第3話【問題用務員と南瓜の娼婦の行方】
大勢の女子生徒が攫われたことで、ヴァラール魔法学院はてんやわんやの状況だった。
「連れ攫われた生徒の目録は!?」
「居場所の特定を早く!!」
「もうやってるわボケェ!!」
指示と罵詈雑言が、校舎内を飛び交う。
ユフィーリアもまた誘拐された女子生徒の探索に駆り出されていた。魔法を駆使して探査魔法を実施し、南瓜の悪魔どもが少女たちをどこに連れて行ったのか特定を急ぐ。
また、ユフィーリアだけではなく他の問題児も女子生徒の探索作業の為に校舎の外を駆け回っていた。彼らの目的は女子生徒ではなく、友人であるリタと彼女を助けようとして一緒に連れ攫われてしまったアイゼルネだ。他の人物はこの際だからどうでもいい。
髪の毛に葉っぱをたくさんつけた状態で、問題児の男子勢が「ダメだ!!」と口を揃えて叫ぶ。どこを駆け回っていたのか容易に想像が出来る格好だった。
「ジャック・オー・ランタンが邪魔すぎるよぉ!!」
「何なのあれ!! 嫌いになりそう!!」
「全員捕まえて焼き南瓜にしてもいいか!?」
「落ち着けお前ら。あとショウ坊、ジャック・オー・ランタンを燃やして食おうとしてねえか? 止めよう?」
男子勢が口々に訴えてくるのは、南瓜の悪魔であるジャック・オー・ランタンがアイゼルネとリタの捜索を邪魔してくることだった。現に、今もなお大量に夜空をふわふわと漂っている。
ヴァラール魔法学院に残った女子生徒は、リリアンティアを中心とした『南瓜の悪魔をボコボコにし隊』によって守られているので連れ攫われる心配はないだろう。南瓜の飾りを括り付けた杖を掲げ、リリアンティアが「ぱわー!!」と叫んで南瓜の悪魔を何度か追い払っていた。
ユフィーリアは「よし」と頷き、
「ショウ坊、ハル。お前らは南瓜の悪魔を焼き南瓜にする作業を命ずる。リリアを手伝ってやれ」
「ぱわー!!」
「ぱわー」
「それ何なの、さっきから」
むん、と握り拳を作ったハルアとショウは、南瓜の悪魔を追い払う作業中のリリアンティアの元へ駆け寄っていく。めでたく『南瓜の悪魔をボコボコにし隊』に仲間入りである。未成年組が加わったことで、部隊はより強力なものに変貌を遂げた。
「エド、お前は何か見つけたか? 匂いは?」
「ジャック・オー・ランタンって匂いまで消せるのかねぇ、見事に追えなかったよぉ」
ユフィーリアの問いかけに、エドワードは苦々しげな表情で鼻の下辺りを擦る。
南瓜の悪魔が女子生徒の探索作業を邪魔してくると言ったが、探査魔法さえも妨害してくるのだ。おかげで展開中の探査魔法が変な方向に飛んでいったり、看破されて強制的に解除させられてしまったりと面倒なことになっている。
嗅覚の優れたエドワードも同じことをされているようで、覚えているアイゼルネの香水の匂いを辿って場所を特定しようとしたら見事に匂いを消されてしまって辿ることが出来なくされたらしい。ハルアの第六感もこの時は冴え渡らず、南瓜の悪魔による激しい妨害が苦しくて撤退を余儀なくされたのだ。
「ていうかさぁ」
「何だよ」
「どこかで覚えのある事件だよねぇ。何か最近見たことあるよぉ」
「あー」
エドワードの言葉に、ユフィーリアは納得したように頷く。
確かにどこかで見覚えのある事件だ。実際に目の当たりにしたとかではなく、かと言って実際に問題児が引き起こした事件でもない。記憶にあるのは細かな文字と、それらが構成する面白みの欠片もない堅苦しいだけの文章だ。
そう、新聞である。犯人らしき写真と一緒に掲載されていたような気がする。収穫祭が近づくに連れて被害者の数も増えていき、大量の南瓜の悪魔を従えていた女性――――。
あの犯人、吸血鬼だとか言われていなかったか?
