表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

580/907

第6話【問題用務員とお化け南瓜】

 おやつと飲み物を墓前から強奪した問題児の前に、小さな魔女が躍り出る。



「と、トリック・オア・トリートです!! 母様!!」


「お」



 気合い十分にユフィーリアへ魔法の杖らしき物体を突きつけてくるのは、魔女の格好をした聖女様――リリアンティア・ブリッツオールである。


 普段は純白の修道服を着た幼い聖女様が、今宵は可愛らしい魔女の格好をしていた。真っ黒なマントとフリルやレースがふんだんにあしらわれたワンピース、小さな頭には唾広のとんがり帽子まで合わせて古き良き魔女を完璧に演じている。

 小物にもこだわっているようで、それほど長さはない杖の先端には南瓜の飾りが括り付けられていた。「やー!!」なんて言って魔法を使っているつもりなのだろう。永遠聖女様でも収穫祭の魅力に負けて、全力で楽しんでいる様子である。


 ユフィーリアはリリアンティアが腕から提げている南瓜の形をした籠に、自分の籠の中身を移し入れる。



「はい、トリートトリート」


「わーい!!」



 いっぱいのお菓子を南瓜の形をした籠に詰め込まれ、リリアンティアは歓喜の声を上げる。大半は生徒や幽霊から強奪したお菓子だが、真実は言わないでおこう。



「リリアも収穫祭を楽しんでるか?」


「はい、それはもちろん!!」



 満面の笑みで頷くリリアンティアは、



「今、植物園でお化け南瓜の品評会をやっているんですよ。身共も手塩にかけて育てたお化け南瓜を出品しました、よかったら見てください!!」


「巨人西瓜の次はお化け南瓜まであるんですね」



 ショウが「ほへえ」と呟く。


 巨大な西瓜『巨人西瓜』の品評会は夏に行われるのが通例だが、お化け南瓜の場合は収穫祭の日しかやらないので大変貴重だ。この時期にしか需要がないので仕方がないといえば仕方がないのだが。

 植物を育てることが得意で農業や家庭菜園などに日常的に力を入れているリリアンティアだからこそ、お化け南瓜の品評会にも参加するのだろう。お菓子をもらうよりもリリアンティアが重要視している行事かもしれない。



「リリアが参加してるなら見に行くか?」


「どれぐらい大きくなっているのか楽しみだねぇ」


「わくわく!!」


「リリアちゃん先生が優勝に決まってるわよネ♪」


「楽しみだ」


「ぜひこの目で拝ませてもらいたい訳だが」


「優勝したお化け南瓜はジャック・オー・ランタンに加工されるんですよね。私も楽しみです」



 問題児どころかキクガやリタもお化け南瓜の品評会に乗り気である。知り合いが出品しているのであれば見たいだろうし、植物を育てることが得意なリリアンティアが手塩にかけて育てたお化け南瓜ならばなおさらだ。

 さらに、お化け南瓜の品評会で有名なのが『優勝したお化け南瓜はジャック・オー・ランタンに加工する』というパフォーマンスである。優勝したお化け南瓜に怖い顔を彫り、南瓜の形のランタンであるジャック・オー・ランタンに加工する決まりがあるのだ。南瓜の悪魔が近づいてこないように、という意味合いも兼ねている。


 リリアンティアは嬉しそうに飛び跳ね、



「ではすぐ行きましょう、もうすぐ投票の締め切りなのです!!」


「お、張り切ってるな。今年は相当自信があるのか?」


「それはもう!!」



 リリアンティアはささやかな胸を自慢げに張ると、



「身共が1番おっきく育てました!!」



 何だか巨人西瓜と同じ末路を辿りそうな予感がした。



 ☆



 植物園の入り口には『お化け南瓜品評会 会場』という立て看板がある。


 授業で使う色とりどりの魔法植物も収穫祭仕様に飾り付けされており、小さめの南瓜型ランタンがそこかしこに設置されて明かりを落としていた。植物の近くで蝋燭を燃やしているのかと思いきや、くり抜かれた南瓜の中身に設置されたものは煌々と輝く魔石である。

 なるほど、燃やされることに弱い魔法植物に余計なストレスを与えないように、燃える心配のない魔石を明かりの代わりに使うとはなかなかいい案である。


 そして肝心のお化け南瓜の品評会だが、



「うおおお……」


「これはぁ……」


「凄えね!!」


「あら凄いワ♪」


「立派だ……」



 品評会として並んでいる橙色の南瓜だが、どれもこれも一抱えほどの大きさのある立派な代物がずらりと出品されていた。南瓜型ランタンに加工するにはあまりにも大きな南瓜ばかりである。

