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第8話【問題用務員と誘拐】

「ホホホ、ホホホ」


「可愛い女がいっぱいだナ」


「美人もいっぱいいるゾ」


「男は連れて行くなヨ」



 何やら弾んだ調子の声が聞こえてくる。


 顔を上げると、収穫祭を楽しむ生徒や教職員の頭上を南瓜の被り物をした幽霊のような連中がふわふわと飛んでいた。時折、生徒たちの顔を覗き込むように下降してくると「ホホホ」と笑いながら飛び去っていく。

 収穫祭で見かけられる南瓜の悪魔、ジャック・オー・ランタンの群れである。生きている人間を煉獄に引き摺り込み、自分たちと同じように彷徨わせようとしている魂胆だろうが、いかんせん数が多すぎる。


 ユフィーリアは頭上を飛び去っていった大量のジャック・オー・ランタンを見上げ、



「何だってこんなに南瓜の悪魔がいるんだよ」


「収穫祭だからではないのか?」


「数が多すぎる」



 首を傾げるショウに、ユフィーリアはその異常性を簡潔に伝えた。


 今やジャック・オー・ランタンの総数は、収穫祭に際して冥府から戻ってきた幽霊たちよりも多い。幽霊たちも迷惑そうに飛び交うジャック・オー・ランタンを見やっていた。中には正面衝突を果たしそうになり、寸前で回避した幽霊が「危ねえなァ!!」と怒鳴り散らす場面もあった。

 怒鳴り散らされても南瓜の悪魔どもは、甲高く笑いながら飛び去っていくだけだ。何を考えているのか分からない表情が不気味である。


 すると、



「ホホホ、ホホホ」


「わ」



 天井付近を泳ぐように飛んでいた南瓜の悪魔の1人が急降下してくると、ショウの顔を覗き込んできた。


 いきなり顔を覗き込まれ、ショウは驚きを露わにする。赤い瞳を丸くして橙色の南瓜と目を合わせる。

 南瓜の悪魔は「ン〜?」と不思議そうに首を傾げていた。頭部は橙色の南瓜だけだが、胴体部分にある身体が布だけで構成されている。間近だからこそよく分かるジャック・オー・ランタンの構造に思わず観察してしまうのだが、観察しても布だけで構成された胴体部分と明らかに重たいだろう橙色の南瓜が不釣り合いである。


 ゆらゆらと重たい頭を揺らしてショウをまじまじと観察する南瓜の悪魔は、



「オメェ、男だナ」


「そうですが……?」


「残念、美人だと思ったのにヨ」



 次いで、南瓜の悪魔はキクガに頭を向ける。



「オメェも美人だナ」


「それは光栄な訳だが」


「美人だけど男かヨ。男に用事はねえやイ」



 南瓜の悪魔は「ッたくよオ」と呆れたような口振りで、



「そこの狼男みてえにオメェらも分かりやすければいいのにヨ。紛らわしいナ」


「これは遺伝的なものな訳だが。そんなことを言われても困る訳だが」


「あと筋肉のつき方も遺伝的なものがありますよ。エドさんは筋肉がつきやすくて非常に羨ましい恵まれた体質なんです、世の中の男性がエドさんみたいにムキムキマッチョマンになると思わないでください」


「え、褒められてるぅ? 照れちゃっていい?」



 ショウとキクガのアズマ親子から遠回し的に褒められ、エドワードは「えへへ」と照れ臭そうに笑っていた。あれは褒められているのだろうか。まあ自慢である筋肉を褒められて悪い気はないのだろう。


 南瓜の悪魔はアズマ親子から正論と毒舌を受けながらも、何事もなかったかのように「ホホホ」と笑いながら飛び去った。一体何がしたかったのか。

 確かにあの南瓜の悪魔は見る目があると言えよう。ショウほど愛らしく可憐な女装少年はいないし、同じ顔を持つ父親のキクガもまた美人であることは間違いない。ただ、美人は美人ではあるが性別が男には用事がないようである。何故かは知らないが。


