第7話【問題用務員とトリック合戦】
リリアンティアとはお化け南瓜の品評会会場で別れることになった。
「ジャック・オー・ランタンがこうも多いと身共がせっかく育てたお化け南瓜にも影響がありそうです。身共は退治してきます!!」
「おう、頑張れよ」
「正義は勝ちます!!」
「いやそもそもお前の場合、悪魔が近寄ったらジュワッと蒸発するだけだから」
南瓜の飾りを括り付けた魔法の杖をぶんぶんと武器のように振り回して、リリアンティアは鼻息荒く悪魔退治に出かけてしまった。
聖職者であるリリアンティアは悪魔祓いに長けているが、彼女の場合は息をしているだけで悪魔を追い払うことが出来る永遠聖女様である。下級悪魔だとリリアンティアに近寄っただけでジュワッと蒸発し、魔界に強制送還させられるか天敵だらけの天使の国『天界』に昇天させられるかの2択である。先程のジャック・オー・ランタンは多分、天界にぶち込まれた。
収穫祭になると勢いの増すジャック・オー・ランタンは、ここぞとばかりに生きている人間を煉獄に迷い込ませたいのだ。自分たちと同じ境遇の人間を求めている訳である。残念ながら、悪魔退治の達人であるリリアンティアが出ていくと勝ち目はない。
心配そうな表情でリリアンティアを見送ったハルアとショウは、
「大丈夫かな、ちゃんリリ先生」
「悪魔退治のお手伝いをした方がよかっただろうか」
「お前らが行っても足手纏いになるだけだから止めておけ」
ユフィーリアは「大丈夫だって」と不安げな未成年組に対して、軽い調子で言う。
「リリアは悪魔退治の達人だぞ。『やー』だけで退治できるんだからな」
「でも、リリア先生が悪魔に取り憑かれでもしたら……あと単純に副学院長に遭遇しないか心配で……」
「前者の心配はまあ分かるけど、後者の心配をする必要はないんじゃねえかな」
ショウの口にした心配の内容に、ユフィーリアは苦笑する。
確かに悪魔退治をしていると、聖職者が悪魔に取り憑かれるという現象がたびたび発生する。悪魔退治の専門家であるリリアンティアも、その危険性と隣り合わせの状態で悪魔退治に挑んでいるのだ。
まあ彼女の場合、高位の悪魔でなければ「やー!!」と叫んだだけで追い払える悪魔祓いの達人である。収穫祭という限られた行事内で最大限の力を発揮するジャック・オー・ランタンでも見事に撃退したのだから、ないとは言い切れないが可能性は低いと判断していいだろう。
問題の副学院長であるスカイについてだが、
「副学院長は悪魔じゃなくて『悪魔族』だから。別物だから退治されねえよ」
「別物?」
「人間と幽霊みたいな感じだよ。悪魔は実体を持たないから人間に取り憑くけど、悪魔族の場合は実体がある」
副学院長のスカイが自動悪魔抹殺機構のリリアンティアのすぐ近くにいても退治されない理由は、ちゃんと自分自身の身体を持っているからだ。
悪魔は実体を持たない幽霊みたいな存在なので、神聖な気配に弱いしリリアンティアの「やー!!」で簡単に退治されてしまう。実体を持たない悪魔は食事も睡眠も取る必要がないのでいつまでも生きていられるが、中には食事や睡眠といった行動に憧れる悪魔もいるので人間に取り憑いたりする訳である。
これに対して悪魔族は、ちゃんと実体を持つ種族なので食事も睡眠も取る必要性がある。幽霊などではなく生きているので、リリアンティアの近くにいても消し飛ばされることはない。ただやはり悪魔の習性は持つのか、教会など神聖な雰囲気の漂う場所は「出来れば長居したくない」と本人が主張していた。
ショウは納得したように頷き、
「じゃあリリア先生だから問題ないだろうな。この前、おトイレに出た幽霊を『ぱわー!!』の一言だけで蒸発させていたし」
「何してんだ、あいつ」
「先日、冥府に落下してきた御仁がいたが、まさかそれか」
キクガも思い当たる節があるようで、遠い目をしながら「やたらボロボロだったから何事かと思った訳だが」と呟いている。昇天させたはずの幽霊がまさかの冥府に落ちてきたことで、そのボロボロ具合に驚いた様子だ。