「エド、アタシの記憶が正しければ最近勃発してる連続婦女誘拐事件ってのと同じじゃねえか?」
「そうだねぇ」
「連続婦女誘拐事件って、確か犯人は吸血鬼だったような気がするんだよな」
「新聞にもあったしぃ、写真も実際に載ってたねぇ」
ユフィーリアとエドワードは互いの顔を見合わせる。
吸血鬼といえば血液を餌とする知性の高い魔物だ。人間の言葉を理解し、また人類側にも友好的なので餌を求める為に誘拐を企てるような連中ではない。人類側に友好的な姿勢を示す為に吸血鬼は目録によって管理されており、目録に名前が掲載されている吸血鬼は人間が定期的に餌となる血液を提供するので食うに困らなくなる。
逆にいえば、目録に名前がない吸血鬼は人間を攫う危険な存在として処刑されてしまうことが多い。まるで家畜のような扱いだが、吸血鬼は人間ではなく『魔物』なので動物の1種として括られるので、残念ながら処分という表現が正しいのだ。またの名を害獣駆除である。
害獣とはいえ、保有する魔力量の多さも魔法の技術も格段に上手な吸血鬼を相手に、大勢の女子生徒を庇いながらアイゼルネのみで孤軍奮闘できるだろうか。勝てる要素が見つからない。
「まずいまずいまずいまずい!!」
「大変じゃんねぇ、ユーリぃ!! 何とかしなよぉ!!」
「今やってるわボケェ!!」
ユフィーリアは即座に探査魔法を発動させる。
青色に輝く魔法陣が目の前に出現すると、それが鳥の形となって夜空に飛んでいった。風を切って飛んでいく探査魔法だが、その存在に気づいた南瓜の悪魔が体当たりをしてくる。
取りの形に整えられた魔法陣は、南瓜の悪魔に体当たりされたことで呆気なく粉砕されてしまった。粉々に砕け散った魔法陣の残骸が粒子となって雪の如く地上に降る。魔法を強制的に中断させる技術『魔力看破』だ。
舌打ちを漏らしたユフィーリアは、
「おいエド、使用済みの下着で探してこい」
「それで探し当てたらアイゼに幻滅されるのは俺ちゃんなんだよねぇ。心が折れるわクソ魔女がよぉ、ンなもん寄越してくるんじゃないよぉ」
「お前の嗅覚は何の為にあるんだ。使えるもんは何でも使え、ことは一刻を争うんだよ!!」
「せめて香水の瓶にしろ使用済みの洋服とか下着とかで探し当てた変態に分類されたくないンだよ分かれや!!」
理不尽な探索方法を言い渡されて抵抗するエドワードと、どうにかこうにか南瓜の悪魔による妨害を解決しようと躍起になるあまり頭も回り始めなくなったユフィーリアによる取っ組み合いがあわや展開されそうになる。さすがに使用済みの衣類でアイゼルネの居場所を特定しようものなら、いくら身内だろうと上司に命じられたからだろうと引かれることは間違いない。
その時、ユフィーリアと言い争っていたはずのエドワードがピタリと止まる。周囲に視線を巡らせるなり、彼はスンと鼻を鳴らした。
空気中の匂いを嗅いで、それからグッと眉根を寄せる。嫌な匂いがするという訳ではなく、自分の嗅覚が感知した匂いに疑問を抱いたのだ。
「ユーリの匂いがするぅ」
「アタシはここにいるぞ」
「そうなんだけどぉ」
エドワードは校舎の外を指差し、
「外からだねぇ、あっちの方角だよぉ」
エドワードが指し示す方角に、ユフィーリアは視線を投げる。
その先には鬱蒼と緑が生い茂る森しかない。大自然の辺鄙な場所にある名門魔法学校なので敷地内にも敷地外にも森は多くあるのだが、かつてこの地に国があったことを想起させる朽ちた建物が発見されることはままある。魔法学院の敷地内だったり、敷地外だったり、様々だ。
確か、彼の指差す方角には学院の敷地外に教会があったはずである。古い教会だが状態は非常によくて、歴史を学ぶことにも便利だからとそのまま残されていたはずだ。
首を傾げたユフィーリアは、
「え、アタシの匂いって何?」
「体臭とかそういうんじゃないねぇ。もっとこう、爽やかな香りがするよぉ。どこかで嗅いだことあるねぇ」
スンスンと鼻を鳴らすエドワードは、思い出したように「ああ」と頷く。
「魔力の匂いだねぇ。真冬の空気みたいで目が覚める匂いだよぉ」
――嫌な予感がした。
嗅覚が優れていると、個人が持つ魔力の匂いを嗅ぎ分けることが出来る。魔法の使用者を探し当てることも可能で、行方知れずになった魔法使いや魔女の探査では重宝される。当然ながら、エドワードもそれが個人の持つ魔力の匂いを感知することが出来る。
ユフィーリアが使った魔法はせいぜい探査魔法程度だが、目の前で魔法を使っておきながらわざわざ「魔力の匂いがする」なんて言わないだろう。それに、匂いが飛んできた方向が違うのだから何だかおかしなことになっている。
ユフィーリアはここにいるのに、どうして別の方向からユフィーリアの魔力の匂いを感知されるのか?