 飛び去って行く南瓜の悪魔を見送ったユフィーリアは、



「何だったんだ?」


「俺よりもユフィーリアやアイゼさんに狙いが行かなかったことに驚きだ。どうして俺と父さんだけあんな反応だったんだろう?」



 ショウも不思議そうに首を傾げている。「ユフィーリア以上の美人さんってこの世に存在するのか?」とまで嬉しいことを言ってくれたので、つい嫁の頭を撫でてしまった。



「そりゃあ決まってるじゃんねぇ。外面は超絶美人でも中身が阿呆なところを見抜いていたんじゃないのぉ?」


「ふんぬッ」


「いだぁ!?」



 南瓜の悪魔の標的にされなかった理由としてエドワードが適当なことを言いやがったので、ユフィーリアは彼の無防備な脇腹に拳を突き入れた。痛みでうずくまったところにアイゼルネが「どういう意味ヨ♪」と彼の脳天に追い打ちをかけるかの如く平手打ちを叩き入れていた。おそらく、自分も『見た目は美人なのに中身は阿呆』呼ばわりされたと思っているのだろう。

 もし外面と中身を見抜いていたのだとすれば、非常に失礼なことである。自他共に認める美人のユフィーリアを「中身は阿呆だからいっか」的な意味を込めて無視をするとは腹が立つ。どの立場から物を言っているのか、悪魔如きが。


 その時だ。



「ユフィーリア、君って魔女は!!」


「げ、グローリア。もう復活したのかよ」



 ショウがキクガ直伝のプロレス技の刑に処したことで行動を封じたはずのグローリアが、怒りの表情で人混みの向こうからやってくる。もうプロレス技のダメージから回復してしまうとは面倒である。

 どうせお菓子を生徒から強奪したことを怒るのかと思いきや、彼は「あれをどうにかして!!」と金切り声で天井付近を飛び回る南瓜の悪魔を指差す。どうにかしてと言われても、普通に悪魔祓いをするだけなのだがそこまで怒るようなことなのか。


 面倒臭そうに顔をしかめたユフィーリアは、



「えー、あれ全部を悪魔祓いしろってか? 面倒な仕事を押し付けてくるんじゃねえよ、自分でやれ自分で」


「え?」


「え?」



 グローリアは紫色の双眸を瞬かせ、



「君が召喚したんじゃないの?」


「あんな大量のジャック・オー・ランタンを召喚してどうするってんだよ。全校生徒からお菓子を巻き上げんのか?」



 ユフィーリアは心外なとばかりの態度を見せる。


 どうやらグローリアは、あの大量のジャック・オー・ランタンを召喚したのはユフィーリアがやったものだと勘違いしているらしい。収穫祭で本領を発揮する以外は弱い類のジャック・オー・ランタンを大量に召喚したところで、果たして何か利点はあるのか。

 大体、大量の悪魔を召喚すると使役が大変である。ユフィーリアも出来なくはないのだが、そんな面倒なことなど収穫祭でお菓子の強奪を楽しんでいるこの時にやる方が馬鹿らしい。面倒臭いことこの上ないのだ。


 何とも言えない空気がユフィーリアとグローリアの間に降りた直後のこと、幾重にもなって悲鳴が劈く。



「きゃああああああああああああああああ!?」


「ちょ、止めッ、離して!!」


「何するのよ!?」



 弾かれたように顔を上げると、大量のジャック・オー・ランタンが女子生徒を誘拐していた。胴体部分である布で少女たちの頭から包み込むと、抵抗さえ物ともせずに飲み込んでしまう。

 女子生徒を布の下に飲み込んだジャック・オー・ランタンは、甲高い声で笑いながら夜空に飛び去っていく。少女を誘拐してどこへ向かうと言うのか。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめるが、



「ホホホ、ホホホ」


「うわッ、この!?」



 ばさりと目の前に落ちてきた布の存在に、ユフィーリアは反射的に声を上げてしまう。


 頭のてっぺんから吸われるような感覚に襲われる。南瓜の悪魔はユフィーリアさえも誘拐することにしたらしい。

 見た目に騙されて中身の阿呆さを見抜いたからこそ声をかけなかった訳ではなく、最初から連れて行くことが決定していたから声をかける必要がなかったのだ。ショウやキクガに声をかけたのは、連れ去る相手が女性でなければならないからだろう。


 顔にかかる布を引き剥がしたユフィーリアは、盛大に舌打ちをしつつ煙管を振り上げる。



「〈退魔・聖なる導き〉!!」


「ぎゃほッ」



 悪魔を退ける魔法を食らい、ジャック・オー・ランタンは変な声を漏らして消し飛ぶ。襲撃を回避したことで安堵したのも束の間のこと、すぐ近くから怒声と悲鳴が聞こえてくる。