 この橙色の南瓜こそ『お化け南瓜』と呼ばれる品種である。食用の南瓜ではないので中身は食べられないのだが、収穫祭付近になると装飾用として出回る南瓜だ。基本的に放っておいても大きく育つ南瓜で、一抱えほどもある大きさに成長するのはザラである。


 リリアンティアの育てたお化け南瓜だが、どの南瓜なのか一目で分かるほどだった。その立派さに問題児も、そしてキクガとリタも唖然と見上げていた。



「でけえ……」


「はい!!」



 ユフィーリアの呟きに対して、リリアンティアは笑顔で応じた。


 リリアンティアの育てた南瓜だが、それはそれはもう立派な大きさをしていた。一抱えで収まるほどの大きさではなく、一般的なお化け南瓜の大きさを遥かに離脱していた。

 つまるところ、見上げるほど巨大だったのだ。一体どうしたらそんな大きさに成長するのかと聞きたいほど巨大すぎた。巨人西瓜にも匹敵する大きさであった。


 仮にこの巨大なお化け南瓜が食べられるものだとすれば、何人前のパンプキンタルトが焼けるだろうか。おそらく全校生徒分は賄えると思うほどの大きさである。



「頑張りました!!」


「頑張ったなぁ」



 リリアンティアの頭を撫で、ユフィーリアは素直に彼女の行いを褒める。

 最初から大きめに成長するお化け南瓜だとしても、見上げるほど巨大な南瓜に成長させるには相当な苦労が必要だっただろう。南瓜の馬車にでも使えそうな大きさは、品評会でもぶっちぎりの優勝は間違いない。


 投票用紙をスススと差し出してきたリリアンティアは、



「さあ、母様。ぜひ投票をお願いします。身共の血と汗と努力の結晶に清き一票をください!!」


「これはもう文句ねえよ、圧倒的だもん」


「優勝優勝」


「ちゃんリリ先生、凄えね!!」


「誰が見ても優勝ヨ♪」


「これは間違いないな」


「ああ、投票せざるを得ない立派な大きさな訳だが」


「リリアンティア先生、凄いです……」



 差し出された投票用紙に、リリアンティアの育てたお化け南瓜に割り当てられた番号を書き込むユフィーリア。他の問題児やキクガ、リタも納得の出来栄えだったのでリリアンティアのお化け南瓜に投票していく。

 投票を呼びかけるのは常識的にいかがなものかと問われるだろうが、じゃあ南瓜の馬車を作ることが出来るぐらいにお化け南瓜を成長させてから言ってほしいものである。これ以上に勝ち目はない。


 リリアンティアはニコニコの満面の笑みで、



「これで優勝賞品の『ぴかぴかなくわ』がもらえます!!」


「鍬目当てで参加したのか?」


「軽量化されていて、とっても使いやすいのです!!」



 リリアンティアは「使っているくわは手に馴染むのですが古いので重くて……」と呟く。欲のなさそうな永遠聖女様でも欲しいものがあるとは驚きである。





「ホホホ、何やら立派な南瓜じゃねえカ」





 すると、どこからか楽しげな雰囲気のある弾んだ声が聞こえてきた。


 何かと顔を上げれば、リリアンティアが手塩にかけて育てたお化け南瓜に黒い綿埃のようなものが近づいている。ふわふわとお化け南瓜の周りを飛んでいたと思えば、綿埃のような何かはスッとお化け南瓜に吸い込まれてしまった。

 綿埃が吸い込まれると、お化け南瓜の橙色をした分厚い表皮に顔の模様が浮かび上がる。吊り上がった眼窩がんかに尖った鼻、ギザギザとした口の形が特徴的である。南瓜型ランタン『ジャック・オー・ランタン』と同じ模様だった。


 ギザギザの口を動かし、お化け南瓜は「ホホホ」と甲高い声で笑う。



「気に入ったゼ、こいつはもらっていくゾ」


「まさかジャック・オー・ランタンか!?」


「イカニモ!!」



 お化け南瓜ならぬ南瓜の悪魔ジャック・オー・ランタンは、どこか誇らしげに声を張り上げる。


 まさか南瓜の悪魔が登場するとは思わなかった。これではリリアンティアがせっかく育てたお化け南瓜が台無しになってしまう。品評会から逃げ出すような真似が起きれば、リリアンティアの優勝は夢と消える。