「ぬほほはほ〜、ぬほほほほほほほほほ〜!!」
その時、何やら阿呆さ全開な笑い声が耳朶に触れた。
周囲を見渡すと、人混みの向こう側から真っ白な狐が大股で歩き回りながら「ぬほほほほほ〜」と下品な笑い声を上げている。視線の先には可愛らしい仮装に身を包んだ女子生徒や女性教師がおり、何を目的にしているのか分かってしまう。
白い狐は仮装をしている訳ではなく、いつもの巫女装束に黒い袴を身につけてふさふさの尻尾を揺らしていた。9本の尻尾はわさわさと忙しなく揺れており、少女たちのいつもとは違った装いを楽しんでいる節がある。
その真っ白な狐はお化けに扮した問題児どもを発見すると、
「おお、ゆり殿とあいぜ殿じゃあ!!」
「げ」
「狙いはこっちだったって訳ネ♪」
真っ白い九尾の狐――八雲夕凪が大股で歩み寄ってきたものだから、ユフィーリアとアイゼルネは顔を顰める。それにしても、お化けの仮装をした生徒も大勢いるというのに、問題児を的確に見つけることが出来るとは恐れ入る。
「聞いたのじゃ。今年のゆり殿とあいぜ殿の仮装はせくすぃー路線だと言うことをのぅ!!」
「誰が言いやがった?」
「風の噂じゃあ」
弾んだ足取りでやってきた八雲夕凪は、誤魔化すような口振りでそんなことを言う。おそらく適当なことを言っているのだろうが、ユフィーリアたちからすれば事実の通りなので否定することが出来ない。当てずっぽうが当たってしまった形である。
これは非常に面倒なことになった。この腐れハクビシンに仮装姿を見せれば興奮街道一直線である。性根が腐ったハクビシンに見せる仮装などこちらにはないのだ。
八雲夕凪は真っ白な体毛に覆われた指先をワキワキと蠢かせ、
「ほれほれ、素直に見せるのじゃ。今なら自分から脱ぐ時間を与えてやるのじゃ〜♪」
「今日は収穫祭だぞ。何か言うことはあるんじゃねえのか」
「菓子なぞもらっても飽きるわい。ここは悪戯1択じゃろ」
「このクソジジイ」
収穫祭の定番といえば「お菓子をくれなければ悪戯をするぞ!!」という問題児が好みそうな台詞なのだが、この腐れハクビシンの頭の中にはピンク色の悪戯風景しか存在しないらしい。態度や言葉の端々にエロジジイ臭さを感じる。
キクガやリタも「女性陣に対して失礼ではないか」「えっちぃのはよくないと思います!!」と苦言を呈するも知らん顔である。悪戯にしか興味のないエロ狐には彼らの忠言も耳に入っていない。
八雲夕凪はにんまりと笑い、
「脱がんというなら儂自らが脱がしてやるのじゃ。ほれ此奴かぁ?」
真っ白な体毛で覆われた指先を一振り、八雲夕凪はお化け集団のうちの1人からお化けの布を引き剥がす。まるでお化けの布に透明な糸でも括り付けて引っ張られたかのような勢いで引き剥がされてしまった。
おそらくだが、八雲夕凪自身の神通力によるものだろう。こんなエロ狐でも極東地域では有名な豊穣神だ、物を動かすといった神通力ぐらいは習得していよう。
引き剥がされたお化けの布の下から現れたのは、
「残念、俺ちゃんでぇす」
「ぬぁッ!?」
まさかの筋骨隆々とした狼男、エドワード・ヴォルスラムであった。
綺麗な笑みを見せて手を振るエドワードは、早速とばかりに「トリック・オア・トリートぉ」と手を差し出す。ここは収穫祭の定番に則るつもりらしい。ここでお菓子を差し出さなければ悪戯の刑だ。
八雲夕凪は苦々しげに懐をまさぐり、
「ほれ、落雁じゃ」
「え、悪戯ぁ?」
「菓子を差し出したじゃろうがイダダダダダダ毛皮を毟るでない悪戯じゃなくてただの暴力じゃろそれはぁ!!」
菊の形をした砂糖菓子を差し出したにも関わらず、エドワードの大きな手のひらは八雲夕凪の頬の毛皮を容赦なく毟る。そのあまりの痛みに、八雲夕凪の口から悲鳴が迸った。
「こ、この、次じゃ次!! ほれ!!」
「残念、オレだよ!!」
次いで2人目にアタリをつけてお化けの布を神通力で引き剥がすも、その下から出てきたのはイカれた笑顔の包帯男であるハルアだ。琥珀色の双眸を爛々と輝かせ、彼は「じゃあ悪戯をするね!!」と問答無用で悪戯宣言である。収穫祭の定番を無視したツケがここで回ってきてしまった。
