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第4話【南瓜の娼婦と救世主】

 ――透明化症候群クリアランスという不治の病がある。


 世の中には個人の保有する第2の血液『魔力』が存在し、その魔力が流れる箇所を魔力回路と呼ぶ。魔力は保有する個人によって性質が異なり、魔法の使用者を判断する材料にもなり得る重要な情報だ。魔力の性質は千差万別だからこそ、他人の魔力の性質と同じになることは絶対にない。

 透明化症候群という病気は、この個人が持つ魔力の性質を消してしまうのだ。本来であれば個人が持っているはずの性質が消えてしまったことで、魔法を使っても個人が特定されなくなってしまう。これは回復魔法や治癒魔法で治るような病ではなく、代々受け継がれていく遺伝的な病気だ。


 つまり、この病気を悪用すると、本来であれば特定できるはずの魔法の事件も他人になすりつけることが出来るという訳で。



『オメェは運がいい。このオレ様は収穫祭の悪魔、ジャック・オー・ランタンだ。こと変身魔法に関して言えば悪魔の中でもダントツの腕前だゼ』



 ふわふわと、目の前を漂う南瓜の悪魔が笑う。



『オメェが魔法で誰を殺そうが、誰を騙そうが、オメェと判断して追うことは出来なくなるって寸法ダ。オメェは好きなだけ罪を犯し放題、罪の意識に怯えて生きることもねえって訳ダ』


『そんな、の』


『何言ってんだヨ』



 ニヤリと歪んだ笑みを見せた南瓜の悪魔は、



『だーれもオメェのことなんざ愛してねえんだロ。オメェはただ自分の体質を利用され、そして惨めに死んでいくんダ。――なあ、じゃあヨ』





 ――――こんな世界、愛する必要なんてないんじゃねえノ?





 悪魔の甘言が、するりと耳朶を滑り込んでいく。


 両足がないせいで、誰からも疎まれていた。真に愛してくれる人なんていない。誰だって「邪魔な女だ」と見てくるに決まってる。

 世界が愛してくれないのであれば、愛する必要などないではないか。真面目に、平和に生きることなんてしなくていいではないか。ここまで突き放してくれた世界を、より強く恨んだって誰も咎めやしない。


 それなら、



『さあ、手を取れ宿主。痛いことも苦しいことも、もう終わりダ。これからはずっと一緒に、誰かを騙して惑わせて同じ友達を増やそうゼ』


『――――ええ』



 南瓜の悪魔に手を伸ばす自分は、



『誰も愛してくれないなら、壊れてしまえばいいのよ。こんな世界なんて』



 愚かにも、その悪魔の言葉に乗ってしまった。


 ニィ、と歪んだ笑みを深めた南瓜の悪魔が、ばさりとマントを翻して自分の頭に被せてくる。視界が真っ暗になったと思えば、チクリと頬の辺りに痛みが走ったと同時に元あった光景が広がる。

 血に塗れた床、壁。儀式用の道具らしい物品も血に濡れた状態で転がっており、肉塊が部屋の隅に転がっている。確かあれは、自分を娼館から解放してくれた魔法使いの男だっただろうか。今となれば、どうとも思うことはないけれど。


 そっと痛みを感じた頬に触れれば、引き裂かれたはずの左頬が縫合されていた。それも綺麗な状態ではなく、まるで針金で無理やり留めたかのような傷跡になっている。



『オレ様と契約した証として「魔痕」をつけさせてもらったゼ。いい女になったじゃねえカ』



 頭の中で、南瓜の悪魔のものだろう弾んだ声が響く。





 ――本当に?