 ユフィーリアが雪の結晶が刻まれた煙管を突きつけると、お化け南瓜を乗っ取った悪魔が「いいのカ?」などと脅すような口振りで言う。せっかくリリアンティアが手塩にかけて育てたお化け南瓜を人質に取られてしまっては下手に動けない。



「この南瓜、いい南瓜だよナ。表面を傷つけただけでも価値はなくなりそうダ」


「この悪魔野郎が、とっととそのお化け南瓜から出ていけ!!」


「やなこっタ。南瓜は俺様が――――」



 巨大なお化け南瓜を乗っ取った悪魔だが、念力とかあれやこれで持ち上げようとした矢先にドスンと音を立てて着地する。「アレ?」とか言いながらもう一度お化け南瓜を持ち上げようとするも、またドスンと音を立てて着地した。

 あまりにも規格外に育ったお化け南瓜は、どうやら相当重いらしい。どうせ重量があるから逃げられないだろうと予想して演技をしてみたが、無事に南瓜の悪魔は無様な姿を晒す羽目になった。


 その後も何度か南瓜を乗っ取って逃げようとするも失敗を繰り返し、とうとう悪魔はリリアンティアが育てた南瓜からスッと抜け出す。綿埃のような姿の悪魔が、ふわふわと南瓜の周囲を漂っていた。



「立派すぎて持ち上がんねえワ」


「だろうな」



 ユフィーリアはやれやれと肩を竦め、



「ところでそれを育てたのって、悪魔が最も好まない聖職者なんだけど大丈夫か?」


「エ?」



 南瓜の悪魔が気づいた時には、魔女の格好をしたリリアンティアが南瓜の飾りを括り付けた魔法の杖を振り上げていた。



「悪魔は立ち去りなさい、〈退魔・聖なる導き〉!!」


「ぎゃああああああ何する止めあふん」



 リリアンティアの杖から放たれた光が南瓜の悪魔をじゅわっと蒸発させてしまい、真っ黒な埃の見た目をしていた悪魔が真っ白な綿毛となって昇天した。浄化完了である。

 治癒魔法や回復魔法が得意とされているリリアンティアだが、彼女は曲がりなりにも聖職者である。悪魔が最も苦手とする類の職業で、なおかつ神様の加護を受けているので聖なる気配がこれでもかと感じるのだ。悪魔にとっては天敵である。


 南瓜の飾りが特徴の杖を掲げたリリアンティアは、



「正義は勝つのです!!」


「ちゃんリリ先生、凄え!!」


「悪魔も倒してしまうとはお見事です」


「さすが聖職者ですね!!」



 未成年組とリタから手放しで賞賛され、リリアンティアは照れ臭そうに「えへへ」と笑うのだった。



 余談ではあるが、お化け南瓜の品評会はぶっちぎりでリリアンティアが優勝に輝いた。

 後日、ぴかぴかで軽量化されたという鍬を用務員室まで見せに来たのは言うまでもないだろう。

《登場人物》


【ユフィーリア】かつてお化け南瓜を使ってジャック・オー・ランタンを作ったら、見本がなかったのでやべえクリーチャーが生まれた。恐怖のあまりグローリアが眠れなくなったらしい。

【エドワード】お化け南瓜が食用ではないと知らず、中身を「不味いなぁ」とか思いながら食っていた。ユフィーリアに引っ叩かれて食用ではないことに気がついた。

【ハルア】割と手先が器用なのでジャック・オー・ランタンの顔を彫るのが得意。上手と有名。

【アイゼルネ】ジャック・オー・ランタンを量産しすぎてもはや業者みたいになってた。

【ショウ】ジャック・オー・ランタンの本物を見ることになるとは思わなかった。今年は作ったことがないので来年は作りたい。


【キクガ】ジャック・オー・ランタンを作ろうと思ったら何故か立体フィギュアみたいになった。何で?

【リタ】お化け南瓜は食用ではないものの、実は家畜の餌には最適なのでたまに魔法動物の餌に混ぜてあげている。収穫祭が終わったらいっぱいお化け南瓜が手に入りそう。

【リリアンティア】お化け南瓜を育てた張本人。あらゆる植物を丁寧に、愛情を込めて育ててしまうので規格外サイズになってしまう。大きく育つ系のお野菜を育てるのが大好き。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 今回のお話で、心がほっこりとする癒しを提供してくれたリリアンティア先生のはしゃぎっぷりがすごく可愛らしかっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