「ッ、副学院長!!」
「ほわああッ、何!?」
いきなり呼ばれ、副学院長のスカイは飛び上がる。こっちはこっちで世界中どこでも見放題な魔眼『現在視の魔眼』で生徒を探索中だったのだろう、黒い目隠しを外した彼の目元が露わになっていた。
ユフィーリアはスカイの撫で肩をガシッと掴む。
この予想が当たれば、即座にアイゼルネを助けに行かねばならない理由が出来てしまった。いや早急に助けに行くつもりだったのだが、さらに急がなければならなくなってしまうのだ。
「ヴァラール魔法学院の敷地の外に教会があったよな、あそこを見てくれ今すぐだ今すぐ!!」
「主張が激しい主張が激しい分かった分かったから見るから揺らすのは止めてあばばばばばばばばば」
ユフィーリアの手によって前後に揺さぶられるスカイは、ぐわんぐわんと頭を揺らしながらも現在視の魔眼を発動させる。緑色の虹彩に浮かぶ紫色の魔法陣が徐々に強い光を帯び始めた。
「え、あれ」
「何が見えた?」
「えっと」
戸惑うようにユフィーリアを見据えたスカイは、
「ユフィーリア、ここにいるッスよね」
「おう、いるぞ」
「じゃあ何で学院の外にある教会にもユフィーリアがいるんスか。分身? 何で2人いるの?」
――――予感は、的中してしまった。
「ああクソまずい、すぐ行かねえと!!」
ユフィーリアは弾かれたように立ち上がる。
この世にユフィーリア・エイクトベルが2人存在するなんてあり得ないのだ。分身の魔法でも使えばその定めではないが、世界中に似ている人物が山ほどいたとしても本人とそっくりな人間はいない。
もしもいるなら、高度な変身魔法を用いているか、ユフィーリアの遺伝子を用いて作られた人造人間である。ただ人造人間を作る場合、高い錬金術の教養が必要になってくるのでその可能性はないだろう。
校舎を飛び出すユフィーリアを、エドワード、ハルア、ショウの3人が追いかけようとする。
「ユーリ待ってよぉ」
「オレも行く!!」
「アイゼさんを助けなきゃ」
「お前らはここにいろ、南瓜の悪魔を退治して待っとけ!! 追いかけてきたら殺すからな!!」
「「「ええ!?!!」」」
追いかけようとする問題児男子勢に待機とジャック・オー・ランタン退治を命じたユフィーリアは、敷地外にある古びた教会を目指して全力で走る。
この世で、アイゼルネを救える人物がいるとすればユフィーリアだけだ。
少なくとも、あの状態に陥ってしまったのであれば。
《登場人物》
【ユフィーリア】ドッペルゲンガー疑惑を持たれた魔女。原因は分かってるし、何度かその現象にも遭遇したので危機感を覚えた。
【エドワード】嗅覚が優れている獣人。魔力の匂いで個人を追うことが出来る。
【ハルア】今日ばかりは第六感も冴え渡らず、南瓜の悪魔どもをぶっ飛ばすだけ。
【ショウ】今日ばかりは頭脳も冴え渡らず、南瓜の悪魔を焼き南瓜にしていた。