 本当に、これでよかったのだろうか。今更ながら、手を払って逃げればよかったのではないかという考えが生まれてくる。

 でも両足のない自分が逃げられる場所など限られてくる。這いずってでも逃げればよかった? そんなことをしても追いつかれるのが関の山だ。


 父も母も死に、姉には最期に恨み言を吐かれ、結婚を申し込まれて幸せになれるかと思えば悪魔召喚の生贄にされそうになり。最後の最後で南瓜の悪魔に縋って、自分の将来を棒に振った。



(もう戻れない)



 煌びやかな舞台上、万雷の喝采を全身で浴びる移動式サーカスの公演。純粋に「手品が楽しい」と思っていた、あの無垢な自分はもういない。

 あの頃には、もう戻れない。こんなにも汚れてしまった自分に、そんな資格などない。


 その事実が無性に寂しくて、背筋を丸めて涙を流す。視界が歪み、目頭が熱くなり、やがて大粒の雫となって溢れ出す。



『――――遅かったか』



 その時、聞こえてきた百合の花のような声に、自分は顔を上げた――。







 ――「宿主、オメェしっかりしろヨ。今は吸血鬼が目の前にいるんだゾ」







 叱責するような声が、アイゼルネの意識を引き戻す。


 弾かれたように顔を上げると、目の前までジャック・オー・ランタンの巨大な南瓜の頭が迫っていた。頭突きでもしようとしているのか。

 慌ててアイゼルネは防衛魔法を発動させる。頭突きをする寸前で展開された防衛魔法の障壁とぶつかり、ジャック・オー・ランタンは弾かれた。頭部に盛大な欠損が見られたものの、すぐにその傷跡も何事もなかったかのように回復してしまう。



「『何すんだ、危ねえだろ!?』」



 声を荒げる、彼女のように。

 今はユフィーリア・エイクトベルを演じているのだ。弱々しい姿は彼女らしくない。


 イーダは即座に防衛魔法で己が身を守ったアイゼルネに、感心するような口振りで言う。



「あらぁ、魔法を使うのは上手いのねぇ」


「『性格悪いな、お前。高等吸血鬼っていうから正々堂々やってくるかと思ったら、雑魚を従えただけのお姫様気取りか?』」



 あえて挑発する、彼女のように。

 少しでも背後にいる存在から意識を逸らさせろ。狙いをこちらに引きつけろ。


 その挑発に苛立ちの表情を見せたイーダは、



「口だけはよく回るのねぇ、アナタ。とっとと死ねばいいのよぉ」



 イーダは暗闇の中に炯々と輝く赤い双眸を、くるりと周囲に巡らせる。


 彼女に付き従うようにふわふわと漂っていた南瓜の悪魔の軍団が、一斉にギョロリとアイゼルネへ顔を向けた。南瓜の表面に刻まれた眼窩や口元を示す穴から大量の鬼火が噴き出す。

 ツイとイーダが白魚のような指先でアイゼルネを指し示すと、南瓜の悪魔たちは一斉にアイゼルネめがけて飛んできた。あの吸血鬼、自分で動く気配は毛頭ないらしい。


 アイゼルネは右手を掲げ、



「『〈大凍結イ・フリーズ〉』」



 魔法を発動。


 真冬にも似た空気が古びた教会の内部に流れ込んだと思えば、次の瞬間、飛んできた南瓜の悪魔たちがまとめて氷漬けにされる。氷漬けにされたことで重力の制限がかかり、床に叩きつけられて粉々に砕け散った。

 硝子にも似た繊細な音が響く。イーダの表情が引き攣ったことを確認してから、次の魔法を選んだ。再び、真冬の如き冷たい空気が流れ込む。



「『〈蒼氷の塊(ゼルダ・フリーズ)〉!!』」



 青色を帯びた氷の塊が、イーダの頭上から降り注ぐ。


 イーダは自分の身体を蝙蝠こうもりのように変化させて、一抱えほどもある氷の塊を回避した。氷の塊から大幅に離れた位置で着地を果たし、彼女はこちらを睨みつけてくる。

 もうイーダの周りには南瓜の悪魔たちはいない。おそらく少数だけを手元に残し、あとはヴァラール魔法学院の敷地内に置いてきたのだろう。少しでも追っ手を減らす為の判断だろうが、それが間違いだった。



