリアの煙管を握る手を制する。
「おねーさんに任せテ♪」
《登場人物》
【ユフィーリア】部下が世話になったらお礼参りは3倍返しが基本の魔女。未成年組に絶大な信頼を寄せる。あいつらなら玩具にしてくれる。
【アイゼルネ】疲れさせた原因だから、とっとと浄化してほしかった。
【リタ】戻ってきたら南瓜の悪魔たちの頭突き攻撃に晒されるという事案に遭遇したが、ハルアに助けられた。このあと「ぽやー」してた。
【エドワード】南瓜の悪魔を捕獲して食ってやろうかなって考えてた。
【ハルア】あのまずい南瓜、いきなり頭突きし始めてきたと思ったら友達を狙い始めて嫌いになりつつある。
【ショウ】あの南瓜、ユフィーリアなら美味しく料理してくれるしどんなに不味かったとしても大和魂で完食してみるぜいざ実食! え? ダメ?
【グローリア】魔力が高すぎるので集られてた。