八雲夕凪が動き出す前に、ハルアは風のような速度でエロ狐の背後に回る。何をするかと思えば、八雲夕凪の真っ白でふかふかな狐の尻尾の毛をぶちぶちと引き抜き始めた。こちらも悪戯ではなく暴力行使である。
八雲夕凪は痛さのあまり飛び上がり、
「痛えのじゃ、何をするのじゃ!!」
「ぶちぶち」
「毛を抜くのは止めい!!」
「じゃあ尻尾ならいらない?」
「何故に毛を毟るのがダメなら尻尾を千切ろうとしとるんじゃ、頭おかしいのかお主!?」
尻尾に飛びつくハルアを無理やり引き剥がした八雲夕凪は、
「こうなりゃヤケじゃ。そこなお化け野郎どもの仮装をまとめて引き剥がせばゆり殿とあいぜ殿の仮装が見られるじゃろ!! ほーれ!!」
指先を一振りして神通力を発動させ、八雲夕凪は残っていた問題児お化け集団の仮装をまとめて引き剥がす。
下から現れたのは残る問題児のユフィーリア、アイゼルネ、ショウの3人だ。お化けの布は呆気なくどこかに飛んでいき、その下に隠れているユフィーリアたち3人の姿が大衆に晒される。
ただし、
「着替え終わってんだよ、こっちは」
「エドとハルちゃんが時間を稼いでくれたからネ♪」
目当てであるユフィーリアとアイゼルネによる艶姿は、ものの見事に変わっていた。
ユフィーリアはフリル付きの襯衣とコルセット、それから華美な刺繍を施した背広姿で吸血鬼の格好に着替える。腰の括れを強調するように巻かれたコルセットのせいで豊満な胸がより露わとなっているのだが、首元に巻いたクラバットが気品さを与えているので下品な雰囲気にはならない。
一方でアイゼルネも露出度の低いゴシック調のドレスを身につけていた。スカートの裾や袖などはわざとボロボロに加工されており、さながらそれは死者が身につける喪服のようである。頭に生えた悪魔の角はそのままにしてあるので、収穫祭の仮装らしい格好と言えた。
どちらもいつのまにか着替えてしまったことで、八雲夕凪はその場に膝から崩れ落ちる。表情も分かりやすく絶望していた。
「何でじゃあ……何でじゃあ……」
「何ででしょうね?」
床に伏せる八雲夕凪を見下ろしていたのは、ユフィーリアの愛する嫁のショウである。その可愛いお顔から表情が抜け落ち、まるで能面のような無表情で八雲夕凪を見据えている。
そして彼のすぐ脇には、煌々と輝く白い三日月の形をした魔弓――冥砲ルナ・フェルノが控えていた。すでに紅蓮の炎の弓矢がつがえられており、発射準備は整っている。
八雲夕凪が謝罪の言葉を口にするより先に、ショウは死刑を宣告した。
「カチカチ山の仮装にしてあげますね。あれって狸なんですけど、狐も狸も似たようなものじゃないですかぁ」
「毛皮ああああああああああッ!!!!」
冥砲ルナ・フェルノから放たれた炎によって、八雲夕凪はこんがり焼かれる羽目になったのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】最近やった悪戯は、グローリアの集会用の原稿に「ごんす」って語尾を書き足した。
【エドワード】最近やった悪戯は、上司の飲みかけの紅茶に砂糖をドバドバ追加した。
【ハルア】最近やった悪戯は、お友達のリタを背後から驚かせた。ちょっとごめん。
【アイゼルネ】最近やった悪戯は、お昼寝中の未成年組に特殊な化粧を施してゾンビ顔にした。おトイレに出かけた未成年組が悲鳴を上げていた。
【ショウ】最近やった悪戯は、副学院長の隠しているエロ本を『怖い話百選!!』なるものにすり替えておいた。
【キクガ】悪戯をすることはないが、最近では執務室の椅子に座ったらブーブークッションが仕掛けられていた。多分、どこぞの愉快な獄卒のせい。
【リタ】ハルアに背後から「わッ」てやられたので、お返しにびっくり箱を作成してやった。
【八雲夕凪】悪戯と称した暴力の数々に疲労困憊。全部自業自得である。