「このぉ、生意気な小娘がッ!!」



 苛立ちに任せて激昂したイーダは、力強く床を踏み込んでくる。


 飛び抜けた身体能力に物を言わせ、白髪を靡かせて肉薄。彼女の5本の指先はいつのまにか鋭利な爪が生やされており、ギラリとそれが目の前で鈍く輝いた。

 咄嗟にその場から飛び退って距離を取り、ユフィーリアは床を踏みつける。真冬にも似た空気が流れると同時に、地面から生えた氷柱の群れがイーダに襲いかかる。剣山の如き氷柱の群れから逃れる為に、イーダはまた蝙蝠のような姿に変身して逃げた。



「『その程度か、吸血鬼がよぉ!! ジャック・オー・ランタンを手元に置いてなかったのが悪かったなァ!!』」



 笑いながら、ユフィーリアは指を弾いてさらに魔法を発動。氷柱を次々と生み出すと、蝙蝠の変身を解いた状態のイーダめがけて飛ばす。

 自動的にイーダを追いかける氷柱。蝙蝠の変身を解いた直後は硬直状態にでもなるのか、再び蝙蝠の姿に変身することはなく転がるようにして回避する。


 まだ生きているのか。しぶとい吸血鬼である。このまま氷漬けにしてかき氷として振る舞ってやった方がまだいいのではないか。



「――アイゼルネさん、もう止めてッ、止めてください!!」



 悲鳴が聞こえる。



「身体、身体が凍りついてッ、アイゼルネさん死んじゃう、魔力欠乏症マギア・ロストになっちゃいますッ!!」



 振り返ると、そこにいたのは赤いおさげ髪が特徴的な女子生徒が涙を流してもう止めるようにと訴えていた。


 その言葉の内容に、ユフィーリアは首を傾げる。

 一体誰のことを言っているのだろうか。そんな名前に聞き覚えはない。



(知らねえ)



 あいぜるねとは誰だっただろうか。


 知らない、よく分からない。

 だってこの場にいるのはユフィーリアだ。問題児筆頭。氷の魔法が得意な魔法の天才。星の数ほど存在する魔法を手足の如く操る、才能に溢れた魔女。


 しらない、わからない、なにも、なにも。



「よそ見をしてる暇があるのぉ?」


「『だッ!?』」



 横から張り手を受け、ユフィーリアはその場に崩れ落ちる。


 立てない。見れば両足の膝から下が氷漬けになっていた。ようやく自分自身が魔力欠乏症に陥っていることに気づく。

 忌々しげに睨みつけてくるイーダはユフィーリアへ馬乗りになり、何度も殴りつけてきた。痛み。衝撃。反撃する余地すら与えられず、ただひたすらに。


 最後にイーダはユフィーリアの細い首に、自分の指を巻きつける。グッと力を込めて、喉を圧迫してきた。



「このまま殺してやるわぁ、アバズレ。殺したあとにゆっくり血を啜ってやるわよぉ」



 息が出来ない。

 酸素を求める為に口を開ければ、さらに体内の酸素が抜けて息苦しさが増す。


 抵抗をする為にせめてもの氷柱を生み出そうとするも、すでに魔力欠乏症に陥った身体では氷柱どころか氷片すらも生み出せない。



「――――××××・××××!!」



 その時、教会の硝子絵図が外側から叩き割られ、誰かが飛び込んでくる。


 極彩色の雨が、教会に降り注ぐ。

 ユフィーリアの喉を締め上げていたイーダの指先が、僅かに緩められた。硝子絵図をぶち破って飛び込んできた乱入者の姿に驚いたようである。


 ぱり、と硝子の破片を踏みしめたその人は。



 ぎんいろのかみと、あおいひとみの、魔女。

《登場人物》


【アイゼルユフィーリア】魔女で強くて格好良くてだから負けてはいけなくて、弱いのは私の知っている魔女様じゃないのだから負けちゃダメなのダメダメだめだめだめだめだめだめめめめめめめめめめ。


【リタ】徐々に氷漬けになっていくアイゼルネを心配するあまり、逃げることさえ出来ずに残ってしまった。

【イーダ】吸血鬼の中ではそこまで強くはないが、やっぱり吸血鬼なので一般人に比べると強い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回の迫力とシリアスな展開に、本当にすごい作品を読んだと思いました。 >【アイゼルユフィーリア】魔女で強くて格好良くてだから負けてはいけなく…
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