「何だこの南瓜野郎が!!」


「リタを離して!!」


「何するんですか!!」



 見れば、アイゼルネとリタも南瓜の悪魔に襲撃を受けていた。頭から布を被せられて他の少女と同様に連れ攫われようとしているが、即座にエドワード、ハルア、ショウの3人が南瓜の悪魔を引き剥がそうと躍起になっていた。

 しかし、南瓜の悪魔も意地になっているようで、エドワードの剛腕にもショウが大量に生やした炎腕の力にもハルアの暴力にも抵抗している様子だった。問題児の力でも引き剥がさないとは相当な力が発揮されているようだった。


 ユフィーリアが煙管を構えるより前に、ジャック・オー・ランタンの首に純白の鎖が巻きつく。



「彼女たちを離しなさい」



 キクガが純白の鎖を引くと、南瓜の悪魔たちの首がポロリと転がった。アイゼルネとリタを連れ去ろうとした布はただの布に戻り、転がった南瓜はただのお化け南瓜に戻る。

 危うく誘拐されかけたアイゼルネとリタは、混乱のあまり固まっていた。状況がよく読めていない様子である。


 ユフィーリアは安堵の息を吐き、



「大丈夫か、アイゼ。リタ嬢も無事だな?」


「えエ♪」


「あ、あの、一体何が」



 ユフィーリアの問いかけに応じるアイゼルネとリタだったが、そこで完全に油断していた。一度は南瓜の悪魔を退けたから、もう襲ってこないとばかり思っていたのだ。



「ホホホ、ホホホ」


「ホホホ、ホホホ」



 大量の南瓜の悪魔が、リタめがけて飛来する。その頭にばさりと布を被せられると、油断している隙を突かれて布の中に吸い込まれてしまった。



「リタちゃン♪」


「アイゼ、危ねえ!!」



 南瓜の悪魔に連れ攫われたリタを助けようと手を伸ばしたアイゼルネの頭にも、南瓜の悪魔が布を被せる。エドワードが再び南瓜の悪魔の布を引き剥がそうとする前に、彼女は布の下に姿を消してしまった。

 連れ攫われるまでが早すぎる。明らかに連携している様子だった。


 ユフィーリアは魔法で南瓜の悪魔を消し飛ばそうとするも、



「ホホホ、ホホホ」


「ホホホ、ホホホ」


「あ、クソ邪魔だなこの!!」



 大量に飛来した南瓜の悪魔が、問題児とキクガを襲撃する。連れ去る目的ではなく、南瓜の頭部で頭突きを繰り返して行動を妨害してきた。

 その隙に、アイゼルネとリタを飲み込んだ南瓜の悪魔は、用事は済んだとばかりに夜空へ飛び立つ。大量の南瓜の悪魔に紛れ込み、その姿はあっという間に追えなくなってしまった。


 ユフィーリアは魔法で悪魔を払いのけ、



「アイゼルネ!!」



 その声は、虚しく空回りするだけだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】立てば芍薬、座れば牡丹、常日頃から問題行動。見た目で騙される人が多いので綺麗だからって誘拐したら痛い目を見る。

【エドワード】立てば彫像、座れば筋肉、睨む姿は阿修羅像。誘拐とは無縁な存在。

【ハルア】立てばイカれて、座ればお子様、守る姿は正統派イケメン。誘拐されたことはあるけど、その時は誘拐した連中をぶちのめして逃げてきた。

【アイゼルネ】立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花だが背後を取られるな。誘拐とはエドワードとユフィーリアのおかげで無縁。

【ショウ】立てば芍薬、座れば牡丹、口を開けばユフィーリア。ハルアとセットなので誘拐されることはないが、やったらやったで炎腕の餌食になるだけ。


【キクガ】仕事は厳格、オフれば穏やか、友人を呼んだらど天然。若い頃は誘拐されたこともあるのだが、持ち前の身体能力と頭の良さで脱出した上で誘拐した連中に報復した。

【リタ】立てば溌剌、座れば勤勉、動物に関して真摯的。誘拐なんてされたことない平和な人間代表。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ジャック・オー・ランタンの大軍が何者かに召喚されて、女子生徒たちやアイゼルネさんを連れ去らったという…
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